| 自然資源管理についての政策石井 利明現状の分析と課題自然資源の管理とは自然資源の管理を考えるには、生態系を理解しなければならない。生態系は、物質循環と食物連鎖、によって構成される。物質循環とは、非生物である―大気・水・土壌―の相互作用によって発生する、地球規模のエネルギーの循環である。食物連鎖とは、物質循環のエネルギーを植物が自らの内に取り込んで、固定することからはじまる、生態ピラミッドのことである。これの作用は、本来、自然の営みであり、管理すべき対象ではなかった。それを崩したのは、人類の存在である。いまや人類は、この生態系に単純に組み込まれた存在ではなくなり、それ自体に一番大きな影響を与える存在になってしまった。この事実を受け入れれば、生態系と人間活動(経済活動)を別々に論じる、などという愚を犯さずにすむ。よって、自然資源の管理とは、生態系と人間の経済活動の調和を図りながら、その両方を持続的に発展させる、ことを目的とする。 自然資源管理の現状日本における生態系は、森―川―海の水循環を中心にして構成される。この自然の恵みを受ける形で、いにしえから、林業や漁業は発展した。それは、自給自足を原則とした、狩猟農耕経済である。戦前までは、このモデルは形を変えながらも存在し、自然を壊すことなく共生し、美しい日本を形作っていった。これは、その事業に従事した人々が、決して、意図したことではない。彼らは、生態系を健全に管理しないと自分たちも生きていけない、という環境下にいたのだ。わが国には、手付かずの自然、というものは殆んど無い。ということは、殆どの場所で、上記の経済モデルを基に、人の手によって管理されてきたことになる。しかし、貨幣経済の浸透や都市部への人口流出、また、国際的な市場の競争にさらされ、1次産業が衰退した結果、何が起こったか。動植物層の急激な変化が、日本の山や川の、いたるところで起った。絶滅危惧種の数が増える一方で、鹿や猪、猿などの食害も増え森や畑は荒廃し、川では外来種や鵜によって引き起こされる、損害が増大している。こういった変化は、現在より深刻な事態を迎えている。人の手が入った生態系は、管理を怠ると一変に荒廃する。そして、これは、起こるべくして起こった、構造的な問題なのだ。 農山漁村の経済構造とその将来上記のような経過を経て、現在の日本の農山漁村は、1次産業と2次産業(特に土木建設業)の混合経済によって収入を確保している。この経済体制の原資となるのが、補助金である。この補助金は、都市部と過疎地域との所得格差の是正、という社会正義を根拠として拠出される。そこで、農林業にしろ、道路や港湾・河川整備にしろ、高率の補助金を獲得したものが、社会的に優遇される。こうした、補助金事業の多くは、自然資源を豊かにするために役立っていない。結果的に、農山漁村地域は、生活の糧を得るために、自然資源の切り売りを始めたことになる。この事態を、地域の人々は、ある種の諦めとともに受け入れ、その代償として、こうした中央政府に頼る行政により、自治体や住民の自立心は奪われた。1997年の建設投資の統計は以下の通りである。
(出典:日本銀行・建設経済研究所) 経済の規模が拡大してきている間は、この農山漁村の経済構造は、補助金という所得移転の方法で、一応機能してきた。しかし、この10年以上にも及ぶ、不況による財政の悪化によって、このモデルも崩壊する運命にある。ここで、もう一度考えなければならないことは、人間は動物であり、生態系を離れて生きられない、という事実だ。水が無ければ、人は三日と生きられない。日本の水資源は豊富だと思われているが、一人あたりの降水量を比べてみると、世界平均の1/5、その日本の中で人口が集中している関東臨海地域は、全国平均の1/8でしかない。 この崩壊は自然資源の更なる劣化につながる。今、求められているものは、自然資源を豊にすることが、生活の維持につながる、新たな経済モデルである。 自然管理政策自然資源の管理を支える指標1. 経済面:これはやらなければならない(経済的につりあう)ことか。 2. 財政面:誰がお金を払うのか。 3. 技術面:解決するための手段はこれだけか。 4. 環境面:悪影響は排除されているか。 5. 社会的、政治的側面:多くの人々から支持されるのか。 上記の項目は、それぞれ独立で考えれば、あい矛盾することばかりである。そこで、この政策の実現には、矛盾することを合理的に行うことが求められる。そのためには、各分野に共通の指標を用いなければなく、その指標は、万人に共有できるものでなければならない。この条件を満たすものは、貨幣しかない。 指標を支える学問と市場 生態系と人間の経済活動の調和を図り持続的に発展させることが、5つの指標にまとめられた。では、この指標が成立するためには何か必要か?ここで、学問と市場が必要になる。それは、自然資源管理を成功させている、アメリカを学べば分かる。学問の分野でわが国に不足しているのは、生態系を貨幣に換算する、社会経済学の分野である。以下に、『イエローストーン・レイクのカットスロート・トラウトに関連した社会経済的価値』という論文の一節を要約する。
このような、学問と市場があるから、5つの指標に基づいた政策の整合性がとれ、国民から支持される。一例をあげると、アメリカでは、絶滅危惧種に関する法律や原生・景観河川法、また、農業法の中に明記された湿地保全プログラム、のような保全を目的とした法律と、95年6月に公布された、大統領命である、レクリエーショナル・フィッシング(余暇としての釣り)の振興策が、同時並行的に行われるのである。そして、この実態を知らせる、報道は非常に少ない。 日本の市場性と財源について釣りや狩猟、及び、野外動物観察を目的とした、野外レクリエーションは、豊かな生態系が不可欠で、生態系の質が上がれば市場価値も上昇する、という性格を持つ。アメリカの政策が成功したのは、市場原理を自明なものとして、その中に取り込み、そこから財源を生み出した。これは、受益者負担の原則である。 日本の場合はどうか。 わが国の大きな問題は、この潜在的に大きな市場が経済的に認知されていないために、自然資源の管理をうまく行って、そこから需要を引き出そう、というような政策が行われていないことである。管理の方法に大きな視点が欠けている、と言わざるを得ない。例えば、釣りの場合、漁業組合が管理している河川や湖沼については、年額で、5,000〜10,000円、1日では、500〜1,000円程度遊魚料金が制定されている。海の場合は、無料が原則であるが、首都圏の東京湾や相模湾では、水産庁の調べでも、漁業の漁獲高を釣りは、大幅に上回っていることが、はっきりしている。この地域では、現在、協力金ということで、1日200円程度を任意に徴収している。これを制度化することも難しくはないであろう。また、米国のように、野外レクリエーションを楽しむのために必要な用品に、小額の税金をかける、という方法もある。 しかし、自然管理の仕組みを根本的に変えない限り、消費者が、この課税に賛成することはない。これは組織や制度の問題であるので、詳細は次項に述べるが、大事なことは、野外レクリエーションを楽しむ人々の間に、その楽しみを得るためのコストを負担しようという、意識の芽生えである。また、社会経済学が確立すれば、受益者負担の原則を、例えば、ダム建設によって利益を得る、事業者や氾濫源にすんでいる都市部の住民たちに適用し、それ相当の負担金を求めることも可能になる。 このように、財源を広く薄く設ければ、自然資源を管理する、新たな組織が生まれる基盤が出来る。この組織が機能すれば、旅費・装備代・ライセンス代などの、大きな需要が生まれる。アメリカの12兆円はこの結果である。 組織についてまず、前提となる、法体系について述べる。 その上で、市場価値を認めてくれる人々の為に、働く組織を作る。組織の母体は、官営でも民営でも、どちらでもよい。なぜならば、現状の漁業組合(これは民営)の中には、例えば、河口湖漁協や芦ノ湖漁協などのように、立派に経営が成り立っている組合があるからだ。河口湖の平成10年の決算額は、2億6千万円である。そして、この収入の殆んどは、釣り人からの入漁料である。1つの湖で、これだけの収入がある。このような組織には、公有財産の管理権の貸し出しを認めればよい。もし、複数から管理権の賃貸願いがあれば、賃貸料金や管理内容の計画を公表したうえで決定する、という方法も可能である。しかし、私有地はともかく、公有地を含む自然資源の管理は、公益という観点から言っても、米国で行われているような組織形態が必要である。以下に、州の魚類・野生動物・公園局の例を述べる。
この組織の特徴をまとめると以下のようになる。 農山漁村経済との整合性及び発展性自然資源の管理の基本は、維持・修復と啓蒙に大別できる。この中の、維持・修復には、土木作業と生き物を扱う技能が必要とされる。これらの技能は、既に、農山漁村の人々が習得しているものである。建設投資額の表を参照すれば分かることだが、先進国の中でも日本は決して、建設人口が突出しているわけではない。建設投資が傑出しているのだ。これは何に起因するかといえば、大手ゼネコンから、下請け、孫受け、曾孫受け…と続く、その構造に起因しているのである。逆に考えれば、地元の会社が直接工事を受注できれば、こんなに多額な金額は必要なくなる。彼らに足りないものは、設計や現場管理の能力である。この解決には、まず、自然資源管理組織に専門官を置くことであるが、アメリカが河川管理の分野で陸軍工兵隊と協力していることを範とすれば、自衛隊の協力を仰ぎ実施計画を作成することも、検討に値するであろう。なぜなら、自然資源を管理することは、同時に災害管理でもあるからだ。このような体制が、自然公園内だけでも出来れば、経済の発展のみならず、自然災害を防ぐという観点からも、地域全体に大きな恩恵を与えるものであると考える。 政策の実施に向けて今まで述べた、政策を実施しようとすると、法整備を含め、乗り越えなければならない障害があまりに多い。また、アメリカの管理手法を基に、政策を立案したため、日本国内の事情に合致しない点も出てくるであろう。しかし、5つの指標に基づいた、自然管理手法自体は、世界中で通用するものであると考える。よって、政策実現するためには、特定のモデル地域を決め、そこで試行錯誤を重ね、わが国の実情に合う自然資源管理のモデルを完成させることが、重要である。私は、そのモデル地域には、北海道が相応しいと考える。 以下に、その理由を記述し、この政策提言を終える。
|
©2002 SNSI
|