[960] Re[952] 投稿者:バード 投稿日:2004/03/17(Wed) 20:14:10

バードです。

> >(1)なぜ、月面の飛行士は、着陸地点周囲を360度
> >ぐるりと写さなかったのか?
> あなたが知らないだけで、そういう画像や動画は大量に公
> 開されてます。
> http://www.hq.nasa.gov/office/pao/History/alsj/a15/images15.html#Pans

「そういう画像は大量に公開されてます」だって・・・

しかし、これはなんだ。量が多いだけで、左右の広がりがなく、とてもパノラマ状とは言えないものばかりだ。
また、遠くを黒くして、遠くを無くした、修正写真ばっかりだ。
こんな、奥行きも、広がりもない、視野狭窄の写真ばかりを、よく本物だと信じられるものだ。
思えば、動画も視界の狭いものだけだった。
こういうものを信じるとは、感性と知性はどうなっているのだと、あきれたものだ。
よくここまで、権力のある人や組織に盲従できるものだ、まるで羊でないか。

これが、アメリカ政府と日本政府に騙され放しの、今の日本の姿だ。

光ファイバーの発明で有名な西澤潤一元東北大学総長、現岩手県立大学学長の嘆きと怒りが、よく分かる。

今日(H16.3.17)の産経新聞「正論」は、西澤教授の『日本の子供たちに必要な教育とは』と題するものだ。
その中で、西澤氏は次のように言っている。

「進む指導層の特権階級化」の項では、
  わが国民は、先見性を持たず、現実問題が起こらなけれ
  ば考えない。
  また、権力のある人や組織に盲従することになっている。
と言い、「無思考行動が跋扈する社会」の項では、
  自分の人生経験や専門知識が思考によってつながり、ネッ
  トワークになって智能になる。現在、その智能がない。
  智能がないから、現実解決能力がない。
と言い、「先人に学ぶことこそ大切」の項では、
  現在は、科学や技術はあっても、もっと大切な考える力を
  失っている。
  現実をよく見て、考えるということを教えたとき、日本は
  再び素晴らしい子供たちを育てることができる。
と言っている。

西澤教授も言っているではないか。科学や技術よりもっと大切なものがあるのだ。
権力からの、量が多いだけの情報を盲従し、それを振り回し、それに騙される、哀れな人間になるな。
(了)


[959] Re[957]: [955] 投稿者:青蛙 投稿日:2004/03/16(Tue) 11:35:12

菜梨さん:
 早速のレスをどうもありがとうございました。

 「チャイルズ−ウィッティド事件」の件ですが、「イースタン航空機事件」のことでしたか。「ソコロ事件」や「ヒル夫妻事件」などと並んで古典的事件として有名な方でしょう。それなら、聞き覚えがあります。とは言っても、当該事件に遭遇したパイロットの名前までは記憶していなかったものですら、全く聞いたことの無い事例に見えてしまいました。

> アーノルド事件・マンテル大尉事件・ワシントンDCでの二度にわたる目撃騒動を三大古典事件とすることが日本の書籍ではあるようですが
の「日本の書籍」は志水一夫氏の著書です。書名は失念しました。ネタ的には『UFOの嘘』の可能性が高いのですが、なんらかの雑誌記事かムック類への寄稿文かもしれません。

 科学者云々については、
> 青蛙さんはご指摘の記述を「科学者」に対する一般論として受け取っておられるようですが、私としては科学という「手続き」における一般論(じみたもの)として書いているつもりです
とありますが、[932] での菜梨さんのご発言では
> 科学者は、延々と実験や理論の構築、すでに成立した理論の「抜け穴」を探す作業を
> 怠りません。
と科学者が主語になっていますから、「科学という『手続き』」そのものよりも、その行使者たる「科学者」に対するものとして受け取りました。繰り返しになりますが、それが実際に科学に携わっておられる方の実体験(←トートロジーっぽいな)ならば、肯首―肯定できます。しかしそうでなかったとしたら、そういった抽象的/曖昧/ボヤけたところにこそ、反論者の付け入る隙が生じるのではないでしょうか。
 自分でも気を使って「一般」という表現を使いましたが、1ヵ所つい「全般」と表現してしまいました。もちろん、「科学という分野全体において」「もれなく」などとは申しません。菜梨さんの主張しておられることを全否定しているわけではありません。というか、否定というより疑問を呈している次第です。

> 私の知る限りではそのような手法はごく当たり前に行われている一般的な手続きだと認識していますが、どうでしょうか。
 私は、そのような手法が一般的に行われているとは認識していません。ただし、重ねて申し上げますが、私も部外者なので、もちろん、断言はいたしません。「実情とまったく異なっている」とまでは申しません。自己の経験に由来する管見だとお考えください。

> >いや全く、仰るとおりです。それがマニアの性とはいえ、困ったもんですねぇ。
>
> まあ、一応は自覚しているんだよということをお伝えしたかった訳ですが。
 まあ、一応は同意しているんだよということをお伝えしたかった訳ですが。
 自分の領分でボケが入るとツッコまずにはいられないのが「マニアの性」なんですよね。

〔付記〕
 ああっ私も careless mistakes が……。
[955]
> それを科学者全般にあてはめ手良いのでしょうか。
・科学者全般 → 不当な拡大解釈
× あてはめ手 → ○ あてはめて
(あっ、まだあった)
× 他の方(とくに菜梨さん)が情報示してくださっている
  ↓
○ 他の方(とくに菜梨さん)が情報を示してくださっている


[958] 例によって訂正 投稿者:菜梨陽介 投稿日:2004/03/15(Mon) 16:22:49

最近、よく情けない間違いをやらかすことが多いような。一ヶ所、誤記がありましたので訂正です。

×アレン・J・ハイネック博士
○J・アレン・ハイネック博士


[957] Re:[955] 投稿者:菜梨陽介 投稿日:2004/03/15(Mon) 15:50:11

[955]青蛙さん
>「チャイルズ−ウィッティド事件」なる事例は記憶に無いのですが
ここでいう「三大古典事件」とは、1948年に発生し、米空軍最初のUFO調査プロジェクトであるプロジェクト・サインの方向性を決定づけた一連の航空機搭乗員によるUFO目撃事件を指しています。
アーノルド事件・マンテル大尉事件・ワシントンDCでの二度にわたる目撃騒動を三大古典事件とすることが日本の書籍ではあるようですが、ここではカーティス・ピーブルズの著作に倣い、この三件を三大古典事件としています。

この事件は世界一著名なUFO研究者であるアレン・J・ハイネック博士がもっとも初期の調査対象に挙げた事件で、日本の書籍でもかつてはよく紹介されていましたが、あまりに古典的なためか、ゴーマン少尉事件と並んで現在では言及されることはほとんどないようです。

この事件はマンテル大尉事件の半年後、1948年7月24日に民間航空便のDC-3がアラバマ州上空を飛行中、この機を操縦していたチャイルズ機長とウィッティド副操縦士が「炎を噴き出す円筒形の物体」と接近遭遇したと報告したものです。
ここでは主要目撃者の名前を取って呼称していますが、単純に「イースタン航空機事件」などと呼称している場合もあります。

面白いことに、空軍のプロジェクト・サインはこのUFOをエイリアン・クラフトと判断しています。
一方、ハイネック博士は当夜、数多くの流星の出現があったことを突き止め、目撃時の状況・証言から、二人が目撃したのはそうしたものの誤認ではないかと推論しています。

ゴーマン少尉事件についても少し書いておくと、これは同48年10月に発生した事件で、奇しくもマンテル大尉と同じF-51戦闘機に搭乗した州空軍パイロット、ゴーマン少尉が夜間フライト中にUFOを発見・追跡、ドッグファイトを行ったものです。
しかしこのUFOは、燈火付きの気象観測気球だったことが後に判明しました。


>ここで述べておられることは、科学者に対する一般論に聞こえますが、そのように解釈してよいのでしょうか。

青蛙さんはご指摘の記述を「科学者」に対する一般論として受け取っておられるようですが、私としては科学という「手続き」における一般論(じみたもの)として書いているつもりです(何しろ頭が悪いので、抽象的な書き方になってしまって申し訳ないのですが)。

科学という分野全体において私が書いたような手法がもれなく取られていると断言することなどは、気の小さい私にはちょっとできません。しかし私の知る限りではそのような手法はごく当たり前に行われている一般的な手続きだと認識していますが、どうでしょうか。
もちろん、それは実情とまったく異なっている代物だよ、という方がいらっしゃいましたらぜひご指摘頂けると有り難く思います、はい。

>いや全く、仰るとおりです。それがマニアの性とはいえ、困ったもんですねぇ。

まあ、一応は自覚しているんだよということをお伝えしたかった訳ですが。
一方で、「月着陸捏造論」などというあまりに杜撰な説を信じてしまう人が増えることは決して良いこととは思えず、世のためになるものだとも思いません。そこでそれに対抗していく過程においては、自分としてはマニアなりの知識だけが武器なんですよね。
まあそういうわけで、これらからも「データ主義の奴隷」たらんと努力する次第であります。

さて、暗くなる前に洗車を済ませてしまおう。


[956] もう返信されるおつもりが無いようですが 投稿者:城下町 投稿日:2004/03/15(Mon) 09:23:17

もうすでにバード氏に対する反論がなされているようですね。
もっとも、私も自分で調べておかなければなりませんが・・・
 
 
(1)なぜ、月面の飛行士は、着陸地点周囲を360度ぐるりと写さなかったのか?
パノラマ写真の存在が[952]で示されていますが、仮にパノラマ写真が無いとしたとしても・・・
 
・・・それが何か?
例えて話せば、
「あるアメリカ人がある観光地の、360度全方位の眺望が良い展望台に来ました。
360度パノラマが良いのに、その人は同伴者と一緒に写った写真や、展望台の北にある山の写真しか撮りませんでした。」
さて、この人は展望台に行かなかったことになるのでしょうか。
バード様の仰る近代合理的精神は怪しいものですね。
 
 
(2)なぜ、着陸船が月面着陸しているとき、ロケットエンジンの音がしなかったのか?
 
このくだりなのですが、
船内の気圧が3気圧(!?)だとして、音速が速くなるのであれば良いですが、音波の振幅が大きくなるとは?
 
振動が船体を通して伝わってくるのは無理が無いとしても。
 >ロケットのエンジン音は140〜150デシベルだったと
 (中略)
 >より20〜30デシベル大きいということだ。着陸船内は相当の騒音のはずだ。
よもや音が着陸船外から伝わってくることを考えているとしたら・・・(いや、これはただの勘繰りですよね。すみません)
 
 
最後に、「感情論を書いても意味が無い」と言われる事を承知で書くとすれば、人生の先輩にどうしようもないことを書いて頂きたくなかったですね。

[955] 横ヤリの突きまくり 投稿者:青蛙 投稿日:2004/03/15(Mon) 07:59:28

菜梨陽介さん:
Re: [909] 久々にツッコミ
> 三大古典UFO事件として知られるマンテル大尉事件、チャイルズ−ウィッティド事件、ゴーマン
> 少尉事件にしても1948年のUFO関連事件です。
 UFO事件の「三大古典」って、先のケネス・アーノルド事件、ここのマンテル大尉事件、そしてもう一つはワシントン上空乱舞事件ではありませんでしたっけ? 「チャイルズ−ウィッティド事件」なる事例は記憶に無いのですが(検索しても見つからないし)、コトのあらましをお聞かせいただけたら幸いです。

Re: [932] うーむ
> 科学者は、延々と実験や理論の構築、すでに成立した理論の「抜け穴」を探す作業を
> 怠りません。
> すでに揺るがないようにも見える特殊相対性理論について今なお腐るほど追試や
> 発展的な実験がしつこく行われている

> その時点で主流となる学説とは、提唱者がまず論文なり何なりを発表すると、多数の他の学者
> によってしつこいほどの検証を受け、生き残ってきたものです。
 菜梨さんご自身が科学者ないし科学の内情に精通する立場におられるのであれば、これらのご発言も肯首できるのですが、
> 私はサイエンティストなどとここで名乗ったことはございません。
> ただの宇宙開発マニア
と、ご自身が科学者であることを否定しておられますよね。いうなれば部外者なわけです。それなのに、どうしてこういうふうに断言できるのですか。ここで述べておられることは、科学者に対する一般論に聞こえますが、そのように解釈してよいのでしょうか。
 「すでに成立した理論の『抜け穴』を探」したり、「主流となる学説」に「しつこいほどの検証」を加え者もいるでしょうが、それは科学者の一部に過ぎないのではありませんか。それを科学者全般にあてはめ手良いのでしょうか。私も部外者で科学者の内幕は知りませんから、科学者に対する一般論をぶち上げることはできません。

> 何も調べずに、実にいい加減なことを公言する方々の態度に我慢がならないだけの、よくいる類の
> マニアという人種でしかありません。
> まあ、自分の趣味の領域でいい加減なことを言っている人間がいるとつい口を出したくなるのは、
> マニアの大いなる欠点ではありますね。
 いや全く、仰るとおりです。それがマニアの性とはいえ、困ったもんですねぇ。


大巴 葦天さん:
Re: [930] 利梨さんへの質問状です
 利梨さん、いえ菜梨さんではありませんが、ファンダメンタリストならぬ fundamentalism について。これは「イスラム原理主義」の「原理主義」に相当するもので、通例「(聖書)根本主義」と訳されています。
 fundamentalism は『聖書』の記述を字義どおりに信じるもので、第一次大戦後にアメリカのプロテスタントに起こったものとされています。ただし、特に宗派を言うわけではなく、宗派を問わず、『聖書』における記述を根本に据えて信仰していれば、その者は fundamentalist と言えそうです。
 で、その fundamentalism の中に creationism(創造説)という考え方があります。要は、森羅万象は「神の御業」によって造り給うたとする考え方ですね。
 fundamentalism は信仰の問題ですから、scientist が fundamentalist であったとしても一向に構わないと思いますよ。ただ、creationist だとすると問題ありでしょうねぇ。なぜなら、そもそも科学というものが、ありていに言えば神というものを否定して成立したからです。とは言え、別に悪魔に魂を売り渡したというわけではなく、科学は「何でもあり」を反則にしたということです。creationism によれば、あらゆる原理不明の事象も全て「神の御業」に帰結することができてします。それまでの知識体系から科学を創造した百科全書派の啓蒙主義者たちは、とりあえず、「何でもあり」の「神の御業」を除外することにしたのですよ。K・ボパーいうところの反証可能性/不可能性です。反証できない事象は科学では扱えないのです。(いえ、こう断言するのは語弊がありますね。「扱いにくい」んですよ)
 まあこれが、後に科学偏重主義を助長してしまったわけですが。

Re: [931] ファンダメンタリストについて補足
> 法則といったところで、要するに、今の時点で私はこの学者の学説を信用しますということだけのことに過ぎないのではないか?
 そうですよ。科学はT・クーンいうところの paradigm に乗って推移しているのです。


バードさん:
Re: [935] Re[934]: 回答です。
> ティコ・ブラーエは熱心なキリスト教信者であったため、コペルニクスの地動説には賛同できず
 ケプラーも(プロテスタントですが)、コペルニクスも「熱心なキリスト教信者」だったんですけど。(しかもコペルニクスは教会内部の人間)「熱心なキリスト教信者」だったらなんだと仰りたいのですか。

> 火星の観測からプトレマイオスの天動説も不完全なものであるとして、独自の天動説をつくりあげた。
 ティコは火星の観測から、何をもってプトレマイオス説が不完全だと考えたのでしょうか。
 どうも、バードさんは拙稿をお読みになっておられないようですね。 [924], [925] あたりをご覧になってください。
 ティコは新星(1572年にカシオペヤ座に出現したいわゆる「ティコの超新星」)や彗星を観測した結果、視差の検出の有無によって、従来の天球の構造を否定しました。プトレマイオス説というよりも、アリストテレス流の宇宙観を否定したのです。さりとて、恒星にも視差が検出されなかったのでコペルニクス説も支持することができなかった。そこで「部分的太陽中心説」とか「折衷説」と呼ばれる彼独自の「ティコの体系」を構築したのです。ティコはあくまで科学的な営みによって独自の説を唱えたと考えられます。
 コペルニクスにしても、いきなり完全太陽中心説に至ったわけではなく、途中、やはりティコの体系と同じ構造を考えたようです。しかし、コペルニクスはティコの体系を棄てました。ティコの体系に見られる、太陽天球と火星天球との交差が気に食わなかったのです。「熱心なキリスト教信者」だったコペルニクスにしてみると、神の造り給うた厳然たる秩序が破られてしまうのが許せなかったようなんですね。

> 「彼(コペルニクス)が見いだした惑星の秩序の単純さは、神のつくりたもうたものにちがいない。」と、コペルニクスの地動説を信じるようになった。
 当初、太陽中心説を採れば、周転円が惑星ごとに少なくても1つずつ減るはずでした。しかし、プトレマイオスの『アルマゲスト』並に精度を上げたところ、結果的には周転円の数プトレマイオス説よりも増えてしまったんです。モデルをより簡単にしようとして、逆に複雑化したのです。
 太陽中心説(地動説)には地球中心説(天動説)にはなかった特色があります。それは各惑星(天球)の配列順序、距離を観測結果から求められるようになったのです。しかしこれは、天動説時代には無かった新たな難問を生み出すことにもなったわけですが。

> 恒星の年周視差が地動説の最終的証明(客観的根拠)らしいが、ケプラーはその最終的証明、客観的根拠を提示しなかった。
 コペルニクスにしろケプラーにしろ、提示したくてもできなかったんですよ。当時の技術では。現在、宇宙の最果ての銀河が観測できるのも、技術の進歩があったればこそです。

> 客観的根拠を示さなかったけれど、ケプラーは「思考」と「推理」で真実の地動説に到達していたと言えるであろう。
 城下町さんも指摘しておられますが、ティコによる観測データが根拠になっているのですよ。

Re: [938]Re[937]への回答
> たしかに、ブラーエの豊富な観測結果がなかったら、ケプラーの法則があそこまで緻密にはできなっただろう。
> しかしケプラーの、おそらく独特の頭脳(数学力)なくしては、不可能であったろう。
 いえ、だからですね。ケプラーの「独特の頭脳」をもってしても、ただの思索のみから導かれたものなら、それはお遊び(思考遊戯)に過ぎないんですよ。データによる裏づけがあったればこそ、ケプラーの理論は評価されたわけです。この点でも、ケプラーの科学的志向が読み取れると思います。その一方で、ケプラーはオカルト的思考によって間違えた(失敗した)こともあります。

> だから「ケプラーの法則は観測結果(事実)から導かれたもの」と単純に言えないであろう。
 確かに「単純に言え」ませんが、観測結果がなかったら、タダの絵に描いた餅に過ぎなかったでしょうね。

Re: [940]Re[939]への回答
> 自分の考え(書くこと)にとって必要なだけ持ちなさいということのはずでしょう。
 そうやって、自説にとって都合の良いデータだけを採用し、都合の悪いものは無視するんですな。ご自分が知り得ないとしても、他の方(とくに菜梨さん)が情報示してくださっているのですから、それは尊重すべきなのではないですか。

Re: [951]Re[943]その他への回答など
> ただ前例と習慣だけで納得してきたことを、あまり固く信じてはいけないと学んだ
(by R.Descartes)
 いや、全くそのとおりですな。


[954] あ、一つ書き忘れていました 投稿者:菜梨陽介 投稿日:2004/03/15(Mon) 01:58:24

考えてみれば、航空史に関する議論においてバードさんが論拠と呼べるものを提示されたのは今回が初めてでしたね。
その姿勢は非常に良いことではあるのですが、残念ながら引用元の『アポロってほんとうに月へ行ったの?』という本はいわゆる「トンデモ本」であり、その内容は非常に多くの間違いで満ちています。
エリア51についての記述一つとってもあれだけの反論を即座に思いつく程度のものです。同書の中で、月着陸捏造説の論拠とされるものについても、既に山ほど反論とその論拠が挙げられていることはいうまでもありません。すなわち、その本はいわゆる「ツッコミどころが多すぎる」類の本=信憑性に欠ける本でしかありません。

また、航空史について語るならば航空史書を持ってくるべきであり、エリア51について語るならば、エリア51について詳細な記述がある本や記事はいくつもあるのですから、それを引用すべきでしょうね。
いわゆるトンデモ本を論拠として使うのは、それこそ反論のネタを提供していることでしかないのですから。


[953] あちゃあ…… 投稿者:菜梨陽介 投稿日:2004/03/15(Mon) 01:45:45

先程までバードさんへの長い長い反論を書いていたのですが、エディタを使わずうっかりブラウザ上から直接書いていたため、もう少しで書きあがるというその時に運悪くブラウザがクラッシュして消えてしまいました。無念。
なお、前回までは途中で改行を細かく入れていましたが、いい加減面倒になってしまいましたので途中での改行は中止します。

いまいち気力が削がれてしまったので、以下簡単にバードさんに反論を。

>飛行士たちが座っていたのは、着陸船の構造から言うと、

バードさんはLM(着陸船)のごく基礎的な知識をお持ちでないことがわかります。
なぜかといえば、LMは船内容積を稼ぎ、構造を簡略化するために、飛行士が座るシートなどないからです。
「3気圧」で与圧されているという、思わずひっくり返るような記述からも、しっかりとした事前調査を行っていないことが窺えますが、自分が疑問に思っている対象について最低限の知識を仕入れるという基本的な行動を疎かにしていませんか?

>私は以上の2点だけでも、事実として認められないという考えになるのです。

そもそも、その2点について完全に誤解(何もご存じでないが故の勘違い)をされているわけですから、この文章に意味はないことになります。


エリア51について。
>ここで、何が行われているのか、実態は明らかになっていません。

エム・ハーガ氏(日本人ですが)は嘘を言っています。

エリア51、より正確に言えばグルームレイク(関係者はドリームランド、もしくはジ・ランチと呼称する)で何が行われているかはよく知られており、軍事マニアや軍用機マニアであれば常識中の常識です。何かと言えば、ただ単に「秘匿性が要求される航空機の試験施設」でしかありません。
知らないのは、それらについてちゃんとした資料にあたって調べたことがない人達だけなのです。もっとも、そうした人々の方が圧倒的多数ですが(笑)

グルームレイクがどのような経緯で建設され、どのようなことを行っているかは、市販されているいくつもの航空関連書で解説されています。
以前の書き込みで挙げたベン・リッチ著「Skunk works」では、ロッキード社の設計者としてここに長く出入りしていた著者により、実に詳細な事実が明らかにされています。
昨年末に刊行された「航空ファン別冊 世界の傑作機スペシャル・エディション ロッキードF-117ナイトホーク」にも、この基地で試験中のF-117の写真が掲載されており、中にはポロシャツにサングラスの、いかにもアメリカンな中年の民間人がF-117の整備作業を行っている写真も掲載されていますし、F-117がここでどのようにテストされてきたかが記されています。

現在の航空機は軍が作るのではなく、民間企業が設計・製造するのですから、設計開発・試験に関る基地である以上、軍人だけでなくメーカー技術者など、民間人も多く出入りするのです。
それどころが、この基地はアメリカ政府からのアウトソーシングを数多く受注している有名企業であるEG&G社により維持されており、警備も同社の警備員が行っています。
このEG&G社はアメリカ国内の空港に数多くの保安設備を納入しているので、あちらに旅行されたことがある方ならば一度ぐらいは同社製品のお世話になっていることでしょう。
EG&G社のwebサイトはこちらです。
http://www.egginc.com/

日本人には信じられないかも知れませんが、アメリカ政府諸官庁や軍は多くの業務を民間企業に委託しており、EG&Gのような会社がいくつも存在します。
空軍でも基地の運営維持や整備などの後方業務の民間委託を積極的に進めていて、グルームレイクのような「秘密基地」でさえその例外ではありません。
先のイラク戦争から現在に至るイラク国内でも、民間の警備会社や運送会社などが後方支援任務を手広く行い、海上の補給艦などの支援艦艇にまで、政府と契約した民間人船員が乗り組んでいます。

また、現在「航空ファン」誌では、浜田一穂氏による「エリア51 ドリームランドの住人たち」という記事が三年にわたって連載されており、ここでもエリア51について極めて詳細な歴史が記述されています。
今時「エリア51では何をやっているかわからない」などと書くのは、こうした本や記事を一度もチェックしたことがないか、UFOビリーバーのように自分の願望を投影するために、あえて現実を無視して、非常に怪しい施設かのように描写する人々です。

最後に一つプレゼントを。
エリア51ことグルームレイクの衛星写真です。もともと周囲の山脈を含めた広大な面積を誇る基地なのですから、どんな地形があってもおかしくはないのですが、さあどこで「月面着陸を捏造した」のでしょう?
さて、見つけられますか?
http://www.terraserver.com/special/area51/groom_lake_afb.jpg

(十分長いツッコミだろう、とおっしゃる方もおられるかも知れませんが、消えてしまった文章はこの数倍の長さでした……ああ、1時間近くもかかったのに)


[952] re:951 投稿者:nameless 投稿日:2004/03/15(Mon) 00:24:52

>(1)なぜ、月面の飛行士は、着陸地点周囲を360度ぐるりと写さなかったのか?
あなたが知らないだけで、そういう画像や動画は大量に公開されてます。
http://www.hq.nasa.gov/office/pao/History/alsj/a15/images15.html#Pans

>(着陸船内の気圧は3気圧のようだ。つまり、空気の密度が地上の3倍濃いということで、
>エンジン音とその振動はそれだけさらに巨大であるはずである。)

3気圧ではありません。
何が悲しゅうて地上の3倍の気圧にしなきゃならないんですか。
自分で「3気圧」と書いてておかしいと思わなかったんですか?
1/3(さんぶんのいち)気圧の純酸素を使用しています。

>アポロ11号の飛行士たちの会話は、こんなふうにハッキリと録音されている。
>そして、ロケットエンジン音らしき音は全く聞こえていないと言う。

交信は騒音をシャットアウトしたヘルメット内のマイクから行われています。


[951] Re[943]その他への回答など 投稿者:バード 投稿日:2004/03/14(Sun) 18:08:15

バードです。

◆ [943]への回答

私に「1947年当時アメリカ政府に月着陸計画が存在したことと、それにバンデンバーグ将軍が関与していたことを示す証拠を提出」する義務はない。その理由は煩雑になるから、行いません。
これまでの私の文章(発言内容、その取り上げ方)から、それは分かるはずだ。
私は一貫して基本的な考え方を問題にしようとしてきたのです。

◆ 真実への出発−デカルトの基本的な考え方

ルネ・デカルトは、1614年(推定)、デカルトはイエズス会系の名門校ラ・フレーシュ学院を卒業し、そのあとポアチエ大学で法律と医学を一年間学び、法学士号を取得した。一貫して成績優秀であった。
その彼が、学業を終えたとき、真実へ到達したい欲求のために、文字による学問(=与えられ学んだ学問)を放棄したようと決心した。その理由とその経過について引用します。

(引用開始:デカルト著・谷川多佳子訳『方法序説』岩波文庫1997年7月)

・・・どんなに史実通りの歴史であっても、(中略)少なくとも、およそ平凡でぱっとしない細部はたいてい省略してしまう。そのため、残りの部分もあるがままには示されなくなるし、そこから手本を引きだして自分の生き方を律する人たちは、(中略)身の程知らずの計画をもくろみかねない。(P14)

  * 引用者注記)歴史もあるがままの真実を示しているわけではないので、
  * 人々は、歴史によって誤解を生じ、誤まった思想に走りかねない、と
  * デカルトは考えた。

 (略)

(哲学においても)同一のことがらについて真理は一つしかありえないのに、学者たちによって主張される違った意見がいくらでもあるのを考えあわせて、わたしは真らしくみえるに過ぎないものは、いちおう虚偽とみなした。(P16)

  * 引用者注記)真らしく見えるだけでは、真理として受け入れないと、
  * デカルトはそう考えた。

 (略)

以上の理由で、わたしは教師たちへの従属から解放される(学業を終えたということだろう:引用者注記)とすぐに、文字による学問〔人文学〕をまったく放棄してしまった。
そしてこれからは、私自身のうちに、あるいは世界という大きな書物のうちに見つかるかもしれない学問だけを探求しようと決心し、青春の残りをつかって次のことをした。
旅をし、あちこちの宮廷や軍隊を見、気質や身分の異なるさまざまな人たちと交わり、さまざまの経験を積み、運命の巡り合わせる機会をとらえて自分に試練を課し、いたるところで目の前に現れる事柄について反省を加え、そこから何らかの利点をひきだすことだ。
というのは、各人が自分に重大な関わりのあることについてなす推論では、文字の学問をする学者が書斎でめぐらす空疎な思弁についての推論よりも、はるかに多くの真理を見つけ出せると思われたからだ。(P17)

  * 引用者注記)結局、与えられた学問を放棄して、いろいろなものを見、
  * さまざまな人たちと交わり、さまざまの経験を積み、いたるところで
  * 目の前に現れる事柄について深く考え、そこから自分の学問の根拠を
  * ひきだそうとした。というのは、生命や健康や生活や財産など自分に
  * 重大な関わりのあることについてなす推論では、人々は学校の学問や
  * 書斎にこもった学者よりはるかに多くの真理を見つけ出せると、デカ
  * ルトには思われたから。

 (略)

・・・われわれにはきわめて突飛でこっけいに見えても、それでもほかの国々のおおぜいの人に受け入れられ是認されている多くのことがあるのを見て、ただ前例と習慣だけで納得してきたことを、あまり固く信じてはいけないと学んだことだ。
こうしてわたしは、われわれの自然〔生まれながら〕の光[人間に生まれつき具わった真偽判断の能力:訳者注記]をさえぎり、理にしたがう力を弱めるおそれのある、たくさんの誤りからだんだんに解放されたのである。(P18)

  * 引用者注記)ただ前例と習慣だけで納得してきたことを、あまり固く
  * 信じてはいけないと学んだ。それによって、たくさんの誤りからだん
  * だんに解放されたと、デカルトは言う。

(引用終了)

バードです。デカルトは、ただ前例と習慣だけで納得してきたことを、あまり固く信じてはいけないとし、目の前に現れる事柄について反省し深く考えること、および自分に重大な関わりのあること(=間違った認識をすれば重大な損害を被ること)についての人々の推論、の重要性を言っているのです。
歴史もその記載を注意して受け入れないと、真実を見失うことになると言っているのです。

すなわち、デカルトが真実への出発をして得た、最初の教訓をまとめると、
1.ただ前例と習慣だけで納得してきたことを、あまり固く信じてはいけないこと。
2.色々なものを見、気質や職業の異なる様々な人たちと交わり、様々の経験を積むこと。
3.その自分の経験で入手した事実を深く考え続け、その中の真実を見つけ出すこと。
4.その事実に深く関係する様々な気質や職業の人の考え(推論を含む)に、注目すること。
となると、思います。

みなさんはどうか知りませんが、私は、この教訓に従いたいと思っています。

◆ [946]への回答

私は、この掲示板がゴミ箱になるのを恐れて、「推論のもとになる事実」を挙げるのを避けてきました。
また同じ繰り返しになると思ったからです。

私の「推論のもとになる事実」は、いろいろあるが、ここでは次の2つだけを挙げます。
別にむずかしいことではありません。
これらの小さな事実はともに、今日のぼやき「438」のなかに書かれたことと密接に関連する(=それらのいくつかを深く考えたことになる)のです。

(1)なぜ、月面の飛行士は、着陸地点周囲を360度ぐるりと写さなかったのか?

これは、今日のぼやき「438」で言っていることです。

人は初めての地に降り立った場合、周りを見渡すのが自然であろう。またそうせずには居られないであろう。
だから、カメラを持った飛行士はパノラマ撮影のようなことをするのが自然である。しかし、そういう映像は我々は見ていない。
月面で鼻歌を歌う陽気なアメリカンが、そのような周囲360度の様子を地球の人々に紹介したり、それらをカメラに納めなかったのはおかし過ぎるではないか。

(2)なぜ、着陸船が月面着陸しているとき、ロケットエンジンの音がしなかったのか?

これは、今日のぼやき「438」で言っている、軟着陸(ソフト・ランディング)の大変さと関連することです。

着陸船の着陸時の推進力は1万ポンド(4536キロ)と言う。
飛行士たちが座っていたのは、着陸船の構造から言うと、ちょうど爆音を立てているエンジンの真上のところであった。
ロケットのエンジン音は140〜150デシベルだったと言われている。
また、人間が耐えられる騒音の限界は120デシベルだと言われている。なんと、それより20〜30デシベル大きいということだ。
着陸船内は相当の騒音のはずだ。
(着陸船内の気圧は3気圧のようだ。つまり、空気の密度が地上の3倍濃いということで、エンジン音とその振動はそれだけさらに巨大であるはずである。)

しかし、
「真っすぐ・・・下へ3・5、前に9・・・」、
「オッケー、75フィート・・・良い感じです。もう少し下に・・・」
というような、アポロ11号の飛行士たちの会話は、こんなふうにハッキリと録音されている。そして、ロケットエンジン音らしき音は全く聞こえていないと言う。私の記憶でも、確かにそうだった。
これはおかしい事ではないか。

(宇宙のことだから、難しい科学技術の問題としてのみ考えようとする傾向があるが、事実は科学技術によって構成されるものではない。事実は事実として厳然と冷酷に、存在するのである。
事実を考えるには、無理に科学技術を通して考える必要はない。別の角度から、普通に事実だったらどうであるかを考えればいいのである。
そしておかしいところがなければ、事実として認められるが、逆におかしいところがあれば、事実として認められないということである。単純な話である。)

私は以上の2点だけでも、事実として認められないという考えになるのです。

これまでこのサイトで言われたことを、何度も見つめ直し、いろんな角度から深く考えてみてください。そのうち、以上のように、事実を現実的に考えられるようになると思います。

◆ 航空史の問題点について

航空史について、簡単にひとこと。
アメリカには、「エリア51」という軍事基地があるという。

(引用開始:エム・バーガ著『アポロってほんとうに月へ行ったの?』朝日文庫2004年2月)

エリア51―――。
米国・ネバダ州。カジノの町、ラスベガスから車で2時間の距離にあるこの秘密軍事基地は、砂漠の真ん中にあります。
「アメリカの秘密」と言われているこの基地の警戒は厳重そのもの。秘密を持ち出そうとすれば、撃ち殺されると言われています。
ここで、何が行われているのか、実態は明らかになっていません。それどころか、米国政府は、この基地の存在そのものを1994年まで認めていなかったくらいです。(P110〜111)

(引用終了)

バードです。こういう秘密軍事基地を持っているアメリカ政府や軍関係者の編纂する航空史は、真実として受け入れられないということです。
もし、すべての軍事基地がどんな職業の人にも解放されており、それらの人たちが異論を感じないものであれば、その航空史は信用に足るものになろう。しかし、これまではそして現在も、厳重な立ち入り禁止をされており、それとはほど遠い状態である。
だから、その航空史は重要な資料に違いないが、私にとっては、それ以上ではなく、要注意資料になるということである。
デカルトの言う「ただ前例と習慣だけで納得してきたことを、あまり固く信じてはいけない」という性質の、資料であるということである。

(だから私にとってそれは、これに載っていないことは存在しなかったんだと言う根拠には、とてもじゃないが、なり得ないのです。)

(真珠湾奇襲攻撃、東京裁判、湾岸戦争、9・11同時多発テロ事件、イラクの大量破壊兵器問題などについて、米国政府は本当のことは言っていません。だから私にとっては、米国政府の言うことは、過去もこれからも当分の間、相当の吟味を要するということでもあります。)

(なお、この「エリア51」基地の内部には山や丘や窪みがあり、月面に似たクレータ状の窪みがあることやスタジオみたいな施設があることが、最近明らかになっている。この辺りは宇宙飛行士のトレーニング写真を見れば分かるが、私たちが人類月面着陸の映像で見た月面と、似ている場所があちこちにある。前掲書P113)

◆ 今後のことについて

プロのもの書きは、読者の質問に対して、相手や状況を考えて、回答しなかったり回答しても相手によってその回答を変えたりする。はっきり言えば、相手を選んで回答し、かつ相手によって回答内容が変わるのです。(プロでない人も、慣れた人はそのようにする。)
デカルトも、主として自分の研究時間が失われないようにという理由で、激しい批判が予想される自ら完成した本の出版を見合わせたり、自分に対する質問や批判への回答(の好評)を控えていた。
(デカルト著・谷川多佳子訳『方法序説』岩波文庫1997年7月P89〜90)

この、プロのもの書きの態度と、慣れたプロでない人の態度と、デカルトの態度は同じものであろう。自分の時間が欲しいのだ。

私は、プロではなく今回初めてこうした慣れない議論の中に加わった。そしてここまで、自分にできる範囲で回答をしてきました。
実はこの場を、デカルトの考え方を深く探求する場としたいというのが、私の本心でした。
が、この私の真意は一向に顧慮されず、予期しない質問に見舞われ、気がつけば議論は別の方へ、別の方へと行ってしまい、それは遅々として進まず、ここはそういう場ではなさそうだということです。

読者への回答をどうするかという点に関しては、デカルトやプロの考えが、ようやく私にも分かって来ました。
私も、今後は相手と状況をよく見て、回答をどうするかを、考えたいと思います。
そうすることで、自分の時間を大切にしたいと思っています。
(了)


[950] 投稿される際のお願い 投稿者:たかの(世話人) 投稿日:2004/03/11(Thu) 23:29:45

投稿される方にお願いです。
「マルイチ」「マルニ」・・・(○の中に1、2・・・)は、コンピュータの機種(OSの種類)によっては正しく表示されない文字ですので、できるだけ使用しないでください。
ローマ数字のI、II、III・・・の全角文字も同様です。
様々な環境でご覧の方がいらっしゃいますのでご注意下さい。

今後とも宜しくお願いいたします。

http://www.soejimatakahiko.net/rika/


[949] 訂正 投稿者:菜梨陽介 投稿日:2004/03/11(Thu) 05:27:31

眠い頭で書いたせいか、妙な部分がありますので訂正します。

×後者は同人誌のため入手は難しいのですが、
○同人誌のため入手は難しいのですが、

×基礎的な宇宙開発の基礎的知識はもちろんのこと、
○宇宙開発の基礎的知識はもちろんのこと、


[948] 追加 投稿者:菜梨陽介 投稿日:2004/03/11(Thu) 05:16:24

[945]では、60年代におけるアポロ計画の進行をまとめた例として、米HBOが製作したTV
ドラマである「人類、月に立つ」を幾度か取り上げていますが、当時の状況をまとめたわかり
やすい例として挙げたものですので、TVドラマという形態ならではの脚色が入っていることを
お断りしておきます。

より詳しい当時の情勢については、このドラマの事実上の原作となった、アンドルー・チェイ
キンの手による同名のノンフィクション(日本放送出版協会刊)も資料としてお薦めです。

また、[945]を書くにあたっては、宇宙開発評論家・航空宇宙史ライターの江藤 巌氏による
「宇宙の傑作機 ジェミニ宇宙船」(同人誌)を大いに参考にしております。
後者は同人誌のため入手は難しいのですが、ジェミニ計画に関する日本語テキストとしては
もっとも優れた内容なので、アポロ計画の側面、および当時のアメリカの宇宙開発を知る資料
として非常にお薦めの一冊です。

もう一つは、科学書の充実した書店ならまず必ず置いてある「スペース・ガイド2003」(【財】
日本宇宙少年団 編、丸善株式会社刊)です。
的川泰宣氏および毛利 衛氏監修、旧NASDA編集協力による宇宙開発ハンドブックで、基礎的な
宇宙開発の基礎的知識はもちろんのこと、宇宙探査計画や有人軌道飛行などのデータが手頃に
まとめられているので、宇宙開発について書き込む際は必ず手元に置いて、ある出来事の
日時などの記録を確認するのに利用しています。

[945]で参考資料について書くのを忘れておりましたので、以上追加しました。
副島氏も「参考資料を挙げるべし」と正論を述べておられるわけですから、しないわけには
いきませんしね。


[947] (無題) 投稿者:城下町 投稿日:2004/03/11(Thu) 02:01:07

連続投稿申し訳ありません。
[946]は[944]の続きです。

[946] (無題) 投稿者:城下町 投稿日:2004/03/11(Thu) 01:44:16

いや,バード様は今まで理科系掲示板にて推論のもとになる事実を示されていませんね。まずせめて事実であるという学問道場サイトにある情報を載せて頂けませんか。

[945] そういえば 投稿者:菜梨陽介 投稿日:2004/03/11(Thu) 01:41:54

肝心のこの部分について指摘しておくのをすっかり忘れていました。

[913]のバードさんの書き込みより引用してみましょう。
引用符を付けるのが面倒なので、コピー&ペーストですが。前後の文脈につきましては、各自で
[913]を再読していただくこととしましょう。
-----------------------------------------------------------------------------

人類月面着陸計画Δ呂燭世修譴世韻、単独に出現したのであろうか。もちろんそんなはずはありません。
歴史上のことはすべて、それに関係する事柄が、それ以前にいろいろと存在するのである。
Δ廊イ鯑Г泙┐討い襪世蹐Δら、イ廊Δ砲弔覆るものの一つだろう。その他にもいろいろな開発がΔ
つながっていくはずです。
-----------------------------------------------------------------------------

[913]のこの部分と、それに前後する文章を読んでいて気付いたことですが、バードさんはアポロ
計画の時間軸と技術開発について、詳しいことをご存じでないことがわかる文章なんですね。

まずアポロ計画は単独で出現したのだろうか、いやそんなことはない、というバードさんの主張に
反論してみましょう。

皆さんがご存じのように、アポロ計画はケネディ大統領の演説(1961年5月25日)がその端緒と
なりました。
しかし、名作と言っていい内容のTVドラマ「人類、月に立つ」(NHK-BS等でも放映されました)の
初期エピソードをご覧になったことがある方ならば当然ご存じのように、当時は「月に行くには
どうしたらいいのか?」という、最も基本的な部分についてアメリカ合衆国はあまり考えていな
かったのです。
それも当たり前のことで、当時公式にはそんな計画はもちろん存在しなかったので、それに
備えた技術開発はろくに行われていなかったのです。
60年頃にはマーキュリー・カプセルを改良もしくは拡大した、月にも行ける発展型マーキュリーが
考えられましたが、当時は着陸までは視野に入っていませんでした。
その後61年4月にマーキュリーMk2計画がスタートしましたが、これは後のジェミニ計画に発展
していきます(この時点ではまだ、ケネディの演説の前です)。


そしてドラマの中でも再現されていたように、ケネディ大統領の演説を受けたNASAは大慌てで
月に着陸するためのプランを試行錯誤しながら練り始めました。
NASAにとってはそれこそ寝耳に水であり、「いきなりそんなこと言うなよ!」だったのです。
もちろん、NASAが月に行くことをまったく検討していなかったわけではありません。
しかし、当時のNASAが考えていたのは月を周って帰ってくるだけの月周回飛行であり、着陸
までは考えていなかったのです。


さて、次に当時のアメリカ合衆国に、月着陸に繋がる技術や開発プランがどれだけ存在して
いたでしょうか?
アメリカ初の有人軌道飛行計画であるマーキュリー計画が正式にスタートしたのは、ケネディの
演説のわずか数年前である1958年末、最初の宇宙飛行士が選ばれたのは翌59年4月です。

そしてケネディが大統領に就任(61年1月)してわずか数ヶ月後の61年4月12日、ガガーリン
少佐が軌道を回りました。大きなショックを受けたアメリカはマーキュリー計画を半ば強引に
進め、翌月5月5日にはマーキュリー・カプセル”フリーダム7”による弾道飛行を強行しました。

この歴史的事実からもわかるように、アメリカは有人飛行技術において当時ソ連より幾分遅れて
おり、ケネディ大統領の歴史的演説が行われた時点では、まともな軌道飛行にさえ成功して
いなかったのです。完全な軌道飛行に成功するのは翌62年2月20日のことでした。

すなわち、当時のアメリカが保有していたのは「人間を宇宙空間に送り込み、生還させる最低限の
技術」でしかなく、アポロ計画に繋がる技術はその程度のわずかなものだったのです。
そこで、「人類、月に立つ」でも描写されていたように、月着陸宣言によりNASAは大慌てで
あらゆる技術を一から開発しなければなりませんでした。

マーキュリー計画で最低限の有人軌道飛行技術を獲得したNASAは、すでにスタートしていた
アポロ計画の下敷きとなる計画を立案します。それがジェミニ計画でした。
一般的にはアポロ計画より先にジェミニ計画が始まったかのように誤解されていますが、実は
逆で、アポロ計画において必要な技術を獲得するために、あとからジェミニ計画がスタート
したのです。


しかし当時はまだ月に行くために必要な複雑な軌道飛行をこなす技術はまだ存在しませんでした。
宇宙船同士が軌道上でランデブーしたりドッキングできるかどうかさえ未知数だったのです。
そこでNASAは、アポロ計画に将来参加することになる宇宙飛行士をジェミニに乗せ、必要な
技術をこつこつと開発していったのです。現在、家庭用電源や自動車への応用研究が盛んな
燃料電池も、アポロ計画のためにジェミニにおいて開発・実用化されたものです。


そして月に着陸させる着陸船でさえも、どのような形態にすべきか試行錯誤を繰り返しました。
この試行錯誤の過程は、「人類、月に立つ」の中でも屈指の名エピソードとなった「月着陸船
スパイダー -技術者達の挑戦-」において実に上手くまとめられて再現されていました。
また、航空機専門の模型雑誌「スケールアヴィエーション」誌には毎月の連載として実現しな
かった宇宙機を取り上げるページがあり、そこにはNASAが検討した(そして実現しなかった)
月着陸船のバリエーションが何度か掲載されています。
現在店頭に並んでいる同誌今月号で取り上げられているのも、そうした着陸船案の一つだった
はずです(先日軽く立ち読みしただけなので、もしかしたら先月号かも知れませんが)。


こうした歴史的事実からわかるように、1947年当時までさかのぼれば、当時は月着陸に備えた
計画など当然存在するわけもなく、それに呼応した技術開発計画、すなわち副島氏の言う
「月への軟着陸に備えた円盤状の飛行物体」が存在したことなどあり得ないのです。
それらが存在すると主張するのであれば、ぜひ証拠を示していただかねばなりません。

47年当時に本当にそのようなものが存在したとすれば、航空宇宙技術史は書き換えを余儀なく
されますからね。


[944] バード様へ 投稿者:城下町 投稿日:2004/03/11(Thu) 01:34:55

バード様は投稿938番で「真理なんだろうな・・・多分」ということに同意されているではないですか。

あなたがこれまでおっしゃってきたことは幾つかの事実から主観により考えた「推測」ですよ(主観により考え出したことから「憶測」と表現した方がより的確か)。推測のもとにしている事実は証拠にならない!
ケプラーの法則とは違って,事実から論理的に導かれたことではありません。


[943] Re[942]: Re[941]への回答 投稿者:bobo 投稿日:2004/03/10(Wed) 22:36:23

それではバードさん、1947年当時アメリカ政府に月着陸計画が存在したことと、それにバンデンバーグ将軍が関与していたことを示す証拠を提出してください。

[942] Re[941]への回答 投稿者:バード 投稿日:2004/03/10(Wed) 22:12:49

バードです。

『今日のぼやき[244]』の文章は正しい。

私は、あなたが言うように「証拠が無いなら、仕方がないから『近代合理的精神』で補って文章を書きましょう」と言ってるんじゃない。
隠蔽されて手にはいらないものは、仕方がないから手にできた範囲(の証拠)で考えればいい、と言っているのです。
このように「範囲」というのは、証拠を指します。

だからあなた方式で記述すると、「隠蔽されて手にはいらないものは、仕方がないから、入手できた範囲の証拠で『近代合理的精神』をはたらかせて文章を書きましょう。」と言うことになる。
私は、『今日のぼやき[244]』の趣旨に反しているとは思わない。
(了)


[941] Re[940]: Re[939]への回答 投稿者:bobo 投稿日:2004/03/10(Wed) 21:29:11

(理掲[940]から引用はじめ)

それと、私は「客観的証拠など無くてもいい」とは言っていない。
隠蔽されて手にはいらないものは、仕方がないから手にできた範囲で考えればいい、と言っているのだ。

(理掲[940]から引用おわり)


それでどうして副島氏の文章を肯定することになるんでしょうか。
バードさんはちゃんと『今日のぼやき[244]』の文章を読みましたか?
副島氏は、「証拠が無いなら書くな」と言ってるんですよ。「証拠が無いなら、仕方がないから『近代合理的精神』で補って文章を書きましょう」と言ってるんじゃないんですよ。
再度質問します。
バードさんは「証拠資料がなければ、たとえ短くとも言論、論文型の文章は、書き始めてはいけません。」という副島氏の意見を正しいと思いますか?それとも間違いだと思いますか?


[940] Re[939]への回答 投稿者:バード 投稿日:2004/03/10(Wed) 20:03:35

バードです。

当然、『今日のぼやき[244]』の文章は正しいに決まっている。

それと、私は「客観的証拠など無くてもいい」とは言っていない。
隠蔽されて手にはいらないものは、仕方がないから手にできた範囲で考えればいい、と言っているのだ。
そして、この「学問道場」関連のサイトにある情報で、もうすでに十分判断ができるのだから、これで考えればいいということだ。
これが、一貫して言ってきたことだ。
そのように読めませんか。

『今日のぼやき[244]』でも、なんでもかんでもたくさんの証拠を集めなさいとは言っていないでしょう。
自分の考え(書くこと)にとって必要なだけ持ちなさいということのはずでしょう。
そのように読めないですか。

これまで言わなかったが、あまり欲しがると騙されます。
悪意ある人間は、ここにもあそこにもデータがあると言って、人心を撹乱するのです。
それに翻弄されると、貴重なお金と時間の無駄をすることになるのです。
それも見分ける必要があるのです。
(了)


[939] バードさんへ 投稿者:bobo 投稿日:2004/03/10(Wed) 00:16:31

バードさんへ

http://www.snsi-j.org/boyakif/wd200201.html#3101
(今日のぼやき[244]から引用はじめ)

皆さんに、ここで、大事な事をひとつ、教えておきます。私が上述した、補強証拠とか、手元資料とかに関わることです。私にとっては、この手元資料と言うのが物凄く大切だ、と分かっているのです。だから皆さんに教えておきます。自分が、何か文章を書こうとするときには、必ず、その内容を補強する、参照資料を、揃えなければいけません。

その参照、証拠資料がなければ、たとえ短くとも言論、論文型の文章は、書き始めてはいけません。最低限度、2、3個の新聞記事でもいいです、そういうものを、きちんと引用したり、自説の補強資料として、自説の展開の中で使う、という 文章作成の癖、をつけないと、文章家には、なれません。

私の弟子たちを含めて、みんな、まだ、この事が分かっていないのです。自分の思いつきを、ワーワー書く人は、馬鹿です。自分が、そう思ったから、自然にそう書いた、だから、それを、あなたは、読んで、そして、私の考えに同感するべきだ、いや、きっと、同感してくれますよね、と、相手(読み手)に、期待するのは、ナイビテ=アホなのです。誰が、書き散らしの、他人の文章なんか、まともに相手にしますか。かつ、その人の文章を、頭から信じ込むような人はいません。みな、自分が、その人の考えに、騙されないようにと、警戒しながら読むのです。たとえ、自分の親友の文章でも、人は、厳しい判断にかけながら読む進みます。

(今日のぼやき[244]から引用おわり)


この副島氏の文章は「客観的証拠など無くてもいい」というバードさんの意見と正反対のことを言っているように思えますが、バードさんはこの文章が正しいと思いますか?それとも間違っていると思いますか?


[938] Re[937]への回答 投稿者:バード 投稿日:2004/03/09(Tue) 22:46:43

バードです。

>月面有人着陸から話題が大きくずれていますが・・・

ここと学問道場サイトではもう出尽くしている。
それでも分からないようだから、その基礎の話をしたまで。

>裏付けが無い限り、「真理・・・なんだろうな、多分」とまで
>しか言えないと考えます。

まあそういうことだ。特に若いうちはそうなる。若いうちは仕方がない。
そのうち結果が出るから、注意して見つめればいい。
ただし、そういう経験を何度も積むと、データが少なくても、それなりの(論点で)確信を得るようになる。

>ケプラーの法則は観測結果(事実)から導かれたものでしょう。
>逆説的な言い方をすると客観的証拠から得られたものです。

たしかに、ブラーエの豊富な観測結果がなかったら、ケプラーの法則があそこまで緻密にはできなっただろう。
しかしケプラーの、おそらく独特の頭脳(数学力)なくしては、不可能であったろう。
だから「ケプラーの法則は観測結果(事実)から導かれたもの」と単純に言えないであろう。
(了)


[937] Re[935] 投稿者:城下町 投稿日:2004/03/09(Tue) 21:17:48

月面有人着陸から話題が大きくずれていますが・・・


得られた結論に客観的証拠が無ければ、それは仮説ではないでしょうか。
客観的証拠、もしくは警察の捜査で例えれば、決定的な証拠が無くとも一つの結論しか得られない状況証拠がそろって(もちろんその結論を覆す事柄があれば別)初めて正しい結論であると認められるのでは。

裏付けが無い限り、「真理・・・なんだろうな、多分」とまでしか言えないと考えます。

以下は追記です。論点そのものではないので。

ケプラーの法則は観測結果(事実)から導かれたものでしょう。
逆説的な言い方をすると客観的証拠から得られたものです。
「この法則は各惑星の運動と合致している」
「ニュートン力学とも合う事が確かめられている」(ニュートン力学に関しては後に出てきたものですので、後になって出てきた証拠になります)


[936] 揚げ足とりですが 投稿者:菜梨陽介 投稿日:2004/03/09(Tue) 00:25:38

>これまでの議論の対象は、アメリカ政府と軍部によって事実を隠蔽され、私たちは事実を入手したり、見たりできないのだから、

現実をご存じないだけですね。
アメリカの航空関係マニアショップに行ってみましょう。機密だったはずの操縦マニュアルや
火器管制装置の操作マニュアル、仕様書などが普通に売っています。

以前にも書きましたが、機密はいずれ機密でなくなります。
でなければ、一民間人がF-104超音速戦闘機の部品を諸方面から入手して再生し、超音速
飛行の記録に挑戦するなんてことは出来ません。現在では、F-104を何機も再生して所有し、
民間アクロバット飛行チームを結成している人物さえいます。
これも以前書きましたが、F-104は機密だらけの戦闘機だったものが、時間が経ち機密が解除
されたという事実の好例です。

航空史を調べたことがない人には、航空機のテストについて詳細な記録が公開され、しかも
それが一般書として出版されていることなど知りようもないのでしょうが、実際にはステルス戦闘
機の開発当事者だったベン・リッチが書いた「Skunk Works」のように、テストの詳細を克明に
描いた書物がいくつも出ています。マニア向け洋書店に行くとそれこそゴロゴロと。
この事実をもって、バードさんの主張が単なる思い込みに過ぎないことは証明できてしまいます。
まあ、それらの記述は「嘘だ!」と主張されてしまうと堂々巡りになってしまいますが。


テストの詳細を軍が隠しているという主張についても、それが現実的ではないことを示すものが
あります。
先日も書きましたが、米陸軍が十数年来進めていたビッグプロジェクトであるRAH-66コマンチと
いうステルスヘリのキャンセル(計画中止)が発表されました。
この計画は進展が芳しくなく、その不調ぶりは民間にもよく知られていました。
手元の航空雑誌のバックナンバーや海外から配信される軍事関連ニュースを見ると、上手く
いっていないことがわかる情報がいくつも公開されていたことがわかります。

この計画については民間の第三者機関による批判的レポート(こんな上手くいかない計画に
莫大な血税を投入することへの批判です)も存在し、テストの過程についてかなりの情報が
公開されていたこともわかります。

さて、バードさんの主張によれば、航空機のテストの記録は軍関係者しか入手できないそう
ですが、これらの(莫大な資金を使い込んでしまった軍と主契約企業にとっては実に不都合な)
テストデータを元にした批判的レポートや記事は幻なのでしょうか?


さらにアメリカにはかなり市民に有利な情報公開法が存在します。
以前、UFO研究家たちが空軍やFBI、CIAが行ったUFO関連の調査についての情報(書類)を
公開するように請求し、機密だったそれらが実際に公開されています。
なぜ空軍やFBI(FBIは警察組織のように思われていることも多いのですが、実際は国内向けの
諜報機関でもあります)、CIAがUFOについて調査をしていたかというと、かつてはソ連が関る
謀略ではないかと疑われていたためです。
そのため、UFO問題はまさに国防上の機密に関るものとして位置づけられていました。

結果的に空軍やFBI、CIAの機密調査記録は「今や機密である必要はない」と認められ、裁判所
命令によって公開されました(もっともUFO研究家の中には、自分たちの予想した内容でない
ことに落胆し、怒り狂った人々もいましたが)。
私は日本の某博物館でそのハードコピーも見ています。


とりあえず、自分の思い込みだけで持論を展開される前に、実際に航空史および航空機の
テストがどのように行われているか、そしてそれらの情報がどのように公開されているかなどを
調べるべきだと思いますね。

バードさんは「証拠は隠されている。よって我々に証拠を元にした議論はできない。そこで推論を
元に判断する」とおっしゃっていると判断しますが、実際はそこに転がっている(ご自身に不利な)
証拠から目を背けているも同然なのです。


[935] Re[934]: 回答です。 投稿者:バード(2262) 投稿日:2004/03/08(Mon) 21:39:55

バードと申します。

  >ここで私がお聞きしたかったのはバード様が近代合理的精神に
  >基きどんな客観的事実を根拠に考えられたか、ということです。
  >どんな客観的事実を用いたのかお尋ねしたい、ということを
  >強調した方が良かったですね。(投稿[934]より)

投稿[934]の投稿氏は、客観的事実、客観的根拠を提示せよと言う。
申し訳ないが、私は客観的事実を持っていないので、提示できない。

警察の捜査でも証拠が隠滅されれば、捜査に相当の困難をもたらす。だから逮捕して証拠の隠滅を防ぎ、その間に証拠品を押収しようとするのだ。つまり、警察という大きな(国家)権力をもってしても、証拠(事実)を隠滅(隠蔽)されれば、客観的証拠(客観的事実)を示すことが困難であるということである。

これまでの議論の対象は、アメリカ政府と軍部によって事実を隠蔽され、私たちは事実を入手したり、見たりできないのだから、客観的事実を示せと言われても、示せるわけがないのである。

「これが、アームストロングが月で着用した宇宙服と生命維持装置だ。」ということで、その現品を貸与してくれるならば、2〜3ヵ月で、実験などで解析をして自分の頭脳で消化したものを、私は客観的根拠として提示できると思う。
しかし、それを貸与されることはないので、客観的事実を今は提示できないということだ。

航空史関係では、どういうことか。
テスト飛行は、立ち入り禁止の軍施設(砂漠の広大な施設)でなされているということだ。それで、軍関係者しか事実を記録できない。私たちはその記録を入手できないのだから、客観的事実と客観的根拠を提示できないのである。もし入手できるなら提示できるだろう、記録の整理にいくらかの時間がかかるだろうが。(もし、軍関係者がその記録を焼却したりして、記録がなくなれば、永遠に提示できないだろう。)

しかし、客観的な事実が入手できなくても、そうでなければ関連する諸事実が説明できないという、「思考」と「推理」を働かせて、「より真実に近い真実」を結論することはできる。また「その説明は間違っている。」というような判断は可能である。

私の言いたいのはここだ。事実が入手できれば、確実に論ずることができる。入手できなければ、確実に論じることはできないが、しかし、明らかな間違いは近代合理的精神に基づいた「思考」と「推論」で判断できるということだ。

***

ティコ・ブラーエは熱心なキリスト教信者であったため、コペルニクスの地動説には賛同できず、また火星の観測からプトレマイオスの天動説も不完全なものであるとして、独自の天動説をつくりあげた。
ティコ・ブラーエの説は「地球は宇宙の中心にあり静止している。太陽と月が地球の周りを公転していて、当時知られていた5つの惑星は太陽の周りをまわっている。他の星々は天球上にあり、この天球は地球の周りを1日に1回転している。」という複雑なものとなった。ティコ・ブラーエは観測結果をこの地動説で説明しようとした。

コペルニクスの地動説は、「地球と惑星はすべて太陽の周りに軌道をもっており、地球は南北の軸を中心として1日1回の割合で西から東へと回転している。」という理論(1543年)である。
ケプラーは、大学でこのコペルニクスの説を聞き、それを受け入れ、「彼(コペルニクス)が見いだした惑星の秩序の単純さは、神のつくりたもうたものにちがいない。」と、コペルニクスの地動説を信じるようになった。
なんと、このコペルニクスの地動説を支持するケプラーが、それを支持しないティコ・ブラーエの助手になった。(1600年頃)ただし、ブラーエが死去する(1601年)までの1年程度のようだ。
ケプラーはたいへんな苦労の末に火星の軌道を計算してみちびきだした。これによって惑星運動に関する、いわゆる「ケプラーの法則」の第1と第2法則が発見された。(1609年頃)その後、第3法則を発見した。(1619年頃)

ブラーエの天動説は、その理論は複雑であるにもかかわらず、観測結果と合致させることが難しかった。
他方、このケプラーの法則を用いた地動説は、惑星の観測値と計算値がよく合致し、しかも惑星の運動をシンプルに説明できた。

***

恒星の年周視差が地動説の最終的証明(客観的根拠)らしいが、ケプラーはその最終的証明、客観的根拠を提示しなかった。
客観的根拠を示さなかったけれど、ケプラーは「思考」と「推理」で真実の地動説に到達していたと言えるであろう。
人間は入手できた事実から、真実を思考すればいいし、人間はそれができるのだ。しかしそのためには、日常から近代合理的精神を涵養(かんよう)する必要があるということだ。

シンプルで、かつ事実を矛盾なく説明できるもの、それが人間にとって大切な真実であるだろうというのが、私の考えである。こねくり回した複雑なものは、先入観や権力による真実の捻じ曲げがあるというものだ。そういう複雑なものは、人間を不幸にするものであろう。(日本の税制は専門家でも分かりにくいくらい、非常に複雑である。それは権力者の利権や責任逃れに使えるだろう。年金制度も複雑にしている。それらは国を奇怪なものとし、不幸にしているのだろう。)

証拠に使用する事実が入手できれば、それを実験的に解析して客観的根拠を抽出し提示すればいいのだ。入手できなければ、入手できたものだけの、その範囲のなかで可能な判断を行えばいいのだ。そういうことだ。繰り返しになるが、客観的根拠が得られないときは、思考するしかないのである。客観的根拠を、そんなに欲しがる必要はない。あまり欲しがると、事実を隠蔽する権力者に飼われた羊になるだけだ。(日本記者クラブを見よ。彼らは、着飾った羊である。発表以外に何がしかを判断し言う頭脳を持たない、着飾った羊であり、これが情報ロボットということでもある。)むしろ、私たちは近代合理的精神の方を欲しがるべきであるだろう。入手した事実から、その範囲で判断できることを、きちんと実行できる、そういう頭脳を欲しがるべきだ。近代合理的精神とは、「たえず新しい真理を見出す習慣と能力」である。

真らしさは、あらゆる種類のことがらにおいてたいした苦労もなく見つけることができるが、真理は、ある限られたことがらで少しずつ発見されるだけであり、ほかのことがらが話題になると、知らないと率直に打ち明けねばならないものなのだ。−デカルト
(了)


[934] 答えられた後ですが 投稿者:城下町 投稿日:2004/03/02(Tue) 20:59:32

918の投稿者です。「城下町」の投稿者名を用います。

バード様、御丁寧なお返事ありがとうございます。

折角熱を込めてお返事いただいたところ申し訳ないのですが、
私の926における質問の解釈が私とバード様の間で食い違っていたようで・・・


以下投稿926より

> >>怪しげな三段論法と取れます。
> >>そう仰る根拠は何でしょうか?
> >>根拠となる事実をお示し頂けませんでしょうか。
> >根拠は、(3)に書いている。「近代合理的精神」だ。
> >人間の知力だ。自分の頭(総合知識力)だ。
> >自分の人生経験から、自分の力で掴み取るべきものだ。
> >「傍観者」であれば、永遠にそんなものを保有できるものではない。
> >「傍観者」には無理なものだ。「傍観者」には分からないものだ。

>要するに、自分の頭で何が正しいか考えるということですね。
>では、バード様が917において近代合理的精神にもとづき
>>過去のものでも、すべて公開すれば、外国に自軍の手の内(軍事思想)の多くを外国に晒(さら)すことになるので非常に危険であり、
(中略)
>>「公開されたものはほんの僅かである。」と思う。
>との流れで考えられた根拠は何なのでしょうか。
>傍観しているだけでは分からないのでお尋ねしたのですが。

ここで私がお聞きしたかったのはバード様が近代合理的精神に基きどんな客観的事実を根拠に考えられたか、ということです。どんな客観的事実を用いたのかお尋ねしたい、ということを強調した方が良かったですね。


[933] Re[926]への回答 投稿者:バード 投稿日:2004/03/01(Mon) 20:42:19

バードです。

理掲[926]に対し、ひとつだけ。

>では、バード様が917において近代合理的精神にもとづき
>  >過去のものでも、すべて公開すれば、外国に自軍の手の内(軍事思想)の多くを外国に晒(さら)す
>  >ことになるので非常に危険であり、
>  >(中略)
>  >「公開されたものはほんの僅かである。」と思う。
>との流れで考えられた根拠は何なのでしょうか。
>傍観しているだけでは分からないのでお尋ねしたのですが。

拙稿の理掲[917]における、
  「過去のものでも、すべて公開すれば、外国に自軍の手の内(軍事思想)の多くを外国に晒(さら)す
  ことになるので非常に危険であり、許されないことである。」
という論述で、理解できないと言うことなのか。
仕方がない、この場合について、もう少しだけ詳しく述べよう。

この場合は、軍事機密を公開するときは、その公開する担当者がどうするであろうかを、(その担当者になったつもりで)考えると言うことである。その担当者、つまりアメリカの軍事組織の責任者(米軍幹部とか国防省幹部とか)が、軍事機密の公開を考えたときにどういう様にするだろうかを、その身になって考えるのである。

そうすると、
  基本的に、公開せずに隠したい気持ちになるだろう。
   もし全面的にかつ正直に公開すれば、過去アメリカ軍がどんな研究をしょうとして、
   どういう成果を納め、どういう挫折を経験したのかということが具体的に、世界各国
   の軍事専門家に知れ渡ることになる。
   そうすると、世界各国の軍事専門家は、アメリカ軍の戦力と戦力内容を精度良く推定
   できるようになる。また自国の軍事力の開発方針や作戦の立案などに、そのアメリカ
   軍の経験を利用でき、その立案は効率よく(自国の軍事費と、余分な開発時間を使う
   ことなく)できることになる。これは、アメリカの軍事予算で、世界各国の軍事力の
   進歩を促進させる結果となる。
   世界には、敵国もあれば、同盟国もある。同盟国であっても、将来アメリカの敵国に
   なるかもしれない、その可能性は充分ある。
   よって、全面的かつ正直な公開は、それによって敵国の軍事的進歩を大いに促進する
   ことになる。
   だから、公開担当者はそのような公開はしたくないであろう。
   また、そのような公開をすれば、国民(また政府の他の省庁)だって黙っていないだ
   ろう。そこまで公開すれば、我々の安全保障を脅かすではないか、もっとしっかりし
   た安全保障政策をやれと、激しく怒るであろう。そして公開担当者は厳しく責任を追
   及されるであろう。
   だから、公開担当者がそのような公開をしたくないしできないのは、当然である。
  他方、公開したい気持ちもあるだろう。
   軍事予算は、税金(国民のお金)で成り立っている。
   だから、アメリカの軍事組織の責任者は、このように我々はまともに働いており、充
   分な成果を挙げているということを、国民にアピールしたい気持ちはあるだろう。
   あるいは、一部国民の知的欲求に対して、ある程度のサービスをしたい気持ちも起こ
   るだろう。
   また、世界の敵国に対して、アメリカにはこういう新兵器があるのだと、敵を威嚇し
   恐れさせ萎縮させ、外交を有利にするための、公開は、したいであろう。
   あるいは、上院議員などが予算に関連しての何かの理由で、部分公開を議会で迫る場
   合もあろう。
   このようにアメリカでは、他方で、公開したいと思う気持ちもあるであろう。
  ゆえに、アメリカでは、,鉢△領省を考慮に入れた、公開になる。
   実際には、極度の秘密主義者の担当者によって極度に隠されたり、極度の公開主義者
   によって公開されすぎたりと、ブレる場合があるだろうが、国民の監視でそこそこの
   リーズナブルな(理に適った)公開に収まるということになるだろう。
  よって、全面的かつ正直な公開は、多少部分的にあってとしても、すべての軍事機密に
   関してはありえない。
ということが、容易に推測される。

よって、拙稿の理掲[917]で述べた、
  a.だから、公開されたものはほんの僅かである。
  b.公開されたものも、中身を骨抜きにしながらの、公開であるはずだ。
  c.たとえ古い技術でも、現在の先端技術に関わるところは公開できるものではない。
  d.私はこのように、「公開されたものはほんの僅かである。」と思う。
というようなことが、結論として言えるということだ。

こういう説明は、表現しにくいものだが、以上である。
アメリカの国防・軍事の研究を重ねた人ならば、もっと別の重要な見方をするかもしれないが、以上が、現時点の私の理解である。

(おまけ)
では、どうすれば、真実に迫ることができるのか、という問題が残ることになろう。
おそらく、次のような方法はその一例だろう。

 A.先ずはじめに、公開されたものを基に、どの辺りを問題とするかを決定する。
 B.そして、それに関連するプロジェクトなどの予算を追い、その予算の額、その予算の
   内訳、その内訳の使われ先企業、その企業の専門や動向などなど、地道に調査していく。
 C.このような地道な調査を繰り返して、真実を掴んでいく。

ところで、このような調査の方法は、各研究者の「企業秘密」のようなものである。
だから、そういう人の身近にいて自分で観察して盗み取るしかないのである。
もし、君の身近にいる先輩研究者や先生が凡庸で、情報&データ奴隷だと、盗み取るものもない。その場合は君の苦労は計り知れなくなるだろう。
身近に優れた研究者がいるということは、この上なくありがたいことなのだ。
(了)


[932] うーむ 投稿者:菜梨陽介 投稿日:2004/03/01(Mon) 16:22:02

タチの悪い風邪にやられてしまい、今日は仕事を休んでいるのでちょっと辛いです。

>大巴 葦天さん
「利梨」とは私のことでしょうか? 私は「菜梨」なのですが……。
私へのご質問ということでしたら、まずは正確にハンドルを表記していただきたく思います。

>。貴方は「ファンダメンタリスト「とは何かご存知ですか?・・・そうでしょうね、知らなくて当然です

突然の決めつけはよろしくないと思いますが。ファンダメンタリストの意味ぐらいは承知しており
ますが何か。スコープス裁判のような有名なエピソードもありますし。
いわゆる擬似科学などについて調べていると、当たり前のように出てくる言葉ですしね。

しかし他人の知識を推し量るまでは良いとしても、いきなり決めつける態度は「ふてぶてしい」の
範疇には入らないのでしょうか?

>貴方が自称・サイエンティストなら謙虚でなければしけませんよ。

私はサイエンティストなどとここで名乗ったことはございません。以前、ただの宇宙開発マニアを
自称したことはありますが。学歴だって高くはありません。
私は非常に曖昧で事実誤認だらけの「月着陸は捏造とする説」や、航空宇宙や軍事に関して
何も調べずに、実にいい加減なことを公言する方々の態度に我慢がならないだけの、よくいる類の
マニアという人種でしかありません。
まあ、自分の趣味の領域でいい加減なことを言っている人間がいるとつい口を出したくなるのは、
マニアの大いなる欠点ではありますね。

さて、ファンダメンタリストについてどう思うか、ですか?
それについては、大巴さんの質問の意図が把握できませんので回答を控えさせて頂きます。
何らかの意図をお持ちの上で質問されている大巴さんはともかく、私にはこれまでの議論(議論
とも呼べない無意味な応酬に過ぎませんが)の流れとまったく関りがないように見える質問に
積極的に答える理由が見いだせませんし、私からしてみれば「ふてぶてしい」決めつけをされたり、
相手のハンドルもちゃんと認識しておられない方の質問に答えるのは無意味だと判断します。
もちろん、その結果として大巴さんが当方をどのように評価されようが、それは構いません。


ところでファンダメンタリストで思い出しましたが、月着陸捏造説がアメリカ合衆国内で流布し
始めた元凶の一つは、そうしたファンダメンタリスト達の主張ですね。
あちらには「地球平面協会」のように、宗教的な理由により現在の科学が割り出してきた事実を
否定する人々が少なくありません。
そうした人々が月着陸を否定し、一種の都市伝説として定着して映画にまでなった(あの映画
では、月ではなく火星がネタになっていましたが)。
そして今頃(アメリカ文化に詳しい人物ならば、そうした都市伝説もどきが存在することは知って
いて当たり前ではないかと思います)それを知った日本の一部の人々がそれを信じ込み、そうした
人々の一人である人物の公式サイト内で、ファンダメンタリストについて質問する方がいる……
因果は巡るものですねえ。


以下は[931]へのレスとなります。

>今までやった実験では、ある特定の法則が成立しているけれど、実験をやらなかったところでは
>成立していないかもしれない。だとすれば、現代の人間が科学常識としていない事態だって
>あるではないか」

ですから科学者は、延々と実験や理論の構築、すでに成立した理論の「抜け穴」を探す作業を
怠りません。すでに揺るがないようにも見える特殊相対性理論について今なお腐るほど追試や
発展的な実験がしつこく行われているように。
科学とは「知らないことを知る」作業でもあります。
科学について何らかの意見を持つならば、その程度のことはわきまえていて当然でしょう。

>法則といったところで、要するに、今の時点で私はこの学者の学説を信用しますということだけ
>のことに過ぎないのではないか?

その時点で主流となる学説とは、提唱者がまず論文なり何なりを発表すると、多数の他の学者
によってしつこいほどの検証を受け、生き残ってきたものです。
非常に過酷な検証・追試に生き残れなかった学説は山ほどあり、生き残ることに成功した学説は
ほんの一握りに過ぎません。
そうして得られてきた学説だからこそ、多くの人に「もっとも有力な学説」として認識されるのです。
もちろん、あとから不都合な点が発見され、それがひっくり返されることもある。
科学というシステムは、決して不変の学説を押しつけるために存在するわけではありませんから。
これは大巴さんもおっしゃる通り、ごく当たり前のことです。

では月着陸はどうでしょう(私はあくまで月着陸・および航空宇宙関連のツッコミを入れるために
ここに来ているので、このネタにできるだけ絡めようと思います)。
こちらは上記の例とは少々違ってきますが、多くの物証・傍証が絡み合って、それを事実として
受け入れるに足るだけのものなっています。

この事業には実に膨大な資料や記録、物証が残されています。
それを否定しようというのですから、副島氏や、その主張に同調する皆さんはそれらを皆ひっくり
返すだけの論拠を提出する義務を負います。
しかし残念ながら、具体的な論拠はいまだお目にかかっていません。
自らに有利な勝利条件を一方的に設定する作業ばかりに熱心で、「科学的な手続き」と言える
論証は、昨年横山氏が挑戦された程度で、ここではほとんどお目にかかれません。
議論のための議論などばかりで。

ぜひ副島氏および同調者の皆さんには、世界を「あっ」と言わしめるような論拠を提出して頂き
たいのですが、いつになったら提出していただけるのでしょうか。


>それまでの常識だったことが否定されていっている。

そうです。否定されることは別に珍しくともなんともありません。
しかし、否定するための理論構築やそのための実際的な作業は実に緻密なものが求められる
ことはいうまでもありません。

言うまでもなく、月着陸という「常識」をひっくり返すのであれば、世の中がそれを受け入れるに
足る証拠が必要とされます。
どこかのインタビュー映像か何かを切り貼りし、編集とナレーションによる誘導で視聴者を騙して
いるだけのTV番組のキャプチャー画像を何枚も貼り付けたり、まともに資料も調査しないような
いい加減な主張では、世の中は「常識」を改めてはくれません。


[931] ファンダメンタリストについて補足 投稿者:大巴 葦天 投稿日:2004/03/01(Mon) 04:23:20

ファンダメンタリストはこのように合理的に考え抜いているのだから、反撃の手を緩めない。
「自然科学というが、いまの自然科学の実験は、みんな不完全帰納法ではないか。
今までやった実験では、ある特定の法則が成立しているけれど、実験をやらなかったところでは成立していないかもしれない。
だとすれば、現代の人間が科学常識としていない事態だってあるではないか」

自然科学の法則にしても、貴方自身が実験で確かめられたわけでもなく、自然科学者がいったことを
貴方が信じている、これだけのことでしょう。自然科学の学説でも、学問が進んでいくにつれて、
それまでの常識だったことが否定されていっている。
法則といったところで、要するに、今の時点で私はこの学者の学説を信用しますということだけのことに過ぎないのではないか?


[930]     利梨さんへの質問状です 投稿者:大巴 葦天 投稿日:2004/03/01(Mon) 04:19:15

唐突ですけれども利梨さんは神を信じますか?
・・・いえいえ、答えなくても結構。初めから答えはわかっています。
それから利梨さん。貴方は「ファンダメンタリスト「とは何かご存知ですか?・・・そうでしょうね、知らなくて当然です。
それは貴方のこれまでの一連の書き込みを見ていれば簡単に見当がつきます。
私は今まで冷静に貴方を観察していましたが、貴方のふてぶてしい傲慢な態度にはうんざりです。
貴方が自称・サイエンティストなら謙虚でなければしけませんよ。
貴方のような文章に必ずと言っていいほど嫌味な皮肉を入れるのは
正直人間性を疑います。
くだらない低レベルな皮肉は仲間内では受けても、外部からは嫌われるだけです。

まあ、それはおいといて貴方のように科学・科学と科学の力を過信している方に是非欧米のサイエンティストの姿勢を見習ってほしいものです。
突然何なんだこいつはとお思いのことでしょうが、まぁ最後まで聞いてください。
私としては貴方が「ファンダメンタリスト」についてどのようにお考えなのかただ単に知りたいのです。
その前にまず「ファンダメンタリスト」とは何なのかを簡単に説明したいと思います。
ファンダメンタリスト(原理主義者)はアメリカに多く存在するが
日本にはほとんどいないといっていいほど少ない。
そしてファンダメンタリストほど日本人の理解を絶するものはないだろう。
ファンダメンタリストとは聖書に記されていることをそのまま事実だと信ずる人のことである。
重病人が瞬時に直ったり、死んだ人が生き返ったり、人間が水の上を歩いたり・・・
聖書のこんな記述に接すると日本人のキリスト教徒は誰もがこれを抽象的に読む。
そんな非科学的なことは起こりえまいが、何かを象徴した表現であろう、と。
ところがアメリカでは高名なサイエンティスト(科学者)などにもファンダメンタリストがいる。
「奇跡なんて科学的に起こりえない」と反論する人に、ファンダメンタリストは答えていう。
「自然法則なんていったところで、それは神が創り出したものである。
だから神ならば自然法則を変更することもできれば、一時作動を停止させることもできる。
人間が水の上を歩いたとて、神が重力の法則を一時停止させたとすれば、少しもおかしくないではないか」

と、このように少し長くなりましたけれど、貴方にとってこのような
「ファンダメンタリスト」をどう感じますか?
馬鹿らしいと思いますか?
いえいえ、別にたいした意味はありません。
このような質問を貴方がどう答えるか興味があるのです。
ただ、その質問の答え方によって私の貴方への評価が固まります。
あぁこの人は凄いと唸るか、なぁんだこの人は大したことないんだ、
と、この二つの内どちらかであることは確かです。
(ちなみに私はこれは、と思った会う人会う人(中にはアメリカの大学教授)にこの質問をしてきました。)

それではよろしくお願いします。
どのように返答なさるかとても楽しみにしております。


[929] Re[927]: 922のたかのさんへ 投稿者:たかの(世話人) 投稿日:2004/03/01(Mon) 01:49:17

sisoさん
>たぶん、910の方は、DNAの英語の化学名についての質問かと思います。
>長い英単語の最たるもので、20万7000文字にもなるそうです。

あ、DNAの化学名(物質のパーツ名を全て列挙したもの、構造を正しく表現)ですか。ギネスブックに載っている長い単語というやつですね。
この長さって、「全て表したとするとおよそ」ということですか?

http://www.soejimatakahiko.net/rika/


[928] おかるてぃすと 投稿者:青蛙 投稿日:2004/03/01(Mon) 00:00:06

Fuminさん:
 ご自分の web ページにて、拙稿へのレスをいただきありがとうございました。
「時間切れ」――某所でも
> 青蛙とかいうの、いまさら何をやってる?
> なんで大昔の発言にレスをつける?
とお叱りを受けちゃいましたが、そういえば web ページのレンタル期限だったんですね。
遅い書き込みになってしまい申し訳ありませんでした。
 掲示板はチャットではないのですから、リアル・タイムでレスをつけなければならないことはないはずですし、なにより私がFuminさんのここ理掲へのご投稿を知ったのは比較的最近だったのですよ。――某名無し氏#449


 さて、本編に関しましては

> 大筋ご指摘のとおりだと思います。

とのことで、胸をなでおろしております。

ところで、
> 唯一気になったところといえば、ケプラーが「稀代のオカルティスト」としておられること
> 「オカルティスト」をどのような意味で使っておられるかが若干不明
は、
> ちなみに、ケプラーは天体幾何学や天体音楽にのめりこんだり、アルバイトで星占いをするなど、稀代のオカルティストであったこともお忘れなく。
に対するものですね。
 これに関しては [925] でも触れましたが、日本では科学史についてかなり偏った教育ないし啓蒙がなされていることを指摘したかったんですよ。日本の科学者は、ケプラー、ガリレオ、ニュートンらを自らの先達に据えています。そのため、彼らの科学的業績のみがピック・アップされて紹介されています。
 特に、現代日本においては「宗教はかつて科学を迫害ないし排斥しようとした敵」という時代遅れな偏見が根強く、科学的業績の著しかった彼らをことさら英雄視しているように見受けられるのです。確かに、彼らの科学史上における業績は評価すべきですが、ルネサンス期の知識人たちは、決して科学者だったわけではなく、science と occult との二束草鞋を履いていた――オカルティストでもあった――ことを知ってほしかったのです。ケプラーは天文学でのビッグ・ネームですが、オカルティストとしてもビッグ・ネームだったのです。オカルティストという表現は、決してケプラーを卑下する意味で使ったわけではありません。

> 当時の天体力学と天体の幾何学・音楽は理論派なら当然研究対象となった
> AstroのLogosである占星術とNomosである天体運動法則との両方を研究したことも、当時の研究者としてはけっして「とんでも系」ではなかったと思います。
 これはまさしく仰るとおりです。両方(science と occult)を研究したことは、当時の研究者としてはむしろ常識であったと考えています。

 Fuminさんの web ページ閉鎖は残念ですが、
> それほど遠くない将来に、別の形でもう一度サイトを立ち上げて「科学とは何か」について考えていきたい
そうですので、楽しみにしております。


[追記]
 拙稿「[925] Re:[868]うちの大学は存在しない?」において重大な誤記がありました。

誤:ギリシア時代、天動説は「トンデモ」だったのである。
正:ギリシア時代、地動説は「トンデモ」だったのである。

訂正してお詫び申し上げます。


[927] 922のたかのさんへ 投稿者:siso 投稿日:2004/02/27(Fri) 15:04:49

たぶん、910の方は、DNAの英語の化学名についての質問かと思います。
長い英単語の最たるもので、20万7000文字にもなるそうです。
その他では、トリプトファン・シンセターゼA蛋白質の科学名が1909
文字などがあるそうです。

[926] Re[921] 投稿者:918の投稿者 投稿日:2004/02/27(Fri) 11:28:34

918の投稿を行った者です。

菜梨様、申し訳ありません。
もう一度、バード氏による投稿への返信をさせて頂けませんか?


>>菜梨氏が投稿における結論の説得力を持たせるために資料、参考文献を掲げるのは
>>当然のことではないでしょうか。
>論点が分かっていない。そこはその次への導入部に過ぎない。

本論で無いのはわかりますが。
導入に反論してはならないと?

>>怪しげな三段論法と取れます。
>>そう仰る根拠は何でしょうか?
>>根拠となる事実をお示し頂けませんでしょうか。
>根拠は、(3)に書いている。「近代合理的精神」だ。
>人間の知力だ。自分の頭(総合知識力)だ。
>自分の人生経験から、自分の力で掴み取るべきものだ。
>「傍観者」であれば、永遠にそんなものを保有できるものではない。
>「傍観者」には無理なものだ。「傍観者」には分からないものだ。

要するに、自分の頭で何が正しいか考えるということですね。
では、バード様が917において近代合理的精神にもとづき
>過去のものでも、すべて公開すれば、外国に自軍の手の内(軍事思想)の多くを外国に晒(さら)すことになるので非常に危険であり、
(中略)
>「公開されたものはほんの僅かである。」と思う。
との流れで考えられた根拠は何なのでしょうか。
傍観しているだけでは分からないのでお尋ねしたのですが。
(「傍観・・・」という投稿者名は確かに一読して失礼な印象を与えますので今後使いません。これは、申し訳ありません。)


>>副島氏は件の「ぼやき」において科学的、技術的な問題に言及されていますのでそこに指摘がされるのは当然のことではないでしょうか。
>これは、誤読したコメントである。なにも言いようがない。

副島氏のぼやきのうちで菜梨氏がとりあげていらっしゃったのは科学的・技術的な「歴史」に関する事でしたね。私に語弊がありました。


>>アポロ疑惑といい、航空史といい、科学的・技術的な問題に関する事柄は事実に基いて論じられるべきです(そのために資料・文献を調べるはずです)。
>>楽しみ、活力を求めるのは大いに良いことだとは思いますが
>>そのために事実か否か根拠があやふやな話が進む事はよろしくないのでは。
>当たり前だ。また、論点のすり替えだ。

バード様は917において
「菜梨氏の投稿における論理展開は間違っている」
「菜梨氏の投稿は冷酷である。気分を害するものである」
と主張されたいのですよね。
それに対するつっこみなのですが。


>*** 以下は、最重要事項である ***(後略)

気分が悪くなるから議論をしてはならないと?
菜梨氏の投稿と重なりますが、皆で知恵を出して真実を追求しようとしているから議論になっているのではありませんか?

はぁ、元々の議題とは全く違うことを議論してしまった・・・


[925] Re:[868]うちの大学は存在しない? 投稿者:青蛙 投稿日:2004/02/27(Fri) 08:02:58

Fuminさん:

> K.ポパー
 →反証可能性
> T.クーン
 →パラダイム論
ですな。

> 木星の衛星はタイタンではない
 細かいことですが
「木星の衛星にタイタンはない」
「タイタンは木星の衛星ではない」
では?

> 「地動説の証明は科学史の通説ではガリレオではなく、後の年周視差と光行差である」とかは、「どの教科書にも載っている」
 
 “ガリレオ 地動説 証明した”で検索してみると、
http://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%82%AA+%E5%9C%B0%E5%8B%95%E8%AA%AC+%E8%A8%BC%E6%98%8E%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%80&num=100&hl=ja&lr=&ie=UTF-8&newwindow=1&filter=0
↑ヒットします。

 また、青木国夫「大屈折望遠鏡は無理」には

 | ガリレイのこの発見で、衛星をもつ天体が地球のほかにもあることが証明された。「地球
 |がすべての天体の中心である」とする天動説を根底からくつがえし、地動説を強く支持する
 |ものであった。
   (青木国夫/板倉聖宣/市場泰男/鈴木善次/立川昭二/中山 茂『思い違いの科学史』
  朝日新聞社(朝日文庫)・2002, p.261)

とあり、ここで「ガリレオが証明した」「天動説が根底から覆された」「地動説を強く支持した」と述べられています。

 ガリレオの天体観測が太陽中心説(いわゆる地動説)の証明になったのかと言えば、私もFuminさんと同じ見解です。恒星の年周視差の検出をもって地動説が“間接的”に証明されたと考えます(実際には、その前に恒星の年周光行差が検出されて地動説が“間接的”に証明されたわけですが)。しかしながら、世間一般ではそうでもないようです。

 私としては、

・ギリシア時代、地動説は科学的に否定されていた。(プトレマイオスの『アルマゲスト』参照)
 ギリシア時代、天動説は「トンデモ」だったのである。
・ルネサンス期も、地動説は科学的に否定されていた。
 恒星の視差が検出されなかったから。地動説(コペルニクス説)を否定したティコ・ブラーエは、自身による新星・彗星の観測から天動説(プトレマイオス説)も否定し、独自の説を提唱していた(部分的太陽中心説)。
・コペルニクスは地動説をプトレマイオス・レベルにまで引き上げたにすぎない。
 コペルニクスは(ガリレオも)地動説が正しいという確固とした証拠を提示することができなかった。
・地動説が提唱されてから証明されるまで、300年(実質200年)の時(と技術の進歩)を要した。

という流れだと思うのですが。


[924] Re:[853]「証明」とは何か 投稿者:青蛙 投稿日:2004/02/27(Fri) 08:01:20

皆さま、はじめまして、青蛙と申します。どうぞよろしくお願いします。

Fuminさん:(←HN、コピペしたけど全角英数字でよかったのかな?)
 「[853]『証明』とは何か」で指摘しておられた、副島先生の「今日のぼやき #433」に対する

> いくつかの瑣末な「誤記」

についてですが、私も気になった箇所が散見されたので、昨年の5月20日頃、『ぼやき』管理者のアルルの男・ヒロシさん宛に

> 次回更新時([一つ古いぼやき] への繰り替え時)にでも、筆者の副島先生ともどもご検討いただきまして、善処していただけたら幸いです。

と提言したメールを送付したんですよ。そうしたところ、副島先生から丁重なるご返信をいただきました。しかしながら、肝心の「検討」「善処」はしていただけなかったようで、ログがその後も放置されたままだったため、このほどFuminさんによって再び指摘されてしまったという次第です。
 私が指摘した箇所は次のとおりです。
(アンカーをつけると煩雑になりますので、この掲示板の仕様に従います)


<転載開始>

(前略)

> スシエンザ、スシヤンス
 ↑これは何でしょう? ひょっとして、英語 science に相当する、イタリア語 scienza (シェンツァ)、フランス語 science(スャーンス)の発音をカナ表記したものでしょうか。「スシ……」とする理由がわかりません。

> 「科」の「学」、何の意味だ?
 元は漢語で「分科の学問」、すなわち学問の複数表現でした。ですから、科学は広義的には学問と同義と見なされます。「自然科学」「社会科学」といった場合の「科学」がこれに相当します。
 狭義的には自然科学を指します。英語 science の訳語ですね。英語 science がラテン語 scientia(スキエンティア、知識)から来ていることは、今更申し上げるまでもないでしょう。これも、一つ一つの知識を集合的に捉え、更に、知の体系―学問と意味が変容してきたものです。

> nattural science → natural science

> 類推(アソシエーション)
 類推に相当する英語は、普通、analogy であり、これは「アナロジー」とカタカナ語として使われることもあります。(draw an analogy:類推する)
 一方の「アソシエーション」association を「類推」としたものは、他に見たことがありません。「関連」「連想」といった語義があるのでそれから類推されたのでしょうか。

> ガリレオ・ガリレイが(中略)発明した望遠鏡なるもの
 望遠鏡(telescope < telescopium)は、オランダの“レンズ磨き(製造)職人”H・リッペルスハイ Hans Lippershey が1608年(ガリレオに先立つこと2年)に発明したものとされています。同年10月に特許の出願をしたのだそうです。ガリレオは、このリッペルスハイの発明を参考に望遠鏡を自作し、それによって天体観測を行ないました。

> ガリレオ・ガリレイが、(中略)木星の四つの衛星でを[ママ]、「見た」(中略)その時に、ニコラス[ママ]・コペルニクスが提出していた地動説(ちどうせつ)を、証明したことになった、という事実
 ガリレオの天体観測(木星の4大衛星、いわゆるガリレオ衛星 the Galilean satellites の発見。ガリレオは、まだ planetae「惑星」としていた)は、必ずしも全ての天体が地球を中心にして回転しているわけではないことを提示しましたが、ニコラウス・コペルニクスの地動説の傍証にはなっても、証明になったわけではありません。
 ですから、それは地動説を証明したという「事実」ではありません。このことは、副島先生にメールを下さった通称「優れたメール」氏にお伺いすれば、ご理解いただけると思います。(もっとも、副島先生の仰るところの事実が「地動説を証明したという事実」でなければ、話は別ですが)

> 四つの衛星でを → 四つの衛星を
> 「見た」時に、その時に、→「見た」その時に、
> ニコラス・コペルニクス → ニコラウス・コペルニクス
 Micolaj Kopernik のラテン名は、通例、Nicolaus Copernicus(ニコラウス・コペルニクス)です。

> 当時のヨーロッパの最先端文化地域だった、フィレンツエ[ママ]で大騒ぎになって
 ガリレオが、その観測結果を出版した『星界報告』(Sidereus nuncius,1610) は、もちろん、ヨーロッパ全体の天文学者の間で大騒ぎになりました。なにしろ、それまでの常識を数多く打ち砕いたのですから。

> フィレンツエ → フィレンツェ

> それで、ローマに呼び出されて、ガリレオは、神学者(中略)から宗教裁判(中略)にかけられます。1615から1616年のことです。
 いわゆる「第1次裁判」のことですね。しかしそれは、ガリレオがコペルニクスの地動説を“証明”したからではありません。ガリレオがコペルニクスの地動説を擁護したことも含め、ガリレオの観測とそこから導かれる結果が『聖書』の記述(神=教会の教え)と食い違うことが争点になったのです。

> ガリレオは、異端審問にかけられて、投獄されることを怖れて、自説を撤回
 ガリレオが、投獄されることを怖れていたかどうかは知りませんが(さすがに、異端審問にかけられるのは怖れたことでしょう)、このときガリレオは自説を撤回したわけではなく、実際の宇宙の構造(現実・実際)を表したものではなく、あくまで計算上の理論(抽象)に過ぎないと譲歩したのです。

> その時に、ガリレオが、「それでも地球は動いている(あるいは、「太陽の周りを回っている」)」
と言ったとされていますが、それはのちに作られた物語だそうです。
 これは仰るとおりです。ガリレオが“Eppur si muove.”(一般には 「それでも地球は回っている」と訳されていますが、副島先生が掲げておられる方が原語に近い)と言ったという記録は知られていません。戯曲『ガリレオの生涯』において、ベルトルト・ブレヒト Bertolt Brecht が役者のガリレオに言わせたものなんだそうです。

> ガリレオが、1610年に、自分が発明した望遠鏡による天体観測(中略)によって、木星の四つの衛星を「目視した」ときに、その時に[ママ]、コペルニクスの地動説(中略)が証明された。
 なんだか前段の繰り返しですね。もう一度申し上げます。
 ガリレオが望遠鏡を発明したわけではありません。
 ガリレオの天体観測は、コペルニクスの太陽中心説(the heliocentric theory of Copernicus、いわゆる「地動説」)の傍証になりこそすいれ、証明したことにはなりません。

> アストローノーミカル・オヴザベイション
「ロー」と -ro- を長音にする理由がわかりません。英語の強弱アクセントを日本語の高低アクセントに置き換えるために、便宜的に長音を用いるとすれば、「アーストロノーミカル・〜」となるのではありませんか。

> 「目視した」ときに、その時に、→「目視した」その時に、
 前段でもそうでしたが、なんだか日本語がおかしいですよ。

> heliocentric theory → the heliocentric theory
 定冠詞が必要でしょう。なぜならコペルニクスが唱えた(特定の)地動説なのですから。

> ヘリオセントリック・セオリー → ヒーリオウセントリック・セオリー
 セオリーの方は、カタカナ語としても定着していますが、heliocentric はカタカナ語で使われることがあるでしょうか。それにしても、英語をローマ字読みに基くカナ表記にする理由がわかりません。

> コペルニクスの地動説は、彼の死に間際の、1543年に、ニュールンベルグで弟子たちによって、出版された。彼が生きているうちに、地動説を発表すると、宗教裁判にかけられて投獄されることが明きから[ママ]だったからだ。
 コペルニクスの地動説の公表、すなわち、『天球の回転について』の出版は、教会の重臣の一人、当時の教皇クレメンス七世の秘書官を務めていたヴィドマンシュタット枢機卿のリクエストに応えたもので、その出版資金が、コペルニクスも所属していた教会から出ていたとしてもですか?

> 彼の死に間際 → 彼の死の間際

> ニュールンベルグ → ニュ(ー)ルンベルク
 ドイツ語の語尾の有声破裂音は無声音化します。ですから、ドイツの地名 -berg は「〜ベルク」と表記することになっています。(-burg は「〜ブルク」)

> 弟子たちによって
弟子というよりも友人です。コペルニクスは幾人かの仲間と天文サークルを営んでいました。(とは言え、よく見られるような観測者の同好会ではなく、天文理論を戦わせる同好会です)そこで彼は、『天球の回転について』よりも幾分前、ガリレオの『星界報告』よりも1世紀前の1510年頃に Comentaliolus(小論)という、今で言う同人誌(手書き・手写本)を発行しており、そこで地動説を示唆していました。

> The Ptolemaic system → the Ptolemaic theory
 こちらは定冠詞がついていますね。しかし、固有名詞でもなく、文中なのに、なんで大文字で始まっているのでしょう? それから、前段のコペルニクス説では theory を使っているのですから、ここも揃えた方が良いのではないでしょうか。

> プトレマイック・システム → トレメーイック・セオリー
 Ptolemaic は、便宜的にカナで発音を表記すれば「トリメイイク」となります。また、Ptolemaios の英語名 Ptolemy は普通「トレミー」と表記されます。(よもや「プトレミー」などと、木村鷹太郎ばりの表記を推奨するわけではありますまい)これらに基いてカナ書きすれば、せいぜい「トレメーイック」でしょうか。

> ポーランド人のコペルニクスの地動説の発表 → ポーランド人コペルニクスによる地動説の発表
 「の」が続きすぎです。

> ガリレオの1610年のタイタンの目視(中略)による証明
 木星の4大衛星に Titan はありませんが。(Titan―土星の第6衛星は、1655年にオランダの C・ホイヘンス Cristiaan Huygens によって発見)
 それから、再三申し上げていますが、ガリレオの発見はコペルニクス説の証明になっていません。

> この瞬間が、天動説の崩壊の始まり、とされる
 そうお考えなのは、おそらく副島先生だけでしょう。そもそも、コペルニクスが地動説を提示した時点(公には1543年)こそが「天動説の崩壊の始まり」なのではないですか。コペルニクスは、1510年頃からずっと地動説を唱道していたので「瞬間」とは言えないでしょうが。

> ケプラーは、若い神学生だったときに、(中略)コペルニクスの地動説を密かに聞いている。
 『天球の回転について』が公刊されたので、地動説を唱道するコペルニクスの名は、天文学者の間では有名だったわけです。「密かに」ということはないでしょう。

> 若い神学生だった
 ちなみに、ケプラーは、カトリックのコペルニクスと敵対する、プロテスタントの牧師を目指していたのですけれども。
> 1950年ごろに
 ケプラーはタイム・トラベルでもできたのでしょうか?「1650年」の誤記だとしても、ケプラーの生没年(1571-1630)と合わないんですけれど。

> テイコ・ブラーエの助手の → ティコ・ブラーエの助手

> コペルニクスの地動説( heliocentric theory ヘリオセントリック・セオリー)→ コペルニクスの地動説(the heliocentric theory ヒーリオウセントリック・セオリー)
 前掲。

>(前略)神学者のジョルダーノ・ブルーノが、火あぶりの刑になったのも、1600年である。
 ブルーノが火あぶりにされた理由は明白です。教会の教え(『聖書』の記述)に叛く異端思想の持ち主だったからです。地動説は、彼の異端思想に援用されたに過ぎません。天文学者でなかったブルーノが『天球の回転について』で語られている理論を理解していたかどうかは疑問です。
 『天球の回転について』が禁書になったのは、ガリレオやブルーノのとばっちりを受けたためです。

> チィコ[ママ]・ブラーエは、神聖ローマ皇帝を名乗っていたルドルフ二世(大公)の庇護の下で、精密な天文観測をやっていた
 ティコが熱心に天体観測を行なっていたのは、デンマークのヴェン島に私設天文台を構えていたときです。当時のパトロンはデンマーク国王フレデリック二世でした。ルドルフ二世は、国を追われたティコが最晩年に庇護を受けたのです。ですから、ティコが「ルドルフ二世(大公)の庇護の下で、精密な天文観測をやっていた」などということは有り得ないわけです。
 ちなみに、ティコが国を追われたのは、フレデリック二世の後継者だったクリスティアン四世が天文学に全く関心が無くて、援助を打ち切ったからだそうです。

> チィコ・ブラーエ → ティコ・ブラーエ
 表記は統一しましょう。

> どうしても、地動説を信じられなくて
 信じる、信じないの問題ではないのですが。ティコは科学的根拠によってコペルニクスの地動説を否定したのです。
 ティコが地動説を否定した理由――地球が動いているのであれば当然生じる恒星の(年周)視差が観測されなかったから。

> 研究を引き継いだ助手のケプラーが、それを後に修正して、理論ではなくて、「観測だけから、諸惑星の軌道の形と、その運動法則」を発見した。
 師匠のティコが膨大な観測データを残したのに対して、ケプラーはほとんど天体観測をしませんでした。たくさんのデータが残されていたので、自ら観測する必要が無かったのです。典型的な理論天文学者だったわけです。ですから、ケプラーが「理論ではなくて、『観測だけから、諸惑星の軌道の形と、その運動法則』を発見した」などということは有り得ないわけです。ケプラーだけを見れば、逆に、「観測をせずに、『理論だけから、諸惑星の軌道の形と、その運動法則』を発見した」と言えるでしょう。
 ちなみに、ケプラーは天体幾何学や天体音楽にのめりこんだり、アルバイトで星占いをするなど、稀代のオカルティストであったこともお忘れなく。

> ティコ・ブラーエとケプラーのこの努力が、ガリレイの「望遠鏡による、惑星と衛星の、目視による太陽系(ソーラー・システム)の発見、とコペルニクスの地動説の論理証明」(1610年)になった。
 ティコ・ブラーエ(の観測)とケプラー(の理論)は、コペルニクスの地動説を否定したんですけど。間違っても、「コペルニクスの地動説の論理証明」になんかなっていません。惑星の軌道に対して、コペルニクスの理論はプトレマイオス以来の周転円説(真円の組み合わせ)だったのに対して、ケプラーの理論は楕円を採用しています。heliocentric, geocentric という一面だけに囚われていてはいけません。

> 目視による太陽系(ソーラー・システム)の発見
 当時はまだ「太陽系」solar system という概念はなかったのですが。太陽は太陽系 the Solar system の中心ですが、宇宙の中心ではありませんよね。

> フィレンツェエ大公 → フィレンツェ大公

> コジモ二世 Cojimo  → コジモ二世 Cosimo II
 イタリア語の「J (i lungo)」は母音。ローマ数字は機種依存文字なので、web ページでの使用は控えられた方が良いでしょう。

> にかばわれて、庇護のもとにあった → に庇護されていた/の庇護のもとにあった
 同語反復に陥っています。

> コケ[ママ]ルニクスやケプラーまでは、神学者であり、修道院でしか生きられなかった
 厳密には違うのですが……。コペルニクスは僧侶で医師だったし、ケプラーは市井にあって星占いのアルバイトをしていました。「修道院でしか生きられなかった」ということはないでしょう。私はよくは知らないのですが、「修道院」とは僧侶になるための修業場のようなところではないのですか。

> コケルニクス → コペルニクス

> パトロンになってくれる大貴族がいなければ初期知識人たちの生存は、保障されなかった。
 コペルニクスのパトロンは貴族ではなく教会そのものだったのですが。

> 彼らが、当時の先端技術職者(中略)であった、レンズ磨き(製造)職人だったからだ。
 スピノザの経歴はわからないのですが、ガリレオは、レンズ磨き(製造)職人をしていたのでしょうか。大学の教授を務めていた、つまり教職を奉じていたのではありませんか。

> きっと望遠レンズは(中略)高価だったろう。
 ガリレオはレンズも自作したのですが。
 ところで、科学史の話をしていたのに、どうして、ここで唐突に船乗りや戦争が出てくるのでしょう。

> 日露戦争( The Russo - Japanese War ,1904,5 ザ・ルソ・ジャパニーズ・ウォー )
 Russo- は「ルソ」ですか。Russia が「ラシャ」ですから「ラソ」になるのではないでしょうか。

(後略)

【付記】
 こんなことを申し上げると「お前は典拠主義者だ」と言われそうですが、本稿を書くに当たり、
高橋憲一・訳/解説『天球回転論』みすず書房・1993
を参考にしました。これは、コペルニクスのラテン語本から訳出したものです。

<転載終了>


以上です。慨して、

1)誤字・誤変換等の、いわゆるケアレス・ミス(careless mistakes)
 これは私もよくしでかしますし、誰しもが犯してしまうものですが、プロの物書きとしていかがなものでしょうか。

2)天文学史上の誤認識
 これは専門外のことですから致し方ないところでありましょうが、こちらのサイトが「学問道場」を名乗っておられ、多くの門下生によって閲覧されている以上、いま少し慎重を期されても良かったのではないでしょうか。

3)英語(国語も含む)をはじめとする文法上の誤り
 副島先生には英文法に関するご著書が少なからずおありのはずなんですが……。

が目につきました。

 Fuminさんからご覧になって、お気づきの点がありましたら、お聞かせいただけたら幸いです。
(特に、ガリレオが言ったと伝えられている“Eppur si muove.”の出処がはっきりしません)


・副島先生の元発言はこちら
 http://www.snsi-j.org/boyakif/wd200305.html#1201

・Fuminさんのご発言はこちら
 http://members.chello.at/fumihiko.hashimoto/P4text.htm


[923] あららら…… 投稿者:菜梨陽介 投稿日:2004/02/27(Fri) 00:42:05

タイトルの「ら」が増えていく……。

いやまあ、熱のこもったというかこもりすぎた感もある長文のレス、ありがとうございます>バードさん

さて、もはやこうなると一つ一つバードさんが使っておられる循環論法、および反証不能性の塊
のような論法に再度レスを反すこと自体が無意味ですので(理由は言うまでもありません。バード
さんは納得されないかも知れませんが、これを読んでいる不特定多数の方々のうち大多数の
方にはご理解頂けるでしょう……と、こちらも反証不可能なことを言ってみるテスト)、私が言いたい
ことの結論のみを再度申し上げておきましょう。

バードさんのロジックは、常に「俺がそう思うから、そうなのだ。そうである以上、論拠を提示する
必要さえない」という乱暴なものでしかないのです(これも相当に乱暴な要約ですが)。
それを受け入れてくれる人間が、どれだけいるのでしょう。
事実、別の掲示板ではバードさんの姿勢が早くも問題とされ、揶揄の対象にさえなっています。
それほどまでに、バードさんの主張は滑稽なものと受け止められているのです。

さて、バードさんは横山さんを高く評価されておりますが、当の横山さんは少なくとも月着陸捏造
説を支援するための論証を、多数の文献や資料を精読して行おうと努力されていました。
実際、私が読んだ何倍もの資料をチェックされたと思われます(それが実を結んだかどうかは
また別の問題でもあるのですが)。

しかしバードさんご自身は横山さんの足元にも及ばない態度を取り続けています。
横山さんは多数の文献・資料を挙げてこの掲示板に何度も書き込まれていました。
しかし、バードさんはここ数日の書き込みにおいて、その姿勢を明らかに拒否しているのです。
これはいったいどういうことでしょうか。

バードさんご自身はこうおっしゃっていますね。
>みんなで知識と知恵を出し合って真実を、再発見・追究していこうとする場である。

ならば、そのようにすべきではないですか。他者を納得させ得る論拠を積極的に提示しつつ。
知識とは「思い込み」に支えられるものではありません。また、その知識を他者に提示するに
当たっては、それが正しいことの論拠を添えるという当然の作業が必要とされることも多いのです。

その一方で、根拠を求められた時、
>「近代合理的精神」だ。
などと他人には理解の難しい精神論をぶちかますだけで、他者を納得させ得る根拠を一切
出そうともしない方に、その正反対の態度で臨んでおられた横山さんを持ち上げる資格などある
のでしょうか?

私は横山さんの「まず捏造説ありきで、それをを補強しようとする姿勢」は支持しません。
しかし、横山さんが昨年熱心に行っていた「資料を調べ、それを元に論証する」という態度は
強く支持します(結論はまた別として)。
ですが、その姿勢とは正反対の態度を示す方々の主張には強く反対していきます。

まあ、[921]におけるバードさんの説は、一読しただけで口があんぐり開くほどの矛盾をこれでも
かと内包していることは言うまでもなく、実際はレスを返す必要性すら疑わしいのですが、念の為に
バードさんの主張は一切理解できない、ということを再度主張しておきます。


では、月着陸捏造説、およびそれを支持する副島氏の主張を論証する作業に戻りましょうか。
平行線のままの「議論のための議論」に無駄な時間を費やす理由は一つもないのですから。


[922] Re[910]: DNAの科学名 投稿者:たかの(世話人) 投稿日:2004/02/26(Thu) 22:33:04

[910]DNAの科学名 投稿者:lalany 投稿日:2004/02/17(Tue) 17:48:18

>DNAの科学名を知っている方教えてください。

lalanyさん、はじめまして。
自己紹介もなく、ご質問のみなのは残念です。
「科学名」という言葉の意味がよくわかりません。ご説明頂ければ、情報を提供できるかも知れません。
まさか、「デオキシリボ核酸 DNA, deoxyribonucleic acid」という名称ですか?

http://www.soejimatakahiko.net/rika/


[921] Re[919]:投稿文[919]および投稿文[918]に対する、感想。 投稿者:バード 投稿日:2004/02/26(Thu) 21:24:42

バードと申します。

投稿文[919]に対する、感想です。

(1)
  >あの、私は「すべて」などとは言ってはいませんが。細かいことですが、言ってもいないことを
  >言ったことにされるのは困りますので指摘しておきます。
またそういうように意見をころっと変える。

 峺開情報に存在しないから間違っている」と、あなたは主張して来たではないか。
ということは、あなたは
  ◆屬匹鵑雰鎧機密でも時を経れば、すべて公開されるのだ」
ということを、根拠にしていることになるではないか。
△成り立たなければ、,成り立たない。だから、言っていなくても、,鮗臘イ垢譴亅△蘯臘イ垢襪海箸砲覆襪里澄

他人に意見を言うなら、もっと自分の言動に厳しくしないと、ころころ変えるようじゃあ、そんな甘い考えでは、お話になりません。

(2)
  >しかし、航空史などについて調べる時間もないとご自身で公言しておられるにもかかわらず、
  >軍事(機密の扱い方)について妙に断定的な口調でお話をされるのは、何かが矛盾していると
  >ご自身でも感じませんか?
  >調べたこともないことについて断定に足るほどのことを言えるとは、何故でしょう?
矛盾していると感じない。
公開情報の性格については、航空史を調べなくても分かるから。(次の(3)項を参照のこと。)

(3)
  >また、公開情報が信用に値しない、またそれらを叩き台にして議論することに意味はないと
  >おっしゃっておられるようですが、それでは何を論拠として議論を行えばいいのでしょう?
  >すでに[918]で"傍観していましたが・・・"さんが指摘しておられますのであまり繰り返すのも
  >何ですが、公開された情報(それも情報としての価値に問題のないもの)を論拠とする議論に
  >意味がないとすれば、何を論拠とすればいいのでしょうか。
これは、良い疑問です。やっと人間らしい、言葉が聞けた。(ただし、それを自分で考えないといけない。)

なにを論拠にすればいいか。それは、収集された情報を基に、それらの情報に流されることなく、自分の頭で真実(事実)を組み立てていくという、そういう「近代合理的精神」が、その論拠とすべきである、と言えば良いのだろう。そういう精神をもった人、すなわち、「近代人」の言動はやはりすばらしい。事実から逸脱する程度が少ない。情報の量が増えれば増えるほど、その精度は上がる。
西洋近代史は、この「近代合理的精神」を育て創り上げてきた歴史でもある。
日本の知識人は「近代合理的精神」という言葉は分かっているが、日本には、その「近代合理的精神」を身に付けた知識人は、すなわち「近代人」に達した知識人は、今だにきわめて少ない。

「自分の頭で真実(事実)を組み立てていく」というのは、確かに不安であろう。欧米知識人にしても、不安であるだろう。だから、近代人である欧米知識人は自分たちの仲間同士で議論(意見交換)が絶えないのだ。欧米人が議論好きな(議論をよくする)のは、このためである。議論をして情報を得ているのである。メモや手記やレポートを書いたり、情報を収集したりする、彼らのそういう知的活動のほとんどは、「より真実(事実)に近い記述(情報)を組み立てたい(得たい)、そして自分の認識をより確固、万全なものとしたい」という強い願望が、その根底にあるのだ。
日本の知識人は自分の頭で考えないから、議論をしない、議論を嫌がる、議論をする必要がない。この差は大きい。

一般的に、事実などというものは、色々な要素が入った巨大なブラックボックスのようなものだ。(人間の二足歩行ひとつとっても、そうだ。色々な骨格、筋肉、神経が、色々に働いて、二足歩行している。それをいくら記述しても、記述しきれるものではない。)
人間はそれらの要素をひとつひとつ調べてその情報を得たいのだが、すべての要素を調べることはできない。(その要素が多すぎることもあるし、調べているうちにも、次々と新たなる事実が惹起あるいは誕生するからだ。)だから調べえた要素の部分情報から、そのブラックボックス全体を記述(全体情報化)するしかないのである。だから全体としてはまだ不明な点はあるけれど、この部分はほぼこれに間違いなさそうだ、というような記述(全体情報)になる場合も、多々生ずるのである。

一般に、事実に対して、情報は極めて少ない。その少ない情報で、事実を記述しているのだ。
しかし実は、その少ない情報は、後述するような、経験知による人間の頭(総合知識力)によってカバーされているのだ。
また少ない情報でも、それがポイントをついたものであれば、人間の頭によって充分事実を語るものと、認められることも多いのだ。

人類は、「火」というものが何かと言う(科学的な)知識と情報はなかった大昔から、火を点(つ)けたり、消したり、強めたり、弱めたりして利用してきた。(科学的な)知識と情報はなかったが、「火」を使う技術はあったのだ。「火」を使うことを通して、「火」を知っていたのだ。
それはなぜか。人間は人生経験を積めば、物事の事実をかなり知ることができるからだ。経験知と言おうか。そういう知識が人間には確かにある。(こういうことを確かなものとして感じ取っているから、欧米人は神の存在を信じるのだ。人間の頭脳の偉大さを認識するところ−ただし神に比べればその足元にも及ばない、しかし他の動物に比べたら遥かに偉大である−から、神が語られるのだ。)
(いまでも通常は、強くしようか弱くしようか、それとも消そうかという大昔と同じような態度で、人間は「火」に対している。今酸化しているのだという態度で、「火」に対することは、滅多にない。)
このように、人生経験で得る事実や真実はたくさんある。想像以上にあると言ってよい。
「自分の頭で真実(事実)を組み立てていく」という言葉の中の「自分の頭」とは、そういう経験知を含んだ総合的な知識力ということだ。

ところで、詐欺師を見分ける知識力とか、政府とか軍の発表の真偽を見分ける知識力とかは、そういう本当に大切な、しかし日本知識人の苦手な、そういう知力は、常に自己鍛錬を志して、その詐欺師や政府関係者や軍関係者と同等以上の注意力・観察力を持って人生経験を積まなければ、得られない知力だ。
だから、それを見抜けない人がたくさんいても仕方がない。言葉の端々の意味するところを感知できるようでなければ、無理だ。

(おっと、長くなってしまった。はやく、この項を終えなければ。)
というわけで、繰り返しになるが、その根拠は、一言で言えば、「近代合理的精神」である。
「航空史」などの公開情報などというものは、その精神(頭脳)が用いる幾多の材料(部分情報)の一部でしかない。(もちろんその中に信頼に足る情報があれば、それは否定し去るべきではない。そういうものは大事にすべきだ。)
そして、良質の経験知を多く含んだ総合的な知識力の方も、重要なのだ。「情報」に劣らず重要なのだ。
こういうようなことが、デカルトの「方法序説」を完全に理解すれば、分かるのだ。
デカルトはこの本で、この人間の本来備えている偉大な精神(=頭脳)能力を、潰されないで発揮、伸長させるには、どうしたらいいかを考察したとも言える。

(4)
  >最低限の(公にされている)論拠も示せない、示されることさえ拒否するような議論に意味など
  >ありませんよ。もちろん、世の中の多くの人は最低限の論拠さえ存在しない意見などにに耳を
  >傾けてはくれないとも思いますけどね。
当たり前だ。どうしてこうまで論点を滑らせるのか。
「最低限の(公にされている)論拠も示せない、示されることさえ拒否する」姿勢を、私は持たない、とだけ言って置こう。

投稿文[918]に対する、感想です。

(1)
  >菜梨氏が投稿における結論の説得力を持たせるために資料、参考文献を掲げるのは
  >当然のことではないでしょうか。
論点が分かっていない。そこはその次への導入部に過ぎない。

(2)
  >怪しげな三段論法と取れます。
  >そう仰る根拠は何でしょうか?
  >根拠となる事実をお示し頂けませんでしょうか。
根拠は、(3)に書いている。「近代合理的精神」だ。人間の知力だ。自分の頭(総合知識力)だ。
自分の人生経験から、自分の力で掴み取るべきものだ。
「傍観者」であれば、永遠にそんなものを保有できるものではない。「傍観者」には無理なものだ。「傍観者」には分からないものだ。

(3)
  >副島氏は件の「ぼやき」において科学的、技術的な問題に言及されていますのでそこに指摘がされ
  >るのは当然のことではないでしょうか。
これは、誤読したコメントである。なにも言いようがない。

(4)
  >アポロ疑惑といい、航空史といい、科学的・技術的な問題に関する事柄は事実に基いて論じられる
  >べきです(そのために資料・文献を調べるはずです)。
  >楽しみ、活力を求めるのは大いに良いことだとは思いますが
  >そのために事実か否か根拠があやふやな話が進む事はよろしくないのでは。
当たり前だ。また、論点のすり替えだ。

*** 以下は、最重要事項である ***

ところで、ここは、むやみやたらと、ただ議論をするところではない。
前にも述べたが、この「学問道場」は、みんなで知識と知恵を出し合って真実を、再発見・追究していこうとする場である。それで、各人が生きる力(パワー)を得る場である。
ここは、その趣旨に沿わない議論をするところではない。
そのことを理解せずにいつまでも、同じような論点でネガティブな論理展開をしたり、論点をすり替えたりしている。

これは例えれば、あるスポーツクラブが練習に励んでいる、そういうところへずけずけ入ってきて、仲間になるつもりもないのに、「その練習はダメなんじゃあないですかあ」とか、「その練習はどうしていいんですかあ、その根拠はなんですかあ」といつまでも繰り返して、練習の邪魔をしているのと、同じことだ。
どんなに落ちぶれても、邪魔はするな。

だから、横山氏は場所を変えた(投稿[907])。正解である。
さすがだ。やはり、横山氏は偉い。

残ったのは、インベーダー(invader 侵入者)、というより知的精神的浮浪者と言うべき者たち(あんたら)だけ、ということだ。
あんたらは、この自分の言動の意味が分かっているのだろうか。
(了)


[920] 熱核融合実験炉の建設地、日本とEU譲らず結論出ず 投稿者:会員番号2003 投稿日:2004/02/26(Thu) 14:09:55

読売新聞から転載します。

(転載始め)

熱核融合実験炉の建設地、日本とEU譲らず結論出ず

【ウィーン=島崎雅夫】国際熱核融合実験炉(ITER)の建設地の誘致問題で、ITER計画に参加する日本、欧州連合(EU)、米国、ロシア、中国、韓国の6か国・地域は21日、ウィーンの国際原子力機関(IAEA)本部で次官級会議を開いた。

 会議では青森県六ヶ所村への誘致を目指す日本と南仏カダラッシュを推すEUが譲らず、建設地についての結論は出なかった。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20040222id25.htm

(転載終わり)


[919] あらら 投稿者:菜梨陽介 投稿日:2004/02/26(Thu) 00:00:43

すでに他の方がバードさんにレスを付けておられますね。
私もバードさんに対して言いたいことはだいたいその通りです。

ところで
>「どんな軍事機密でも時を経れば、すべて公開されるのだ」というところにある。

あの、私は「すべて」などとは言ってはいませんが。細かいことですが、言ってもいないことを
言ったことにされるのは困りますので指摘しておきます。

しかし、航空史などについて調べる時間もないとご自身で公言しておられるにもかかわらず、
軍事(機密の扱い方)について妙に断定的な口調でお話をされるのは、何かが矛盾していると
ご自身でも感じませんか?
調べたこともないことについて断定に足るほどのことを言えるとは、何故でしょう?


また、公開情報が信用に値しない、またそれらを叩き台にして議論することに意味はないと
おっしゃっておられるようですが、それでは何を論拠として議論を行えばいいのでしょう?

すでに[918]で”傍観していましたが・・・”さんが指摘しておられますのであまり繰り返すのも
何ですが、公開された情報(それも情報としての価値に問題のないもの)を論拠とする議論に
意味がないとすれば、何を論拠とすればいいのでしょうか。

最低限の(公にされている)論拠も示せない、示されることさえ拒否するような議論に意味など
ありませんよ。もちろん、世の中の多くの人は最低限の論拠さえ存在しない意見などには耳を
傾けてはくれないとも思いますけどね。


[918] Re[917] 投稿者:傍観していましたが・・・2 投稿日:2004/02/25(Wed) 22:38:22

24歳の大学院生の者です。
917番の投稿について私が思うところを述べさせて頂きます。

>またまた「こんな事実があります。こんな情報があります。こんな本があります」という、
>そのオンパレードであるというべきでしょうか。
>要するに、うんとたくさん羅列して、「納得しろ、おまえは間違っている」と言っているだけの、投稿ですね。

菜梨氏が投稿における結論の説得力を持たせるために資料、参考文献を掲げるのは当然のことではないでしょうか。


>>まったくの誤解です。軍事機密の扱いというものに関してまったく知らない方々が
(中略:菜梨氏の軍事機密は時間が経てば公開されるとする投稿の引用)
>>「どんな軍事機密でも時を経れば、すべて公開されるのだ」というところにある。
>私はそうは思わない。
>アメリカの軍事組織は巨大である。そして日夜、研究開発している。

アメリカの軍事組織が巨大であり、研究開発が進められているということは私もその通りであると思います。


>過去のものでも、すべて公開すれば、外国に自軍の手の内(軍事思想)の多くを外国に晒(さら)すことになるので非常に危険であり、許されないことである。
>だから、公開されたものはほんの僅かである。
>公開されたものも、中身を骨抜きにしながらの、公開であるはずだ。
>たとえ古い技術でも、現在の先端技術に関わるところは公開できるものではない。
>私はこのように、「公開されたものはほんの僅かである。」と思う。
怪しげな三段論法と取れます。
そう仰る根拠は何でしょうか?
根拠となる事実をお示し頂けませんでしょうか。


>この投稿文は、
>>自分の専門分野(例えば自分の仕事)について何も知らない他人が、それについて
>>「おまえのやり方は間違っている」などと文句をつけてきたら、おかしいとは思いませんか?
>と、言っているが、これは「専門云々」以前の問題である。
>だから、私は認めることができない。

副島氏は件の「ぼやき」において科学的、技術的な問題に言及されていますのでそこに指摘がされるのは当然のことではないでしょうか。

>結局、この投稿文は、「おれの言うことに納得しろ、おまえは間違っている」と言いたいだけだ。
(中略)
>やはりあなたたちが、「公開情報ロボット」を続け、「公開情報信仰」を押し付けてくるかぎり、あなたたちにはあまり近寄らないほうが良さそうだ。
>私はもっと意義ある話がしたい。

アポロ疑惑といい、航空史といい、科学的・技術的な問題に関する事柄は事実に基いて論じられるべきです(そのために資料・文献を調べるはずです)。
楽しみ、活力を求めるのは大いに良いことだとは思いますが
そのために事実か否か根拠があやふやな話が進む事はよろしくないのでは。


[917] Re[915]: ありがちな事実誤認がありますね に対する感想。 投稿者:バード 投稿日:2004/02/25(Wed) 20:49:58

バードと申します。

投稿文[915]および投稿文[916]に対する、感想です。

何と言えばいいんでしょうか。
またまた「こんな事実があります。こんな情報があります。こんな本があります」という、そのオンパレードであるというべきでしょうか。
要するに、うんとたくさん羅列して、「納得しろ、おまえは間違っている」と言っているだけの、投稿ですね。

その根拠は、
  >まったくの誤解です。軍事機密の扱いというものに関してまったく知らない方々がこのようなことを
  >主張されますが、完全に間違った認識です。
  >機密というものはそれが「機密である必要がなくなった時期」になると、機密を解除されます。
  >その情報に機密性が求められなくなった今では、それらの情報は公開されています。
というように、「どんな軍事機密でも時を経れば、すべて公開されるのだ」というところにある。

私はそうは思わない。
アメリカの軍事組織は巨大である。そして日夜、研究開発している。

過去のものでも、すべて公開すれば、外国に自軍の手の内(軍事思想)の多くを外国に晒(さら)すことになるので非常に危険であり、許されないことである。
だから、公開されたものはほんの僅かである。
公開されたものも、中身を骨抜きにしながらの、公開であるはずだ。
たとえ古い技術でも、現在の先端技術に関わるところは公開できるものではない。
私はこのように、「公開されたものはほんの僅かである。」と思う。

だから、私はあなたの考えとは異なる。
よって、公開情報を論拠とするあなたの論理展開は、私には認められない。

この投稿文は、
  >自分の専門分野(例えば自分の仕事)について何も知らない他人が、それについて
  >「おまえのやり方は間違っている」などと文句をつけてきたら、おかしいとは思いませんか?
と、言っているが、これは「専門云々」以前の問題である。
だから、私は認めることができない。

結局、この投稿文は、「おれの言うことに納得しろ、おまえは間違っている」と言いたいだけだ。あなたの投稿文はいつもそういう感じだ。あなたの投稿文は、読者の思考に活力や、生命力といったパワーを与えるものではない。有難味(ありがたみ)がない。人間愛が感じられない。(いつも「事実誤認」がメインだ。公開情報のロボットと言うべきか・・・)
ただ読者の頭を抑えつけかく乱させようとするためのものである。そういう感じだ。蛇のように纏(まと)わりついてくる感じだ。冷たい目が覗(のぞ)いている感じだ。

この「学問道場」は、みんなで知識と知恵を出し合って真実を、再発見・追究していこうとする場である。それで、各人が生きる力(パワー)を得る場である。
しかし、この投稿文は、精神活動に益するところがない。
それどころか、ちっとも楽しくなく、気分が悪くなる。

やはりあなたたちが、「公開情報ロボット」を続け、「公開情報信仰」を押し付けてくるかぎり、あなたたちにはあまり近寄らないほうが良さそうだ。
私はもっと意義ある話がしたい。
(了)


[916] あ、忘れていました。 投稿者:菜梨陽介 投稿日:2004/02/25(Wed) 02:43:37

>実用化に至らなかったことなどは、ほとんど100%公表されないはずだ

駄目押しをするようでなんですが、ちょうど昨日、米陸軍のLOH計画、RAH-66コマンチ観測/
軽攻撃ヘリコプターのキャンセルが報道されましたね。
コマンチは史上初のステルス攻撃ヘリ開発計画でした。

これはまさに実用化に至らなかった航空機なのですが、開発の経過はおろか、第三者機関に
よる計画への批判的分析までもがばっちり公表されていますよ。
日本人が直接コックピットやエンジン部分を覗き込んで撮影してしまったこともありましたっけ。


[915] ありがちな事実誤認がありますね 投稿者:菜梨陽介 投稿日:2004/02/25(Wed) 01:24:32

バードさんこんばんわ。菜梨陽介です。
熱のこもったレスをいただきましてありがとうございます。いや、反応がないと寂しいものです
からね。

さて非常に長いレスですので、つまみ食いという形でいくつかの部分にお答えさせていただき
ます。本当は全文に対してツッコんでみたいところなのですが。

>このような、軍における飛行実験などは、どんな国でも、最高の軍事機密に関わるこ>とである。だから公表・公開されているどんな「航空史」でも、
>そこには、真実のほんの一部のことしか(実用化に至らなかったことなどは、ほとんど>100%公表されないはずだ)記載されていないのだ。

まったくの誤解です。軍事機密の扱いというものに関してまったく知らない方々がこのようなことを
主張されますが、完全に間違った認識です。
機密というものはそれが「機密である必要がなくなった時期」になると、機密を解除されます。
著名な航空史研究家であるカーティス・ピーブルズはその著書「Watch the skies!」の第18章に
おいて、このような誤解の例を挙げて、そうした認識が間違っていることを説明しています。
ピーブルズの挙げる例として、1950年代における米国の水爆の保有数があります。
現在では当時水爆がどこにどのように、何個配備されていたかはすべて明らかにされています
が、無論のこと、当時は最高機密であり、それを知り得たとしてもメディアにて発表することなど
できませんでした。
しかしその情報に機密性が求められなくなった今では、それらの情報は公開されています。

もっと簡単な例を挙げましょうか。
F-117ステルス戦闘機という、70年代末から80年代にかけての一大ブラック・プロジェクトです。
これは文句なしの最高機密でした。開発・初飛行・さらにテスト中の墜落事故、すべてが見事に
隠蔽されていました。
しかし、それらはある日「こんなん作りました」と国防総省が発表し、最高機密ではなくなったの
です。空中給油機から撮影された有名な初発表時の映像が公開された時のことは今もよく
憶えています。

そしてF-117はしばらくの間は一般人の目に触れることはありませんでしたが、機密保持体制は
徐々に緩められ、現在では真っ昼間に堂々と飛行し、米本土や欧米の航空ショーではロープ
一本で隔てられ、警衛がつくだけという状態で一般公開されているのです。
20年前には存在さえ知られていなかった航空機が、今では観光客が目の前で写真をパチパチ
撮っても問題ないとされているのですね。
開発に関する経緯や、その時期に撮られた写真といった極秘の資料が次々と公開され、それらを
まとめた本も次々と出ています(日本でも最近、「航空ファン」誌の別冊として出ました)。
まさに「機密は時間とともに機密でなくなっていく」好例です。

ましてや40〜50年代の航空機の話ともなれば、今や機密にしておく理由など一つもありません。
当時はエアインテイク部分が最高機密とされ、写真にマスクまでかけられたF-104超音速戦闘機を、
今では個人(企業)が所有しているご時世ですよ。

そして、
>実用化に至らなかったことなどは、ほとんど100%公表されないはずだ

などという主張に至っては、航空機マニアの前で公言したらその場で笑われます。確実に。
それなりの航空機マニアであれば、実用化に至らなかった航空機の名前など片手の指の数
ぐらい、その場ですぐに答えられるものです。
何しろ、あまりにも間抜けな理由で実用化されなかった航空機を集めた「世界の駄っ作機」など
というタイトルの本さえ出ているのですし。

そして今では、冷戦時代にHUMINTから偵察衛星まで数々の手段でその存在を察知しようと
アメリカが躍起になっていた旧ソ連の極秘の航空機でさえ、日本の航空機マニア向けツアーで
公開されているのですが、これについてどう思われますか?


そこで、副島氏が言う「月着陸のための円盤状航空機」がその当時極秘裏に開発されていたと
して、さらにそれがいまも機密指定されているのだとしたら、副島氏は一体どこからその情報を
入手したのでしょう?
ここで大きな矛盾が発生してしまうことはいうまでもありません。


>日本のロケット打ち上げが中々成功しないのです。

あの、以前は「成功しすぎ」と言われるほど連続して成功していたんですが。
そして、最近になってなぜか失敗する理由をアメリカの陰謀に求める必要などありません。
それらについて分析した本が今や何冊も出ていますので、そちらをお読みになるべきでしょうね。
まあ、「自分たちは悪くない。奴らがそうさせているのだ」と考えるのは非常に気持ちの良い
行為ではありますが(別の表現を使おうかと思いましたが、下品なのでやめておきます)。
もちろん、実際の世の中はそこまで都合よく出来てはいません。

最近出た本では、日本の宇宙開発について熱心に取材を続けておられる松浦晋也氏の
「国産ロケットはなぜ墜ちるのか」(日経BP社刊)が良いでしょう。
松浦氏はこと宇宙開発については「国粋主義者」と揶揄されることもあるほど、アメリカ合衆国の
宇宙開発関連施策を強く批判し、またそれに依存しがちな日本の宇宙開発体制も常々批判して
おられることで有名な人物ですから。

あ、忘れていました。
最初にこのことを指摘しておくべきでした。

>私は、宇宙開発や航空史やUFO史を調べる時間がほとんどなく、それよりも身近でもっと大切なことを調べたい人間なので、
>この辺の経緯をほとんど知りません。

調べようともしない、知ろうともしない方が、それらについて云々することに矛盾を感じないの
でしょうか? 自分の専門分野(例えば自分の仕事)について何も知らない他人が、それについて
「おまえのやり方は間違っている」などと文句をつけてきたら、おかしいとは思いませんか?


[914] Re[912]: アポロ疑惑は科学の問題に非ず! (投稿者:JAX) への感想。 投稿者:バード 投稿日:2004/02/24(Tue) 21:20:55

バードです。

この投稿『 [912]アポロ疑惑は科学の問題に非ず! 投稿者:JAX投稿日:2004/02/23(Mon)』に対する、感想です。

この投稿文は、「アポロ疑惑騒動」によって、
   人間(および人間の信念)というものがいかに騙されやすいか(こわれやすいか)ということ。
   既存の歴史的事実もいとも簡単にひっくり返せること。
   簡単に世論を操作・変更できること。
のようなことが分かったと、論点の提示もなく、だらだらと独り言のように自分勝手に繰り返し繰り返し述べている、だけだ。
数えてみたら、,7回くらい、△鬘顕鵑らい、を2回くらい、だ。

 銑は、いろいろなことによって常に、起こり得るのだ、「アポロ疑惑騒動」でなくても、起こり得るのだ、それが(特に欧米知識人の)常識というものである。
だから、 銑が「アポロ疑惑騒動」のせいで、それによって始まったというような、この言い方、おかしいのだ。何の意味もない。

むしろ、近代西洋歴史学は、既存の歴史的事実をひっくり返して、正しい歴史にしようとしてきた、と言えるのである。
すべての学問は、そのようなことの繰り返しであったと言えるのである。

無暗(むやみ)に変更するのもいけないが、無暗に固執するのも良くないのだ。
変更するにせよ、固執するにせよ、論拠を持って行うことが、重要なのだ。
これは、学問と、欧米知識人にとっては、常識のことだ。
(了)