[4818] 等々、全、略、   まあともかくも、 このまんま、 GO!! 投稿者:    Yuuki、 Shirogane、   1738 投稿日:2005/08/09(Tue) 23:58:02

Shiroganeであります、まあ、項項、ごとあれともなりますが、まあ他全、詳細略といいますか、

『操られるな!』ということは、たいへんに、重要なことで、あるのです。

善・悪、両方を・・、または、右翼左翼両方を・・

どっちへとを転がっても、いいように、・・・そうした存在が、いるものなのであり、そして、そのことに気づいて、それで、まあ、

低ランク、といいますか、前段階的、防御、ではありましても、巧妙に,そこまで芝居打って、

ぎりぎりにでも、防御していく・・

そんな、日本の智慧、いまもしかしたら、日本全体において、用い、使って・・、ですとか、そんなことあったならいいな、と申しますか、まあ他他全、詳細略ながら・・、まあともかくも、

他他全、詳細略おおらかにも,見ていったならいい、まあ等々他全詳細略まあともかくも、
等々略とし、まあいずれにせよをも、といいますか、きっと、ぎりぎりにでも、防御・・、

まあ等々ともかくといたしまして、日本国において、アメリカ中国ヨーロッパ、等等々・・

良好・・、かつ、自立、保全・・


きっと出来うるものであると、

まあ等々他全略としそれからやはり、過剰福祉は、超えていく、いなや、戦争と福祉・・

超えていけるよ・・

真の福祉へ向かっていく・・、だけではなく、大愛・・

個々自由・・

かつ、真の共存共栄・・

資本主義でも社会主義でも共産主義でも、やはり、おかしいのです、といいますか、まあ等々他全略としきっと、低層四次元を超え、突き抜け・・

たとえ前段階、あれども、をも・・


まあともかくも、党派、宗教の違い、等等々・・

そんなことではないでしょう・・?


ただしかしひとつにならなく低い、だけども、じつのそのじつは・・

うんそう、きっと、いなや、絶対に超えていけ得る・・

いなや今の世ですら、おおく、素晴らしい愛、存在している・・


みな気づかないだけです、だけではなく、どこにでも、存在している・・

愛、って、みなさん、わかりますか

あります

悪魔に従属している人たちでも(無自覚自覚的等々))、それでも、愛、ある・・

まあ等々他全略とし,まあともかくも、超えていく・・


あらゆる、囚われを・・


愛が、ある・・


大愛が、すべてを食べてしまう・・

まあ等々他全略とし、まあ、でもあれです、なにげなくも、もしくは、じょじょに、すこしづつ、無意識ながらにもみな気づいて来、それで、

徐々に変わっていく・・、ベター、やむなくあってもをも、しかし、結果突き抜けとなってしまっている・・、そのようなのも、宜しいでしょう


出来得ます・・


大破壊ですとか等々、大清掃ですとか等々、そういうこと無き、は気づかない、ですとか、等々そういうものはすべて迷信です。おかしなことです。

正義は往々にして狂気になる・・

そのこと・・


きちっと、あらゆる、人類史、見てみてください

真の意味での中庸から・・、そして・・、まあ等々等他全、略とし、

ただしかし、あらゆる美、ある・・

存在している・・


私は、何もかもをも、含めて、おおくの、前段階、もしくは、完全白雉等々等、含め、

許し愛し・・、まあともかくも、

私は、この星を、愛している・・


まあ等々他全、略・・、

うほ、うは、うはっ、等々他全略とし、

いろいろにお話変わりますが、


まあ否決等々そういうお話ここではあえてといいますかせず、まあともかくも、


昨日だったっけかな、

http://search.goo.ne.jp/web.jsp?UI=web&TAB=web&from=query&IME=1&CK=0&QGR=1&JP=1&QGA=1&OCR=0&NKW=1&MT=%CD%BF%BC%D5%CC%EE%B3%BE&DC=10&ET=&web.x=0&web.y=0

与謝野馨、という、人物、たまたまながらも、まあ、わたくし、真の運命学、大家ゆえに、

まあともかくも、超簡単にながら、見てみたが、まあともかくも、

http://search.goo.ne.jp/web.jsp?UI=web&TAB=web&from=query&IME=1&CK=0&QGR=1&JP=1&QGA=1&OCR=0&NKW=1&MT=%CD%BF%BC%D5%CC%EE%B3%BE&DC=10&ET=&web.x=0&web.y=0

http://www.yosano.gr.jp/

http://www.yosano.gr.jp/profile/index.html

http://www.yosano.gr.jp/profile/keireki.html

引用転載開始・・


1938 8月22日、東京都千代田区九段南4-15-17で生まれる

エジプト留学時代
1951 港区立麻布小学校卒業
麻布中学校入学

エジプトのカイロのヘリオポリスにあるイングリッシュスクールに入学。その後、スペイン・アラブなどに留学。

1957 麻布高校卒業

1963 東京大学法学部卒業
4月サラリーマンとなる。

サラリーマン時
1968 5年間勤めていた会社を退職し、中曽根事務所に入る。
11月30日第二次佐藤内閣 (改造内閣)

1969 中曽根康弘事務所所長

1970 1月14日第三次佐藤榮作内閣成立
1月、国務大臣秘書官となる

昭 1971 与謝野馨事務所開設
7月5日第三次佐藤内閣 (改造内閣)

1972 7月7日第一次田中角栄内閣成立
12月10日第33回総選挙に東京一区から立候補するも40,963票を獲得するも次々点で惜しくも落選
12月22日第二次田中角栄内閣成立

1973 11月25日第二次田中角栄内閣 (第一次改造内閣成立)

1974 11月11日第二次田中角栄内閣 (第二次改造内閣)
12月9日三木武夫内閣成立

1975 捲土重来のため、選挙区をまわる

1976 9月15日三木内閣 (改造内閣)
12月の第34回総選挙に東京一区から立候補し、53,034票を獲得し衆議院に第二位で初当選
12月24日福田赳夫内閣成立
衆議院地方行政委員会
衆議院科学技術振興特別委員会
自民党出版局次長

76年初当選
1977 11月28日福田内閣 (改造内閣)
衆議院地方行政委員会
衆議院議院運営委員会

1978 12月7日第一次大平正芳内閣成立
自民党科学技術副部会長
自民党地方行政部会副部会長

1979 10月7日第35回衆議院議員総選挙。40,769票を得るも、1,707票の差で惜しくも次点で落選
11月9日第二次大平内閣成立
再起を期すため、選挙区をまわる

大平総理と街頭演説
1980 6月第36回衆議院議員総選挙に76,247票を獲得し、トップ当選(2回目)
半年間の雌伏を経て、衆参史上初のダブル選挙
7月17日、鈴木善幸内閣成立
衆議院大蔵委員会
衆議院科学技術委員会
自民党外交副部会長
自民党商工局次長

1981 11月30日鈴木内閣 (改造内閣)
衆議院大蔵委員会
衆議院科学技術委員会理事
自民党財政副部会長
自民党宣伝局次長

中曽根総理と
レーガン大統領
1982 11月27日第一次中曽根康弘内閣成立
衆議院大蔵委員会
衆議院科学技術委員会
自民党国際局次長
自民党遊説局長

和 1983 12月第37回衆議院議員総選挙に、59,189票を獲得しトップ当選(3回目)
自民党国会対策副委員長
衆議院大蔵委員会
12月27日第二次中曽根内閣成立

通産政務次官
1984 衆議院外務委員会
衆議院大蔵委員会
自民党歴史的地名保存議員連盟事務局長
自民党財政副部会長
11月1日第二次中曽根内閣 第一次改造内閣
通商産業政務次官(中小企業担当)

1985 12月28日第二次中曽根内閣 第二次改造内閣
通商産業政務次官
衆議院商工委員会

1986 7月、第38回衆議院議員総選挙に67,285票を獲得しトップ当選(4回目)
衆議院科学技術委員会
衆議院商工委員会理事
自民党国際局長代理

千代の富士に表彰
1987 衆議院商工委員会筆頭理事
自民党新聞局長
11月6日竹下登内閣成立
自民党国際局次長
自民党都市政策調査会事務局長
自民党税制改革推進本部委員
自民党緊急土地問題協議会副会長

1988 2月3日フランスのシラク首相(現大統領)と会談
12月27日竹下改造内閣
自民党商工部会長
自民党全国組織委員会副委員長
自民党情報産業調査会副会長
自民党緊急土地問題協議会副会長
<消費税成立>

シラク首相(現大統領)と
1989 6月3日宇野宗佑内閣成立
8月10日第一次海部俊樹内閣成立
衆議院商工委員長
自民党情報産業調査会副会長
自民党都市政策調査会事務局長
自民党緊急土地問題協議会副会長
自民党国民運動本部長代理

1990 2月、第39回衆議院議員総選挙に63,284票を獲得し2位当選(5回目)
2月28日第二次海部内閣成立
衆議院科学技術委員長
自民党国会対策副委員長
衆議院議院運営委員会筆頭理事
衆議院国際平和協力特別委員会筆頭理事
12月29日第二次海部改造内閣

1991 衆議院法務委員会理事
自民党東京都連幹事長
自民党政務調査会副会長
国際平和協力特別委員会理事
11月5日宮澤喜一内閣成立
衆議院議院運営委員会
衆議院政治改革特別委員会

衆議院本会議代表質問
平 1992 自民党国会対策副委員長
衆議院議院運営委員会筆頭理事
衆議院法務委員会筆頭理事
自民党東京都連幹事長
政治改革実務者会議代表
12月12日宮澤喜一改造内閣
衆議院議院運営委員長
衆議院予算委員会
衆議院政治倫理審査会

1993 7月、第40回衆議院議員総選挙に39,867票を獲得し2位当選(6回目)
8月9日細川護煕内閣成立
8政党の連立内閣となり、自民党は下野する
衆議院環境委員会
自民党広報委員長
自民党東京都連幹事長

甲子園で始球式
1994 4月28日羽田孜内閣成立
自民党石油等資源・エネルギー対策調査会副会長
自民党首都圏整備委員会副会長
6月30日村山富市内閣成立
文部大臣
自民党東京都連幹事長

1995 8月8日村山改造内閣
自民党政調会長代理
自民党東京都連副会長

1996 1月11日第一次橋本龍太郎内閣成立
自民党都市政策調査会会長
自民党科学技術創造立国推進調査会会長代理
10月、第41回衆議院議員総選挙<小選挙区制度導入>に82,098票を獲得し、東京第一選挙区(千代田・港・新宿)で当選(7回目)
11月7日第二次橋本内閣成立
内閣官房副長官
自民党東京都連副会長

橋本総理とペルーへ
1997 自民党環境基本問題調査会副会長
自民党都市政策調査会副会長
9月11日橋本内閣第二次改造内閣
自民党東京都連副会長

成 1998 自民党教育改革実施本部顧問
自民党文教制度調査会顧問
自民党広報本部長
朝日ニュースターで「説明責任」放送開始
7月30日小渕恵三内閣成立
通商産業大臣

通産大臣就任
1999 1月14日小渕内閣第一次改造内閣
衆議院法務委員会筆頭理事
自民党税制調査会副会長
自民党選挙制度調査会会長
11月5日小渕内閣第二次改造内閣
自民党非営利組織(NPO)に関する特別委員会副委員長
自民党司法制度調査会会長代理
自民党都市政策調査会副会長
自民党犯罪被害者の保護・救済に関する特別委員長
自民党オウム真理教対策特別委員長

2000 4月5日森喜朗内閣成立
衆議院法務委員会理事
自民党選挙制度調査会会長
5月与謝野馨オフィシャルwebサイトオープン
6月25日、第42回衆議院議員総選挙にで90,540票もの得票を得るも2633票の僅差で惜敗
7月4日第二次森内閣成立
10月与党行財政改革推進協議会専門委員
12月5日森内閣第二次改造内閣

朝日ニュースター
「政策神髄」
2001 1月6日第二次森内閣改造内閣中央省庁再編
1月28日ダボス会議出席(スイス)
4月26日小泉純一郎内閣成立
10月朝日ニュースター「説明責任」から「政策神髄」に番組変更

2002 4月22日与謝野馨オフィシャルwebサイトリニューアル

2003 1月4日 BSデジタル ch999にて「The Prime Of Life」 放送開始
9月22日小泉改造内閣成立
11月9日、第43回衆議院議員総選挙において東京一区(千代田・港・新宿)で103,785票を獲得し1437票差で惜敗するも、比例東京ブロックで当選(8回目)
衆議院法務委員会理事
自民党政務調査会審議会審議委員
自民党金融調査会会長
自民党税制調査会副会長
自民党党紀委員会委員
自民党「立党50年プロジェクト」基本理念委員会委員長


現在:

明治大学公共政策大学院特別招聘教授
東京農業大学客員教授
朝日ニュースター「政策神髄」にレギュラー出演中
自由貿易協議会共同会長
財団法人日本映画海外普及協会会長
財団法人日本武道館常任理事
財団法人日本文化生涯学習振興会21理事
財団法人岡本太郎記念現代芸術振興財団理事
財団法人東京スポーツ新聞格技振興財団理事
財団法人安藤スポーツ・食文化振興財団理事
財団法人日本ペア囲碁協会評議員
財団法人日本棋院大倉喜七郎賞選考委員
財団法人日本棋院サバイバル21委員会委員
財団法人杉山検校遺徳顕彰会顧問
社団法人全国体育指導委員連合理事
社団法人全日本かるた協会顧問
NPO法人日本大衆音楽協会名誉会長
日本ギター連盟会長
東京都合気道連盟会長
千代田区体育協会顧問
金山神社崇敬会会長
港区柔道会顧問
港区俳句連盟顧問
港ユネスコ協会理事
新宿少年軟式野球連盟名誉会長
新宿リトルシニアリーグ野球協会会長
新宿サッカー協会顧問
自民党東京都第一選挙区支部長


引用転載終了・・


http://www.yosano.gr.jp/myload/index.html


等々等・・、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8E%E8%AC%9D%E9%87%8E%E9%A6%A8

引用転載開始・・

与謝野馨

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
与謝野 馨(よさの かおる、1938年8月22日 - )は、昭和後期・平成時代の政治家。衆議院議員。与謝野鉄幹・晶子夫妻の孫にあたる。

1938年(昭和13年)8月22日、東京都千代田区に与謝野秀(しげる)・道子の長男として生まれる。1963年(昭和38年) 東京大学法学部を卒業し、中曽根康弘の紹介で日本原子力発電に入社=同社の労組と繋がりのある民社党佐々木良作書記長と良好な関係を築く。1968年(昭和43年)日本原子力発電を退職し、中曽根の秘書となる。

1972年(昭和47年)12月の第33回衆議院議員総選挙に東京1区(旧)から自民党公認で立候補するが落選。1976年(昭和51年)12月の第34回衆議院議員総選挙に東京1区から立候補し初当選する。しかし、1979年(昭和54年)の第35回衆議院議員総選挙で大平正芳首相が打ち出した一般消費税による逆風を受け落選する。1980年(昭和55年)の衆参同日選挙では、社会党・飛鳥田一雄委員長を抜きトップ当選し返り咲く。以後、科学技術・通商産業関係を皮切りに、通産政務次官、自民党商工部会長、衆議院商工委員長などを歴任し、商工族、政策通として頭角を現す。また、中曽根派に所属しながらも、商工族の実力者であった、梶山静六の門下ともいうべき関係を形成していった。1994年(平成6年)自民党が政権復帰した村山富市内閣で文部大臣として初入閣する。

1996年(平成8年)第2次橋本龍太郎内閣では、師事していた梶山官房長官の下、他派閥ながら、官房副長官(政務)として、橋本政権を支えた。 1998年(平成10年)小渕恵三内閣で通商産業大臣に就任。通産大臣でありながら、所轄外の(法務省管轄の)通信傍受法(盗聴法)成立に力を注ぎ、『噂の真相』などに「盗聴法成立の黒幕」と批判された。2000年(平成12年)4月の第42回衆議院議員総選挙で民主党の海江田万里に敗れ、落選。自民党は民主党に都市部を中心に議席を奪われ、「一区現象」と呼ばれる事態に陥ったが、与謝野もこの落選により危機感を覚え、派閥を離脱する。2003年(平成15年)第43回衆議院議員総選挙で選挙区で海江田に敗れたが、比例区で復活当選を果たした。又吉イエスに「腹を切って死ぬべきだ」といわれた一人でもある。

2004年(平成16年)自民党政務調査会長に就任し、小泉純一郎首相を補佐している。

自作パソコンを毎年数台作っており、Linuxやオープンソースの動向など情報技術に造詣が深い。 囲碁の腕前はアマ7段で、政界最強とも評されている。

[編集]
外部リンク
与謝野馨Official Web Site


引用転載終了・・


まあ等々他全、略とし、

“1938年(昭和13年)8月22日、東京都千代田区に与謝野秀(しげる)・道子の長男として生まれる。1963年(昭和38年) 東京大学法学部を卒業し、中曽根康弘の紹介で日本原子力発電に入社=同社の労組と繋がりのある民社党佐々木良作書記長と良好な関係を築く。1968年(昭和43年)日本原子力発電を退職し、中曽根の秘書となる。””、まあ、等々他全略とし、


公式発表されておられる、生年月日、真正として、

“1938年(昭和13年)8月22日、東京都千代田区に与謝野秀(しげる)・道子の長男として生まれる。””でありまして、等々全略とし、

まあともかくも、等々全略とし、

1938、8,22、東京都、千代田区にて、長男として、出生、であり、

まあ等々全略として、


時 日 月 年

○ 丙 庚 戊
○ 戌 申 寅

大運順行、約5才、立運、

1059585756555453525155

辛  庚 己 戊 丁 丙 乙 甲 癸 壬 辛
未  午 巳 辰 卯 寅 丑 子 亥 戌 酉

であり、

昨日だかに類推いたしました、生時、充てますと、次のようになります。

時 日 月 年

己 丙 庚 戊
亥 戌 申 寅

であり、原局、丙日、日干、申月、金旺庚金司令する、金旺、庚金分野の生まれであり、月干に、透庚する、偏財格であり、

冲剋合の起状、寅申冲去、亥戌移動接近、

つまりは、

己 丙 庚 戊
 亥 戌
 ・ ・
戊 辛
 甲 丁
 壬 戊


のごとくへと、なります。

金旺、水相、木死、火囚、土休の、周期律の、季であり、

日干丙火は、戌土、時己へと、漏、しかも、戊年から、生じられた、月庚を、制さなければならないし、

等々であり、日干弱ともなり、用神、やや急を要し、亥中甲木。


喜木、そして、いちおう、忌土金、といたしますものの、この形状よりして、・・まあともかくも、そして、水は、水、生、用神甲、でもありますゆえ、やや喜に近い閑神、とも、なり得、

つまりは、金、→水→、木、→丙へとを、の、構造あるゆえ、

このところがこの命においての、救応であり、かつ、宜しきところであると、言えましょう

まあともかくも、

第一運、辛酉運、酉申戌金方、西方全、成します。

しかも、透辛、金重、の、大忌必死へとを、なりますところを、

年戊寅であり、まあこの、寅戊丙甲、この、調候でもある、制財、制金でもある、丙火ではありますが、あきらかに、この、西方全、かつ、透辛を、制するには不及ではありましても、しかし、この、年戊寅、救応ではありまして、しかも、水、この、戊寅には、無情ゆえに、生金へと、向かわない点宜しいところである、とは、言えるものなのであり、まあともかくも、

そしてしかも、時柱、己亥であり、己、は、生金、の、忌まわしい、ともなっても、をも、しかし、

亥中戊甲壬であり、

原局におきましては、相令の、この、壬水、であり、

この、壬水へとを、太い、この、大強ともなっております、金、が、漏、し、壬水そして、生、甲木、そして、生丙火、と、

なりますゆえに、大忌ですとか、大忌の、大忌とはならずなのである、ということが、言えるものなのであり、


しかも、この、亥中壬、は、この、旺強の、金、から、漏、されますが、しかし、

なんとか、日干も、制金をも、するゆえに、

金太、金多、水濁とは、ならない・・、この、相ゆえぎりぎりにでも、免れ得る、とは、言えるものなので、あります。

つまりは、亥、と、それから、年寅、であり、


救応となって、むしろ、良好性すらを、発していくとさえをも、言えるものなのであり、

この、亥中戊甲壬ですが、この、甲壬、に、がんばってもらう。

よくよく、こうした、生剋生化、のありよう、等々きちっと、見て然るべきなのであります。


でないと、大誤り、かつ物笑いの種で済めばまだ良いですが、的確性、なくしてのゆえでの、大小の、罪をすらを犯すこととも、なってしまうものであり、的確な助言、きちんとしていくがためにも、きちっと、すぃっかりと、一点もおろそかにすることなく見極め、それで、結果どうなっているのか、を、きちんと、把握、理会、解得、していく、ということ、

とても大事なことであり、でないなら、看命など、するべきではないとさえをも、断言断定、出来得るものなのであり、もちろんからして、大愛、つまりはただ単にの当てものなどでは、ないものなのであり・・、何度いいましても尽きるものでは・・、まあともかくも、

まあともかくも、

お話戻しましてですがしかし、もうこれ以上金、相当、忌まわしい、となり得ますので不要でありただしかし、こうした、救応があるがゆえに、かつ、

この相ゆえ、構造よりして、なんとかでも、水濁にも、ならず、等々等・・


よってしてこの、辛酉運ですら、を


美、喜、清、貴、あり、とも、言えるものなのであり、

まあともかくも、

次運、壬戌運、金旺、土旺、寅申冲去のまま、

壬は丙、戊情不専、であり、


金旺土旺ともに、大運の傾向性といたしましては、むしろ、喜へとの、その契機へとも向かいますのはそれは、

壬戌、つまりは、土金、水、亥中甲であり、生丙、へとなるゆえに、

漏洩、等々において耐え得られなくなり、の、忌大には、なり難いがゆえなのである、ということが、

つまりは、剋洩交加(日干を、官殺が、攻身し、日干、はなはだ減力と、なってしまうこと、と、漏洩へとを、し、はなはだ、日干が、減力、ということへとを、なってしまうこと、が、重なること))、とは、なり得ず、免れ得、

つまりは、壬戌運、むしろ、壬丙輔映湖海の、象、さえをも、示し、

つまりは、すべては、火、生、土、生、金、生、水、生、木、生、火・・・

この、亥、中、甲、生、丙がいかに、この命を、救しているか・・

このことを、ほんとうによくよく、わかるべきなのであります

よってして、丙火の、良好性、土も、湿、土、生金そして、生水、生木、生火、であり、

ほぼ、美とさえをも、言えるものであり、まあともかくも、

次運、癸亥運、水旺運なるも、しかし、結果、水生、二甲、生丙、であり、

漏洩にも、財にも、官殺にも、印にも、耐え得られ、

つまりは、

あああとそれから、亥寅の情により、寅申解冲、であり、

寅、無情を、惜しむもしかし、この相よりして、そこまで、忌まわしいとはなり得ず、

ただしかしやや、この形相よりして不美ながらも、また濁的要素をもありますものの、しかしながら、運歳、流年よりして、むしろ、喜大へとの契機をさえをも、

成してゆきますし、等々、まあここでは、他全略とし、

次運、甲子運、子申の情により、寅申解冲、むしろ、喜ぶ大にもなり得ましょう、つまりは、水、水旺、生甲、生、丙、でもあり、

かつ、甲、寅、亥に、通根、する、この、大運干甲、が、食傷でもある土を、

疏土開墾。


等々あらゆる、美さえをも、あり、むしろ、やや、喜、甚大、と、すらをも、なり得、


しかも、もし、流年において、やや水太過となりましても、しかし、寅、等々、納水、しますし、

等々、救応在るゆえ、または、適切、美ゆえ、に何が来ても、ほぼ、宜しいとさえ、言えただしかし、土は、もうこれ以上いらず土強木折等々となること、その憂い、は恐れますしまあ等々他全略とし、


次運乙丑運、ここも、亥と、乙に頼み、そこまで、忌、濁には、なり得ず、なのであり、

次運、丙寅運、今年2005年、今年の誕生日で、67歳になられるのでありますから、

よってして、前運が、この、丙寅運、出しょうか・・、まあともかくも、

丙寅運、寅申、寅亥、情不専、原局、申寅冲去のままであり、のこの、丙寅運、木旺運ですが、
この相ゆえ、むしろ、日干へとを、真の強さをも与え、むしろ、比劫、印、の、喜でも、あり、

これであれば、正真持ってして、食傷財、官殺、すべてに、耐え得られます。
喜。


次運現行運です。

2年くらいまえからおおよそ、この、丁卯運木旺運へとはいっており、

卯戌卯亥情不専。申寅は、冲去したままで、

の、丁卯運であり、むしろ、喜の、木旺運でもありますし、だけではなく、

甲生、丁、この、丁、が、庚金戌へと、座るこの庚金を、��金、を、を、するそうした、美の相、をも、あり、


佳運。

次運、戊辰運、辰戌冲去、し、戊はただただ、忌神。忌神の、元神とすら、おおきく、なり得、

戊この、木旺はまだマシであっても、土旺辰運の、この、戊、


この、戊が、亥中、壬を、完全塞水、へとを、せしめ、

庚金通関、丙に、剋され、しかし、亥中、壬、により、庚も、生きるもしかしながら、それを、うわまって、

この、戊、土、土のエネルギー、が、亥水を、剋水いなや、完全塞水・・

土強、木、折の、憂いをも、多大に出て来ますし、

しかも、戌辰解冲いたしましても、かつ、冲去しておりましても、

両方とも、救い、なしとも、なり得、やや、大忌の傾向性の運、

であり、この、75歳から、85歳までの間、において、


つまりは、原局、透戊己でありますから、まさにの、重、忌、重い、と、言うものへと、なってしまう、その傾向性、もし命のまま行くのなら、まさにの、大忌、へとも、なり得、

よってして、あらゆる、対応、前もって予知し、の、対応・・

かつほんとうは、ほんとうの真実を実施し・・、

まあともかくも、ここでは、他全略とし、

85歳以上己巳運、庚午運、まあ、やや、逆に不美、濁、にも、なり得、まあともかくも、他他全、一切持って略とし、

まあともかくも、


続いて、中川昭一氏、

http://www.jimin.jp/jimin/giindata/nakagawa-syo.html

引用転載開始・・


氏  名: なかがわ しょういち
中川 昭一
生年月日: 昭和28年 7月19日
選挙区: 北海道第11区 当選: 7回

--------------------------------------------------------------------------------
shoichi@poplar.ocn.ne.jp

--------------------------------------------------------------------------------
◆平成15年 収支報告書要旨

--------------------------------------------------------------------------------
<略歴・現職>
昭和53年
東京大学法学部政治学科卒業
昭和53年
日本興業銀行入行
昭和58年
衆議院議員初当選
平成 元年
農林水産政務次官(2期)
平成 2年
党青年局長
平成 3年
党国際局長代理
平成 5年
党農林部会長
平成 7年
党政調会副会長
衆議院逓信常任委員長
平成 8年
党副幹事長 平成 9年
党北海道支部連合会長
党総務会長代理
平成10年
農林水産大臣
平成11年
党農林水産物貿易対策特別委員長
平成12年
衆議院憲法調査会幹事
平成13年
党広報本部長
平成14年
党組織本部長
平成15年
経済産業大臣


--------------------------------------------------------------------------------
<メッセージ>
「日本の国益」 「経済回復」 「十勝の国づくり」

 去る、 9月22日発足しました小泉再改造内閣において経済産業大臣に就任いたしました。 経済産業省は、 まさに日本の国を元気にし、 国民の生活を豊かにすることが仕業であります。 勇気と決断、 そして行動力で日本経済の再生に向けて精一杯働いてまいります。
 政治家の使命は、 国家の平和と安全、 そして将来に対する責任と郷土の発展に寄与することだと思います。
 私は、 新しい時代の創造を目指し、 全力で取り組んでまいりました。 新時代の日本の発展のため、 無限の可能性を皆さんとともに探求し、 大きく開花させてまいります。


引用転載終了・・

http://search.goo.ne.jp/web.jsp?UI=web&TAB=web&from=query&IME=1&CK=0&QGR=1&JP=1&QGA=1&OCR=0&NKW=1&MT=%C3%E6%C0%EE%BE%BC%B0%EC&DC=10&ET=&web.x=0&web.y=0

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B7%9D%E6%98%AD%E4%B8%80

引用転載開始・・

中川昭一
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
衆議院議員 中川昭一 生年月日 1953年7月19日
出身地 東京都
(本籍は北海道広尾町)
最終学歴 東京大学法学部
前職 日本興業銀行
役職 経済産業大臣
当選回数 7回
世襲の有無 二世
(祖父・中川文蔵・広尾町議)
父・中川一郎
選挙区 北海道11区
所属党派 自由民主党(亀井派)
党の役職 −
会館号室 衆・第一議員会館720号室
ウェブサイト なし
中川 昭一(なかがわ しょういち、1953年7月19日 - )は、日本の政治家、北海道第11区選出の自由民主党の衆議院議員。 元科学技術庁長官・中川一郎の長男。

父・一郎の死後に起きた鈴木宗男との跡目争いは、当時、マスコミから骨肉の争いと書き立てられた。 2004年現在、当選7回。小泉内閣にて経済産業大臣を務める現在は、国際政治に対して保守的な発言が目立つようになった。「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」代表。

1972年 麻布高等学校卒業。
1978年 東京大学法学部政治学科卒業。
1978年 日本興業銀行入行
1983年 衆議院議員初当選
1998年-農林水産大臣。
2003年-小泉再改造内閣、第2次小泉内閣で経済産業大臣。
2004年4月23日に麻生太郎、石破茂とともに国民年金の保険料未払いが発覚した。 中川は約21年。なお、このことは、社会保険庁職員が、通常ありえないような職権乱用によって情報を得て、マスコミ各社にリークし、社保庁の保身に走ったことによるものである。

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B7%9D%E6%98%AD%E4%B8%80" より作成


引用転載終了・・

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B7%9D%E4%B8%80%E9%83%8E

http://search.goo.ne.jp/web.jsp?UI=web&TAB=web&from=query&IME=1&CK=0&QGR=1&JP=1&QGA=1&OCR=0&NKW=1&MT=%C3%E6%C0%EE%B0%EC%CF%BA&DC=10&ET=&web.x=0&web.y=0

お父さん、の、中川一郎、氏、のことにおいては一切持って、このたびここにては、触れませんが、


まあともかくも、

お父さん、中川一郎、氏、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B7%9D%E4%B8%80%E9%83%8E

引用開始・・

中川一郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

中川 一郎(なかがわ いちろう、1925年3月9日 - 1983年1月9日)は日本の政治家。元衆議院議員。自民党の派閥中川派の領袖。「北海のヒグマ」と呼ばれタカ派議員として知られていた。中川昭一経済産業大臣は長男。中川義雄参議院議員は実弟。

[編集]
略歴
1925年3月9日 農業、中川文蔵氏の長男として北海道広尾郡広尾町に生まれる
1947年 九州大学農学部卒業。北海道開発庁入庁
1955年 故大野伴睦北海道開発庁長官の秘書官を勤め、大野に見出される
1963年11月21日 北海道5区から衆議院議員初当選。以後、当選7期連続当選
1973年7月17日 故渡辺美智雄、石原慎太郎らと「青嵐会」を結成
1973年11月25日 田名角栄内閣で大蔵政務次官に就任
1977年11月28日 福田赳夫内閣で農林大臣(省庁改称のため1978年7月5日より農林水産大臣)に就任
1980年7月17日 鈴木善幸内閣で科学技術庁長官に就任
1982年11月 鈴木善幸の後継を狙い自民党総裁選にいち早く名乗りを上げるも、予備選で最下位に敗れる
1983年1月9日未明、札幌パークホテルのバスルームにて謎の自殺
[編集]
関連項目・人物
秘書
鈴木宗男
平沼赳夫
上草義輝
大野伴睦
中曽根康弘
渡辺美智雄
石原慎太郎
自由革新同友会
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B7%9D%E4%B8%80%E9%83%8E" より作成
カテゴリ: 日本の政治家 | 1925年生 | 1983年没


引用終了・・

http://search.goo.ne.jp/web.jsp?UI=web&TAB=web&from=query&IME=1&CK=0&QGR=1&JP=1&QGA=1&OCR=0&NKW=1&MT=%C3%E6%C0%EE%B0%EC%CF%BA%A1%A2%A4%CE%A1%A2%BF%BF%C1%EA&DC=10&ET=&web.x=0&web.y=0

http://search.goo.ne.jp/web.jsp?UI=web&TAB=web&from=query&IME=1&CK=0&QGR=1&JP=1&QGA=1&OCR=0&NKW=1&MT=%C3%E6%C0%EE%B0%EC%CF%BA%A1%A2%A4%CE%A1%A2%BB%E0%A4%CE%A1%A2%BF%BF%C1%EA&DC=10&ET=&web.x=0&web.y=0

http://search.goo.ne.jp/web.jsp?UI=web&TAB=web&from=query&IME=1&CK=0&QGR=1&JP=1&QGA=1&OCR=0&NKW=1&MT=%C3%E6%C0%EE%B0%EC%CF%BA%A1%A2%A4%CE%A1%A2%BB%E0%B0%F8&DC=10&ET=&web.x=0&web.y=0

まあともかくも、等々他全略、

中川一郎、

“中川 一郎(なかがわ いちろう、1925年3月9日 - 1983年1月9日)は日本の政治家。元衆議院議員。自民党の派閥中川派の領袖。「北海のヒグマ」と呼ばれタカ派議員として知られていた。中川昭一経済産業大臣は長男。中川義雄参議院議員は実弟。

””

””略歴
1925年3月9日 農業、中川文蔵氏の長男として北海道広尾郡広尾町に生まれる
1947年 九州大学農学部卒業。北海道開発庁入庁
1955年 故大野伴睦北海道開発庁長官の秘書官を勤め、大野に見出される
1963年11月21日 北海道5区から衆議院議員初当選。以後、当選7期連続当選
1973年7月17日 故渡辺美智雄、石原慎太郎らと「青嵐会」を結成
1973年11月25日 田名角栄内閣で大蔵政務次官に就任
1977年11月28日 福田赳夫内閣で農林大臣(省庁改称のため1978年7月5日より農林水産大臣)に就任
1980年7月17日 鈴木善幸内閣で科学技術庁長官に就任
1982年11月 鈴木善幸の後継を狙い自民党総裁選にいち早く名乗りを上げるも、予備選で最下位に敗れる
1983年1月9日未明、札幌パークホテルのバスルームにて謎の自殺
””

1925年3月9日 、であり、1983年1月9日未明、札幌パークホテルのバスルームにて謎の自殺 、であり、おおよそ、享年、58才、ということに、なる・・

まあともかくも、

時 日 月 年

○ 壬 己 乙
○ 辰 卯 丑

大運、逆行約1才立運、


9181716151413121111

己 庚 辛 壬 癸 甲 乙 丙 丁 戊
巳 午 未 申 酉 戌 亥 子 丑 寅
  
        58才、
        1983・1・9、
         つまりは、

       流年、壬戌年、の、終わり、ごろ、ということであり、

つまりは、大運、癸酉運中、流、壬戌年、壬子月癸丑月、らへん、にての、死、ということで、ある・・

まあいまあえてここにて、生時類推しておかないでおくが、まあ、庚子刻、辛丑刻、壬寅刻、癸卯刻、甲辰刻、乙巳刻、丙午刻、丁未刻、戊申刻、   己酉刻、庚戌刻、辛亥刻、壬子刻の、どれかの、生まれであるが、経歴事象よりして、おのずと、一刻に、絞れることと、なるのです。だがしかしここにては、このたび、あえて、一切持って触れず、

まあ等々全、略とし、

中川、昭一、氏、

s、28、7,19、

時 日 月 年

○ 辛 己 癸
○ 未 未 巳

大運逆行、四歳、立運、

1049484746454443424144

戊  己 庚 辛 壬 癸 甲 乙 丙 丁 戊
申  酉 戌 亥 子 丑 寅 卯 辰 巳 午

でありまして、生時、戊子、己丑、庚寅、辛卯、壬辰、癸巳、甲午、乙未、丙申、丁酉、戊戌、己亥、庚子、


でありますが、まあいちおう、妥当として、といいますか、先日やりました、ザざっとながらも、類推いたしました、生時を、

仮にも充て、

まあ等々他全略とし、


時 日 月 年
  
庚 辛 己 癸
子 未 未 巳

つまりは、原局、辛金、未月火旺、火旺、土相、金死、水囚、木休、

火旺、丁火司令する、乙木分野の生まれであり、格局は、月干に、己土透る、偏印格となり、

繰り返しますが、

火旺、土相、金死、水囚、木休の、周期律の季。

そして冲剋合の、起状は、というなら、己癸が、剋して去。

つまりは、

  庚 辛 
子 未 未 巳
・ ・ ・ ・
壬 丁 丁 戊
  乙 乙 庚
癸 己 己 丙


でありまして、子、こそが、元機でもあり、かつ、未月火旺、調候壬水、必須であり、

未土燥土を湿とせしめ、それで、生金、へとしないなら、生気に欠けるか、生気全くなしの、命へと、なってしまいます。

辛金に、とって、淘洗の、壬、でも、ある、この、調候壬水水必須なのであり、よってこそ、清へとを、なり得るとすらいえるものでありますが、まあともかくも、

火旺、土相、金死、水囚、木休の、周期律の季であり、

しかも、巳、未、年月までは、調候不及、でもありますが、同時に、

巳未、不能、生金とすら、言えまして、子水、無情、であり、

ただしかし、日未が、子と並び、湿となって、生金、庚、辛であり、

この、庚、の、幇助、をも、美でありまして、

しかも、いちおうは、金水木火土金・・、と、五行流通をも、し、


そういった、良好性ありはしますがしかしながら、年月、巳未ここが、一切持って、といいますか、生気に欠け、


そういった濁、ございます・・


まあともかくも、大運、

1049484746454443424144

戊  己 庚 辛 壬 癸 甲 乙 丙 丁 戊
申  酉 戌 亥 子 丑 寅 卯 辰 巳 午


と、巡っていくものであるわけですが、とにかく、庚の幇助、とそして、子水、この、子水、

へとを、頼み、

それで、いちおうはそれでも、の、ということで、五行流通することにも、頼み、よってして、


いま2005年、乙酉年、52才、

いま現行、甲寅運中でありはしますがしかし、

とにかく、庚金、の幇助、それから、救応の神、子水(この、子水あってをこそを、未、日支を、湿とせしめ、生金・・、つまりは、生庚、辛、と、なるがゆえであります!))、

なんとか、耐え得、

そして、次運以降、

1049484746454

戊  己 庚 辛 壬 癸 
申  酉 戌 亥 子 丑

でありますが、またまた、いちおうは、救応ありであり、なんとか、耐え得、いってくださりたく、存じ上げ、お祈り申し上げ、と、するべき、命ではありましょうが、

しかしながら、子水、等等々・・、この、救応、また、生剋生化、忌が、忌を制し、等等々・・


しっかりと、見て然るべきでは、ありますが、

しかしながら、それでも、やや、埋金、や、または、等等々、

燥土不能生金等々等・・

あったものなのであり、そうした、濁、乱、をも、きちっと、看て然るべきであり、

甲寅運中、今年、乙酉年であり、

酉巳金局いたしましても、巳庚庚、は、生気、欠け(子水無情ゆえ))、

酉、庚辛、は、子水と、関わるがゆえに、

生気あって、日干を、良好に補佐出来得ますが、

まあともかくも、等々他全略、


まあ、月未、年未去ってもらうほうが言いとさえ言えますが、二未ゆえに、永遠に去らず、であり、

むしろ、やや、問題のある命とさえ、申せ、

まあ、ともかくも、まあ、等々、全、略・・、


まあ、ともかくも、他全、全略、


いきなりですが、


このまんま、GO!! 


(ただしかしといいますか、この構造、それから、庚子永遠に去りませんし、それから、未土、湿、ともなる・・、ここのところの、清、大・・、

それから、甲無きをまことに惜しむも、しかし、二乙、かつ、いちおうは、五行流通、等等々、

まあともかくも、ふてくされることなく、適切に、良好に、やっていってくださればと、切念しておりますもので、あります。


狂気、人を殺そう、などと、しては、いけません。

もうすこし、全体をきちっと見て、きちっと、自らの、役割と立場、


それから、真の思いやりの念、持つべく、修行しつつ、

ご健闘ください、まあともかくも、他他全、略、


まあともかくも、このまんま、GO!))


[4817]              GO 投稿者:   YUUKI、   SHIROGANE、    1738 投稿日:2005/08/09(Tue) 07:53:11

Shiroganeであります、

いまたまたま、こんな記事を見た、シリーズ、第一弾、(←、バカ?、今たまたま、浮かんだ、うはっ、))

Msnから、

http://www.msn.co.jp/home.armx

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20050808k0000e040075000c.html

引用転載開始・・

開成高教諭逮捕:演説中の民主議員に暴行容疑 さいたま市

 7日午後4時半ごろ、さいたま市浦和区高砂1のJR浦和駅西口改札前の歩道で、武正公一衆院議員(44)=民主=が街頭演説中、男にマイクを奪われそうになった。議員秘書の男性が浦和駅前交番に駆け込み、男は県警浦和署員に暴行容疑で現行犯逮捕された。武正議員にけがはなかった。

 調べでは、逮捕されたのは同区高砂3、私立開成高教諭、木部陽一容疑者(48)。調べに対し「マイクの音がうるさかったから」と供述しているという。木部容疑者は酒に酔っていたという。【酒井祥宏】

毎日新聞 2005年8月8日 14時36分


引用転載終了・・

いまさっき、この記事たまたま見たわけであるがしかし、それにしても、粋さが無いというか、まあ世の中、

いろいろと、妙なわけわからない意味不明おおいというか、なんか陰湿というか・・、いったいにほんの、日本人自身の脳ミソの、その、妙なというか・・

第一、政治家、というべきもの、勇々と、制すること、出来得なかったのだろうか、・・まあ、この、なんとかという議員知らないが、

なんだか、薄気味悪い・・

両方ともである・・

とかなんとか、思っていたものの、そして、

武正議員、

武正公一

http://search.goo.ne.jp/web.jsp?TAB=&MT=%C9%F0%C0%B5%B8%F8%B0%EC

まあご関心あられるかた見てみても宜しいが、このひと、ポスター等々、ごっつ、ちかごろ、有名というか・・


まあ人それぞれに好き嫌いはあるものであり、まあともかくも、

でもだけども、この、マイク奪うとか、この、教諭、いったい、なんなんだろう・・、あまりにも、陰険である・・、やり方がである・・

それに、ただうるさかったから、って、いったい、なんぞや・・


それじゃあ、まさに、『ただむかついたから』って、ナイフで刺すとかやる、または、ただ気に食わないから殴ってみた、とかいう、キチガエ、どもと、まさに、おんなじだ


まさに、養老、孟司、氏、言われる、共有共存、ではないが、

なにかが、病んでいる・・、病み過ぎている・・

養老、氏、の、言説はやはり素晴らしい!、そう私自身においては思っている

まあともかくも、生徒を教えるほうの教諭、が、こんなじゃ、もう、まさに、いったい、生徒は、生徒たちは、いったい、どうすれば、いいのだろう・・

そんなことをも、思ってしまいますね・・、まあともかくも、等々他全、略、とし、

まあ、

この、

武正 公一 、という、かた、

衆議院/埼玉県1区/2期 1961年03月23日生まれ

時 日 月 年

○ 乙 辛 辛
○ 卯 卯 丑

86766656463626166

壬 癸 甲 乙 丙 丁 戊 己 庚
午 未 申 酉 戌 亥 子 丑 寅


丙子、丁丑、戊寅、己卯、庚辰、辛巳、壬午、癸未、甲申、乙酉、丙戌、丁亥、戊子、刻、

生時、即決的類推、辛巳刻、

時 日 月 年

辛 乙 辛 辛
巳 卯 卯 丑


乙日、卯月、木旺、乙木分野、に生まれる、建禄格。

いちおう、用神、巳中、丙火、であり、このことを、頼みとし、


第一運、庚寅運、第二運、己丑運、水旺、土旺、なるも、

火土、金、やや、喜。

戊子運、子丑合去しても、しかし、巳、生、戊、であり、日干も、いちおう、不弱、

巳、生、土、金・・

次運、丁亥運、現行運、

亥卯卯、あるも、しかし、亥巳の情もあり、成さずところも宜しいですし、

水、木、火、土、金・・

五行流通、周流、も、し、やや、喜大の大、となって、だからこその、現行、においての、活躍、とも、なり得、地祥完全に一致。

次運丙戌運、戌卯卯、情不専、ですが、まあともかくも、

日干不弱ではありますものの、しかし、水、少なき、を、憂う。


やや、不美、かつ、塞水

この形状からして、やや、忌まわしい、の傾向性。生気、または、飛躍、停滞とも、なり得ます。

次運、乙酉運、ここも、濁戦し、甲申運、ここも、いなやここは、甲申運、金旺、申巳合去し、

透甲、ですが、肝心な、反生、表現,活力、洩秀の、第一歩、巳、が、去ることは、まさに、芳しからず、であり、


解合、しても、濁戦し、ただ、甲、申、ゆえに、やや良好性をも、ありますもののしかし、やはり、もし、命運のままいくなら、波乱、濁、等々、免がれ得ず、の傾向性多大ともなる

次運、癸未運、壬午運、まあ、そんなに、忌まわしい、とは言えず、では、ありましょう・・、まあ他他全、略とし、


私自身個人的には、ああ、詐欺師だ、と思って、あんまし、嫌だったのだけれども、しかし、いま、まあ、こうした、切欠ではあったが、

しかし、web、見て、まあ、やはり、一生懸命、やっておられるのだなあ、政治家、いうのは、やはり、ある種は偉いんだよなあ、とか思って、

まあ、いちおうといいますか、ご活躍、まあ期待しましょう・・

ただしかしやはり、風貌といい、命運といい、

強く期待出来得る、のは、やはり、おおきく、欠けた、と、言わざるを、得ません。

そうか、こうした命運であれば、だからこそ、ああした、感じになるのね・・、と、思いましたね、いま・・

重厚さ、に欠けるのも無理は無いことでありましょう


ちょっと私古いのかもわからないけれど、やはり、政治家、というものは、

どしっと、


つまりは、詐欺師的というか、


つまりは、


まあなんといいましょうか・・、つまりは、どしっとしていて、媚び諂わず、

そうであってこそ、尊敬出来得るのです

多少泥臭くても、

まあなんといいましょうか、まさに、命まで賭けるごとく・・、そうした、滲み出るもの・・・、または、明朗性・・


そうした人が私は好きなのです


なんだか、ちゃらちゃらしているごとくであり、

まあ、なんといいましょうか・・、

まあ正直申し上げて私は個人的に、こういった人物は、軽く見てしまうといいますか・・、まあ等々他全略、ともかくと、いたしまして、


どしっと・・、といいましても、この、命運ゆえ無理でありましょうし、

また、深い智を、用いよ、これをも、無理でしょう

無自覚ながらも、まあともかくも、

ただこの、巳、ヘと頼み、なおかつ、日干、不弱、そこへとを、頼み、

まあ、あんまし、二面性も、たいがいにして、

それで、乙丙の、功、生かし、がんばっていってもらいたいと、存じ上げております、まあ等々等ともかくも、他全、略、

ああ、まあともかくも、わたしは、やはり、あまり、陰険な、というよりも、明朗性、ある人がきっと好きなのだと思う、まあ、いろいろに、個個人、好き嫌いあるのは、これ、人間ゆえに、やむを得ないが、まあともかくも、

まあ民主党も、やはり、いろいろに、期待出来そうも、ない

そのように、やはり、強く思わざるを、得ない・・

残念なことに、そうした思いを、私は強く、またはおおらかにも、感じて、おります、その所存、ではありますものの、

まあ等等々他全略とし、


このまんま、GO!、

・・・・・・・・・・・

Shiroganeであります、

『否決』ということで、いまちかごろ、郵政否決やら、いろいろに、等等々言われもしますが、

否決・・http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%C8%DD%B7%E8&kind=jn

引用開始・・

ひけつ 0 【否決】


(名)スル
議案を不適当と認め承認しないことを議決すること。
⇔可決
「不信任案を―する」

引用終了・・

まあ、『否決』という、タームで、goo検索、やってみた、

http://search.goo.ne.jp/web.jsp?TAB=&MT=%C8%DD%B7%E8&web4.x=48&web4.y=14

それで、次のごとく、記事を、見つけた、


ああ、そのまえに、いちおう、というか、郵政民営化、の、当否の記事、これをも、といいますか、

このことはとても重要なことであとで、私、お話しよう思いますが、まあともかくも、

http://news.goo.ne.jp/topics/seiji/naikaku/yuusei/?fr=RSS

まあでもしかし、とにかく、わたしは、にほんの、いろいろなことがからみあっての、防御、そして、さらには、いい意味での、ぎりぎりの、すれすれの、手芝居、

一見手先になっているごとく人たち、そして、その反対勢力・・

すべてが、いき通じ合って、

の、日本防衛、日本防御

そうしたことだって、やはり、起こり得ると思ってきたし思っている、いまでも・・
つまりはそこまで悪く無いといますか・・、日本のトップ・・

まあともかくも、私個人は、郵政民営化、反対、阻止、の、立場であります・・

まあともかくも、とぼけて、比較的偉い人たちが、いるものであり、

まあ、等々ここでは、触れずとこのたびにおいて、触れずと、しておきましょうか、

まあともかくも、

まあ、このお話はとても重要ではあるがここでは、あえてといいますか、触れずして、

お話戻しと言いますか、次のごとく記事を、私は見つけた、たまたま・・

引用転載開始・・

否決されたEU覇権
2005年6月11日  田中 宇


--------------------------------------------------------------------------------
 記事の無料メール配信
--------------------------------------------------------------------------------

 5月29日のフランスでの国民投票と、6月1日のオランダでの国民投票によって、EU憲法草案が相次いで否決された結果、欧州統合はかつてない危機を迎えている。

 この憲法草案は、EUの全加盟国25カ国がすべて承認しないと発効しない。フランスとオランダが否決したことで、EU憲法がこのままのかたちで可決される可能性はなくなった。今後の予測としては、EUのあり方について加盟各国が改めて根本的な議論をやり直し、2-3年かけて民意にかなうEU憲法の草案を作り直して成立させる、という見通しが出ている。その間、EUの統合と覇権強化の動きは、足踏み状態になる。(関連記事)

「EU統合はどうあるべきか」という議論は、1940年代以来、独仏など主要国の首脳とその側近たちによって密室で決められ、民主主義的な手続きを経ていないという批判が以前からあった。この批判に応えるやり直し議論が必要だという指摘が、あちこちから出ている。(関連記事)

 今回、フランスとオランダの国民が否決したEU憲法草案は、市場の統合から通貨の統合、そして行政や外交の統合へと進んできた欧州統合の流れをくむもので、大統領や外務大臣の職位を新設するなどして、EUを「諸国家の統合体」から「諸国家の上に立つ国家」へと発展させようとするものだ。EU憲法は、欧州の「国家統合」の基盤となる取り決めになるはずだった。(関連記事)

 加盟諸国は、貿易、防衛、農業、漁業、交通、エネルギーなどの重要分野について、EUが権限を行使しない範囲内に限り、権限を行使できる状態になる。加盟各国の権限が制限され、EUの権限が強化されている。(関連記事)

 EUはこれまで全会一致が意志決定の際の原則だったが、これを多数決による評決に移行させていくことも、盛り込まれている。独仏などの大国が団結して意志決定すれば、小国群の反対を押し切ってEUを動かせる傾向が強まる。(関連記事)

▼「世界覇権なんかより、経済を良くしてくれ」

 EU憲法は500ページにも及ぶ長いもので、しかも難解な言い回しが多いと指摘されている。「アメリカの憲法の15倍もの長さがある」「ほとんどの有権者は、憲法の条文を読んでいない」などと批判されている。(関連記事)

 このため今回の国民投票では、仏・蘭いずれの国でも、反対派は、EU憲法そのものではなく「EU統合が進み、東欧諸国やトルコが加盟すると、移民が増えて失業が増える」「EU当局の経済政策は福祉切り捨て・大企業優遇の英米型(サッチャーやレーガン、クリントンが実施した方式)であり、労働者を大事にする欧州大陸型の経済政策が廃止されてしまう」「マリファナや安楽死などを容認するリベラルなオランダの制度が、EU当局によって潰される」といった批判を展開した。(関連記事)

 こうした憲法とは別のいろいろな争点が一人歩きした結果、否決に至ったものであり、憲法そのものについての論議は全く不十分である、というEU憲法支持派の論調が欧米マスコミに出ている。(関連記事)

 だがその一方で、EUの民意は、加盟国の主権を制限してEUの権限を拡大するEU憲法の精神に賛成していないように見えるのも確かである。EU市民の多くは、独仏首脳を中心としたEUの中枢勢力が、EUを政治面、経済面でアメリカに対抗できるような世界的な覇権勢力に仕立てようとしていることに対し、警戒感や違和感を抱いている。

 EU諸国の多くは、長期の経済不振に悩み、失業率も高い。世界の中でEUを強くすることにばかり興味を持ち、EU市民の生活のことを忘れているように見えるシュレーダー独首相やシラク仏大統領に対し「世界覇権なんかどうでもいいから、先に経済や雇用を何とかしてくれ」という怒りの爆発が、仏蘭の国民投票の結果として表れている。

▼賛成反対の拮抗が破れ、反対が増加

 EU統合の動きが、加盟国の国民投票で否決されて止められることは以前にもあった。たとえばECをEUに格上げして通貨統合を行うための「マーストリヒト条約」は1992年6月、デンマークの国民投票で否決されている。

 しかし、デンマークの国民投票は、反対50・7%、賛成49・3%という僅差(約5万人分)だった。その後EUは「こんな僅差で何億人ものEUの未来を塞いで良いのか」という世論を喚起するとともに、デンマークの人々の懸念に応えて「小国の権限を重視します」と宣言しつつ、約1年後に再びデンマークで国民投票を行い、2回目は57%の賛成票を得て、マーストリヒト条約は成立し、6年後に通貨統合が実現した。

 マーストリヒト条約をめぐっては、92年9月のフランスの国民投票も、賛成51%・反対49%で、ぎりぎりの可決だった。これらの件に象徴されるように、従来は欧州の人々は、欧州統合に関して賛否が半々ずつの状態を続けており、その状況下で各国政府が国民をおだてつつ、何とか統合推進の方向に動かしてきた経緯がある。

 ところが、今回の国民投票では、フランスが55%の反対、オランダが61%の反対で、明らかに反対票が多い。相次ぐ否決の流れの中で、たとえば今後国民投票が予定されているポーランドでは、仏・蘭の投票前には54%いた賛成意見の人が、仏蘭での投票後には40%に減るなど、EU憲法やEU統合を支持する人の割合が急速に減っている。(関連記事)

 EUの指導者たちは、今後残りの国々での国民投票を中止し、被害の拡大を食い止めようとしているが、否決支持が増えているアイルランドやデンマークなどでは、予定されていた国民投票を予定通り実施せよという世論が強い。これらの国々には、自分たちの投票行動によってEU統合を止めたいと考えている人が多い。(関連記事)

▼やばくなってきた欧州統合の立役者

 このままではEUの政治統合は、いくつもの国で大差で否決され続ける。デンマークがマーストリヒト条約を否決したときのような、後から指導者たちが適当な言い訳を見つけて否決を「なかったこと」にする修復作戦は難しくなる。

 EU統合を推進する中心人物であるドイツのシュレーダー首相は、仏蘭の否決を受け、EUの設立当初からの6カ国の首脳を緊急召集し、否決を乗り越える新たな作戦を練ろうと画策した。新作戦とは、EU25カ国の中でも豊かな6−8カ国を「中枢メンバー」として「同盟内同盟」を作り、中枢諸国だけが国民投票など抜きで、先行して政治統合を進めてしまおうとする作戦だった。(関連記事)

 ところが、シュレーダーの緊急召集に対し、6カ国の一つであるオランダのバルケネンデ首相が「うちの国民が政治統合を大差で否決したのに、民意を無視するそんな会議には参加できない」と出席を拒むなどの待ったがかかり、立ち消えになった。(関連記事)

 EU統合推進の中心人物であるドイツのシュレーダー首相には、今後さらなる打撃が待ち受けている。ドイツではシュレーダーが率いる与党のSPD(社会民主党)が、最近のいくつかの地方選挙で連敗した。特に5月下旬のドイツ最大のノルトライン・ウェストファーレン州の議会選挙で、野党CDU(キリスト教民主同盟)に得票率で20%の大差をつけられて惨敗した。

 同州は、SPDが39年間政権を持っていた牙城のはずだった。敗北の結果、シュレーダーは、もともと来年秋に予定されていた国政選挙を今秋(9月ごろ)に1年前倒しし、民意を問うことに賭けざるを得なくなった。(関連記事)

 5月のノルトライン・ウェストファーレン州の地方選挙では、争点は経済問題、失業率の高さ、移民の増加による社会不安などで、EU憲法をめぐる仏蘭の国民投票で争点にされたテーマと似ている。西欧の各地で、これらのテーマをめぐる不満と「その元凶はEU統合である」とする風潮が強まる中、EU統合の立役者であるシュレーダー首相が、前倒しされた国政選挙で勝てる可能性は非常に低い。(関連記事)

(人気が落ちたシュレーダーが辞任し、SPDは首脳を入れ替えることで与党の座を守り、選挙の前倒しが撤回される可能性もある)(関連記事)

▼ドイツは対米従属に戻るかも

 次の選挙でSPDが破れた場合、勝利して与党になるのはCDUだが、CDUの党首であるアンゲラ・メルケルは、ドイツとEUのあり方について、シュレーダーとは正反対の主張をしている。(関連記事)

 シュレーダーは、EUの迅速な統合拡大を推進し、フランス、ロシアとの同盟関係を強化するとともに、中国にも接近し、アメリカに対抗する「非米同盟」を作る姿勢を見せるとともに、トルコをEUに入れ、それを呼び水として中東に対するEUの影響力を拡大しようとする覇権重視派、世界多極主義者である。

 これに対しメルケルは、EUの統合は速すぎるとシュレーダー政権を批判し、ロシアを敵視する傾向があり、チェチェン問題や、ホドルコフスキー裁判(プーチン大統領が、冷戦後の民営化を私物化した資本家集団オリガルヒを退治している裁判。関連記事)などへの批判を通じて、ロシアに「民主化」の圧力をかけるべきだと述べている。

 メルケルはまた、フランスとの関係も見直した方が良いと主張する半面、アメリカとの関係を再強化しなければならないと述べている。彼女は、トルコのEU加盟にも反対で、トルコはEUに加盟させず、EUと「特別な関係」を結ぶ程度の方が良いとも主張している。(関連記事)

 メルケルの主張の基本にありそうなのは「ドイツがEUを使って世界的な覇権を再獲得するという戦略は、やめた方が良い」「ドイツは覇権を求めず、冷戦時代のようにアメリカが、ヨーロッパ(を含む世界)を包んでくれている状態が復活した方が良い」という考え方である。これは「できるだけ対米従属から逸脱しない方が良い」という、自国の覇権拡大を警戒する、戦後の日本の戦略と似た考え方である。(関連記事)

(もともとCDUは1980−90年代にコール首相のもとで政権をとっていたころは、EU統合の熱烈な推進者だったが、野党に下った後、EU推進反対の民意を吸収して再起を図る方向に転換した)(関連記事)

 今秋のドイツ国政選挙でシュレーダーが破れ、メルケルが首相になった場合、EU統合の動きは推進役を失って、大きく減速する。すでに、もう一つのEUの中枢であるフランスのシラク大統領は、国民投票の否決によって大幅に人気を落としており、独仏ともに、首脳がEUを先導できる力を失いつつある。

▼これ以上統合せず、現状維持ではダメなのか

 EU憲法が採択されなくても、欧州諸国はすでに1993年のマーストリヒト条約、1997年のアムステルダム条約、2000年のニース条約と、EUの体制を確立する諸条約を締結しており、今回の否決によってEUそのものが崩壊するわけではない。

 EUとその前身のECやEECはもともと、ドイツがフランスなどと決定的な戦争を行って欧州全体を自滅させた2回の大戦の歴史を繰り返さないために、独仏が分裂できないように統合させてしまうのが良い、という考えに基づいて推進されている。

 ベルリンの壁が崩れて東西ドイツが統一することになったとき、英仏では「ドイツを統一させると再び強国になり、ナチス時代のように全欧を支配しようと企て、戦争が繰り返される」との懸念が出た。これに応えてドイツのコール政権は「今後、ドイツはEU統合を積極的に推進し、フランスをはじめとする欧州諸国内との協調を何よりも重視する」と約束し、それを条件にドイツ統一が実現し、EUの通貨統合が実施された経緯がある。(関連記事)

「欧州の平和のためにEU統合が必要だ」という考え方は、欧州の人々に広く支持されており、この点までを含めて「EUなんか要らない」と考えている欧州市民は少ない。だから今後は、これ以上の統合を急いでやらず、当面は現状維持を続けるという選択肢が良いとも感じられる。

 ところが、ここにも問題がある。それは「政治統合を進めずにユーロの通貨統合を維持しようとすると、いずれ通貨統合が崩壊する」という見通しの存在である。

▼政治統合を止めたらユーロは崩壊する?

 EUの通貨統合は、ユーロを自国通貨として使うすべての国が、財政赤字などの経済状況を一定以上に悪化させないことを前提としており、加盟国が経済政策の足並みをそろえることが必要になっている。

 しかし、長期にわたって加盟国の経済政策を協調させ続けるためには、政治的な統合が進むことが不可欠である、という主張がある。歴史を見ると、ユーロ以前の19−20世紀に存在した欧州のいくつかの通貨統合は、政治協調が維持されなくなって崩壊している。(関連記事)

 つまり、歴史の教訓に学ぶなら、欧州統合の停止は後退と同じで、いったん通貨統合でユーロを誕生させた以上、政治統合を進めないと、すでに確立したように見える通貨統合も崩壊してしまう、と言われている。(関連記事)

 この主張は、統合推進派による詭弁であるようにも見えるので、全幅の信頼はおけない。だが、EU憲法の否決によって政治統合の継続が止められたとたん、通貨統合にもひびが入ってしまったのも事実である。

▼ユーロを離脱すれば切り下げで経済を救済できるのに・・・

 フランスの国民投票が否決に終わった直後、イタリアの閣僚が「イタリアはユーロを離脱し、独自通貨のリラに戻るべきだ」と主張し始めた。(関連記事)

 イタリアは長らく経済の低成長に悩み、今年はじめからは不況の状態に陥っている。通貨統合に入るまで、イタリアでは経済が極度に悪化した場合、自国通貨リラの切り下げを発表し、輸出力を回復させて経済を立て直してきた。

 ユーロを導入して以来、この方法は採れなくなっているが、政治統合が実現せず、通貨統合もいずれ崩壊するのなら、早くユーロを離脱してリラに戻り、経済難を通貨切り下げで乗り切るやり方を再獲得した方が良い、というのがリラ復活論者の視点である。

 ポルトガルやギリシャなども、以前は経済難に陥ると通貨切り下げで対応してきたが、ユーロに入ったことでそれができなくなっている。

 ユーロ離脱論は、フランスやドイツでも出ており、これらの主張を受けて為替市場では、先行き不透明感が強まったユーロの対ドル・円の相場が下落した。

 ユーロの下落は、統合推進派にとってマイナスであると見えるが、よく考えるとそうでもないかもしれない。ユーロが下がると、欧州の輸出企業の競争力が復活し、欧州経済にとってはプラスだからである。

 仏・蘭でのEU憲法否決に象徴されるEU市民の不満は「政府は、欧州統合で経済が良くなると言うが、実際にはちっとも良くなってないじゃないか」というものであり、ユーロの下落で欧州経済が復活すれば、人々の不満が減り「統合継続でも良いかもしれない」という意見が増える可能性が出てくる。

▼EUは潰れると書くことでEUを応援する?

 欧州の統合は壮大で複雑なプロセスであり、統合が良いとか悪いとかいうことは、なかなか一目で判断がつかない。その複雑さゆえに、この問題についての欧米の新聞では、統合推進派は「統合しないと、こんな悲惨なことになる」という「解説」を書き、統合反対派は「統合を進めると、欧州市民の生活は悲惨なことになる」という「解説」を書いている。

 しかも、筆者が推進派なのか反対派なのか、正体をあらわさずに記事が書かれているので、うっかりすると騙されてしまう。解説記事は、みんな客観的、科学的な体裁をとっているが、この体裁こそがくせ者であり、記事に騙されないよう、注意が必要である。

 たとえば私自身、いったんは「こりゃ大変だ」と思ったが、翌日には「もしかして、これも騙しか?」と思った記事に、イギリスのオブザーバー紙の6月8日の解説がある。(関連記事)

「欧州の問題(The problem with Europe)」と題するこの記事は「先週(のEU憲法否決で)、世界は変わった」という書き出しで始まり「下手をすると、欧州の危機は、保護主義や不況、ユーロの崩壊など、欧州全体が相互不信と敵対に満ちたバルカン化(解決困難な分裂状態)につながる」「戦後世界の重要な柱の一つだったEUは、市民の不信感によって、明らかに崩壊しつつある」「欧州の情勢は、第一次大戦と第二次大戦の間の(ナチスが台頭した)時期に似てきた。以前に見たことがある醜い亡霊が、再び大陸を徘徊し始めている」など、暗い記述に満ちている。

 仏蘭の否決以来、英米の新聞で、この手の暗い予測をする解説記事をいくつか見た。だが、これまでのEU統合の歴史の積み重ねを見ると、今回の仏蘭の否決だけで「EUはもう終わりだ」「また戦争だ」と予測するのは、悲観的すぎる。経済が少し悪くなると「これで大不況になって革命が起きる。みんな革命に参加しよう」と言い出す、昔の欧州の左翼の戦法と似たものを感じる。

 このオブザーバーの記事を書いたウィル・ハットンというコラムニストは、別の人の記事では「ブレアの手先」であると指摘されている。だとしたら、EUの将来をことさら暗澹と描くことは、ブレア政権も望んでいるということになる。(関連記事)

 第2次大戦後のイギリスは、アメリカと欧州大陸(EU)の間を取り持つことで繁栄しようとする国家戦略を持っており、ブレア政権もその線に沿って動いている。EU憲法否決を機に、独仏など欧州大陸諸国が内向きになり、内部分裂したり、外の世界のことに関与したがらなくなるのは、イギリスの「取り持ち戦略」の効果を薄れさせるので、イギリスの国益に反している。(関連記事)

 だから、EUの将来をことさら悪く描いて見せることで、英米の人々に「英米がてこ入れしてやらないとEUはやばくなる」と感じさせ、英米をEU強化の方向に誘おうとしたのが、オブザーバーの記事の意図ではないかと憶測される。

 もしくは、EUの状況をことさら悪く描くことで投資家のユーロ売りを誘発し、ユーロの相場を一時的に下げて、欧州経済の回復を誘おうとする動きかもしれない。どちらにしても、EUを応援するために「EUはもうダメだ」という記事が書かれていると感じられる。

「地球温暖化によってオランダやバングラデシュなどの低地国はすべて水没し、今後20年以内に国ごと海中に消えるだろう」といった記事も見たことがあるが、これも「応援としての悲観的な極論」で、地球温暖化防止条約の推進キャンペーンと考えれば、納得がいく。「新聞の記事は全部真実」という信仰を捨て、驚きの記事を見たら、とりあえず真に受けず、裏の事情も考えてみた方が良い。

▼騙し放題の解説記事

 政治経済を解説することは難しいが、マスコミの解説記事の裏側の事情を推察することはもっと難しい。私のような、世界のマスコミの記事を読んで国際情勢を分析しようとする者にとって、自分が世界を見るための「眼鏡」ともいうべき、世界のマスコミの記事に、どんな色がついているのかを知ることが必要なのだが、それは簡単にはいかない。

 欧米の著名な新聞におどろおどろしい内容の解説記事が載ると、ついそれをそのまま信じてしまい、私もおどろおどろしい解説記事を書いてしまうことがある。その後しばらくたって事態がその通りに展開せず「騙されたかも」と感じたりする。

(たとえば今年4月に書いた「アメリカの衰退と日中関係」で紹介した、ドル暴落をしつこく予測したニューヨークタイムスの2本の社説記事。純粋にドル下落を予測した記事ではなく、ドルを暴落させたい勢力の意を受け、暴落を誘発するために書かれた疑いがある)

 だが、騙されたかどうかを確認しようにも、マスコミの論調決定の経緯は、どこの社でも全く不透明で、騙しの記事だったのかどうかということ自体、確認不能である。

 古今東西、新聞記事は、発行されたときには大騒ぎされるが、後から検証されることがほとんどないから、記事を使った歪曲や扇動、誘発は、マスコミや政府のやりたい放題である。

 とはいえ、逆にイラク侵攻のように、事前に出た「アメリカはベトナム以上の泥沼の戦争に巻き込まれる」という、おどろおどろしい予測記事が、多くの人々に「そんなわけないだろ」と却下された後になって、正しいと分かるときもある。

 世界のマスコミの記事を解読せず「すべて現場取材で情報を得るのが良い」という「現場主義」が日本の取材陣には根強いが、その結果、日本の記者の多くは、国際情勢を表層的にしか理解できず、深層部分の動きの多くは「事実確認ができない」ということで「なかったこと」にされている。これでは日本人の世界に対する理解は深まらず、国連安保理の常任理事国になど、ならない方が身のためである。

 世界の動きの深層を探ろうとすれば、必然的に、世界のマスコミの記事を解読していく必要があるが、そこで「騙しの解説記事」に騙されないようにすることが必要になってくる。

 われわれはメディアという与えられた眼鏡を通してしか、世界を知ることはできないが、眼鏡のガラスは透明ではないかもしれない。マスコミの解説記事が書かれた経緯を後から検証できないということは、眼鏡をはずしてガラスの色を確認することができないということである。眼鏡のガラスが何色なのかは、いろいろな対象物を見ていくうちに、相対関係の中から推察していくしかない。

 EU憲法が否決されたことは、アメリカの世界戦略や、ユーラシア全体の地政学的な状況といった国際情勢の根幹に、大きな影響を与えている。そのことは改めて書く。

【「行き詰まる覇権のババ抜き」に続く】

--------------------------------------------------------------------------------

●関連記事

Fear of Uniformity Ignites Grass-Roots Rebellion in EU

It's the economy, stupide!

Europe's disaster movie - Pepe Escobar

EU strategizing is at a crossroads

French Socialists in crisis

Blair gives up on his EU dream

Building a Better Europe

After the French and Dutch referendums

Europe and the liberal illusion

35-hour week? 35-hour day!


--------------------------------------------------------------------------------

田中宇の国際ニュース解説・メインページへ

--------------------------------------------------------------------------------


引用転載終了・・・

http://tanakanews.com/f0611EU.htm


田中宇氏の、批評はいろいろに賛否両論でもありますが、まあともかくも、

氏の、書き、久しぶりに見ましたが、まあともかくも、

いろいろ、線、見てみる言うのも、悪くは無いでしょうが、まあともかくも、

まあ等々他全略とし、

EUにおきましても、否決、等々、いろいろに、あるようである・・

そのことは、貴重な情報である

まあ、コインの裏表のごとく、まあ等々全略とし、

まあともかくも、


まさに、いま、世界は、否決やら、どうの云々・・

いろいろに、混沌、混迷・・

ただしかし、同時に、つまりは、世界の真の支配者たち・・、の、いろいろな、かつ、不変的な、企みを、きっと、超えていけ得る・・

世界は・・


そのようにほんとうに、わたしは、つよく、信じる・・

まあでもしかし、おおおきく、おおく、おおくの、課題、壁・・

あることも事実ではありますがしかし、絶対に超えていけうるでしょう・・

まあともかくも、わたしは、EU、統合などして、なしで、


いい意味での、共存共栄、で、それでいいわけであり、

土台無理なのです、統合統合、って・・

divide&rule、と、統合、このふたつの、戦略を、同時に使って、いいように持っていくべく、の、悪魔たち・・

だがしかし絶対に超えていけ得る・・


世界は、である・・

統合、別々どちらがどうという問題ではない

とにかく、超えていけ得る・・

みなの意識が真に・・・

まあともかくも、等々他全、略、とし、


まあともかくも、ちと、いきなし、おはなし変わるがというか、なんたるかではありますが、

麻生太郎氏、は、やはり、覇気無く、

かつ、期待できえない・・、ダメですね・・、

まあ等々他全略とし、


まあともかくも、


まあいろいろに、混沌とした時代ではありますものの、しかしながら、

真に、ほんとうに、真の意味において、

21世紀は、国民一人一人が、国家を、つくっていく、国家を助けていく・・


いろいろな前段階、前段階、

もしくは、さまざまたるな、不毛、をも、あれども・・、をも・・、

しかし、


比較的、まあある種の前段階ではあってもをも、しかし、ある種、まあ、というところで、治まる、のではないかな、そのはずで、ございます、

うふ、まあともかくも、他他全、略とし、

また、でし!!

※武正、議員、のことどうのと、言いましたが実際はわかりません、人とは奥深いものでして、あくまで、ささっとの、第一印象のみで、とか、固定観念といいますか、ぱぱっとした印象のみで、決め付けは良くは無いでしょう、といいますか、

まあほんとうはとても素晴らしい人なのかもしれませんし、まあ、ですが、ぱぱっとの印象で最初は好き嫌い、好悪、判定せざるを、得ないのが、人間でもあり、かつ、

いまの時代、ああ、まあともかくも、

ただしかしながら、命学におけます、審察においては、ほぼ、間違えないと、存じ上げます、


根底を私は見て、やっておりますから、おおきく、わたしの、見立ては、確かであり、

まあ、ともかくも、その、柔和さ、優しさ、生かし、ぜひとも、今後ともの、おぉいたるな、いろいろな、御活躍、お祈り、期待、するもので、あります

・・・・まあともかくも、等等々他前略、と、し、

まあともかくも、いろいろと、半端、かつ中途ながらも、このまんま、GO!

((((((このログは、昨日夕方頃、こちらへとを、直接打ったもので、その打ちっぱなしもので、あります!、まあ等々他全略!!)))))


[4816]   SEE YOU! 投稿者:   Yuuki、Shirogane、であります、1738 投稿日:2005/08/09(Tue) 07:51:14

さて、では、昨日の夜、いなや、夕方頃だったっけかな、


こちらへと直接打ったが、まあ、そのまんまだったもの、

いま、次へと功改めて、載せておいてしまい、

まあともかくも、等々他全、略、


まあでは、ほんま、またでし!


[4815] 日本人の特権、   日本人しか、いないだろ?、   違うのか?、      60年前のあの経験、     どうして生かさないのか・・、       真の勇気とは、なんぞや、ということ・・、   真の叡智とは、なんぞや、ということ、          あたりまえのことが、 まるで、 あべこべとなってしまっている・・、              まあともかくも、   このまんま、 GO!! 投稿者:   Yuuki、Shirogane、であります、1738 投稿日:2005/08/09(Tue) 07:43:13

Yuuki、Shirogane、白金 幸紀(ゆうき))、白金 光世(こうせい))、で、あります。

まあわたくしは最初から、あるおおきな大事なこと気づききっているから、比較的、動じない、というか、またもしくは、深く深くほんとうにあることを、祈っておりますもので、あります。

まあ等々等他全、略、とし、

さて、

時 日 月 年

己 丙 辛 甲
亥 戌 未 午

大運、順行、立運、約4才、

9484746454443424144

辛 庚 己 戊 丁 丙 乙 甲 癸 壬
巳 辰 卯 寅 丑 子 亥 戌 酉 申

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E4%BD%8D%E5%92%8C%E5%A4%AB

引用転載開始・・

志位和夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

志位 和夫(しい かずお、1954年7月29日- )は、千葉県四街道市出身の政治家。両親とも、教員で共産党員だった。父親は、共産党所属の船橋市議会議員だったこともある。叔父に終戦時の関東軍参謀志位正二がいる。 千葉県立千葉高等学校卒業。同じ高校の先輩に公明党の神崎武法がいる。 東京大学工学部物理工学科を卒業。 大学の1年の時から共産党に入党。

1990年に日本共産党中央委員会書記局長に抜擢。不破哲三の後任として、2000年から幹部会委員長。1993年以来衆議院議員。


外部リンク

日本共産党 志位和夫委員長ホームページ
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E4%BD%8D%E5%92%8C%E5%A4%AB" より作成


引用転載終了・・


http://www.shii.gr.jp/index.html

http://www.shii.gr.jp/profile/profile.html

引用転載開始・・







■1954年
 千葉県四街道市に生まれる
■1989年
 党中央委員に選出される

■1973年
 日本共産党に入党
■1990年
 第19回党大会で書記局長に選出される

■1979年
 東京大学工学部物理工学科卒業
■1993年
 第40回衆議院選挙で当選

■1980年
 日本共産党東京都委員会に勤務
■1996年
 第41回衆議院選挙で2期目当選

■1982年
 日本共産党中央委員会に勤務
■2000年
 第42回衆議院選挙で3期目当選。
 第22回党大会で幹部会委員長に選ばれる

■1987年
 第18回党大会で党准中央委員に選出される
■2003年
 第43回衆議院選挙で4期目当選。

■1988年
 党中央委員会書記局員に任命される
■2004年
 第23回党大会で幹部会委員長再選

--------------------------------------------------------------------------------


落花生の畑が原風景
 私は、1954年7月29日、千葉県四街道市(当時は町)に生まれました。「和夫の『和』は、平和な世界をという願いを込めた」と、聞かされました。私の家は、町の中心部から離れた落花生の畑が広がるなかにありました。四街道は、とりたてて名所・旧跡があるわけでもない、平凡な田舎の町でしたが、私にとってはいまでも故郷であり、畑や野原のなかを走り回って遊んだ懐かしい思い出があります。父(明義)も、母(茂野)も、日本共産党員で、二人とも小学校の教員でした。父は、船橋市の教職員組合の書記長をつとめ、日本共産党の船橋市市議会議員もつとめました。

父の肩車にのって安保闘争
 私の初めての「政治体験」の記憶をたどると、幼稚園児だった時、1959年から60年にかけての日米安保条約改定反対の大きなたたかいがおこるなか、千葉市でおこなわれた安保反対のデモ行進に「参加」したことでしょうか。「参加」したといっても小さな私が大勢のなかを歩くのは危ないと考えたのか、父の肩車の上でした。当時の安保闘争の緊迫した熱気ある情景がはっきり思い起こされます。おそらく、5歳から6歳のころのことだと思います。

入党−−輝いていた日本共産党の姿
 日本共産党に入党したのは、1973年、大学1年生のときです。当時、自民党の田中内閣が、小選挙区制をもちだすという動きがもちあがり、大きな反対運動がおこりました。私の大学でもストライキを決めて、駒場から国会へ700名ほどのデモ行進もしました。このたたかいなかで、民主主義をまもるために輝いていたのが日本共産党でした。たたかいに参加するなかで、仲間もでき、よびかけられて入党しました。学生時代は、党の活動と学生運動に熱中しました。科学的社会主義の古典も夢中で読みました。大学の学業の方はというと、講義の出席は悪く、立派な学生とはいえません。物理工学科でしたので、卒業には実験と卒論が必要で、これだけは何とか仕上げました。超伝導といって、極低温で、電気抵抗がゼロになるという物性の研究でした。この時期は、私にとって、人生の進路を決めた、ほんとうに大事な時期となりました。

日本共産党の専従の道に
 党員になったとはいえ、進路については、いろいろと悩みました。大好きな音楽の道を本気で考えていたこともありましたし、物理の道をやりたいと考えたこともありました。でも、選んだのは、日本共産党の専従活動家の道でした。大学を卒業後、1980年に、日本共産党東京都委員会の青年・学生分野で仕事をはじめました。1982年からは党本部の勤務となりましたが、おもに青年・学生分野での仕事と、政策委員会や、社会科学研究所などの仕事でした。かけだしの専従時代には、多くの先輩からたくさんのものを、教えていただきました。新しい経験の連続でした。

1990年の党大会で
 私の生活が一変してしまったのが、1990年の7月に開かれた日本共産党第19回大会でした。大会で中央委員に選ばれた後に開かれた第1回中央委員会で、突然、書記局長に選ばれたのです。私には、まったくの突然の話でした。「ほんとうですか」とよく聞かれますが、ほんとうに突然の話でした。「えらいものが回ってきた」という驚きもあり、不安もありましたが、重責を担うことになりました。35歳のときでした。この時は、まだ国会に議席もなく、衆議院に議席をえたのは、1993年の総選挙の時でした(旧千葉1区)。知名度の低い私にとって、たいへんな苦戦でしたが、地元のみなさんの必死の支援と、不破委員長(当時)にも何度も応援にきていただくなど、たくさんの応援をいただき、国会におしあげていただきました。38歳のときです。

逆風と上潮と、新たな試練
 書記局長に就任した当初は、旧ソ連・東欧の崩壊がすすんでいるさなかであり、「共産主義崩壊論」が、内外で荒れ狂っているたいへんな逆風の時代でした。しかし自主・独立の党への強い自信と誇りがあって、将来を悲観するような、悲壮な気持ちは少しもありませんでした。この時の党全体のがんばりが、90年代の後半からの躍進につながりました。その後、相手の側からの巻き返しもあり、新たな躍進をつくれるかどうかという、とても重い責任を担って、2000年に開かれた第22回党大会で、私は、幹部会委員長に選ばれました。「21世紀の早い時期に民主的政権」をつくることが、私たちの目標です。書記局長になってからの12年間をふりかえってみても、いまこそどんな風が吹いても、揺るがず、国民から頼りがいのある、強大な党をつくりたいーこれが、私の願いであり、決意です。

家族のことについて
 家族は、大学時代に知り合い、1979年に結婚した妻(孝子)と、長女(和歌子)の3人です。すぐそばに母が住んでいます。父は、船橋市で長く教員をつとめ、日本共産党の市議会議員、船橋市夏見の日本共産党居住支部の支部長などをつとめてきましたが、2005年4月30日に病気で亡くなりました。特に、書記局長になってからの15年間をふりかえると、ずいぶんと家族には、負担をかけてきたと思います。家族は、私にとってかけがえのない宝であり、力の源泉です。

私と音楽
 音楽は、私にとって、人生の一部といってもいいほどのかけがえのない世界です。高校のころは、作曲家に本気でなりたいと勉強していた時期もありました。ピアノ、バイオリン、作曲について、習いました。作曲の勉強は、和声法と、対位法、そして簡単なソナタ形式の習作を作ることでした。幼稚なものですが、当時の作品も残っています。しかし、この世界は、どんなに望んでも才能の壁というものがあることを知らされました。作曲家の道は断念しましたが、音楽は生涯の友人です。もっぱら聴くことが中心ですが、どの時代のものも好きです。バッハから、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ショパン、リスト、ブラームス、チャイコフスキー、マーラー、ラフマニノフ、プロコフィエフ、そしてショスタコービチ。どれも大好きです。ピアノは、少しずつでも、毎日練習することを目標にしていますが、いっこうに上達しません。それでも大好きです。人さまの前で演奏したのは、高校時代に。シューマンの『ノベレッテン』(第一番)という私の技術ではとほうもない難曲に無謀にも挑んだときと、結婚式のさいに妻とシューベルトのヘ短調の『幻想曲』を連弾した二回だけです。この『幻想曲』は、ピアノの連弾曲としては、奇跡的な傑作ですが、演奏が、とくに私の受け持ったバス・パートが傑作にふさわしいものだったかは、まったく疑わしいものでした。音楽は、言語の世界とはまったく違った、独特の力で、人の心に直接訴えてきます。この素晴らしい世界と出会えたのは、私の生涯にとって大きな幸せです。

引用転載終了・・

http://search.goo.ne.jp/web.jsp?TAB=&MT=%BB%D6%B0%CC+%CF%C2%C9%D7


まあ等々等他全、略、

まあともかくといたしまして

“志位 和夫(しい かずお、1954年7月29日- )は、千葉県四街道市出身の政治家。両親とも、教員で共産党員だった。父親は、共産党所属の船橋市議会議員だったこともある。叔父に終戦時の関東軍参謀志位正二がいる。 千葉県立千葉高等学校卒業。同じ高校の先輩に公明党の神崎武法がいる。 東京大学工学部物理工学科を卒業。 大学の1年の時から共産党に入党。

1990年に日本共産党中央委員会書記局長に抜擢。不破哲三の後任として、2000年から幹部会委員長。1993年以来衆議院議員。
””

公表されておられる、生年月日、真正といたしまして、

時 日 月 年

○ 丙 辛 甲
○ 戌 未 午

大運、順行、立運、約4才、

9484746454443424144

辛 庚 己 戊 丁 丙 乙 甲 癸 壬
巳 辰 卯 寅 丑 子 亥 戌 酉 申

生時、戊子、己丑、庚寅、辛卯、壬辰、癸巳、甲午、乙未、丙申、丁酉、戊戌、己亥、庚子、


のなかの、どれか、ということになるわけでありますが、しかし、等々他全略とし、己亥の刻において、すべての事象一致、

矛盾無く、一致、するものと、なるのです。

まあ等々他全略とし、

時 日 月 年

己 丙 辛 甲
亥 戌 未 午

大運、順行、立運、約4才、

9484746454443424144

辛 庚 己 戊 丁 丙 乙 甲 癸 壬
巳 辰 卯 寅 丑 子 亥 戌 酉 申


超簡単にながら、解命、させていただきますが、(まことに勝手ながらも・・))、

日干、丙火、未月、土旺、時己透る、傷官格。

冲剋合の起状は、午未合去、天干におきましては、丙辛合、不化、辛金、倍加、倍力。

移動接近・・、


つまりは、

己 丙 辛 甲
  亥 戌
  ・ ・
  戊 辛
  甲 丁
  壬 戊

よくよく、きちっと、見てください。

つまりは、土旺、金相、水死、木囚、火休の、周期律の季であり、しかも、未月調候、壬癸水、それから、水源、庚辛金、土旺月と言えども、必須なのであり、そのことが、適切であるということ・・

そして等々全局の局勢によって、佳となり得るものでありますが、

そして、繰り返しますが、土旺、金相、水死、木囚、火休、であり、

休令の、丙火。

無根であり、等々等と、そのような見方する人は、一切持って、命理完全不知の輩であり、命運を看る、命を看る、そのこと一切持って、出来得ない輩、ということになるものであり、そのように、断の断言を、せざるを、得ないものであり、

まあともかくも、

日干丙火、未月土旺なるも、未午合去し、移動接近し、

丙辛は、水旺月ではないがゆえに、化さず、丙辛、辛、二辛となって、つまりは、倍加、倍力。


戌亥、移動接近・・

結論のみ言うなら、用神、亥中、甲木、真神得用であり、

しかも、といいますか、最も大事なことは、亥中、壬、調候、

月干、二辛、水源、かつ、戌中辛、水源、生、亥中、壬、

これが、調候であり、

そして、亥中、壬、生、甲、生、丙・・

つまりは、時透己であり、戌土であり、この、燥土を、亥が、湿へと、せしめ、


それで、生、壬・・

しかしそれでも、食傷、漏洩、戊己、が、やや強い、過ぎとなって、その、忌まわしい、あるようにも、一見見えますもののしかし、

この、強い土、生、つまりは、湿となって、の、二辛、戌中、辛へとを、流通・・、それで、この、金、生、亥中、壬・・

そして、甲・・

そして、日干丙、へとを、流通、しているので、あります!


土、剋、水、へとも、この、金、は、通関し、

肝心な、亥中、調候壬を、剋、制剋する憂いも、いちおうは、免れているのであります。

だけではなく、しかもです。午未合去により、移動接近となり、


年干甲、この年甲、と、戌亥が、位置有情ともなり得、つまりは、甲、亥甲、ヘとも、通根、する、この、

囚令とは、言え、そう弱いとも言えぬの、この甲、が、戌この、調候適切、適度に湿へとなった、この、戌土、を、疏土開墾、をも、し、

そして、この、良土、戌土が、また、生金そしてまた、生水・・

そして、また、生甲・・

日干、無根に見えますものの、まさに有情有力五行すべてが美

全局、美、清・・・

ここのところのこの、生剋生化、の、この、起状、美、清、の、この、ありよう・・

よくよくきちっと、凝視し、分別、解って然るべき、なので、あります!

しかしそれでも、やや、食傷、土が、強となっての、その憂いの可能性・・、または、もうこれ以上、土は、いらない欲しくは無いと申せまして、

この原局においては既述のごとくでして、土も忌まわしい、大とはなってはおりません、

二辛、戌中、辛でもありまして、しかも、亥中壬によって、反生をも、逆にいたしますから、

金、埋金とも、なっていない、なり得ません。


土、が、水を、塞水へとも、を、なっては、いない

等々等・・


だがしかし、これ以上、戊己土、来たり、または強まりますと、そうした恐れ出て来ますし、


等々全略とし、これ以上、土はいらず、とは、申せまして、

そして、原局においてはむしろ、金、は、喜の作用すらなしており、そして、ただしかし、まあ、あんまし、これ以上特に望まずですが、しかしその配置、等々によりましょう・・・

水、も、また然り・・


亥中、壬美、この、壬、あってこそを、を、そして、甲生丙、ですし、


甲、納水にもなり得、かつ甲、生丙、であり、


まさに、・・

まあ等々全略とし、この、亥こそが、まさに、元機、なのであり、かつ、救応の、偉大たるな、神でもあり、

いなや原局においては、すくなくともこの、水源の、辛金・・

ここをも、まさにの、偉大たるな救応の神であり、

そしてかつ、五行流通周流・・


亥あったればこそ、金、そして土、そして丙火・・

すべてが、美となっております、この、形状・・

湿土生金、かつ、金白清水、水木清奇、木火通明、

甲木、疏土開墾

かつ、さらには、丙壬輔映湖海の象ずらを、暗に、含んでいるとさえ、言えるこの原局の、構造、であること、万の万人、誰もかもが、を、

を、知る、べき、で、ある・・


まあ等々他全略とし、


大運ざっとながら、見てゆくが、

第一運、壬申運、忌まわしいとなるどころか、むしろ、生気あって、


美大喜大調候十二分以上であり、かつ太過ともならず、の、まさにの、


素晴らしい、精神純粋、佳。

つまりは、午未合去のままで、壬申運、金旺、水相、

壬丙によって、丙辛解合し、一辛と、月干、は、なりますが、まあともかくも、


そして、

己、時干が、壬大運干を、濁壬、し、生甲生金・・

湿土、生、金、有力、生、甲、亥中甲、生、丙であり、

つまりはもちろん、年甲は、日干丙火には、位置無情で、直接生じはいたしませんが、しかし、まあともかくも、

金旺生水、そして、この、亥中甲、

生丙であり、

一見、金水の、忌まわしい大にも見えるかもしれませんが、しかし、亥中、甲、あるゆえに、大忌とはならないばかりか、否や、生気、ばりばり、でもあり、

水智、義、礼、信、仁・・


しかも、輔映湖海、の、象、やや甚大にも、なるものなのであり、

すべては、亥中甲この、甲用神に、頼めるがゆえなのである。

よってして、日干ほぼ、無根に近くとも、


土金、水、木、火・・

でもあるがゆえに・・

つまりは、漏洩、の、忌まわしい、とも、財の、忌まわしい、とも、攻身の、忌まわしい、とも、ならず、

もしくは、救応となって、甲、生丙となるがゆえに、

救応・・、いなやだけではなく、

むしろ、この、形状からして、美大、とも、なり得るものなのであります。

大運の傾向性といたしまして、そのよう、であるのであります!

次運癸酉運、癸己剋去しても、しかし、酉、金旺生、亥中、壬、生、甲生、丙であり、


この運も全局、佳運なのです。

よくよく、理解してください、わかってください。


そして次運、甲戌運、金旺土旺運ですが、


この運は、やや忌まわしい、の傾向性、さすがに、なりますのは、

つまりは、

甲己、大運戌土旺は、化土し、


戌土、

よってして、土制、水、の、憂いをも、あるからなのであります。

ただしかし、二辛と、戌戌中、辛辛生、壬でもあり、かつ、生甲生丙、でもありますゆえに、

この、土旺運すら、大忌とはならないとは、言えますが、しかしやはりこの、甲戌運は、まあ、救応はありますものの、しかし、やや、忌まわしいの傾向性濁の傾向性、自覚的無自覚的にも、あるものであり、

とくに、流年において、土強と、ますますなるなら、いろいろと、憂うものでもあるものであり、

つまりは、こうした場合、戊己土、と、壬癸水、の箇所、つまりは、胃、泌尿器科系、ホルモン、等々、

かつ、通関となります、金も、場合によっては、あれとなりますし、


等々等・・、全局、やや忌、濁とも、なり得ますがしかしながら、救応ありますし、

亥、破られずですし、さらには、前運までの、生気ある、かつ、宜しい、すすむの、莫大のエネルギー、のその後遺をもありますし、

やや停滞等々、あり得るも、しかしながら、次運以降の喜大の大のごとくの、その前駆をも、ありますし、


そこまでの、おおきな、といいますか、忌、濁、とはなり得ないものなので、あります

まあ等々他全略とし、次運、乙亥運、


むしろ、やや、喜大の大の大の大・・

清、まさにの、精神純粋、生気あって、かつ、喜、清、大の大の大・・


つまりは、乙己、乙辛情不専、二辛倍加、月干のままでありましても、

まあともかくも、用神、まさにの、の役割でもある、亥、大運支、水旺運でもあり、

乙は、二亥に通根し己くらいは制しますし、まあともかくも、


それで、水旺、この、壬、二壬生、二甲、


生、丙であり、

よってして、もし、流年において、これ以上、土すら来ても恐れませんし、金も、水も、何もかもが・・

とさえ、申せ、よってしてまさにの、位相高の高の・・

とすら言えるものであり、

等々他全略まさにの、美大喜大の、傾向性の運なのであります!

よくよく、見て凝視してください


いま今年、2005年ゆえに、そして、流年、乙酉年であり、


51才、ということでありましょうが、つまりは、

丙子運、乙亥運前運美大の、のちの、丙子運が、現行運であると、言えますが、

この、

丙子運も喜、なのです。

つまりは、丙辛丙であり、解合し、一辛となり、それで、支は、子午冲の情によって、


午未解合、と、なる・・

午未会合し、午未有作用となりはいたしますが(それで、一見芳しからざる、とも、見えるかもしれませんが))、しかしながらよくよく、

見てください、

つまりは、午未有作用ともなって、


やや、土太いとも、なり、食傷太い、漏洩,重とも、見えなくもありませんが、一見はです、しかし、

といいますかそして、丙子運、水旺運ゆえに、そして、丙は、己時干を、燥とも、せしめ、

それで、

制水・・・、

この、憂い、濁、が、ありもします。確かにありもします。

しかしながら、子水旺であり、

かつ、辛月干、戌中、辛、生、子、水旺、かつしかも、

既述再三触れましたごとくこの、時支、亥、水、生甲・・・

年支午はたしかに、丙には、日干丙には、遠隔無情でありかつ、年甲も、ただただ、甲、生、午、生、未土、であり、

日干の、その、助けには一切持ってなるどころか、それどころか、やや漏洩の忌まわしい等々をもたしかに、言えなくも無いのでありますがしかしながら、

この、強土生、金、生水、そして、亥中甲、生丙、日干・・

ゆえに、なんとか、漏洩、そして、・・・


耐え得られ、


大忌とはならないばかりか、

水旺、この、子水、まさにの、調候神でもあり、


この、子水、未土を、湿にせしめ、かつ、生金、かつ、また、生水・・・

となりますゆえに、そしてさらに、生甲、であり、生丙でありますゆえに、

むしろ、この運の傾向性をも、ややをの、濁、憂いをも、おおくありますもののしかし、

基本的には、やはり、清、大の大、と、見て然るべきなのであります!、


そしてしかも、今年、51才乙酉年、


金、水、生、甲、生丙、でもあり、

喜、清、佳、大な年、であると、言うべきです。

51才乙酉、50才甲申、49才癸未、48才壬午、47才辛巳、46才庚辰、45才己卯、44才戊寅、

であり、戊寅年は、やや、忌まわしい、塞水の可能性停滞等々あってもをも、しかし、

その後はほぼ救応、適切でもありむしろ、喜大、

49才、癸未年、ここは、結果、喜。46才庚辰、やや、財の忌も、ある得るでしょうが、まあ、他他、全略として、

まあともかくも、去年甲申年、今年乙酉年、

むしろ、この形状からして、喜大とさえ申せ、

だからこそ、恐れず、やっておられるわけなのであり・・

いなや、いくらどれだけでも、控えめにいいましても、

『悪政に立ち向かう!』とのことで、標語、公然と、し、


きわめて、冷静によくよく聞いてみますと、理念ともども、適っており、かつ、

真摯に取り組まれておられる、党の、その代表、として、やり続けておられるわけであり、

まさに、この命運であってこそでありすべて一致するものであり、

まあ等々他全略とし、


そして次運、丁丑運、丑未の情により、午未解合するも、(あとそれから、丁辛の情により、丙辛も解合))、しかし、

丑中、己辛癸であり、

丑亥生、甲、生金とも、なり得る、佳、をも、あり、

しかも、甲生午生未土の、情をも、あるもしかし、甲疏土、未土も多少はありますが、だけではなく、未乙生、丙、でも、あり、


こうした、救いあるものであり、

未と、亥水、無情、を、惜しむもしかし、

丑であり、

まあ全局、まさにの、調候十二分とは仮に言えなくとも、しかし、

水旺運土旺運、まあ、そこまで、忌、濁、とはなりようが無いのは、この相形状のゆえでも、あるのです。


ただしかし、64歳以降、戊寅運は、木旺喜、などとは、なり得ず、


つまりは、戊寅運、木旺運でありながら、

木、生、火生、土となって、


亥水を、剋傷する憂いあるものなのです。

戊甲剋去で、午未合去のまま、であり、

寅のみであっても、やや、埋金、かつ、やや、塞水の、憂いをも、ある・・

庚金、無きがためでもありますが、まあともかくも、

そしてもし、甲戊解剋したなら、

甲は負けますし、かつ、午未解合をもしたなら、もっと、芳しからざる、とも、なり得、

つまりは場合によりましてはいろいろと、健康面等々、注意が必要な、忌まわしい傾向性多大ともなり得る、そうした、傾向性の運なのであいます・・、ぜひにと、まえもって、予測し、

中和し、乗り越えて然るべきであります。


ただそれでも、この、亥とそして、寅丙、生き、それで、金、っけをも、補給され、そして、

亥とにかく、剋傷、されても、しかし、耐え得られるなら、

ということを、切に期待お祈り・・、


まあともかくも、でもしかしやはり、前もって予知し、対応予防、防御・・

妙なこととなら無いように、するべきであります、

埋金ゆえ、の、象をも、あるゆえ、胃関係における、癌とかなっても不思議ではないですし、その他等々等・・

きちっと、まえもって、熟知かつ、超えを、やってください。

乗り越えられうること、

・・・真に期待するものであります、


まあともかくも、次運、己卯運、まあやや、閑、もしくは、ああ、まあともかくも、次運庚辰運、辰戌合去、するもしかし、亥中甲、であり、


土己、亥中戊でもあり、

救応、ありであり、場合によってはやや、ああまあともかくも、


等々等等全略とし、


いやあ、ちょっと触れるつもりが、長くなってしまったがまあともかくも、

こうした、なかなかの、人物なのであります!、


この佳、


このポリシー持ちの・・

いまこの現代において、おおくの党どこも、なぜだか、恍惚にも少なくとも見えますかたがた、おおいなか、


これだけ、ストレートにも、すくなくとも、やっておられる、他におりましょうか・・、とすら、申せましょう・・


まあともかくも、亥、救いの神ゆえに、

強気をくじき弱きを助けでもあり、かつ、丙火の潔癖性、

戌の、強靭さ、

曲げずの、気勢・・

甲・・

等々等まあ全略といたしますが、


とにかく、命運より推しまして、

甲戌運を、除きまして(甲戌運も、もちろん、救い、ありです!、清い、強くございます!))、ほぼ、源清流清とすらを、言えるものなのであり、

まあ、源、土太いへといってしまう恐れ既述の、触れたごとくな恐れ、憂い、マイナスアルファーいたしましても、しかしながら、それ以外は、
ほぼ、清で、なのであり、


この、亥、があってこその、すべてで、あります

よくよく、理解、知るべきであります、

まあ等々等等他全略!、

なんだか、おおく、なあなあ、のごとくにすくなくとも、見える、大勢のなか、

または、あたりまえな、諸般、おおくが、見ず見えずのごとく、の、やや、あっぱらぱー、のごとくでいるなか、


きちんと、


理念明確かつ説明・・

こうした、真の野党、のような党左翼的存在

絶対に必要なものなのであり、まあ等々他全略とし、


等々等等他全略、

いろいろと言いたいことございますが、もうそろそろほんま、終わりにしなくてはならない、

まあともかくも、


等々等全略とし、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%85%B1%E7%94%A3%E5%85%9A


引用転載開始・・

日本共産党

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

日本共産党(にほんきょうさんとう)は、1922年に結成された日本の共産主義政党で、左翼政党の一つである。「共産党」と略される(主に同党に批判的な立場からは、「日共」と略したり、本部の所在地から「代々木」と呼ぶこともある。まれに、路線対立から分裂した分派と区別するため、「日本共産党(不破派)」と呼ぶこともある)。英語名のJapanese Communist Partyから、JCPという略称が用いられることもある。共産主義を掲げるが、当面は「ルールある資本主義の実現」を目標としている。

目次 [非表示]
1 党勢と組織
2 衆参の所属議員
3 歴史
3.1 戦前非合法時代
3.2 合法化と党内抗争
3.3 ソ連崩壊後と現在
4 綱領と政策
5 歴代の日本共産党中央委員会・執行部役員表
6 日本共産党中央委員会役員表
7 党勢の推移
7.1 衆議院
7.2 参議院
8 参考文献
8.1 党自身による文献
8.2 その他の文献
9 関連項目
10 外部リンク


党勢と組織

日本共産党の2005年現在の国会勢力は、衆議院議員9名、参議院議席9名である。地方議員数は2005年現在約4,000人の規模で、国内第一党の地方議会勢力となっているが、昨今では公明党に議員数を抜かれた。また、十数人の党員首長を抱えている。

党員約40万人、機関紙発行部数約173万部、支部を職場・地域・学園に約2万5000(2004年現在)置き、発達した資本主義国の共産主義政党としては、最大の規模を持つ(2005年現在)。

本来共産党は議会を資本主義体制の一貫として批判してきた経緯があり、また議会での党勢の衰えから、幹部は非議員が多数を占める。

一般に日本の議員は資金面で党よりも自己の収入や政治献金に多く依存し、組織的には政治家個人を推す後援会を基盤とするが、共産党の場合は資金・組織の両面で党が主力になっている。議員個人の資金・組織を除いて党の資金・組織だけを見れば、共産党は日本でもっとも強力な政党である。日本共産党は、政党助成金を憲法違反の制度だとして受け取りを拒否している。

党本部は終戦後から増築を重ね使用してきたものだが、老朽化したため、全面建て替えに着手。2002年に第1期工事が完成し、2005年に竣工した。

党中央機関紙として日刊の『しんぶん赤旗』とタブロイド判の『しんぶん赤旗日曜版』を発行している。アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中華人民共和国、ベトナム、インド、エジプト、メキシコの10カ国の首都に12人の特派員を常駐させて国際面の充実と国際連帯を図っていることは、日本の他党派機関紙には類を見ない特徴である。そのため、赤旗は一政党の機関紙というよりは、性格的には比較的一般紙に近い。また、しんぶん赤旗とは別に、『月刊前衛』、『月刊学習』、『月刊女性のひろば』、『月刊議会と自治体』などの機関誌を発行している。

日本の警察は共産党を一貫して監視対象としており、警察白書でも多くのページを割いている。古くは、1952年に駐在所が爆破され、爆発物を運搬したのは警察のスパイだったが、共産党員に罪をなすりつけようとしたこともあった(菅生事件。なおこの警察官は、爆破そのものは認めていない)。近年でも、1986年には、党幹部の緒方靖夫宅への盗聴が発覚するなど(緒方事件)、非合法を含めた共産党への工作を行っていると見られている。

衆参の所属議員
衆議院 9人参議院9人

衆議院
 東北ブロック・高橋千鶴子(秋田)
北関東ブロック・塩川 鉄也(埼玉 8区)、
南関東ブロック・志位 和夫(千葉)
 東京ブロック・山口 富男(東京 4区)、
 東海ブロック・佐々木憲昭(岐阜)
 近畿ブロック・穀田 恵二(京都 1区)、
        石井 郁子(大阪 2区)、
        吉井 英勝(大阪13区)、
 九州ブロック・赤嶺 正賢(沖縄 1区)、
参議院
 04 比例区・市田 忠義、
        小池  晃、
        仁比 聡平、
        大門実紀史、
 07 東京都・緒方 靖夫
    比例区・吉川 春子、
        井上 哲士、
        紙  智子、
        小林美恵子、
[編集]
歴史
[編集]
戦前非合法時代
1922年、日本共産党は堺利彦らを中心に、コミンテルンの日本支部として結成された。当時の日本の法律下では非合法政党であった。1923年に検挙を受け、また関東大震災による打撃もあり、1924年に解党したが、1926年再結成された。

民主主義革命を経て社会主義革命に至るとする二段階革命論を採り、当面の目標を絶対主義的天皇制の廃止や真の国民主権の達成などの民主主義革命としたため、直ちに警察の弾圧の標的となった。党組織は、非合法の党本体と、労働団体など諸団体に入って活動する合法部門の2つの柱を持っていた。

昭和初期、1928年の三・一五事件や1929年の四・一六事件で治安維持法に基づく一斉検挙を受けた。主要幹部がことごとく投獄される(徳田球一ら)か、解党を唱える(堺ら)か、転向する(佐野学ら)事態になり、党は壊滅的打撃を受けた。

スターリン指導下の1928年のコミンテルン第6回大会で採択された綱領によれば、統一戦線戦術は、社会民主主義的潮流との関係では、「大衆を階級的に動員し、改良主義者の上層部を暴露し、孤立させる手段」とされた。このセクト主義は、コミンテルンが1928年の第10回執行委員会総会で「社会ファシズム」論を採用したために、いっそう極端な形をとった。この社会ファシズム論は、スターリン主導によるものであり、日本共産党は一時期、この方針を実践した。労働団体へなどへのアジテーションを行う一方、暴力によるテロ事件もしばしば起こした。

1935年、特高警察などの手によって党関係者が多数検挙され党中央委員会が解体され、戦前における活動はここで頓挫した。このとき、戦後に議長となる宮本顕治はスパイとされた小畑達夫殺害の容疑ですでに獄中にあった。治安維持法は、国体(天皇制)の変革や私有財産制を否定する団体の弾圧を目的とした法だったが、やがては拡大解釈され、社会民主主義者や自由主義者、文化知識人、宗教者などさえも、天皇制政府にとって不都合な部分があれば弾圧できる法へと変貌していった。

[編集]
合法化と党内抗争
1945年8月15日の第二次世界大戦の終戦後、共産党は徳田を書記長として合法政党として再建された。出獄した幹部は、釈放を喜び、連合国軍を「解放軍」と規定していた。

1946年の第22回総選挙では、5議席を獲得し、初めて国会に議席を得た。

1945年から1950年まで、米軍による占領状態でも、国会で正式な手続きを得て策定された日本国憲法の国民主権、三権分立、平和主義を必ずしも支持せず、ときにこの改定を唱えた(独自の憲法草案として、この時期に日本人民共和国憲法草案を発表)。

1947年には、階級闘争の高揚の中で「吉田内閣打倒」を掲げる二・一ゼネストと呼ばれる大規模なゼネラル・ストライキが計画されていたが、前日のマッカーサーの中止命令を受け全官公庁共同闘争委員会の伊井弥四郎議長が同日夜,ゼネスト中止指令をラジオ放送を通じて発し、これによって二・一ストは敗北し、戦後の労働運動の大きなつまずきとなった。

1950年に、占領軍によるレッドパージと共産党国際情報局(コミンフォルム)からの干渉が重なり、党は徳田ら所感派、宮本ら国際派、野田弥三郎ら日本共産党国際主義者団、福本和夫ら統一協議会、中西功ら団結派など大小数派に分裂した。

書記長の徳田ら(所感派)は、党の正規の手続きを踏まずに中央委員の再編を強行し、後に「軍事方針」と呼ばれる武装闘争路線を策定した。1951年10月の第5回全国協議会(5全協)では、「農村部でのゲリラ戦」を規定した新たな方針「日本共産党の当面の要求」を採択し、「山村工作隊」「中核自衛隊」などの武装組織を建設した。1952年、政府はこれら武装闘争を取り締まるためとして、破壊活動防止法を制定した。日本共産党は同法の調査対象団体に指定された。

当時の国内で所感派の主導した武装闘争路線は国民の支持を得られるものではなく、少なくない離党者を生み、日本共産党の国会での議席は大きく後退した。1955年にはこの路線は破綻、党の再統一と改革を模索することになるが、一連の武装闘争路線によってそれまで築いてきた国民と党とのつながりが大きく断ち切られた。注目すべきはこの破綻から新路線の模索をソ連や中国からの指示など外部の意向に拠らず独自に、またスターリン批判などの国際事件の余波に拠らずに開始した点である(むしろ武装闘争路線を護持して復党しなかった者もいた)。

合法活動路線への転換や1956年のスターリン批判による混迷を経て、元党員のトロツキー主義者らは日本トロツキスト聯盟(後の革命的共産主義者同盟)を結成、全日本学生自治会総連合の一部活動家らは日本共産主義者同盟を結成した。1961年には綱領草案を巡る論争の中から「一つの敵」論を主張する春日庄次郎、山田六左衛門ら構造改革派が分裂し共産主義労働者党を結成、1964年には中・ソ対立の中で党の中国共産党寄り路線に反対する志賀義雄ら親ソ連派が分裂し日本共産党(日本のこえ)を結成。1966年〜67年には党の急激な自主独立路線への転換に反発する西沢隆二、安斎庫治、原田長司、福田正義ら親中共派が分裂、日本共産党(左派)、日本共産党(マルクス・レーニン主義)(後の労働者共産党)などを結成した。合法闘争路線への転換以後のこれらの党内闘争は総じて武装闘争路線への回帰や外国の党の指導を受け入れることを路線として掲げていたもので、とりわけソ連中国それぞれからの日本共産党内部への干渉、多数派工作とその破綻と見ることができる。これらの「対立分裂」は党勢の拡大には何も影響を与えていないし、再加入再統一という事例は見られない。その後武装闘争路線や外国政権党の介入ではないものの、1972年には日本民主青年同盟幹部ら「新日和見主義」派が摘発され、1970年代後半から90年代前半に掛けてネオ・マルクス主義学者党員が除名された。これらの分派を共産党は「ニセ『左翼』」(あるいは「ニセ『左翼』暴力集団」)と呼び非難し、政治などの問題で共闘を求められることがあっても拒絶するだけにとどまらず、積極的に排除している。(党派闘争参照)

1955年頃から宮本顕治が事実上の指導者になり、1960年代半ばには党の指導者と実務面の指導者を二重にして継承する体制を確立、不破哲三に実務面を継承させた(宮本議長、不破委員長体制)。合法路線復帰以後は党勢を拡大し、1979年10月7日投開票の第35回衆議院議員総選挙では最高の41議席を得た。

1979年4月、東京都知事選挙で革新統一候補の太田薫・総評議長が敗れると、社共共闘は瓦解した。1980年代には、「共産党を除く国会対策委員長会談」が常態化して、共産党の孤立が進んだ。当時の共産党は、「軍事費を削って福祉に回せ」「非核の一点で結集を」をと呼びかけた。

[編集]
ソ連崩壊後と現在
1991年8月のクーデターとソ連共産党の解散に際しては、ソ連共産党の解散を「もろ手を上げて歓迎する」という宮本顕治の発言が発表された(8月31 日付毎日新聞によるインタビューでの発言)。この発言の翌日、常任幹部会はこの宮本発言をそのまま採用した「大国主義・覇権主義の歴史的巨悪の党の終焉を歓迎する――ソ連共産党の解体にさいして」という声明を発表した。

2000年の7中総では、党規約から「前衛党」規定が削除された。また、同年不破哲三に代わり志位和夫が委員長となり、不破は宮本に代わり議長となった。この不破・志位体制の成立により、宮本の影響力は低下した。(現在、宮本は脳梗塞で療養中とされ、政治の一線からは身を退いていると思われる)

戦後60年間小政党の域に留まっており、政権を担当したことはない。もっとも、ソ連崩壊後、各国共産党が軒並み改名する中で、例外的に共産党の名と議会勢力をともに維持している。1990年代後半には日本社会党からの離反層を取り込んで一時勢力を拡大した。しかし、その後は選挙制度の小政党に不利な改定や昨今の日本周辺の国際情勢も相まって党勢が急激に後退。厳しい状況に立たされている。特に現在の志位体制のもとでは、すべての国政選挙で敗北を喫しており、2004年度の参議院選挙では、同党の牙城とされていた京都を含めすべての選挙区で議席を失った。これは、自民党と民主党という国会の二大勢力の中で、国民の関心を集めることができないからであると思われる。政策的には、党としての独自色は強いものの、マスコミや広範囲の国民の注目を得ることはできないでいる。

二大政党に比べ、相対的に政策的に近い政治勢力であっても、主導権争いなどの理由で対立したり、部落解放同盟のように敵対関係になっている団体が少なくないことも、伸び悩みの理由だろう。たとえば、2000年、衆議院東京21区補欠選挙では無所属で立候補した川田悦子を支援し、川田が当選した。ところが、川田が補選で党推薦を一方的に断ったとの理由で、次の第43回総選挙では一転して対立候補を擁立し、結果民主党の長島昭久が当選したことなどである。

また、志位委員長の抜擢などの例外もあるものの党自体も硬直した学閥主義や年功序列体質となっており、それが災いして国民が注目するような斬新な改革や政策に対する個性的な提言ができないでいる。最近では2005年の都議会選挙での候補者で39歳以下の若手を43人中7人起用した。しかし、新人候補は全員落選し、世代交代の難しさを浮き彫りにした。今後の党勢の推移は、志位委員長率いる現在の執行部がどれだけ党を改革し、また政策立案能力を向上させて、国民に関心を持ってもらえるかにかかっている。

[編集]
綱領と政策
日本共産党は、2004年1月13日から17日にかけて第23回党大会を開催し、綱領の全面的な改定を決定した。そこでの日本の現状規定は、次の通りである。「わが国は、高度に発達した資本主義国でありながら、国土や軍事などの重要な部分をアメリカに握られた事実上の従属国となっている」。これを踏まえ、当面の政策として、(1)大企業(独占資本)へのさまざまな民主的規制と、軍縮や無駄な公共事業の中止を財源とした社会保障の充実。(2)対米従属を批判し、日米安全保障条約の廃棄と非同盟・中立の日本を実現する。特に軍事同盟・軍事ブロックからの離脱をうたっている。(3)憲法改定を許さず民主主義の徹底を図る、という3点を挙げている。

複数政党と諸団体による連合政権論を政権構想として掲げており、単独政権は目指していない。

党の準綱領的な方針である『自由と民主主義の宣言』では、「3つの自由」として、(1)生存の自由、(2)市民的政治的自由、(3)民族の自由を将来に渡って堅持することを公約している。特に、(2)市民的政治的自由では、旧社会主義諸国の否定的経験も踏まえ、議会制民主主義や三権分立の堅持と発展、言論・出版その他一切の表現の自由、団結権の擁護、信教の自由の徹底した擁護、国定哲学の否定、学問・文化・芸術の自由の擁護と発展、両性の同権と少数民族の擁護、個人的生活の自由の徹底した擁護、人身の自由の擁護を謳っている。また、領土問題では北方領土問題を千島問題とし、千島列島全島返還を要求している。

天皇制に関しては戦前の絶対主義的天皇制からの現憲法での根本的転換がなされたとして、憲法の条文どおりの象徴天皇制を政権にあっても守るとしている。これは天皇の政治利用に反対する路線である。

[編集]
歴代の日本共産党中央委員会・執行部役員表
中央委員会委員長、     
 堺  利彦   

中央委員会書記長、 中央委員会委員、
 徳田 球一     志賀 義雄、宮本 顕治、袴田 里見、岡  正芳、
 野坂 参三       〃          

中央委員会議長、 幹部会委員長、 幹部会副委員長、 書記局長、   政策委員会責任者、 国会対策委員長、 参議院議員団長、
 野坂 参三                     宮本 顕治   不破 哲三     林  百郎    岩間 正男
   〃      宮本 顕治   袴田 里見    不破 哲三   上田耕一郎     村上  弘      〃   
   〃        〃     岡  正芳      〃       〃         〃        〃     
〃        〃     市川 正一      〃       〃       松本 善明      〃    
   〃        〃     西沢 富夫      〃     村上  弘       〃      上田耕一郎          
 宮本 顕治    不破 哲三   瀬長亀次郎    金子 満広     〃         〃        〃    
   〃        〃     戒谷 春松      〃       〃         〃      橋本  敦         
   〃        〃     村上  弘      〃     吉岡 吉典     寺前  巌      〃         
   〃      村上  弘   高原 晋一      〃       〃         〃        〃         
   〃        〃     小笠原貞子      〃       〃         〃        〃       
   〃      不破 哲三   金子 満広    志位 和夫   市田 忠義       〃      立木  洋         
   〃        〃     松本 善明      〃       〃         〃        〃          
   〃        〃     橋本  敦      〃     聴濤  弘       〃        〃       
   〃        〃     山原健二郎      〃       〃         〃        〃         
   〃        〃     聴濤  弘      〃     筆坂 秀世       〃      吉岡 吉典       
            〃     立木  洋      〃       〃       穀田 恵二      〃   
 不破 哲三    志位 和夫   上田耕一郎    市田 忠義     〃         〃        〃      
   〃        〃     石井 郁子      〃     小池  晃       〃        〃          
   〃        〃     浜野 忠夫      〃       〃         〃      吉川 春子       
[編集]
日本共産党中央委員会役員表
党中央委員会議長:不破哲三
党中央委員会幹部会委員長:志位和夫
党中央委員会幹部会副委員長:石井郁子、上田耕一郎、浜野忠夫、
党中央委員会書記局長:参院・市田忠義
党中央委員会政策委員会責任者:参院・小池晃
党中央委員会国会対策委員長:穀田恵二
党中央委員会参議院議員団長:吉川春子
党中央委員会参議院議員幹事長:小池晃
(名誉役員)

党中央委員会名誉役員:宮本顕治ほか。
[編集]
党勢の推移
[編集]
衆議院
選挙 当選/候補者 定数 備考
(結党時) -/- 468 結党時は非合法
第22回総選挙 5/143 468 追加公認+1
第23回総選挙 4/120 466  
第24回総選挙 35/115 466  
第25回総選挙 0/107 466  
第26回総選挙 1/85 466  
第27回総選挙 2/60 467  
第28回総選挙 1/114 467  
第29回総選挙 3/118 467  
第30回総選挙 5/118 467  
第31回総選挙 5/123 486  
第32回総選挙 14/123 486  
第33回総選挙 38/122 491 追加公認+1、沖縄人民党より合流+1
第34回総選挙 17/128 511 追加公認+2
第35回総選挙 39/128 511 追加公認+2
第36回総選挙 29/129 511  
第37回総選挙 26/129 511 追加公認+1
第38回総選挙 26/129 512 追加公認+1
第39回総選挙 16/131 512  
第40回総選挙 15/129 511  
第41回総選挙 26/321 500  
第42回総選挙 20/332 480  
第43回総選挙 9/316 480  
[編集]
参議院
選挙 当選/候補者 非改選 定数 備考
(結党時) -/- - - 参議院は存在せず
第1回通常選挙 4/42 - 250 第1回のみ全員選挙
第2回通常選挙 2/50 2 250  
第3回通常選挙 0/16 1 250  
第4回通常選挙 2/34 0 250  
第5回通常選挙 1/36 2 250  
第6回通常選挙 3/47 1 250  
第7回通常選挙 3/48 1 250  
第8回通常選挙 4/49 3 250  
第9回通常選挙 6/51 4 252  
第10回通常選挙 13/54 5 252  
第11回通常選挙 5/52 11 252  
第12回通常選挙 7/52 5 252  
第13回通常選挙 7/71 7 252  
第14回通常選挙 9/71 7 252  
第15回通常選挙 5/71 9 252  
第16回通常選挙 6/71 5 252  
第17回通常選挙 8/72 6 252  
第18回通常選挙 15/70 8 252  
第19回通常選挙 5/72 15 247  
第20回通常選挙 4/71 5 242  

(参考文献:石川真澄(一部山口二郎による加筆)『戦後政治史』2004年8月、岩波書店・岩波新書、ISBN 4-00-430904-2)

当選者に追加公認は含まず。追加公認には会派に加わった無所属を含む。
第22回総選挙の定数には、選挙を実施できなかった沖縄選挙区(定数2)含む。
『戦後政治史』にない追加公認は2 国会議員会派別議員数の推移(召集日ベース)(衆議院)、(2) 参議院(2002年まで)(2) 参議院(2004年まで)にある、選挙直後の国会召集日の会派所属者数から判断した。ただし、第20回通常選挙直後の招集はない。
[編集]
参考文献
[編集]
党自身による文献
日本共産党中央委員会『日本共産党の八十年』(日本共産党中央委員会出版局、2003年) - ISBN 4530043932
日本共産党中央委員会『日本共産党第23回党大会決定集』(日本共産党中央委員会出版局、2004年)
日本共産党中央委員会『自由と民主主義の宣言』(日本共産党中央委員会出版局)
[編集]
その他の文献
犬丸義一『日本共産党の創立』(青木書店、1982年9月) - ISBN 4250820394
[編集]
関連項目
日本の政党一覧
日本民主青年同盟(民青)
日本人民共和国憲法草案
民主連合政府構想
悪魔の飽食
コミンテルン
32年テーゼ
全教
日教組
[編集]
外部リンク
日本共産党中央委員会 公式ホームページ
『さざ波通信』:日本共産党と現代日本政治を考える

引用転載終了・・・


http://www.jcp.or.jp/

http://www.daimon-mikishi.jp/この方もいろいろに、真摯に活動されておられるようでもある・・

http://www.shii.gr.jp/img/new01.jpg

・・・・・・・・・・・


ここをぜひに見てみてください、http://www.jcp.or.jp/

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-08-06/2005080602_02_1.html

引用開始・・・

2005年8月6日(土)「しんぶん赤旗」

郵政民営化
日米業界と米の要求
参院郵政特 大門議員が追及

--------------------------------------------------------------------------------

 「唯一執拗(しつよう)に『民営化』を要求していたのは、日米の金融業界と米国政府。国民は望んでいない」――。日本共産党の大門実紀史参院議員は五日開かれた郵政民営化特別委員会の締めくくり総括質疑で、小泉純一郎首相を追及しました。

 大門議員は「日米の金融業界の要求と郵政民営化法案の関係」を示す資料(下図)を提示。民間と同一の競争条件、三事業の独立・分離、民営化後の株式完全売却―など業界の要求が、「おおむね法案に盛り込まれているのは事実ではないか」と質問しました。

 大門議員は、今年三月に発表された米国政府の「外国貿易障壁報告」が、「(郵政民営化基本方針は)郵政保険商品(=簡保)に対する政府の保証の廃止をうたった。これら掲げられた修正点は米国が長年、主張してきたもの」と記述していることを明らかにしました。

 「自分たちの要求を盛り込ませたと公式文書で書いている」と指摘しました。

 小泉首相は「米国がいったからやったわけでない」「国際社会が小泉構造改革を支援、激励している」などと答弁。

 大門議員は「構造改革路線は社会的弱者を切り捨てるもの。郵政法案においてもこのことが本質だ」と批判しました。

引用終了・・・


この図を見ましても、あからさまにも、ある線を、示しておられるとは、申せまして、

まあおのおの、見てください、http://www.jcp.or.jp/

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-08-06/2005080602_02_1.html

まあ等々全略とし、

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-08-06/2005080602_02_1.html


まあ等々略とし、

それにいたしましても、大増税のことをも含め、

触れておられ、


否や私は言います。絶対に間違っている。私は共産党日本共産党における、

つまりは、一握りの人のみあとはゴミ、のごとくの政治、へとの、

つまりは、『悪政と戦う!』のごとく、


この日本共産党、に、注目を、する者で、あります!


絶対に間違っております!


おおくのひとがきちっと、生きる・・

つまりは、アメリカのような社会へとは日本自身、するべきでは無いのは言うまでもありませんが、

だけではなく、日本のこのような状況での憲法改正、またはもちろんのこと、郵貯民営化、等等々・・


みなさん、この10年を見てください

金融ビックバンやら、なおかつ、多大のリストラ・・

優勝劣敗など、完全迷信なのであり、

そのようなことを、平気で言う政治家の人たちはすべて、キチガエ、と、云えます。

民主党自民党さようなら、でも、まさに、ありましょう・・

まあともかくも、

ほんとうに真にみなが、生きてかつ真に共存共栄・・

あとは、原爆から、ちょうど60年たちましたが、日本を、妙な戦争へとを引きずり込んでいく、勢力すべてを、阻止して然るべきであります。

日本は、戦争へとを巻き込まれては、ならない


戦争ということ、もしくは、無差別大量大虐殺・・

あの原爆投下を始め、日本人は、そのこと、その重み

きちっと振り返り、

そこから、緩むべきではない


みな洗脳されている・・

だけども、きっと、抜け出していけるだろう・・


アメリカのイラク戦争へとの完全反対、アンチ、かつ、それを、を、の、日本の、派遣をも間違えであった。

ただしかし少なくとも、それ以上のこと、へとを、日本は絶対に行ってはいけません。


まあともかくも、他他全、略!

最後に言っておきますが、私は日本共産党、すべてを支持しているわけではありませんが、しかし、メジャー政党の中で、において、

もっとも、いま、まともなのではないか・・、

といいますか、という面、それから、


ああ、まあともかくも等等々他全、略、


まあともかくも、


まあとにかく、きっと、真に妥当なところへとを、落ち着くことに、きっと、なるでしょう・・

そのようにおおらかにも、わたしは、基本のところ、安心しております面、をも多大にあり、

同時に、おおくのかたがたが、きちんと、考えるなら、

『郵政民営化、大反対』が、常識的であり、あたりまえのことであり、

みなさん、そのことは、どう考えてもそうですのでぜひに騙されず、

賢明なご判断、なされてください、

一票という、いちおうの、国民の権利、あるものであり、

それを、ちょっと余計に生かすなら、防御、つまりは、勝てるのですまあともかくも、等々他全略と、し


等等々他全略!、


とにかく、どうであれ、人の持つ叡智と、大愛、


そのことを、わたしは強く強く、信じている者であります。


今日は長崎の日です・・


こうしたおおくのかたがたの、祈り


平和に対する・・


軌を一、


私自身、同一なもので、あります


党も政党も宗教の違いも何も無い!


わたしは、頑なにも、地道にも、非戦へとの運動やり続けておられる、


そうしたかたがたと、最後は同一と、なっていくかもわからない


暴力、弾圧、あらゆる、殺戮、

まあともかくも、等等々、他全略、


まあともかくも、このまんま、GO!


[4814] 朝から、命学(明学))、   Kyosuke、Himuro、氏、の、ご命造、へとの、 追記的、 補足的、  ([4805]へとの))、     まあともかくも、このまんま、   GO 投稿者:   yuuki、   shirogane、    1738 投稿日:2005/08/08(Mon) 05:24:32

Yuuki,Shiroganeであります、

35,10,7、男命、

辛酉刻、


原局、

辛 戊 乙 庚
酉 辰 酉 子

大運

9181716151413121111

乙 甲 癸 壬 辛 庚 己 戊 丁 丙
未 午 巳 辰 卯 寅 丑 子 亥 戌

原局、解命、

戊土、酉月金旺、辛金分野の生まれ、庚乙合、化金、

酉辰合去、


化去後

辛 戊 辛 庚

  酉 子


格局、真、の、従格、従児、食傷格、

つまりは、辰酉合去し、上記のごとくへとなりますが、でもしかし、もし仮に合去せず、もしくは、解合したといたしましても、

辰、は、生金に向かうのみゆえに、

真の、従格です。

喜金水、忌いちおう、火土、木、も、水木、へと、なるのであれば、喜。

第一運、丙戌運、戌辰の情によって、辰酉解合し、忌神の、元神、丙、火、透るごとくにも、一見、見えますがしかし、

あくまで調候であり、かつしかも、辰、戌、も、湿、となって、生金、の情もあるゆえに、大忌とは、ならず、なのであります。


まあともかくも、次運、丁亥運、辰酉合去したままで、丁亥運、丁辛剋去し、

亥中、戊甲壬、金水木、と、流通、し、やや、大喜とも、なり得ます。

次運戊子運、

子辰の情によって、辰酉解合。


戊は、比劫、ではなく、あくまで、生金、そして、金→水、・・

となりますゆえ、喜大の傾向性の運ということになります。

(よくよく、局勢、看てみてください、塞水ともならなければ、食傷、金、へとの、その、防御、ともなっていず、つまりは、生、食傷金、生水、

の、喜大、となっておりますこと、おわかりになられるでしょう?


戊戊、は、ただただ、生金、生水・・・

この、美大、喜大、よくよく、看て然るべきで、あります、まあ他全、略!))

次運、己丑運、辰酉合去したままで、己丑運、水旺、土旺、ともに、

生金生水、ヘと、向かうのみであり、むしろ、喜大・・

次運、庚寅運、庚乙の情によって、乙庚解合


しかし、生、金、生水、生、木・・

しかも、調候丙火もあって、むしろ、喜大の大の大・・

寅、中、甲丙戊、で、殺印相生、の、寅、ではあり、一見、やや忌、とか看るならその人は完全命理、不知なるな、輩、ということに、なるのです

つまりは、この局勢、きちっと見て然るべきです。

金、生、水、生、木・・

であり、しかも、調候丙火、蔵し、全体へと、照暖を、与え、

それで、しかも、寅中、戊は、むしろ、生金へとを、向かいます。

従格としての、美、なのであり、


庚子、子、あるゆえに、金、生、水、生、木・・


で、あり、


この、金水、破られない限りは、大忌とも、なり得ないので、あります

透庚、であり、しかし、子水、あるゆえに、金木剋戦ともなり得ず、美、なのであります

ここのところ、こういったところ、しっかりと、きちんと、看て、見極め、掴まなくては、

きちんと、五行、の、そのありよう・・


要は普通格局であれ、従格であれ、生命エネルギーの、そのありよう・・、

流通の視点、調候、等等々・・

喜忌

そのことに尽きるものなのであり、別段、なにをか、特別なものでは、ないものなのであり、

まあ等々他全略とし、

次運、辛卯運、辛乙剋の情により、乙庚解合


やや、前運に比べて劣りますし、さらには、金木剋戦、の、構図も、子水、通関あれども、しかし、ややありますが、まあいちおうは、喜。

ただ調候無きを、惜しみます。

次運壬辰運、生金生水、ヘと、向かってくれるなら、むしろ、喜


まあともかくも、次運、癸巳運、巳中、丙火、調候としてではなく、

火、として、剋金、するなら、忌

まあ、子水、ありますゆえ、救応、ありますが、しかし、やや、火水剋戦、とも、なり得るのは、甲乙木、無きがゆえなのである。


そうなると、水火激戦、の、大忌へとなる可能性をも、あり得ますが、まあともかくも、次運、

甲午運、まあ、いちおうは、喜

乙未次運、丙申運、丁酉運、

と、経ていくわけですが、まあ、他全、略と、いたしますが、

まあともかくも、

庚申の刻、が、濃厚であり、しかし、この、辛酉刻の、その可能性も、ありますが、

まあ、どちらも、従格であり、綺麗な、従格、従金水・・

成しているものでありますが、まあともかくも、他他全、一切持って詳細略とし、

まあ、この辛酉刻も、絶対にあり得ない、ということでは、きっと、ないだろう、のごとく、

まあともかくも、


もう過去ログへとを、はいってしまったらしい、

““[4805] 2日くらい前、ちょとふとしたことが切欠、打ち始めた、この打ちっぱなし、もの、   このまんま、 いまGO、しておいてしまう、  まあともかくも、このまんま、GO! 投稿者:YUUKI、SHIROGANE、1738 投稿日:2005/08/07(Sun) 18:50:20””

においての、の、KYOSUKE HIMURO 氏、

におきましての、御命造、

ということで、

やや付加、追記的、ここにて、しておきました。

項項、ごとにおいて、さまざま、おはなし、

一見ランダムへと、なってしまっているごとく、おりますごとく、で、申し訳ありませんが、いきなりですが、いまここにて、ふと、追記、

を、おこないましたが、


あとそれから、またまた、おおきく、お話し、飛びますが、


ああ、まあいいや、というか、また、機会改めた時、といいますか、またの機会、いつぞよか、において、触れることと、いたし、いまは、

触れず、


では、このまんま、GO、と、しておくことと、いたします。


[4813] [4813]愛 投稿者:YUUKI、SHIROGANE、1738 投稿日:2005/08/08(Mon) 01:27:16

では、ほんま、また、でし!!


Everything changes from day to day.

But,Infinite love is the only truth.

Everything else is illusion.

Oh,Yeah  SEE YOU AGAIN, HAVE A GOOD LUCK. (GET A GOOD LUCK.))(GET THE TRUTH......))


[4812]   まあともかくも、  このまんま、 GO! 投稿者:yuuki、shirogane、1738 投稿日:2005/08/08(Mon) 01:15:13

Shiroganeであります、

近頃見た記事で、印象に残る、これ絶対に、と思い、いま、載せておきます。

引用転載開始・・

[5041] 原油の無機起源説に脚光‐高まる見直し議論、エネルギー情勢に影響も - 投稿者:トラッキー 投稿日:2005/08/04(Thu) 13:33:20

[5032]の全文を入手しましたので、追加の上掲載します。[5032]は消去しました。
個人的に非常に衝撃を受けたのでしつこく添付させていただきます。
源さんの言われる通り、この様な議論には政治が大きく関わっているのかも知れませんね。

(貼り付け開始)

 「石油・天然ガスは地球内部で無機的に生成され続ける」とする無機起源説を見直す動きが出始めている。

 従来の有機起源説では説明が難しい油ガス田の発見が世界各地で相次いだことに加え、米国科学アカデミーが上部マントルを再現した環境で無機的に油ガスを生成する実験に成功するなど、妥当性を裏付けるような事実が明らかになってきたためだ。仮に妥当ならば資源量は無限に近く、エネルギー情勢、世界経済は劇的に変わる。日本エネルギー経済研究所総合戦略ユニットの中島敬史・主任研究員は「資源開発の可能性が格段に広がる。常識にとらわれないオープンな議論を」と話す。

 石油・天然ガスの起源については、地球の表面を覆う地殻の割れ目に土砂が流入して形成された堆積(たいせき)盆地の中で、太古の動植物が化石となり、熟成期間を経て油ガス化した、とする有機説が一般的。地殻は体積の95%が基盤岩で、堆積盆地はわずか5%。従って油ガスは限られた資源ということになる。

 一方、無機説では、地球内部に膨大な量が存在する炭化水素が地殻の断裂を通じて地表に向かって上昇し、貯留したのが油ガス田と説明される。堆積盆地は土台の基盤岩に断裂が多いために炭化水素が上昇しやすく、油ガス田が形成されやすいというわけだ。

 炭化水素の成因については主に「地球創生期にいん石によって取り込まれた」(宇宙起源説)、「地殻より深い、上部マントルで岩石と水が反応して生成される」(マントル起源説)の2説がある。

 無機説は1870年代、元素記号の周期律表で知られるロシアの化学者メンデレーエフ氏が唱えたのが始まりで、旧ソ連地域を中心に継承されてきた。1970年代には米コーネル大学名誉教授だった故ゴールド氏の「地球深層ガス説」が注目を集めたが、あくまで少数派だ。

          ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ところが「近年、海外では明らかに風向きが変わってきた」(中島氏)という。
 例えば、石油鉱業界で最も権威のある米国石油地質家協会(AAPG)は先月、年次総会に先駆けて開催する研究会議で、無機説を初めて議題に取り上げた。AAPGは「有機説で決着済み」との見解を貫いてきただけに、関係者の間で大きな話題となった。
 風向きが変わってきた背景には、無機説を裏付けるような数々の事実、現象が続出していることがある。
 その一つが、有機説では探鉱対象になり得ない地点、深さ(5千メートル以上)で相次いで発見された油ガス田の存在だ。堆積盆地を掘り進んだ基盤岩の内部に垂直方向に広がる油田、基盤岩が地表まで盛り上がった「楯状地」で見つかった油田など、いわゆる「基盤岩油田」は世界で450以上も商業化されている。
 有機説支持者は「近くの堆積盆地に存在する油ガスが亀裂を伝って染み出した」と説明する。中島氏はその可能性を認めつつも、「シベリア楯状地の油田の場合、最短でも300キロメートル以上の側方移動が必要となる必要となる。仮に移動したとしても、油田が集中する理由は分らない。地球内部から上昇してきたと考える方が無理なく説明出来る」と話す。
 米国科学アカデミーが04年9月に発表した論文も無機説支持者を勢いづけている。
 人工ダイヤモンドで密閉した微少な空間に方解石、ウスタイト、水という地殻に豊富に存在する物質を入れ、上部マントルに相当する高温高圧条件下に置いたところ、容易に油ガスが生成されたという。生物が関与せず、水と岩石の反応だけで生成されることを実証したわけだ。

          ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 無機説が正しいとすると、世界のエネルギー情勢は一変し、最近活発な「石油ピーク論」は成り立たなくなる。消費量が油ガス田の形成速度を上回らない限り、枯渇の心配はない。枯渇しても時間がたてば回復する。原因が特定されてはいないが、実際に米国で回復した事例もある。
 そして、探鉱対象は堆積盆地に限定されず、地殻全体に広がる。一部の国では、有機説を支持しながらも基盤岩油田の探鉱に軸足を移し始めた。中島氏は「従来とは違う視点に立てば新たな可能性が見えてくる。日本でも有望な地点が出てくるはず」と議論の活発化に期待を寄せる。

(電気新聞 2005年7月15日)

(貼り付け終了)

引用転載終了・・

http://snsi-j.jp/boards/gb.cgi?room=undefineふじむら掲示板、にての、もので、あります。

・・・・・・・・・・・・・・


他全略、なんでもそうでありますが、諸説,多くの情報ある中、いったいなにが真実であるのか・・、そのことを、うまくきちんと、自らの頭で、そして整理し、

きちんと、把握していくということ・・

さらには、わからないことは、わからないと、

規定しておくことが、大事なことであると私自身、強く思っている者、でもあります、

枠に閉じこもる必要は無いけれどもしかし、きわめて、明朗、明瞭、かつ明快、といいますか、つまりは、サイエンフィカルな、対応は、基本においてはしておきたいとは、思っているものでありますが、まあともかくも、

等々他全略とし、それから、副島系在外掲示板、

引用転載開始・・

[1832]Re[1830]: 時代の分水嶺 投稿者:岩住達郎投稿日:2005/08/07(Sun) 11:59:55

Metaphysicsに騙されてはいけません

私は在米44年になる科学者です。インターネットは情報の宝庫であると同時にゴミ溜めでもあります。これは日本語だけでなく世界中何語でも事態は同じで、特に似非科学には気を付けねばなりません。もっともらしい科学用語を文中にまき散らし、有名科学者の名前を羅列していかにも権威があるかの様に書かれた物が特にひどく、詐欺又は洗脳的なカルトといってよいでしょう。

貴方がご覧になったガイア・アセンションに述べられている事は現在の物理学とは相容れません。もし宇宙に彼らの言うような現象が存在すればそれは我々には観測できないのです。我々の知っている物理学以外に別の物理学が存在する可能性は勿論存在しますが、その存在を我々には感知する方法が全く無いのです。矛盾の一例を挙げれば、

=引用開始=

「先端技術」のほとんどは使えなくなります

人類の本来の姿では、エネルギーは人体で8の字に回転します。これに調和するのは、磁気の回転的な性質です。電気エネルギーは、直線的で磁場を分断します。電気は、地球にエネルギ-を保持しているチャクラ(エネルギー・センター)の回転性にとっても有害です。また電気エネルギーは、支配、所有、乱用、貪欲、隠匿、貧困、犠牲、虐待などをベースとする電気的思考様式の源になっていて、この地球に不調和を創り出しています。

電気エネルギーは、5次元を支えるには濃密過ぎるのです。間もなく、電気に依存している現行の技術体系から離脱しなければなりません。そのような技術は機能しなくなるのです。

地球や人類が持つ、本来のエネルギー流に寄与するのは磁気エネルギーです。これは、化石燃料に依存しないエネルギー源です。磁気エネルギー装置は、地球と人類を共にサポートする新しい技術となるでしょう。しかし、磁気エネルギー装置の開発が認められる前に、個人の意識が変わらなければなりません。実際問題として、古いパラダイムを超越した人でないと、新技術のための思想そのものが現実化してこないのです。

すでに地球は、新しいエネルギー流に向けて急速に動いています。その結果、地球が電気エネルギーを受け付けなくなり、電気エネルギーの供給が年を追って困難になってくるでしょう。また、あなた方が魅了されてやまないエレクトロニクスや情報通信機器が不安定になり、誤動作を起こしたり突然機能しなくなったりする状況が起こってくるでしょう。

アセンションの途上にある者は、電気機器から離れることが必須となります。上昇したあなたの波動が、機器を加害することもあります。とりあえず、それらに触れる時間をできるだけ減らすようにすることです。地球が電気エネルギーの波動から脱却して磁気波動主体の星になったとき、地球上の電気エネルギーは、水の中も生命体の中も流れず、どこへも行くことができません。ただ、それに同調する人間のからだに流れ込んで、内破(内側に破裂)するだけです。

=引用終わり=

著者は明らかに電気と磁気は別物で分離できると思いこんでいます。もしそういう物理の世界から光が来ても我々には観測できませんし、我々の知る物理の世界にある物質と相互干渉する事は不可能です。著者の言っている事は我々の知る物理用語を使って如何にも科学的に見せかけただけの全くのたわごとです。この著者ほどひどくなくても、インターネットには全く物理学を超越したMetaphysicsが沢山の言語で書き込まれていますから、物理用語をふんだんに使い有名科学者の名前を羅列している物は特に注意が必要です。

--------------------------------------------------------------------------------
[1831]RE: 時代の分水嶺 投稿者:#2667投稿日:2005/08/06(Sat) 07:37:28

ポーランドという異国の土地でのご健闘にいつも敬意を持って読んでいます。今日は年配者の繰言を一言。
船井さんや、「ガイア・アセンション」は、まがい物だと思います。
副島さんのものはいつも読んで勉強させてもらってますが、過日出た船井さんとの対談ものはNYの書店でも目にしつつ、まったく手に取る気もせずにほってます。あの本は副島さんのハシカみたようなもんだと見てます。「天麩羅アイス」のように、副島・船井、全く異質のものの瞬時の共存にすぎないと。
船井さんは何年も以前、「エバの時代」とか言ってましたが、ガイア・アセンションも同様に、アセンションというからにはディセンションを予想した二元論で、なんの根拠もない幻想をもって現実から目をそむけさせるだけのおとぎ話でしょう。

アセンショかディセンションか知りませんが、またエバの時代がどうなったか知りませんが、どこか今このところをはなれて何物かを想定させようとするのは、根本的な迷いなのではないですか。
千五百年も以上の昔、鳩摩羅什はそれを空即是色と喝破しているところです。アセンションやエバ時代を空想して、己を忘却してしまっては申し訳ないところかと愚考します。

--------------------------------------------------------------------------------
[1830]時代の分水嶺 投稿者:谷口敦彦投稿日:2005/08/04(Thu) 19:31:39

ガイア・アセンションの特別掲載「時代の分水嶺」を読んだ。
中でも第3部の食についての提言は、良心的な読者の多くに知的興奮と
満足、これからの時代への決意、を促す。
中でも環境ホルモンの影響で男性の精子の減少、女性の膣癌、子宮癌の
増加など、人類滅亡への歯車は確実に回りはじめているのは確かだ。
そのなかでどういう生き方が必要なのか。
ガイア・アセンションは多くの示唆を与えるだろう。
念のため、下にもう一度ガイア・アセンションのページのアドレスを貼る。

http://www21.0038.net/~gaia-as1/

--------------------------------------------------------------------------------
[1829]ガイア・アセンション 投稿者:谷口敦彦投稿日:2005/08/04(Thu) 15:58:22

船井幸雄さんの「いま一番知らせたいこと」が氏の船井幸雄.コム
に出てます。そこに「ガイア・アセンション」というホームページの
紹介があって、覗いてみました。
そしたら内容は「不思議大好き」の船井派や「政治死ぬほど大好き」の
学問道場のひとでも面白いぐらい楽しめるものです。
「混迷の星」の「アメリカはどこへ」なんか面白かったです。
まだまだ資料は沢山あって、読み切れないぐらいですが、学問道場の
皆さんにはよだれを垂らして拭えない面白さです。
下にアドレスを貼って置きます。
http://www21.0038.net/~gaia-as1/

--------------------------------------------------------------------------------
[1828]Nothing twice 投稿者:谷口敦彦投稿日:2005/08/04(Thu) 04:40:29
Nathing can ever happen twice.
In consequence, the sorry fact is
that we arrive here improvised
and leave without the chance to practice.
Even if there is no one dumber,
if you're the planet's biggest dunce,
you can't repeat the class in summer:
this course is only offered once.

No day copies yesterday,
no two nights will teach what bliss is
in precisely the same way,
with exactly the same kisses.

One day, perhaps, some idle tongue
mentions your name by accident:
I feel as if a rose were flung
into the room, all hue and scent.

The next day, though you're here with me,
I can't help looking at the clock:
A rose? A rose? What coud that be?
Is it a flower or a rock?

why do we treat the fleeting day
with so much needless fear and sorrow?
It's in its nature not to stay:
Today is always gone tomorrow.

With smiles and kisses, we prefer
to seek accord beneath our stare,
although we're different (we concur)
just as two drops of water are.

Szymborska著 Nic dwa razy(Nothing Twice) 原詩 ポーランド語

--------------------------------------------------------------------------------
[1827]アメリカの鏡・日本 投稿者:#2667投稿日:2005/08/03(Wed) 08:26:28

先日 吉田さんの紹介があった「アメリカの鏡・日本」を読んだ。
NYの日系書店の入り口に平積みになっていたので、早速購入。
大変刺激的な読後感を持った。
こちらに住み始めると、諸国人のスタンスに準じるのだろうけど、大方が愛国心を涵養することになるわけで、僕もせっせと昭和史関連のものを読んできて、大概の意見にはなじんでしまったが、この本については新鮮な印象を得て、是非皆さんにも読んでいただきたいと思った。

戦争の経緯と反省についての書籍は汗牛充棟、昔の書き物で目を開かせるようなものはないと思っていたが、この本は一味違った。
東京裁判についてのパル判事の判決書や、却下された日本側弁護資料を読みこんでいる人にとって、この本のポイントは大体言い尽くされているけれども、驚くことは該書が1948年、東京裁判の判決の年に出版されていることで、従って著者のミアーズ女史は独自に資料を渉猟して、戦争に至る実に客観的な視点を得ていることである。

歴史判定の為の提供資料のコンパクトなまとまりもさることながら、氏のレトリックの冴えはページごとにうならせるものがある。
学問道場の視点を補強する著作でもあり、また昭和史の討議をするのに、向後外せない本であると思う。

吉田さんがコメントしてくれたおかげもあって、良い本を読めた。

--------------------------------------------------------------------------------
[1826]臓器移植 投稿者:谷口敦彦投稿日:2005/08/03(Wed) 04:42:26

学問道場の皆さんは、臓器移植についてきちんと勉強されて居るの
だろうか。

あれは勉強しとかないと、恐いですよ。

脳死後の臓器提供と最近はいいますけど、脳死患者から臓器を取ろうと
したら体が動いたのであわてて麻酔をかけたとか、ラザロ徴候とか言うん
ですけど。移植推進の人は脊髄反射だ、とか言うのですが、かなり複雑な
動きをします。
あと救急医療の問題。臓器保存のために早めに救急治療を放棄して
故意に脳死に持って行こう、という現場の医療の実態があります。
また日本には、脳死を避けるために低体温療法という優秀な医療が
あるのですが、脳死判定の邪魔になる、ということで臓器提供患者には
施されないそうです。

下にその臓器移植の討論をする掲示板のアドレスを貼って置きます。
てるてるさんという方は、推進と反対派の中間のような方なのですが
なかなか面白い方で、討論というのは必ずしも論理だけではない、という
ことを教えてくれます。
興味のある方は覗いてみてください。

http://322.teacup.com/lifestudies/bbs

--------------------------------------------------------------------------------
[1825]フランク・シナトラ 投稿者:マッドマン投稿日:2005/08/02(Tue) 18:23:02
1000万に1人くらいですか(笑)シナトラはいいですね。自らを「サルーン・シンガー」(酒場歌手)と呼んでいましたから。娘のナンシーが夜中に目が覚めて父の部屋にいくと、じっと暗闇で自分のレコードを聞いて分析していたそうです。


引用転載終了・・・


http://snsi-j.jp/boards/bbs.cgi?room=ryugaku

まあ等々等他全、略、

メタフィジクス、

metaphysics

形而上学、に騙されてはいけない、とのご意見が、出て来た・・

http://www2.alc.co.jp/ejr/index.php?word_in=Metaphysics&word_in2=%82%A9%82%AB%82%AD%82%AF%82%B1&word_in3=PVawEWi72JXCKoa0Je


まあ等々他全、略、

このように、双方別の違う意見、見解において、


言い合う、議論する、とてもいいことであると、私自身思っているものでも、あります

なぜなら、それで、それを観て、判断のそのひとつの資、へとも、出来来得るからでも、ある・・

だが残念なことにも、このての議論において、つまりは、『騙されるな!』という側にも、そして、

『いやあ、こういったものにも、真実は多くあるのだ、』とか言って、

既存の、科学的見解、では無きも、しかし、関心引くテーマテーゼ、

へとを、参照を、を、するほうにも、

どちら、においても、断固確実たるな、

足る、説得性ある、言句、見られず、不毛となるケイス、多多あるように思えてならない・・


最後は、

A『既存の、ある枠組みに洗脳された、哀れな子羊よ!』

B 『オカルトキチガエの、精神障害者、白雉、よ』または、『完全無知、ゆえに、騙されている、科学を一切持って知らない、無知なるな、人よ!』

などという、vs、以外にはなくなるといったケイスも、しばしば、存在している・・

ただしかし、おおく、何遍と無く、既存の科学的、諸、学説、(小さいものから、大きいものまで含め))、が、おおきく覆った、

というケイス、

この、100年、いなや1000年、等々、切が無く、存在している・・


ただしかしそういった、覆ったもの、そういった諸般、すら、を、

疑わねば、済まされないし、だけではなく、覆る前の、諸般・・、これをも、疑わねば、済まないので、ある・・

YOU KNOW?


[4811] [4811] 投稿者:YUUKI、SHIROGANE、1738 投稿日:2005/08/07(Sun) 23:28:37

GO!