(転載開始)『産経新聞』2003.03.11 朝刊
【変わる企業 揺れる社会】女性の立場から(1)
人事制度の「常識」覆す
▼男性中心を脱却、能力活用
この春、資生堂の採用に異変が起きた。もともと新入社員は六対四で男性が多かったが、ついに女性社員が男性を初めて上回ったのだ。女性三十人に対し男性は十四人。男女比率は三対七に逆転した。女子学生らを引き付けたのは、資生堂の女性活用の取り組みだ。
専任スタッフ二人による「ジェンダーフリー推進事務局」を設置したのが平成十二年秋。育児休職や復職の制度拡充など女性が働きやすい環境を整備してきた。とくに画期的なのは人事制度の“常識”を覆す改革にまで踏み切ったことだ。
通常、企業は戸籍にならい無条件で男性のみを世帯主と見なしている。それを資生堂は「世帯で最も収入が多い者を世帯主とする」と改めた。
世帯主には、非世帯主にない家族手当などがあるが、この手当を含めた金額が賞与の算定基準になっているため、男女では同年齢、同役職でも賞与で最大十数万円の格差が発生していたからだ。資生堂には夫の収入を上回る女性世帯主も相当数にのぼっている。
「女性という“含み資産”を活用する社の姿勢が、優れた女性の人材確保にもつながった」と人材育成グループの関戸由美子さんはみている。
◇ ◇
女性の能力活用に取り組む企業が増えつつある。帝人も十二年、「労働人口が減る中で女性活用は急務」との安居祥策社長(現会長)のツルの一声で「女性活躍推進室」を開設した。
新卒採用で女性総合職を五倍近くに増やし、中核部門の女性管理職を十七年度末までに現在の二十人から六十人に引き上げる方針だ。田井久恵室長は「いずれは役員登用も視野に幹部教育を進めたい」と語る。
松下電器産業も中村邦夫社長の号令で、十三年四月、「女性かがやき本部」を設置した。
中村社長はいう。「松下は女性が購買決定する製品を作りながら、女性の能力をほとんど活用してこない異常な会社だった。仮に高度経済成長の時代から松下が、女性の能力を活用していたら、もっとすごい企業になっていた」
◇ ◇
日本の企業社会は長く男性中心で、女性のハンディは重かった。ようやく、女性活用の輪が企業に広がっている。だが、歴然と残る性差を解消するにはほど遠い。
厚生労働省の「女性雇用管理基本調査」(十三年度)によると、一般労働者(パートやアルバイトを除く正規の社員)のうち、平均女性割合は28・6%にとどまる。係長相当職以上の女性の管理職は、わずか7・8%。昇進のスピードは男女で異なり、男性は四十−四十九歳で24・5%が課長相当職になっているが、女性は4・1%だ。
女性の年齢別労働力をみると日本は働き盛りのはずの二十代後半から三十代後半にかけてガクンと落ちる。三十−三十四歳で57・1%。潜在的な労働力が81・5%もあるにもかかわらずだ。結婚、育児をする年齢と重なっているためだが、七割以上のドイツやフランスなど欧米との差は大きい。
同志社大専任講師の中村艶子さんはこういう。「女性が仕事と育児の両方を通じて自己実現できる社会の到来には、まだ乗り越えるべき壁は高い。企業だけでなく男性や家族、国や自治体などあらゆる関係者が問題を理解し、根気よく女性の就業支援に取り組んでいくことが必要だ」
◆ ◆
男女雇用機会均等法が施行されたのが昭和六十一年四月。それから、企業は女性とどう向き合い、女性の立場は、どう変わったのか。今回の「変わる企業・揺れる社会」では企業社会の女性の立場を考えてみる。
(「変わる企業」取材班)
『産経新聞』2003.03.11 朝刊
(転載終了)
(転載開始)『産経新聞』2003.03.12 朝刊
【変わる企業 揺れる社会】女性の立場から(2)
消える「一般職」
▼試行錯誤の中、意識改革
【変わる企業 揺れる社会】(2)女性の立場から
2003.03.12 東京朝刊 11頁 経済面 写有 (全1382字)「入社したときは腰掛けでいいかな」と思っていた大和証券の深田直子さんは平成十年、一般職から「エリア総合職」に転向した。転居を伴う異動はないが、仕事内容は総合職と変わらない。いま、東京・町田支店の投資相談課長代理。入社以来、十年以上着た制服を私服に着替え、第一線で活躍している。
大和証券は店頭で顧客の投資相談に応じていた一千人以上の一般職女性を総合職にした。深田さんはその一期生。「分からないことは『総合職の男性社員に聞けば』という甘えは許されない」と気を引き締めている。
同社で総合職になるには、証券外務員一種資格試験や社内試験に合格することが必要だが、会社側はこれを全面的にサポート。結婚や育児などを理由に転勤ができない社員も総合職に転向しやすく、一般職女性の約七割が「エリア総合職」になった。
「これで、女性を含めほとんどの正社員は全員一軍になる。社内の士気は上がった」と同社の人事担当者はいう。
ダイキン工業も十三年四月に総合職、一般職の区分をなくした。試験はなく「今日からは全員、総合職」と大胆に切り替えた。女性活用に取り組んでいることを全社員に実感してもらうこと、そして女性社員の約九割を占める一般職も重要な労働力としてみなすことが“時代の要請”ととらえたためだ。
◇ ◇
「一般職」「総合職」が区別されるようになったのは、昭和六十一年の男女雇用機会均等法施行からだ。多くの女性の仕事だった事務職などを「一般職」とし、主に男性が行っていた仕事を「総合職」として区別するようになった。一般職は総合職に比べ賃金は低く、昇格も難しい。
厚生労働省の調査(平成十三年十月発表)によると、総合職に占める女性割合は2・2%。一方、採用時に一般職に占める女性割合が100%の企業が九割以上ある。企業側の本音は、男女区別人事だった。ようやく一般職をなくすことに企業が取り組み始めたのは、男女均等雇用を進める一方、社員一人にかかる仕事量、責任を増して、レベルアップと人員削減を図る必要がでてきたためだ。
一般職の仕事の事務は、専門的能力を身に付けた契約社員や派遣社員を雇用する方が、合理的な場合も多い。「一般職だから」と腰掛け気分や上昇志向のない正社員は、会社に居座ることは許されない時代に入った。
もっとも、一般職廃止については賛否両論がある。ダイキンの社内報(十三年十二月号)に紹介された「女性社員・基幹職の本音」によると、「業務の背景や流れの理解が深まった」という女性の声に対し、こんな意見もある。
「今のハードワークが続けば結婚、出産後の両立は困難。女性に家事を任せて仕事をしている男性が多いのに、女性に両立を望まれても無理」(女性社員)、「結婚、出産でいつやめるか分からない女性を自分の後継者としては見られない」(基幹職)。ようやく踏み出した一般職廃止だが、現場では試行錯誤が続いている。
働く女性の実情に詳しい中小企業診断士の北口祐規子さんはいう。「一般職などのコースに関係なく、社会の中での自分の責任を意識してほしい。それぞれの場所で、目標を持ってオンリーワンの存在になれば、価値が認められるはずだ」
(「変わる企業」取材班)
『産経新聞』2003.03.12 朝刊
(転載終了)
(転載開始)『産経新聞』2003.03.13 朝刊
【変わる企業 揺れる社会】女性の立場から(3)
育児にまだ厚い「壁」
▼休暇後のフォロー必要
「お散歩楽しかった? さあ、ご飯にしましょう」。泣き出す子供をあやす保育士さん。どこにでもある保育園の風景だが、窓の外を見ると高層ビルが立ち並ぶ。東京・丸の内の真ん中、日本郵船本社ビルに「丸の内保育室」がある。
女性が働く上で、ネックになるのが育児だ。首都圏では認可保育所のキップを手に入れるのは難しく、保育所に入れても通勤電車に揺られ、子供を迎えにいくころはすっかり夜が更けている。
「それなら、いっそのこと会社に保育園を作ってしまったら。丸の内で実現すれば社会的メッセージにもなる」。日本郵船広報グループの浜本佳子課長代理はこう決意。広報の女性スタッフらが奔走し、平成十三年に開設にこぎつけた。
「子供の体調が悪いとき、すぐ駆け付けられるのがうれしい」と、一歳半の長男の終日保育を利用している秘書グループの稲村麻由美さん(三五)=仮名=は話す。
浜本さんも「保育室開設前は周囲の目を気にしてそそくさと帰宅していた女性社員が、時には残業もできるようになった」と打ち明ける。
◇ ◇
企業内保育所はここ数年でトヨタ自動車、日立製作所、富士通など大手企業を中心に急増、こども未来財団によると十三年九月現在で千四百九十一カ所に上っている。
同志社大の中村艶子講師は「米国では八〇年代から企業内保育所が普及した。優秀な人材を確保する上で、積極的な育児支援は重要な課題。日本でも女性のキャリア形成において有効な選択肢となる」と語る。
もっとも、企業内保育所ができても一件落着とはいかない。日本の企業風土では、なお「思わぬ意識の壁」が立ちはだかるからだ。
日本郵船が企業内保育所を導入する際、社内の年配の女性社員から「自分たちは苦労して子供を育て上げたのに。若い人は恵まれている」と反発する声が一部あったという。男女の雇用機会均等などという言葉すらない時代に働いてきた彼女たちは他人にも厳しい。
◇ ◇
そもそも出産、育児をするには、現実的に一定期間「リタイア」することは避けられない。
このため、大阪ガスでは、最長で子供が三歳となる月の月末まで育児休暇を取得できるようにしたり、育児用品メーカーのコンビは男性社員にも、半強制的に育児休暇を取得させるなどの動きが広がっている。NECも十三年度末までに十人の男性が最高六カ月の育児休暇を取得した。
しかし、こうした制度が充実している企業は多くはないし、育児の負担に耐えている女性社員は多い。
厚生労働省によると、男性の育児休暇取得率は1%に満たず、女性に負担がかかるケースが現実に目立っている。育児休暇に入って、そのまま退職するケースも後を絶たないという。
中村講師は「三カ月以上も現場を離れると、自分が社会から置いていかれるのではとの不安が生まれやすくなる」と指摘する。確かに、休暇中、休暇後の企業のフォローが求められている。
かつてほどではないとはいえ、日本ではまだまだ「育児は女性の仕事」といった意識が根強く残る。育児という営みが、女性のキャリア実現にとって障害にならない日が到来するには、なお時間がかかりそうだ。
(「変わる企業」取材班)
『産経新聞』2003.03.13 朝刊
(転載終了)
(転載開始)『産経新聞』2003.03.14 朝刊
【変わる企業 揺れる社会】女性の立場から(4)
管理職への扉
▼まだ“半開き”米と格差
UFJ銀行の城東支店(大阪市城東区)で働く村岡桂子さん(四一)は支店長代理の肩書を持つ。五十二人が勤務する中、リテール(個人向け)部門のナンバー3格。支店長の決裁業務を代行することができ、いわば係長に当たるポストだ。
大阪市内の高校を卒業し、昭和五十五年に三和銀行に一般職(現・特定職)として入行、店舗窓口担当者の道を歩んだ。半年ごとに集計される商品販売記録で十四期(七年)連続、優秀者に選ばれたこともある。
平成五年ごろ、行内に「女性を管理職に」というムードが生まれ、優秀な女性行員を本部に異動させ、代理昇格含みで支店に送り出す流れが作られた。村岡さんは、その女性支店長代理の一人に仕え、同じコースに乗って平成十年に代理に昇格した。
男性中心と見なされる銀行業界だが「男なんて」と肩ひじ張ってきたつもりはない。上司の副支店長兼リテール業務責任者、上嶋芳彦さんは「女性なりのこまやかさで、男性管理職より相談しやすいという声も聞く」と信頼を置いている。
三和銀行と東海銀行が合併したUFJ銀行には、今年一月末で計二百人の特定職の女性管理職が活躍している。基幹職(総合職)には約五十人の女性管理職がおり、部長クラスが現れてもおかしくない見通しだ。
平成十四年度均等推進企業表彰で厚生労働大臣表彰を受けた大丸は、十三年に初めて女性を部長に抜擢(ばってき)し、部長職は現在四人。女性管理職は計百八十四人に上り、約18%を占めるまでになっている。
◇ ◇
大阪労働局の木村スズコ雇用均等室長は「均等法が施行され、女性が管理職に就き始めてから、十年あまり。人材が増えてきているのは確か」と話す。女性登用が企業に意識づけられてきたのではないかというのだ。
といっても企業の女性の管理職登用はようやく緒についたばかり。厚生労働省の「平成十三年度女性雇用管理基本調査」によると係長相当の女性の比率は11・9%、課長相当は5・5%、部長相当は3・2%。役職が上がるにつれて、女性の管理職は少ない。
しかも、大手企業ほど女性管理職の割合が少なくなる傾向が強い。新日本製鉄の場合、係長職以上の女性は約百人と管理職全体の1・5%だ。
有能な女性の積極活用を目指すNPO法人(特定非営利活動法人)「女性と仕事研究所」代表の金谷千慧子さんは、一般労働者の一事業所当たり平均勤続年数が女性では九・八年となっていることについて、こう警鐘を鳴らす。
「新卒女性なら三十代前半の時期に当たり、昇進にあきらめも感じ始めるころ。企業が入社後五年程度で本人の意思を確認、昇進できる見通しを示さないと女性の意欲はそがれていくばかり」
同研究所は、一九六二年に米ニューヨークで発足した有職女性団体「カタリスト」がモデル。カタリストが九八年、経済誌選出の業績ベスト五百社から、女性役員の比率を調べたところ、業績上位の企業ほど女性の比率が高かったという。
「米国の優良企業がいかに実力主義で、人材を登用しているかという表れ」と金谷さん。同研究所では三月中旬の公表を目指し、聞き取り調査を基に、独自で日本企業の女性登用評価を進めているが、近い将来、女性管理職の比率も、業績判断の指標に加わる日が来るかもしれない。
(「変わる企業」取材班)
『産経新聞』2003.03.14 朝刊
(転載終了)
(転載開始)『産経新聞』2003.03.18 朝刊
【変わる企業 揺れる社会】女性の立場から(5)
再就職に高いハードル
▼即戦力へ意識改革必要結婚退職して五年、子育てに専念していた石本弥生さん(三四)は、平成十二年に「社会の中で必要とされる場所を見つけたい」と一念発起。再就職を目指して、パソナが開いている主婦向けの再就職支援セミナー「奥さまビジネスインターン」を受講した。
仕事に対する意識や身だしなみなどの基礎を勉強していたが、責任感の強さ、チャレンジ精神などがかわれて、二カ月後そのままパソナで働くことになった。
「一緒に仕事ができてよかったわ」。再就職の初日、石本さんは同僚の声が、とてもうれしかった。幼い子供がいるため残業は無理だが、限られた時間を効率的に使うことを心がけている。
◇ ◇
出産などで退職したものの、再就職を目指す女性が増えている。21世紀職業財団京都事務所が一月下旬に開いた再就職準備支援講座「Re・Beワークセミナー」に参加した京都府笠置町の専業主婦のAさん(四三)も、そのひとりだ。
十五年前、長男を出産したとき、会社から「子供がいたら仕事は難しい。やめてほしい」と言われ退職。二男が中学校に入学したのを機に再就職することを決心した。
「育児と親の看護で就職の機会がなかったが、これから一生働ける仕事を身につけるつもり」と意欲的だ。しかし、復帰のハードルは高い。
女性の求人情報提供などを行うハローワークウイング(大阪市中央区)によると、小さな子供を育児中の求職女性に「子供の急病などで突然、休まれると困るから採用できない」(販売業)と断る企業もあるという。
社会環境の整備も不十分だ。就学前の子供がいる場合、認可保育所への入所は就職している人が優先とされるため、求職中の入所は難しい。就職しなければ入所できない、入所が決まらないと就職できないという矛盾に悩まされている。
総務省によると女性雇用者全体の中の既婚者は、昭和五十年代に50%を超えた後は横ばい。平成十三年は56・7%にとどまっている。厚生労働省の「平成十三年版働く女性の実情」によると、結婚後も働いていた女性のうち、第一子出産で仕事をやめた人の比率は72・8%と高い。
多くの女性の幸せだと思われていた「寿退社」や、専業主婦で過ごす「永久就職」は、女性の価値観の変化で変わってきた。十六年一月から所得税の配偶者特別控除が廃止されると、専業主婦の求職者が急増する可能性は高い。
◇ ◇
その希望に応えようと、企業の門戸も広がりつつある。日立製作所は、出産、育児のために退職した社員に対し、子供が就学するまでは優先的に再雇用している。
ベネッセコーポレーションも再雇用制度を実施、十四年四月までに二百二十六人の登録がある。ダイエーは、退職前の資格を保障して、採用枠があれば優先的に再雇用する制度の四月導入を検討中だ。
再就職を目指す女性にとって、ブランク中の社会の変化についていけるかどうか不安もあるが、パソナの鈴木雅子・常務執行役員はこうアドバイスしている。
「再就職の場合は、個人がビジネススキルを高め、即戦力となることが必要だ。育児などでブランクが長くても、目標を持ち、働く意欲があり、会社の中で存在価値があれば受け皿はある」
(「変わる企業」取材班)
『産経新聞』2003.03.18 朝刊
(転載終了)
(転載開始)『産経新聞』2003.03.22 朝刊
【変わる企業 揺れる社会】女性の立場から(6)
能力生かせる外資系
▼女性の立場から 「すべてが自己責任」「ミナコ、君の考えを聞かせてくれないか」。神戸市東灘区にあるP&Gの会議室。外国人の同僚に答えながら、吉川美奈子スーパーバイザー(三四)は「準備してきておいてよかった」と胸をなでおろした。
吉川さんが働く部署は日本企業でいう広報部だが、ブランドPRから生理用品の普及啓発のイベント企画まで仕事は幅広い。「会議では必ず意見を求められる。男か女かなどは関係ありません」。黙っていると会社に貢献する気がないとさえみなされる。
吉川さんは第一子の出産後にP&Gに転職した。入社面接で面接官に女性がいて驚いたという。「実際の仕事の話が聞けて興味がわいた」。日本企業では年配の男性にじろじろ見られ、いやな思いをしたという。
P&Gでは、育児・介護休暇制度はもちろん、ベビーシッターも必要に応じて請求ができるほか、女性社員によるサークル組織があり交流や情報交換を行っている。
ただ、入社後は大変だった。新入社員扱いや男女の違いはない。「日本のように『上司の背中を見て学べ』といった悠長な雰囲気はありません」と吉川さんはいう。
◇ ◇ ◇
米国GEグループの金融会社、GEコンシューマー・クレジットの蓮池直美さん(三五)は、ある電池メーカーで契約社員として働いていたが、「正社員としてキャリアアップをはかりたくて。女性も実力が発揮できる外資系で力を試したい」と転職した。
入社した年は、ちょうど同社が消費者金融のレイクを買収したとき。交渉役の上司のアシスタント兼通訳を任された。現在は顧客情報を分析し商品企画を行うグループでマネジャーを務める。「実質五年間で異例のスピード出世」(広報)だ。
ただ、成果が出せない人には厳しい。成績次第で給料が横ばいのこともある。住宅や扶養手当もない。「給料は仕事の対価」という方針が貫かれ「すべてが自己責任」(蓮池さん)なのだ。
とかく女性も働きやすいとのイメージで語られる外資系企業だが、大半の企業が特別に女性の職域拡大に取り組んでいるという実態はない。女性が企業で活躍するのは当たり前の世界だ。
ネスレジャパンの西森理佳子・ウェブ&コミュニケーション室長は昨年、スイス本国で行われる研修セミナーに選抜されて参加した。マーケティングの本格トレーニングを受けるためだったが、西森さんのコースだけでも二十カ国から二十五人が集まり、そのうち三分の一が女性だった。
クレディ・スイス生命保険の藤井郁子人事・総務部長も、こういう。「意図して女性の管理職を増やそうというようなことはありません。ただ男女が平等ということであり、女性に肩入れすれば逆差別になる」
女性にとってキャリアを伸ばしやすいという点で、外資系は魅力が大きいのは確かだ。同志社大の中村艶子講師は「今後は日本企業も外資と提携したりトップが海外から送りこまれるようなケースが増え、相互に企業風土に影響を与えあう時代になるだろう」と予測している。
そのとき、日本は男女が共生できる企業社会に成熟しているかどうか。男女雇用機会均等法が施行されて十七年になるが、海外や外資系と比べてみると、その歩みは遅々としているようにみえる。
=おわり
(「変わる企業」取材班)
『産経新聞』2003.03.22 朝刊
(転載終了)
(貼り付け開始)asahi.com
http://www.asahi.com/job/special/TKY200303190179.html団塊Jr.は燃え尽きてます
仕事でカベにぶち当たったとき、「ひと皮むける」ことができなければ、燃え尽きるか、逃げるかしかない。雑巾がけしても明日の保証はない時代。
心はアリなのに、体はキリギリス。若い会社員はいま途方に暮れている。
◇ ◇
「最近は、外回りの営業に出ても、まったくやる気が出なくて。マンガ喫茶に入ったり、山手線でずっと居眠りしたりして」
「一周しちゃうんですか」
「いや、二周しちゃうんです」
証券会社営業のA子さん(24)は、「燃え尽きている」という実感を持っている。スケジュール帳は何週間先も真っ白のまま。
「月1回はご飯食べに行こうよ」
そんな友人からの誘いも、何かと理由をつけて断っている。1日12時間は働いているから、会社のこと以外に話題がない。
「髪は起きぬけのままだし、服も着やすそうなものしか着ていない。これじゃ出かけられない」
思えば、学生時代は、化粧品だけで月2万円。服のセンスにもお肌にも自信があった。何不自由なく女を磨けた。会社に入って2年。いま、電車の窓に映る冴えない表情にぎょっとする。24歳なのに、女として終わってる感。何もかもが「下り坂」に思えてしまう。
●悠長に考えられないA子さんの仕事は、個人の顧客に株や投資信託などを売り込むこと。このご時世、千件、営業電話をかけても、話を聞いてくれるのは数人。「株は今が底値です」というトークは、ITバブルの崩壊後、通用しなくなった。
「成績が悪いと、支店長は『どうなってるんだ!』と灰皿を投げたりする。自分が新人のときは財テクブームで、支店の前に列ができていたノンキな時代なのに」
A子さんは自分なりに情報を収集し、勉強もしている。でも、「この銘柄はいいですよ」と顧客にオリジナルの提案をしようと思っても裁量権がない。決まった商品を売りさばくばかり。
「ほとんどのお客様を損させています。『嘘つき!』とお叱りを受けたりすると本当につらい」
株はそのうち上がるっしょ。10年もすればオヤジたちはいなくなるっしょ。しかし、大学入学の年に山一証券が破綻し、就職のときから「景気は底なし」と言われ続けたA子さんの世代は、そんな悠長な考え方ができない。
胸の痛みで夜中に目が覚めることもある。ストレスによる不整脈。医者にそういわれた。週末とにかく寝ることが唯一の息抜き。朝11時に起きて、昼3時にまた寝て、深夜までウトウト。起きると朝までテレビをボーッと見る。
●課長のゆがんだ「教育」そりゃ「燃え尽き」状態だ。
あがらない会社の業績。過去の成功体験しか頭にない上司。自分の発想やスキルを生かす機会がなく、働けども待遇は良くならず……いま、20代の会社員には「燃え尽き」条件が揃っている。
精神科医の和田秀樹さんは、こう指摘する。
「かつての『燃え尽き』は、会社に忠誠を尽くす社員が長年勤めた末に起きるケースが多かったが、いまは異なる。業績が上がらない不安や、自分ではどうにもできない無力感。快くない感情が心を占有してしまうことが燃え尽きの原因になりうる」
メーカーに勤めるBさん(29)は、ある機器を官公庁に売り込む営業の仕事。オーダーメイドの入札制だから、他社との競争に勝たなければならない。だが、Bさんはすぐ投げ出してしまう。
「がんばっても意味がない」
入社後2年ほどは、そうではなかった。ギリギリで受注を勝ち取るのは、できる商社マンになったみたいで、やりがいがあった。
Bさんが徐々に変わってしまった原因は、課長のゆがんだ「教育」だった。毎晩のように、終電まで酒につきあわされた。
「おい、夕方に『大田さんから電話あり』って、メモくれたよな。お前、会ったことあるのか」
「いえ、ありません」
「太田か大田か、わからねぇだろ。カタカナでオオタと書け」
割り箸の袋を「箸置き」状に結ばなかっただけで殴られた。
そんなことが「仕事の基本、営業のイロハ」と本気で思っているらしい。それがBさんのやる気をますます削いでいった。
その後、課長が代わっても、殺伐とした職場の雰囲気は変わらなかった。不況による採用控えで、Bさんは下っ端のままだ。
●釣りなき浜ちゃん仕事をバリバリこなす1年上の先輩社員を、Bさんは尊敬していた。働きすぎたのか、2年前、先輩は「抑うつ状態」の診断書を課長の机に。課長はこういった。
「あれっ、キミ宛の書類が間違ってここにあるよ」
先輩は会社を辞めていった。ここで、糸が切れてしまった。
「給料は全然伸びない。何のために働いているのかわからなくて、投げやりになってしまって」
Bさんは、自分を「釣りなき浜(ハマ)ちゃん」と形容する。『釣りバカ日誌』の浜ちゃん。三度のメシより釣りが命、会社ではちゃらんぽらん……これで行こうと決めたが、打ち込めるものが見つからない。
家で手打ちうどんを作ってみた。面白くなかった。
インテリアに凝ろうとした。社宅だからリフォームはダメです、と言われた。まあ、いいや。
中途半端さは学生のときからだった。バーテンダーをやってみたのも、サーフボードを買ってみたのも「他のやつと比べてカッコよさげだったから」。弁護士や医者になりたいけど、どうもなれそうになかったから他で勝負。Bさんにとって、趣味は他人に評価されるためにあるかのようだ。
モテるためにバンドをやる若者はいっぱいいるが、そのノリで趣味を見つけるのは、30近い妻帯者には無理がありすぎて。
「会社は10年持たないかも。でも、気晴らしは妻とDVDを見たり、うまいラーメン屋を見つけるくらい。充実感がないから、心の底ではビクビクしています」
Bさんは九州への転属を希望した。暖かい土地に行けば、「浜ちゃんにとっての釣り」みたいに、何かが見つかるかもしれない、と。
システムエンジニア(SE)のCさん(29)は、ソフトのサポートに加え、各企業への売り込みに忙殺される。話し下手で顧客の信頼をつかめないSEが多いなか、高校、大学とサッカー部のキャプテンだったフランクな人柄のCさんに仕事が集中する。営業部隊を増やす余裕は会社にはない。
●ヘッドハントもされず「サポートはお金にならない。営業もできるキミがいなきゃ」
そう上司にささやかれると、つい頑張ってしまう。残業時間は月に150時間。深夜2時か3時に帰宅する。日中はコンビニのおにぎり2個しか食べない日も。
「仕事でうまくいったときは『たまたまだろう』とすぐ忘れる。一度でもミスすると『やっぱり俺は能力ないのかも』と自分を疑う」
SEは花形の職業じゃないですか。と言ってみても「それもたまたまです」。心がビンボー性なんだとCさんはいう。フリーターでは食えなくなってきた同級生を見ると、この時代に自分はまだマシなのかと思う。でもそれもまたビンボー性かなと脱力する。
たまの休みは一日中寝ていて、外へ出る元気が出ない。衝動的に1週間のうち6日もキャバクラへ通うこともある。クレジットカードの請求が40万円を超えた月も。
「疲れがドッと出ちゃって、お店で眠りこけたり。ダメですね」
「できるSE」として働かされるが、他社からのヘッドハンティングのお誘いもない。
「そのうち、プツンと仕事に行かなくなるような予感がある。仕事には穴をあけてないけど、燃え尽き感はたしかにあります」
若いときゃ、死ぬほど働いて当たり前。仕事なんだから甘ったれたこと言うんじゃないよ。イヤなら辞めちまえ。
これもひとつの正論だ。かといって、実家のオカンにそう一喝されたらすむ問題でもない。
東大社会科学研究所の玄田有史助教授によれば、リストラ、リストラといわれるわりには、統計的にみると中高年社員の雇用は「既得権益」化しているという。
「企業の人員調整は、新規採用の打ち切りや、若い社員への雑務のしわ寄せで行われているケースが多い。だから、なかなか働きがいのあるポストに就けない」
産業カウンセラーの山田豊さんもこういう。
「最近の会社は組織再編や縮小が繰り返され、キャリアの見通しが立てにくくなったことも大きい」
●「なりたい自分」なくて雑誌編集者のD子さん(29)は最近、思い切って会社をやめた。それまでは、増刊号を出したり、書籍を出したり、仕事は増える一方だった。平均して、毎日深夜の2時ごろ帰る生活。ある日、つきあっていた彼に心配された。
「辞めたい、辞めたいって最近言ってるけど、燃え尽きてるんじゃないの、大丈夫?」
仕事以外の人間関係がまったくなくなっていた。拡大を続けてきた仕事のプロジェクトも頭打ちになった。D子さんは「打ちあげられたマグロのように」いっぱいいっぱいになっている自分を、はじめて自覚したという。
「5年後になりたい自分というのがイメージできなかった。本当に今の仕事が好きなのかどうかも、外の世界に触れてみなければわからないと思えてきたんです」
イタリアに留学したい。本場のファッションデザイナーの仕事をこの目で見たい。着物の着付けの免状も取ってみたい。「5年後」のことはわからないが、D子さんは嵐のあとの晴れのように爽快な気分だという。
前出の精神科医・和田秀樹さんはこういう。
「どうせ上がつかえている時代です。いまの30歳は昔の20歳くらいだと思えば、少しはラクになる。『これは練習だったんだ』と思って、リスタートすればいい」
そして、上司にあたる世代に対してはこんな提言もくれた。
「ちょっとした努力や、現状維持で頑張ったことを評価してあげることが大事。大ヒットだけを求めてはいけません」
(AERA:2003年3月10日号)
asahi.com
http://www.asahi.com/job/special/TKY200303190179.html(貼り付け終了)
1048(としや)です。「団塊Jr.は燃え尽きてます」を読んで40歳前後の世代である私も他人事とは思えなくなりました。30代半ばまでは徹夜仕事もやる人間でしたが、やってもやっても切りが無い蟻地獄の様な仕事に嫌気が差してきた今日この頃です。
上司から指示を受けるのですが、その指示が虚しい。口で言うのは簡単なのですが、結果を出すまでにどの位の時間が必要か全く考慮しない。無理して徹夜して報告書を仕上げても、評価は無し。こんな連中を相手にすると鬱になりそうです。ただサービス残業が増え続けます。はい。
高学歴、高収入が人生のゴールではない事が最近分かりました。金は或程度必要でしょうが、仕事に満足感叉は充実感が無いと精神状態がおかしくなります。
「人はパンのみに生きるにあらず。」は無神論者の私の頭脳に染み込み始めてます。人は何故生きているのか?...この心理状況は人の性か、歳の所為か?
老若男女に関わらず燃え尽き症候群は人生の何処かで出会う様な気がします。ただ、団塊世代やJrは人口が多いだけに目立つのでは無いでしょうか?1048(としや)拝
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http://www.asahi.com/business/update/0319/062.htmlケータイが「乗車券」に 松下電器が月末からサービス
松下電器産業は3月末から、携帯電話の画面をチケット代わりにする、高速バスの乗車券発売サービスをバス会社などと共同で始める。03年度中に主なバス会社約40社・80路線での導入を目指す。さらに、劇場のチケットなどへも拡大することを狙う。インターネット接続サービスを利用するもの。携帯電話で予約し、クレジットカードで資金決済する。手順に従って操作を終えると、チケット情報が携帯にダウンロードされ、乗車時にはこの画面と、決済に使ったクレジットカードを提示する。利用者は事前にチケットを受け取る手間が省ける。
松下は02年4月からチケット発行・管理センターを設立し、チケットレスの試験サービスを繰り返してきた。
4月末までに新サービス導入が見込まれるのは、西日本ジェイアールバスとJR四国、本四海峡バスの3社が運行する大阪−徳島線▽富士急行とJRバス関東の東京−河口湖線▽西武バスと阪急バスの東京−大阪線▽国際興業の池袋・大宮−青森線、の8社4路線。
05年度には160路線、乗車券の取扱高で70億円分の利用を見込んでいる。
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http://www.mainichi.co.jp/digital/computing/today/1.htmlトロンとリナックスが協力、組み込み機器向け新プラットホーム
国産基本ソフト(OS)のトロンを主体にした開発環境「T-Engine(エンジン)」で、Linux(リナックス)を動かせるようにするため、T-エンジンフォーラム(代表・坂村健東京大教授)と米モンタビスタソフトウエアは18日、技術開発で協力すると発表した。
同フォーラム内に、リナックスワーキンググループを作り、T-エンジン上でリナックスが動く環境を構築する。開発には誰でも参加できるが、リナックス関連会社のモンタビスタが積極的に関与し、プロジェクトを主導する。
トロンの組み込み機器向け「Iトロン」は、機器制御の即時応答性(リアルタイム性)に優れており、携帯電話や家電などで広く普及している。一方、リナックスは、主にサーバーやパソコンのOSとして利用されているが、最近、組み込み機器向けとしても注目されている。
T-エンジン上でリナックスが動けば、Iトロンのリアルタイム性と、リナックス向けの豊富な応用ソフトが活用でき、今後、高機能の携帯電話やデジタル家電などの開発が容易になるという。年内にリナックスをT-エンジンに移植する仕様を定め、04年に正式公開する予定。
両ソフトはオープンソースなので仕様は一般に無償で公開され、利用できる。家電メーカーでは、高機能化するデジタル家電のソフト開発が大きな負担になっており、トロンとリナックスの“融合”が、業界の新しいプラットホームとして定着するか注目される。
[T-エンジンフォーラム]
http://www.t-engine.org/
[モンタビスタソフトウエアジャパン]
http://www.montavista.co.jp/(藤枝 克治)
Mainichi INTERACTIVE
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(貼り付け開始)YOMIURI ON-LINE
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/music/mu03031801.htm「8年ぶり魂込めた」 オルタナティブ・ロック パール・ジャム来日
■荒々しさと叙情美 起伏に富んだ新作
オルタナティブ(非主流)ロックを切り開いた米国の人気バンド、パール・ジャムが、公演のため来日した。昨年11月に出した新作「ライオット・アクト」(エピック)も好評。中心メンバー3人に聞いた。(西田 浩)
8年ぶりの日本ツアー。唯一の東京公演となった3日の武道館には、重厚なギター・サウンドと、エディ・ヴェダーのざらついた感覚の歌声が響きわたった。終盤は、「コーデュロイ」「ブラッド」など、初期の代表曲を畳みかけ、総立ちの聴衆を熱狂させた。
「僕らはアルバムの度に世界中を回っている訳じゃないので、随分長い間、ごぶさたしてしまった。でも『待っていて良かった』と思ってもらえるように、全身全霊を込めて演奏したよ」と、ギタリストのマイク・マクレディ。
新作は、持ち味の荒々しさに、内省的な叙情美も加え、起伏に富んだ作品に仕上げている。
もう1人のギタリスト、ストーン・ゴッサードは「5人のメンバーがそれぞれ曲を持ち寄り、スタジオで練り上げた」と言う。
「例えば僕の曲でも、皆のアイデアが加わり、自分が予想しなかったような方向に発展した。今回は、前作から加入したドラマーのマット・キャメロンの貢献度も大で、バンドに新風を吹き込んでくれたよ」
現在の混とんとした世界情勢に思いをはせた歌詞も目立つ。中でも「ブッシュリーガー」では、大統領を糾弾している。
作詞の大半にかかわるヴェダーは「政治性を強調する作意はなかったが、今の政権に代わって、米国、そして世界はおかしい方に向かっているという危機感はある。同じ米国人として看過できなかった」と語る。
シアトルで結成され、1991年にデビュー。初アルバム「テン」が、全米で1000万枚以上を売り上げ、その後もヒットを重ねてきた。一時、一切の宣伝活動をやめてしまったり、「自分たちのライブの入場料が高すぎる」と、チケット会社と訴訟騒ぎになったり、商業路線と一線を画す姿勢も共感を呼んでいる。
ゴッサードは、「商業主義によって我々の音楽が浸透した部分もある訳で、決して否定はしない。問題はバランス。僕らの音楽の在り方をビジネスの理屈で曲げられたくないし、私生活だって大切にしたい。自分たちの手で活動をコントロールするためには、ある程度闘う必要があったんだ」と話していた。
YOMIURI ON-LINE
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<<参考>>(Rss-K注:どちらも名盤です。)
★1st album『Ten』★
★最新 album『Riot Act』★
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http://www.asahijobnet.com/column/index.asp?back=01【仕事を生き抜く力 <大前研一が語る仕事・1>】
すべては面白い仕事である
どんな仕事からも学べ面白い仕事をしたい。自分に合った仕事をしたいと多くの人は言うが、本当に面白い仕事とそうでない仕事があるのか。私は違うと思う。どんな仕事からも必ず学ぶべきことがある。だから様々な体験を自分に滋養として与えてやるほうがいい。
今、あなたがひどい上司の元で働いているとしよう。部下の評価がきちんとできないとか、仕事の指示がいい加減であるとか、不満が山ほどあるとしたらとことん付き合って、その上司の限界を学ぼう。いやがられても近づき、行動パターンや性格、仕事の方法などを分析し、ケーススタディーのひとつとしていくのだ。次に同じタイプの人間に出会った時には、たちまち付き合い方が分かるようになる。相手も人間だから、そうやって近くにくる部下は可愛くなるものでもある。私は相手に興味を持って人間関係を築いていった。
米国のテキサスに6カ月仕事で滞在した時は、地獄のような体験だった。砂漠と同じ乾燥した土地で、肌はバリバリになる。油を塗らないと乾いて裂け、血が出るほどだったし、さらにガラガラヘビまで出てくる。その土地で工場閉鎖をし、金銭面から人事面まですべての後処理をして引き揚げるという、精神面でも本当にキツイ仕事だった。でもおかげで、怖いものが随分なくなったと思う。
与えられた仕事は、文句をつけたり拒んだりするべきではない。すべてはチャンスだ。せっかくいやな仕事をやり遂げるのだから、自分は必ずノウハウを手にしてやる、と心に決めて取りかかっていけばいい。できればこの仕事からは、これとこれを学べたと分析して文字に残しておくことをすすめたい。給料をもらって自分の能力を高めているのだと認識するために。あなたがいやだと感じるからには、他の人にとっても不快な仕事だろう。なぜそうなのかを明確にすれば解決策も発想できる。
成長する人生は面白い
ひとつ仕事を達成したら、たとえどんなに小さな業績でも自分なりの能力が増えたことになる。仕事で成長したことになる。それは必ずやりがいにつながっていく。良い上司に巡り会えたら、逆境の中で成長するチャンスがない、というくらいの発想が必要だ。
行きたくもない得意先へ営業しなくてはならないとする。私にも経験があるが、地方都市に頑固なクライアントがあった。列車で片道4時間、私はその土地についての知識を仕込み、近くに行ってからあらゆるその町の特徴を頭に入れて、先方に飛び込んでいった。風景、街並み、歴史、うまそうな店、なんでも話題にする。地方都市ならではの仕事のやりにくさや不自由も学び、理解していった。必ず相手と心は通じるようになるし、内情も問題も見えてくる。相手に興味を持って、その会社のために仕事をしようと一生懸命になることだ。希薄な関係のままでは仕事は面白くならない。
どれも同じような仕事だからなどと考えると、あなたはそこで終わってしまうだろう。実はどんな会社も仕事も一つひとつ違う。だからこそ真剣に取り組めば、いずれどんな仕事でもこなせる、任せてやらせてもらえる人物に成長してゆく。仕事をえり好みする人は、好き嫌いだけで終わる。そこに成長はない。(談)
おおまえ・けんいち●1943年福岡県生まれ。早稲田大学理工学部卒業。マサチューセッツ工科大学大学院で博士号取得。日立製作所勤務を経て72年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。日本支社長、アジア・太平洋地区会長、本社ディレクターを歴任。95年退社。97〜98年スタンフォード大学客員教授。現在、UCLA政策学部教授、(株)大前・アンド・アソシエーツ代表取締役。
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http://www.asahijobnet.com/column/index.asp?back=02【仕事を生き抜く力 <大前研一が語る仕事・2>】
転職の覚悟・1年+3カ月の法則
転職を決めたら1年待てもうこの会社にはいたくないと考える時はだれにでもある。給料が低すぎる、上司が嫌なやつだ、通勤に遠い。理由はそれぞれあるだろう。実は人生の中で転職を決意する時ほど真剣に自分の将来を考えるチャンスはそうない。大学卒業以来だろう。この時、あと1年と時間を切って学べるだけ学ぶことをすすめたい。自分は何が不満なのか、なぜ辞めようとしているのか、きちんと答えを出してから退くことがあとで役に立ってくる。
たとえば、自分が上司の立場なら、この部下に何をするだろうか。自分が社長なら不満を持って辞めようとする社員に何をしてやるか。あるいは会社の経営をどう変えていくか。さまざまな角度から自分の不満を分析し、理由を明確に結論づけることが重要である。それができない人は、永遠に転職し続ける青い鳥症候群に陥る。1年間はそれをとことん考えることに費やそう。辞める覚悟ができているのだから、強い立場に立っている。思いきって改善提案をしてみるといい。仕事の成果を出すからそれに見合ったボーナスを支給してくれとか、給料はいいからこのプランをやらせてくれというように、自分も会社も追い込んでいくのだ。
30歳を過ぎたら、転職を考えた時に必ず1年間はこの提案をするぞと覚悟すること。いずれ昇進して課長なり部長なりになる日がくる。自分がそのポジションになってから慌てたのでは遅いのだ。予行演習だと考えて、上の立場に立って徹底して提案することだ。
私も日立に入社したその日から、部屋に冷房をつけると何%作業効率が上がるなどと計算して提案しまくった(笑い)。今、経営者として成功しているほとんどの人には、提案グセのDNAがある。自己中心ではなく会社のためになる提案が鍵である。
転職先では3カ月間 外部の目で提言する
就職試験のその時から、私を入れてもらえるなら、御社のこういう状況に対してこんな仕事をしたいと考えを述べる。今は外から調査する方法はいくらでもあるのだから、外部の視点で積極的な提言をすることだ。使っていただけるなら今までの経験を生かしてなどと、ボソボソ言っているような人を少なくとも私は決して採用しない。うちの会社に対して、そんな見方もあったのかと提言できる人に来て欲しいと思う。仮説をきちんと立てられるか否かは、能力を見極める上で重要なポイントだ。
希望の会社に入れたら1、2カ月の内に仮説を文章にする。なぜなら3カ月たつと外部の人間の視点が消え、前から社内にいた人と同じ考えに染まるからだ。人間は慣れることが早い。インサイダーになってしまう前に、外からの提言を文章に残しておくべきだ。だれでも考えることはするがカッとしたりすると忘れてしまう。起承転結のメモに残せば蓄積できるし、これが絶対何かに使えるようになる。知的に怠惰にならないことが最も大切なことだ。部長などと出張に出かけたチャンスに気の利いたことがスルッと口をついてくるようになるから、問題があった時にそうだあいつを呼んでみよう、と必ず言われるようになる。生意気と思われても入社3カ月が勝負である。(談)
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http://www.asahijobnet.com/column/index.asp?back=03【仕事を生き抜く力 <大前研一が語る仕事・3>】
能力の棚卸しがもたらす力
資格は本当の能力か?国や団体が定めた資格の中で医師や弁護士など、持っていなければ仕事をしてはならない資格を除いたら、転職などではあまり重要な意味を持たない。まったく何ひとつ資格を持たないのも寂しいが、資格名は、これをとりあえず取得する力はありましたという認証に過ぎない。これ以下の能力ではないよと伝える要素のひとつだ。
人材を求める時に、この人は何ができるのかを具体的に知りたい。たとえば顧客1千人の名簿があったとする。マーケティングの能力でいえば、この1千人に対して何をどう売りこむか戦術を白紙にスラスラと書いていけるか。それを実現する手立てを次々に打ち出せるか。営業部に10年いても書けない人は書けないし、半年の経験でもできる人は書ける。
会計士の資格があるなら、たとえばうちの子会社が倒れたら出向いていって立て直してくることができるか。あるいは撤退することができるか。組合と交渉することから始まって、年金、銀行関係、民事再生法の手続き、債権者との集会の仕切りなど、専門家を組織してすべて一人でやってこられるか。自分は何をどこまでやれるか説明できなくては意味がない。会計士としての自分の能力の棚卸しをすることだ。日本の資格をずらりと並べても企業側は、あなたに何を任せていいのかわからないだろう。
アメリカにある工場を閉鎖し中国に移したいと思う。あなたは一人で出向き、売り値を決め、買う人を探し、だまされず、訴えられず、金を持って帰れるか。それができるかどうかという具体性のある能力説明がこれからは不可欠になる。
この仕事なら任せろと
能力をスペックにせよ社内での地位も、昇進の早さも資格も頭の隅に追いやって、自分ができる仕事を集約した記述を書いてみて欲しい。たとえば今までに、15人の部下を使ってあるプロジェクトを立ち上げ2年間で軌道に乗せた経験があるとする。部下には何の専門家を選んだか。資金をいくら使ってどう動かしたか。簡潔に分かれば、たとえ異業種でもあなたのまさにその能力を買いたいと即断できるはずだ。
私の社内にも大手通信会社を再生させ、V字回復させてまた戻ってくる「夕陽のガンマン」みたいな奴(やつ)がいる(笑い)。よく、米国は昔から転職マーケットだったと思っている人がいるが、米国でもまだ20年ほどの歴史しかない。それまではやはり終身雇用がほとんどだった。日本はちょうど今、その入り口に立ったところだろう。
とくに転職を考えていないとしても、普段の仕事のやり方、考え方を能力として説明できる方向に振っていくべきだと思う。一流企業の課長、という役職ではなく、この分野の、この業務を何年で達成した、といった、他社の人間が見てもはっきりと何の仕事がどこまでできるのか能力の全体像が掴(つか)めるように記述してみる。常に、自分のやる仕事を文章化して棚卸しする。さらに3年後、5年後と能力のレパートリーを確実に増やすことだ。(談)
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(貼り付け開始)『ITPro 記者の眼』[2003/03/18]
http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20030317/1/ゲイツ氏の“授業参観”で考えた,IT教育のあり方
テレビや新聞でさんざん報じられたので,ご存じの方も多いだろう。去る2月25日,米マイクロソフト会長のビル・ゲイツ氏が都内のS小学校を訪問した。S小と近隣のR中学校の生徒200人ほどを前に,「子どもたちに科学の夢を語る」と題して講演した。
ある意味,少年の心を持ち続けるゲイツ氏が日本の子どもたちに何を語るのか? そして子どもたちがどう反応するのか? マイクロソフト・ウォッチャとしては見逃せない。デスクワークを放り出して取材に出かけた。
これでいいのか,IT教育
ゲイツ氏の講演そのものにさほど新味はなかった。「コンピュータの進化が人々の生活スタイルを根本から変える」という,これまで主張を繰り返しただけだった。少しだけ失望した。でも,今回の取材は「IT教育のあり方」を改めて考える良いきっかけになった。そうした意味でムダではなかった。
日本のIT教育は大丈夫なのだろうか――。記者はかねがね,こうした懸念を抱いていた。世間には「IT教育」と称してワープロや表計算ソフトの操作方法を教える小学校がザラにあると聞いていたからだ。ひどいところでは「マウスの操作方法の習熟」という名目で,ソリティア(Windows標準装備のカード・ゲーム)を延々やらせている,という。
文部科学省のWebサイトをみても,「平成17年度までにすべての公立学校が高速にインターネットに接続できる環境の整備を目指す」といったインフラ面の話題ばかりが目立つ。ゆとり教育による学力低下が叫ばれるなか,本当にこれで良いのだろうか。ITの前にもっと教えるべきことがあるのではないか。ジャーナリストの端くれとしても,2児の父親としても憂慮していた。
今回の取材を通じて,記者の懸念はさらに大きくなった。ITは学習を支援する手段としては確かに便利だ。だが,あくまでも手段でしかない。どんなに手段を教えることに力を入れても,それは本当の教育にはならない。
確かに情報収集は楽になるが・・・
ゲイツ氏は講演に先立ってパソコン授業を“参観”した。S小学校はIT教育の先進校らしく,無線LANカード付きのノート・パソコンが生徒一人に1台割り当てられている。高学年の生徒たちは5〜6人ごとの小グループに分かれてパソコンに向かっていた。「日本と関係が深い国々の人々がどのような暮らしをしているか調べる」というのがテーマだ。
「調べ学習」というらしい。パソコンを調査の道具に使う。具体的には「インターネット」と「エンカルタ(マイクロソフトの百科事典ソフト)」の利用を指定されていた。いちおう紙の教材も使ってよいことになっていたが,開いている生徒は誰もいなかった。
ほとんどの生徒たちはパソコンを難なく使いこなしていた。入力も達者だ。タッチ・タイピングとまではいかないが,キーボードに苦しんでいる様子もない。さすがに最近の小学生はスゴイ。
これなら調べものは簡単に済む。「アメリカ」「中国」といった国名をパソコンに入力すれば,いくらでも情報は引き出せる。画像や音声による解説も付く。図書館の蔵書をひっくり返すよりもはるかに効率よく情報を収集できるだろう。限られた授業時間を有効活用する上でITは確かに一定の効果を上げている。
だが,一方で別の懸念も湧いた。収集した情報を読み解くことの重要性を小学校では教えているのだろうか。パソコンやインターネットという道具の怖さを小学生たちは理解しているのだろうか。
「ITに振り回されない力」を教えて
IT Proの読者ならご存じの通り,インターネットにはさまざまな情報が氾濫している。そのなかには正確な情報もあれば,不正確な情報もある。取捨選択した情報を自分の考えに昇華する能力がなければ,せっかくパソコンで情報収集作業を効率化しても意味はない。「情報に翻弄される」という点では有害ですらある。
偶然だとは思うが,授業の最後に調べた結果を紙にまとめる段になって,S小学校のほとんどの生徒は画面に表示された情報を紙に丸写ししていた。先生が「自分の言葉で書きましょう」と生徒たちに呼びかけたにもかかわらずだ。
同じく先生が記入を呼びかけた「調べ学習を通じて得た自分の考え」を記した生徒も記者は見つけられなかった。多数の報道陣と関係者が押しかけた異様な雰囲気の中での授業,ということを割り引いても不思議だった。大丈夫なのだろうか。
逆説的かも知れないが,記者は「IT教育の目的は『ITに振り回されない力』を身に付けさせること」と考えている。「ITを知的作業の“道具”として使いこなす能力」の育成と言い換えてもよいだろう。
インターネットという道具の使い方を教えるのは確かに大事かもしれない。だが,同時に情報を判断する能力の強化に時間を割いてほしい。同様にパソコンで学級新聞を作る時間があったら,きちんとした自分の考えを文章としてまとめる能力を訓練してほしい。判断力、論理思考力,表現力の重要性は,ITがどんなに進歩しようと不変なのだから。
皆さんにもご一緒に考えていただきたい
もちろん,きちんとした問題意識を持って,IT教育の実践に取り組んでいる学校や先生がたくさんいる。例えば,先日,別件で取材させていただいた大阪市の私立追手門学院小学校の竹内 豊一先生である。
同校の国語の授業では,生徒の作文を学内ネットワークの掲示板に投稿させている。「口頭で発表するよりも多くの人に自分の考えを知ってもらえる。何よりも『こんな書き方をすれば友達から反発を買う』ということが生徒には肌で分かる」と竹内先生は主張する。「こうした体験を通じて,自分の意見を公開することに対する責任感を身に付けてほしい」と続ける。
小学校2年生からローマ字入力を教えるのもユニークだ。「日本語入力方法の主流はローマ字なのだから、初めから身に付けた方がよい」と竹内先生は理由を説明する。このあたりは非常に実践的である。多くの小学校では、当初、カナ入力を教える。
「今の子どもたちはゲーム,Webブラウザ,電子メールで遊んでいるが,コンピュータの本当の性能を生かしながら育っていない」。“パソコンの父”と呼ばれ,教育現場におけるコンピュータの活用に熱心に取り組んでいるアラン・ケイ氏は今年1月,来日したときに,こう発言している。「過去20年間に子どものために有意義なコンピュータの進歩はなかった」とも付け加える。
すべての責任は大人にある。もちろん自分を含めた大人に。IT教育とは何なのか。次代を担う子どもたちに何を教えるべきなのか。皆さんも一緒に考えてほしい。
(星野 友彦=日経コンピュータ副編集長)
『ITPro 記者の眼』[2003/03/18]
http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20030317/1/(貼り付け終了)
医科系大学教員の「もう」です。上記の記者の危惧するところは大いに同感です。小生も3人の小学生の父であり、小学校などでのIT教育は関心があります。直接関係があるかわかりませんが、以前大学1年生を対象に臨床系の医師達に指導を受けながらの自由研究という授業がありました。数単位の授業時間を使って1年生なりに興味のある事柄について調べて発表するというものでした。
インターネットを含めてかなり詳しいことを調べてまとめるのは良いのですが、「それ(例えば遺伝子治療)に対して君たちはどう考えるのか」という視点が全くなかったことに苦言を呈したことがあります。勿論これから大学生としていろいろ考えるきっかけを作ることが狙いなので、それでよいのですが、この記事を読んで思い起こしました。
(転載開始)『産経新聞』2003.03.15 朝刊
【近ごろ都に流行るもの】
大型スクーター
“自分のセンス”で街を疾走 ストリート系若者に人気急上昇
ファッション性と利便性で浸透表参道や代官山などのオシャレな街で駐輪されている二輪車をチェックしたら、半数近くがコレだった! 排気量百二十五cc以上の大型スクーターが、都心部で若者に大人気だ。操作がラク、荷物が積める、ストリートファッションにマッチ…といった理由から、低迷する二輪車市場を牽引(けんいん)する勢いで売れている。(山口律子)
オートバイに乗っていた知人三人がここ最近、そろって大型スクーターに買い替えた。街なかではストリートファッションで大型スクーターを駆る若者の姿が、容易に見つけられる。かつては“オヤジバイク”と若者から敬遠されていた大型スクーターが、今やトレンドの最前線を突っ走る。
「周りがみんな乗り始めて、いいなあと思い、中古車を約八十万円で買った。アニメのマシンみたいなスタイルがカッコいい。運転は超ラクだし、荷物がたくさん積めるのも気にいっています」と、杉並区に住むフリーターの井口航平さん(二五)。
真っ赤にカラーリングした愛車の後部シートに彼女を乗せていた美容師の二十代男性は、「オートバイのようにギアチェンジがないから靴が傷まないし、好きなファッションで乗れる。今はユーザーが多いから、自分らしくカスタマイズして差をつけました。次はオーディオを搭載するつもり」と話す。
ヤマハの二百五十ccスクーター「マジェスティ」(五十五万九千円〜)は、昨年一年間の出荷台数が二万台を突破し、軽二輪の単独モデルとしては十四年ぶりの販売記録となった。登録台数も前年比184%と破竹の勢い。ユーザー層では二十代前半の伸長率が著しいという。
ヤマハ発動機広報室の仁志苗子さんによると、「八年前の発売以来、主に四十代の通勤の足として好まれてきましたが、この一、二年でストリート系といわれる若い方たちに急拡大。ホント、世の中何が流行(はや)るかわからないというのが本音です(笑)」。
個性にこだわる若者らしく、車体を自分好みに改造するユーザーも多い。都内のショップでは新車のシートやボディーカラーなどを、あらかじめ人気仕様にチェンジして販売。メーカーもオプションパーツや車体の色を増やすなど、「カスタマイズ需要」に対応している。
「人気沸騰の理由には特に火付け役があったわけではなく、街から自然発生したブームなんです」と、仁志さん。乗り物であっても、自分のセンスを反映する道具、ファッションの一部になっている点が特徴という。
国内メーカーの二輪車出荷台数は近年、ピーク時の四割近くにまで減少しているが、大型スクーターを含む軽二輪クラスは三年前から増加に転じた。昨年はスズキが若者向けの新モデルを投入、カワサキモータースジャパンも同社初の大型スクーターを発売し、国内四社がすべて参入した形になっている。
先月末には本田技研工業が、四年前に生産中止になっていた二百五十ccスクーター「フュージョン」(四十九万九千円〜)を再発売した。「以前のモデルが中古車市場で非常に人気となっていたため、強いニーズがあって復活させました」と、広報部の橋本久美子さん。
大型スクーターの人気を受け日本自動車工業会では、普通二輪および大型二輪免許にもオートマチック車限定免許の導入を要望しているという。これまでは都心部中心に流行していたが、じわじわと地方へ波及し始めており、女性ユーザーの姿もチラホラ。二輪シーズンを間近に控え、人気に拍車がかかりそうだ。
『産経新聞』2003.03.15 朝刊
(転載終了)
みなさんこんにちは「もう」です。いつも多彩な話題を楽しみにしています。
巷では確かに大型スクーターをよく見かけるようになりました。しかも結構かっこよく乗りこなしています。小生は20年来のスクーター乗りでして、始めて買ったのがヤマハベルーガという90ccの非力なスクーターでした。しかし当時は唯一二人乗りできるスクーターとしてかなり乗りました。ホンダから250ccのフリーウエイが発売されると即購入。中古を含めて2台乗り継いで今年に入ってから手放しました。
小生医者としていつでも病院に行けるよう常に近くに住むようにしていました。都内でも田舎でもスクーターは通勤の脚としてずっと愛用していました。現在は電車通勤をせざるをえなくなり手放したのですが、125の車体に250のエンジンが付いたようなフリーウエイが大好きでした。コンパクトで驚くほど早い。脚踏み後輪ブレーキも魅力でした。あまりファッション性を気にせずにいつでも乗れるところがおじさん向けであったかも知れません。「見た目より中身」みたいなところがおじさん心をくすぐるスクーターでした。
バイクに20年も乗っていると何回かは尿がちびってしまいそうな怖い経験もありますが、普通の2輪や原付きに比べると大型スクーターの事故は少なそうな気がします。(正確なデーターはないのですが、当直などでバイク事故を見た経験から)バイク事故は悲惨なものが多いので大型スクーターが増えて事故がもし減るのであれば経済効果に加えて良いことと言えましょう。
それでどうしたの、という内容の投稿ですみません。フリーウエイも今は製造中止ですが、また復活したら買いたいと思っています。
(貼り付け開始)『産経新聞』2003.03.17 朝刊
http://www.sankei.co.jp/news/030317/morning/17kei001.htmコンビニ もっともっと便利に
売上高が頭打ち 新サービス続々 会員制ロッカーやクリーニングもコンビニエンスストアの多機能化が進んでいる。クリーニングや宅配便の取り次ぎサービスに加え、店内に郵便ポストを設置するなど新たなサービスが続々と登場している。都心を中心に店舗が増え続けた結果、競争は激しくなる一方。それだけに顧客を囲い込めるような魅力的なサービスをいかに提供できるかが勝負の分かれ目になっている。(石垣良幸)
ファミリーマートは、三月からクリーニングの取り次ぎサービスを本格展開した。これまで実験的に十数店舗で行ってきた取扱店を一気に七百店まで増やす。担当者は「二十四時間いつでも好きな時間に取り次ぐことができることが強み」と鼻息も荒い。
実はこれまで、クリーニングの取り次ぎは、受け渡し作業が煩雑で、各社が導入に二の足を踏んでいたサービスだった。それが可能になったのは、バッグに詰められた衣類を専用ボックスに投入。仕上がり品は客が取り出せるようにした新しいシステムを開発したからだ。「場所もとらず、店員が衣類に触れず、衛生上の問題もクリアした」(同社)ことが本格展開につながった。
新サービスは続々誕生している。am/pmを展開するエーエム・ピーエム・ジャパンは、不在時の郵便や宅配物を預かったり、店舗から直接送る会員制のロッカーを都内と横浜の三店舗に設置。「需要を見極めたうえで対象店舗を広げる」(同社)考えだ。
サンクスを都内と千葉県でチェーン展開するシー・ヴイ・エス・ベイエリア(CVSベイ)は、ネット上で中古ブランド品の査定・買い取りサービスをしているイーレディー(本社・東京)と提携。バッグや時計など、不要になった高級ブランド品の買い取り窓口として、査定の受け付けや郵送を担当する。「中古ブランド品の市場は大きい。将来は全店舗で実施したい」(CVSベイ)と意気込む。
各社がこうした新規サービスに取り組むのは、競争が激しく、独自のサービスを展開しないと、顧客を引き付けられなくなっているためだ。
デフレ不況でコンビニの売上高は頭打ち傾向。各社は、新規サービスの実施で他の商品への波及効果も期待する。実際に一月から全店舗に郵便ポストを設置したローソンは「切手やはがきの売り上げが二割も伸びた」という。
しかし、さまざまなサービスを広げてきたコンビニも、新規サービスで人員やコストがかかり過ぎれば、収益は悪化する。最大手のセブン−イレブン・ジャパンも新たなサービスを検討しているが、「全国展開は効率性を見極める必要がある」という。狭い店舗をいかに効率よく利用するか。今後も知恵の出し合いが勝負を分けそうだ。
『産経新聞』2003.03.17 朝刊
http://www.sankei.co.jp/news/030317/morning/17kei001.htm(貼り付け終了)
(貼り付け開始)『ITPro 米国最新IT事情』
http://itpro.nikkeibp.co.jp/members/ITPro/USIT/20030316/1/日本でもオンライン確定申告は普及するか――先行する米国との比較から考える
所得税と贈与税の確定申告は,3月17日が締め切りだ。読者の中にも今ごろ,土壇場で税務署に駆け込もうという方がおられるかもしれない。しかし来年からは日本でもインターネット経由で,確定申告ができるようになるはずだ。国税庁は今,そのためのシステム開発を進めている。
アメリカでは既に90年代後半から,インターネットで確定申告(通称Tax Return)ができるようになっている。企業が年末調整をしてくれる日本とは違って,アメリカでは一般の会社員でも自分で確定申告しなければならない。このためシーズンになると,全米で約1億3000万人の勤労者が確定申告する(ちなみに日本では自営業者を中心に約2000万人)。このうちの36%に当たる約4700万人が,オンライン(インターネット)で申告を済ませている。
日本では国税庁が自前でシステム開発,米国では民間に業務を委託
日本の国税庁は,オンライン確定申告用に自前のシステムを開発しているようだが,アメリカのIRS(Internal Revenue Service:内国歳入庁)は,それとは違う方法を採用している。すなわち民間の会計事務所や会計ソフトのメーカー等に,オンライン申告業務を委託しているのだ。
もっと具体的に説明すると,勤労者はまずIRSのウエブ・サイトに行って,そこでオンライン確定申告のボタンをクリックする。次に,そうした民間業者のWebサイトに飛ばされる。そこには申告用のフォームが表示され,それに必要事項を記入してボタンをクリックすると,その情報がIRSに送られて確定申告作業が完了する,という流れである。
IRSがなぜ自前のシステムを作らないかというと,一つの理由は作るのが大変だからだ。
IRSはつい最近まで,全米の支所がオンラインで接続されていなかった。支所間のデータ交換はもっぱら磁気テープに頼るほどネットワーク化が遅れていたので,1億3000万人を対象にしたオンライン申告システムなんて,とても自前では作れないのである(たとえ実際のシステム構築作業は開発業者に委託するにしても,その要求仕様を設計するだけでも大変な作業である)。そこでシステム本体は民間業者に作らせて,IRSではそれとの共通インタフェースを提供し,データを受けとるだけの仕組みにしたのだ。
IRSが自前で作らなかった別の理由は,オンライン申告業務を委託された民間企業がそれに反対したことである。これは当たり前の話で,会計事務所など民間業者にしてみれば,オンライン確定申告は成長の期待できる新ビジネスなので,ここを政府に奪われたくないのだ。
昨年まで,こうした業者はオンライン確定申告にサービス料金を課していた。最も簡単な確定申告で10ドルくらい,様々な所得・税額控除を含む複雑な申告では,さらに高額を要求する。こうしたサービスを4700万人が使っていたのだから,結構大きなビジネスなのである。
ただ非常に簡単な申告までお金を請求することには批判があって,そのせいか今年から低所得者には民間業者も無料でオンライン・サービスを提供するようになった。既に130万人の米勤労者が,無料サービスを使って確定申告を済ませた。
「会計士は雇えないが税務署には任せたくない」という勤労者には朗報か
冒頭で紹介したように,日本でも来年からオンライン確定申告ができる予定だが,米国並みに普及するかどうかはなんとも言えない。
アメリカで4700万人がオンラインで申告しているというのは,私から見れば驚異的な普及率である。実際,昨年まで米国で働いていた者として,日米の税制を比較すると,アメリカの方がずっと複雑である。自分で確定申告の書類を作成するのはなかなか大変な作業だ。だからアメリカでも日本と同様,最寄の税務署に行くとサポート・スタッフがいて,納税者の確定申告書類を事実上,彼らが作ってくれる。
ただ,しょせんは税務署の人間だから,彼らに任せたら取れるだけ取る。従って本当に節税したい高額所得者は,会計事務所に依頼したり,腕利きの会計士を雇って彼らに全部任せる。私はそれほど所得がなかったので,頑張って節税しても大したことはないから,税務署のスタッフに任せていた。
恐らく両者の中間にある所得者層,すなわち「会計士を雇うほどの収入はないが,かといって税務署の職員に任せるのは納得がいかない」という勤労者が,自力でオンライン申告しているのだろう。日本ではこうした人たちが何人くらいいるだろう。彼らにとっては,来年からのオンライン申告は朗報であろう。税制上はアメリカよりも簡単だから,普及する下地は十分にあるはずだ。
(小林 雅一=ジャーナリスト)
■著者紹介:(こばやし まさかず)
1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。2002年9月に帰国。著書に「グローバル・メディア産業の未来図」(光文社,2001年12月発行),「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年),「わかる!クリック&モルタル」(ダイヤモンド社,2001年)がある。『ITPro 米国最新IT事情』
http://itpro.nikkeibp.co.jp/members/ITPro/USIT/20030316/1/(貼り付け終了)
ネットサーフィンをしていたら、ユニークな文章を見付けましたので(ちょっと私の人格が疑われそうですが)転載させて頂きます。(貼り付け開始)
『レルネット 主幹の主観』2003.03.16
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r12-157.htmレルネット主幹 三宅善信
最初に断っておくが、この物語は2003年3月のお話である。しかし、この2003年というのはイスラム暦(ヒジュラ暦)の2003年の出来事であるから、読者の皆さんに馴染みの深いグレゴリオ暦(いわゆる西暦)で言えば、AD2565年という遠い未来のお伽新である。世界の三大宗教のうち、最も遅く(AD622年)成立したイスラム教も、とうとうその立教から二千年という途方もない歳月が流れて、預言者ムハンマド(マホメット)が神(アッラー)から授かったという啓示の効力が消滅の危機に瀕する「末法」の時代を迎えていた。当時、ヒロシマと並んで、メリケン国の暴力によって破壊され尽くした人類の愚かな戦争の傷跡として「世界文化遺産」に指定されていたバグダッドでは、以下のような話が昔話として人々の間で語られていたそうだ。
▼桃太郎ジョージ出生のエピソードむかしむかし、自らを「神に選ばれた国である」と自称するメリケン国の敵刺(Texas)という物騒な地名の街に、とあるおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんの名前はジョージ、おばあさんの名前はバーバラ。二人はたいそう仲のいい夫婦でした(おじいさんが、その名のとおり情事が好きだったかどうかは不明です)が、どういうわけか、二人は長年、子宝に恵まれませんでした。これでは、せっかく二人で築いた財産を子孫に残すことはできません。大金持ちになったジョージは、余勢を駆ってメリケン国の国王の身分まで手に入れました。なぜジョージが大金持ちになれたかと言うと、ジョージおじいさんは若い頃、山で潅木(bush)刈りの仕事をしていましたが、ある時、山に分け入って薪木を切ろうとしていたら、不思議な燃える水の泉を見つけたからです。以来、この国では、皆、便利な燃える水を湯水の如く使うようになりましたが、何十年か経つうちに、この燃える水が底をついてきました。そこで、おじいさんは、「もっと燃える水はないか?」と世界中を探し回るようになりました。
そんなある日の出来事です。王妃様になっても以前と同じように慎ましい性格であったバーバラおばあさんは、田舎の敵刺で暮らしていたころのように、花の都で暮らすようになっても、洗濯は川でしていました。すると、どうでしょう。王宮近くを流れるポトマック川の上流から、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。バーバラおばあさんは、この桃を拾って大事そうに抱えあげ、王様の待つ「白い家」まで持って帰りました。あまりにおいしそうな桃だったので、これを王様と一緒に食べようと思っていた矢先に、勝手に桃が二つに割れ、少し猿顔でしたが、元気な男の子が飛び出してきました。国王になっても跡を継がせる子供に恵まれなかったおじいさんとおばあさんは、神様から授かった赤ん坊に大喜びして、この男の子におじいさんと同じ名前、つまり、ジョージと名付けました。川から流れて来た赤ん坊が王妃に拾われ、後に世界を変える王になるという話(貴種流離譚の一種)は、彼らの「聖書」に書かれた『出エジプト記』のお話、すなわち、大昔、エジプトの独裁者であるファラオの下で奴隷生活の憂き目を見ていたユダヤ人たちを率いて「約束の地」に帰り、イスラエルという神に神に選ばれた国を建てた偉大な預言者モーゼと同じだったからです。
おじいさんとおばあさんの期待どおり、ジョージ少年はすくすくと大きくなって、今では、おじいさんに代わって立派に国王の仕事もこなせるようになりましたが、ある日突然、おじいさんとおばあさんに向かって大変なことを言い出しました。実は、ジョージという名前は、因縁の深い名前だったのです。おじいさんが桃から生まれたその男の子に付けた名前の「ジョージ(George)」は、単におじいさんと同じ名前だっただけでなく、大昔、ビザンチン帝国の時代(西暦3世紀頃)に、人々を困らしていた悪いドラゴン(龍)を退治したカッパドキアの英雄、聖ゲオルギー(St. Georgie)とも同じ名前だったのです。しかも、彼はキリスト教を禁ずる「悪い皇帝」に捕らえられても信仰を捨てずに、火炙りの刑で殉教しました。また、AD1776年にジョージたちが暮らす「神に選ばれた国」メリケン国を「悪い皇帝」が統治する国からの独立戦争へと導き、最初の王様となった正直者の桜切り少年とも同じ名前だったのです。そうです。ジョージという名前には、闘い好きDNAが受け継がれていたのです。
▼欲望の都で家来をリクルートキュリアス(好奇心一杯)な少年ジョージは、おじいさんとおばあさんに言いました。ボクに「爆団子を作ってください!」子供の玩具(おもちゃ)にしては危険な代物の要求に、おじいさんとおばあさんが驚いて「何のために爆団子がいるのか?」と尋ねると、少年ジョージは、「近頃、中東の砂漠の彼方のバグダッドという街に、サッダムという名の悪い鬼がいて、そいつが悪逆非道なことをしているだけでなく、貴重な燃える水を独り占めしているので、みんなで燃える水を分配できるよう懲らしめてやるために鬼退治に征くのです」と言いました。人の良いおじいさんとおばあさんは、少年ジョージがいつの間にか他人のことを思える立派な青年に育ってくれたと喜んで、子供の玩具としては物騒な爆団子をたくさん作って持たせ、勇ましい『桃太郎侍』の衣装を着せ、背中には「世界一」と染めた幟(のぼり)を立ててやりました。
若武者ぶりも頼もしい少年ジョージは、爆団子を腰に提(ぶらさ)げて、「欲しいものはなんでも叶(かな)う」という夢の都バグダッドを目指して進んで行きましたが、途中でやはり、自分一人で「鬼退治」に行くのが心細くなったのか、口ではさかんに「自分一人でも鬼を成敗してやる!」と言ってましたが、なにしろ、相手は何をしでかすか判らない野蛮な鬼のことです。一緒にバクダッドまで鬼退治に行ってくれる家来を募集することにしました。そこで、つい最近、金儲けの象徴であった「バベルの双子の塔」が思わぬ自爆テロ攻撃で崩壊したばかりの欲望の都「入欲(New York)」で、家来をリクルートしました。なぜなら、この街にはいろんな国の代表が集まって、「国益」と称して戦争の相談をしたり、金儲けのことしか頭にないハゲタカどもが跋扈する「欲望の街」だったからです。
入欲の街でジョージが仲間を探していると、早速、前からワンワンワンと1匹の犬がやってきました。その犬が言うのには、「ジョージさん、ジョージさん。あなたのお腰に付けてる爆団子をひとつ私にくださいな」すると、ジョージは「俺様の右腕になってくれたらこの爆団子をやろう。そして、一緒に悪い鬼のサッダムをやっつけに行こう!」と言いました。もちろん、犬は大喜びです。「ところで、犬君。君の名前はなんていうの?」と、ジョージが犬に尋ねると、「僕の名前はトニーです。ボクのご先祖様はジョージさんと同じ腹黒サクソン族なんだよ」と言ったので、二人はすっかり意気投合し、犬のトニーがジョージの右腕になりました。
▼腹黒サクソン族へのコンプレックスしばらく行くと、一羽の雉がケンケンケンと鳴いて近寄ってきました。「ジョージさん、ジョージさん。お腰に付けてる爆団子をひとつ私にくださいな」すると、ジョージが言いました。「君もご先祖は腹黒サクソン族かい?」、「いいえ、私のご先祖は、その昔、七つの海を支配していたイスパニア族です。ジョージさんの国のある新大陸を最初に発見したのも、実は、私の国の女王様の家来の船乗りのコロンでしたが、それから百年経った、今から千年程(AD1588年)前に、当時の王様が結婚と相続問題が絡んで腹黒サクソンの女王と闘って、とっておきの「無敵艦隊(アルマダ・インビンシブレ)」を沈められてしまいました。それ以来、苦節千年、二流国家の憂き目を見続けてきたので、今度こそは腹黒サクソンの仲間に入れて欲しいのです」、「なるほど、それは良い心がけだ。これから犬のトニーと一緒にバグダッドへ悪い鬼をやっつけにいくんだ。君も一緒にいかないか? そしたら仲間に入れてやる」、「はい。喜んで行きましょう」と言って、雉も仲間に入れてもらいました。雉の名前は、「明日こそは一流国家になるんだ」という願いを込めてアスナーロといいました。
アスナーロの先祖は、ジョージとトニーの国の共通の先祖であるリズという意地の悪い処女王の統治する腹黒サクソン族のブリタニアという国の雇った海賊と戦って、フェリーペ2世ご自慢のアルマダ・インビンシブレと呼ばれる当時としては「世界最強」の艦隊がゲリラ戦でやっつけられてからは、「雨は主に平野で降る(The rain in Spain stay mainly in the plain.)」美しい国イスパニア国は、すっかり「陽が沈みっぱなしの帝国」に落ちぶれていたのです。これじゃまるで、無敵艦隊ならぬ、無能艦隊(アルマダ・インポッシブレ)です。この時のことがアスナーロ君には、トラウマとなっていたのです。
▼獅子心王ジュン登場こうして、「桃太郎侍」ことジョージと犬のトニーと雉のアスナーロが歩いていくと、後から黄色い顔をした猿が追いかけてきました。「世界一強いジョージさん。お腰に付けてる爆団子ボクにもひとつくださいな」どうやら、この猿、先程からの三人のやりとりを物陰に隠れて観察していたようです。猿の名前はジュンといいました。この猿は、世界の東のはずれのジパングという黄金の島国から来たようです。最近、この猿の棲む島国の隣の半島にあるペクトサン(白頭山)を根城にしている「将軍様」を自称する金鬼が暴れて困るので、この際「鬼退治」の仕方を勉強しておこうと思ったようです。それに、今回、バグダッドの鬼退治に協力しておけば、将来、自分がペクトサンの鬼退治をするときに協力してもらえるだろうと計算したからです。ドン亀が猿山のボスの地位を虎視眈々と狙っているのも知らないで…。少しばかり知恵があるような顔をしていますが、所詮は猿知恵です。
しかも、このジュンという猿は腹黒サクソン族に大変な憧れを抱いて、これまでの猿山の慣習を破って、なんでもトップダウン方式で決めたかったのです。なにしろ、このジュンという名前の「離れ猿」出身の猿山の親分は、これまで、なんでも談合でものごとを決めていた群れの周縁部から突然やって来て、愚かなメス猿たちとマスコミの気を惹いて、一気にこの猿山を乗っ取ったんです。以来、この猿山の元ボス猿たちは皆「抵抗勢力」という呪いのお札を貼られて力を失ってしまいました。その点では、ジュン猿はやり手でしたが、その後がいけません。猿山の管理はすっかり外から呼んできた家来どもに任せて、外の世界で自分がどのように見られているかばかり気にする猿でした。そのせいで、ジュンがこの猿山を乗っ取ってからというもの、かつて「黄金の国」と呼ばれたこの猿山の経済は少しも元気がありません。
ジュンの腹黒サクソン主義は徹底していました。ジュンは家来どもに自分のことを「ライオン・ハート」と呼ばせました。千数百年にブリタニア国を統治した十字軍の英雄プランタジネット王朝のリチャード獅子心王に自分を準(なぞら)えたくらいですから……。ここで注意しなければならないことは、犬のトニーや雉のアスナーロの時と違い、猿のジュンと桃太郎ジョージとの間では、なんの契約も締ばれていなかったのです。なぜなら、ジパング国は、悪党の溜まり場であったクラブ「アンポリ」の会員じゃなかったからです。これは、あくまで、ジュンの側からの自発的な申し込みであり、「自分も仲間に加えてもらった」と勝手に思い込んでいるだけだったのです。
しかし、これで、一応、桃太郎ジョージ一家の顔ぶれが揃いました。「血の同盟」トニーは言うまでもなく、腹黒サクソン族にコンプレックスを持っていたアスナーロとジュンが加わって、一路バグダッド目指して攻めて行くことになりました。もちろん、「アンポリ」の飲み仲間たちは言うまでもなく、街のみんなは、この四人組の身勝手な行動を苦々しく思いましたが、口々に反対意見を唱えても、誰一人として乱暴者のジョージの狼藉を止めることはできませんでした。しかし、この事件が発端となって、世界に大きな亀裂を生み出し、その結果、船乗りコロン以来、五百年間続いたキリスト教白人優位の世界秩序が音を立てて崩壊しはじめたのです。
▼五十歩百歩の対決その頃、バグダッドでは、サッダム親分の統治の下、鬼たちが仲良く楽しい暮らしをしていました。まさか外から鬼よりも悪い奴らが自分たちを「懲らしめに」やって来るとは思ってもいません。なぜなら、サッダムは、ジョージたちの国とは多少ルールが異なってましたが、この国の中のルールをこの国に棲む鬼同士で合意の上で決めただけで、外の世界では何も悪いことをしてなかったからです。サッダムは『一寸法師』の鬼のように、都に出てきて、街の人を傷つけたり、金品を巻き上げて怖がらせたりしたわけではありません。その点では、よその国から「人さらい」を日常的に繰り返してきた「ペクトサンの将軍様」こと金鬼とは大違いです。鬼の親分サッダムは、二人の息子である赤鬼のウザイと青鬼のクサイと共に、「鬼ヶ島」であるバグダッドでおとなしく暮らしていたのです。たしかに昔は、誰にでもよくある「若気の至り」で、あちこちをウロついて、周りに迷惑をかけたりしたことがありましたが、ジョージのおじいさんに飲まされた「苦い薬」が効いたのか、ここ十年くらいは、およそ鬼らしからぬ口でほざくだけのおとなしいものでした。それを言うのなら、隣村に潜んでいると言われる髭鬼の鬢螺鈿(ビン・ラディン)のほうがずっと悪い奴です。サッダムは誰に迷惑をかける訳でもなく、鬼ヶ島(オニガシマ=鬼のテリトリー)である砂漠のオアシスでじっと蟄居していたのです。
近頃実施された人気投票でも、サッダムは鬼たちからなんと100%の支持を得たのです。あまりに出来過ぎていてちょっと嘘くさい数字ですが……。そんなこと言ったら、3年前に行なわれたジョージの国の人気投票なんか、ジョージの得票率は本当は過半数に満たない49.9%だったのです。そこを巧くごまかして国王になったのです。その意味では、この「鬼退治」騒動は、支持率50%対100%の支持率獲得合戦でもあり、まさに「五十歩百歩」の正統性争いでもあったのです。ともかく、サッダムは、わざわざ他人の領地に出かけるまでもなかったのです。そんな危険なことをしなくても、サッダムの島(テリトリー)からは、燃える水はいくらでも湧き出てきます。この質の良い燃える水は高い値段で売れるので、桃太郎ジョージが言うように、サッダムは外へ行って悪いこと(略奪)などする必要がなかったのです。そうです。この点でも、ミサイルから偽札・覚醒剤まで輸出したペクトサン金鬼とは大違いです。「悪い鬼を懲らしめるため」と言いながら、実は、同じように燃える水を商っていたジョージの家の燃える水よりも遥かに安い値段で良い品質の燃える水をサッダムがたくさん持っていたので、これを逆恨みしてサッダムの宝物を横取りしようとしていたのです。
こうして、桃太郎ジョージとその一味であるトニーとアスナーロとジュンたちはとんでもないいいがかりをサッダムにつけて、悠久の流れであるチグリス・ユーフラテス川をのぼってゆき、夢の都バグダッドに攻め入って、鬼どもに新型爆弾を雨あられと降らせて、これを退治して、サッダムの宝物である燃える水を船いっぱいに積み込んで、えんやらや、えんやらやと帰ってきたそうです。これが、有名な昔話『桃太郎バグダッドへ征く』のあらすじです。これじゃ、まるでAD1258年にバグダッドへ攻め込んで、百万の市民を皆殺しにしたと言われるチンギス・ハーンの孫フラグに率いられたイル汗国の軍勢と同じ所業です。もちろん、世界の人々が、そして歴史がこんな無体な所業を黙って見逃すはずはありません。この時の「鬼退治」騒動に加担した連中のその後の運命は、人類の暗黒史として、五百数十年経った現在でも、見事に復活したバグダッドの街の繁栄と共に語り継がれています。
(貼り付け終了)
(貼り付け開始)『東京新聞』2003.03.16 朝刊【特報面】
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20030316/mng_____tokuho__000.shtmlアラブが笑う『イラク危機』考
国連では「開戦宣言」ともいえる決議案をめぐるぎりぎりの交渉が続き、米国のイラク攻撃は日に日に現実味を増しているように見える。この物騒な世情を“当事者”のアラブ民衆は、どう見ているのか。アラブ大衆文化の中心地エジプト・カイロで、「笑い」の中に表れたイラク危機をのぞいた。 (カイロ・島田佳幸)
■人気の歌
「もう、たくさんだ。チェチェン、アフガニスタン、パレスチナ、レバノン南部、ゴラン高原、そしてイラク…。あんまり不公平すぎんじゃねえか。もう、たくさんだ…」という語りに続き、♪たくさんだぜ 口実は もう飽き飽きだ イスラエルを調べろ イラクのことは放っておけよ−と歌が始まる。
こんな曲が、エジプトでじりじりと人気を上げている。曲名は、ずばり「イラク攻撃」。作詞のイスラーム・ハリール氏は「もう(テープが)十万本出ている」と話す。
ハリール氏と、歌と作曲のシャーバーン・アブデルラヒームは、二〇〇〇年秋からのパレスチナ抗争で一層高まった反イスラエル感情をすくい取って空前の大ヒットとなった「イスラエルは嫌い」で、アラブ中に名をはせたコンビだ。
硬い政治的な内容を、すこぶるつきのこてこてエジプト方言で歌うところが、笑いのみそである。
♪あんたの目はイラクの石油に釘(くぎ)付けだ
♪あんたは本当に彼ら(イラクの民衆)を心配してんのか? イスラエルの夢をかなえたいだけなんじゃないか?
米国の狙いは、世界第二位の埋蔵量を誇るイラク石油の支配であり、イスラエルの“外敵”除去であり、大量破壊兵器だのアルカイダとの関連だのは「口実」にすぎない。そんな民衆の見方を、ずばりと歌う。
一枚岩になれないアラブのふがいなさを撃つのも忘れていない。
♪一度でいいから見たいもんだ アラブ首脳会議の成功を
ハリール氏は言う。「米国が攻撃しそうになったらすぐリリースできるよう、イラン、シリア、サウジアラビアとかのバージョンの新曲を用意しとこうかとプロデューサーと話してる(笑い)」
■風刺漫画
ベンチに座ったブッシュ米大統領が、神妙な顔で花占いをしている。「イラクを攻撃する イラクを攻撃する イラクを攻撃する イラクを攻撃する…」
これはコラムニスト、アハメド・ラガブ氏と漫画家ムスタファ・フセイン氏のコンビによるエジプト紙アルアクバルの一コマ漫画の一つだ。なんだかんだ言っても戦争しか頭にない、という人々の「ブッシュ観」を巧みにくみ取っている。
米国が国連無視の単独行動をちらつかせることには「帝国」の傲慢(ごうまん)を見逃さない。例えば−。
ブッシュ大統領の乗った車が警官(顔が地球になっている)の立つ信号機にさしかかる。大統領が運転手に叫ぶ。「信号なんて無視しろ!おれたちに歯向かえるやつなんているもんか」
別の作品では、やはり、米国を恐れて口だけの「ノー」しか言えないアラブ指導者たちを、ばっさりだ。
アラブの歌手三人がウード(アラブの弦楽器)をかき鳴らしながら有名な昔のラブソングを歌っている。♪ぼくはノー あなたもノーと言う でもぼくらのハートはイエスと言ってる
「今、イラクをめぐって起きていることは、狂ってるとしか言いようがないな」とは、漫画家フセイン氏の嘆きである。
『東京新聞』2003.03.16 朝刊【特報面】
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20030316/mng_____tokuho__000.shtml(貼り付け終了)
(転載開始)『産経新聞』2003.03.15 朝刊
話芸ではない。いい商品を、自信を持って
ファイト ジャパネットたかた社長 高田明さん今でも覚えてますよ。ラジオショッピングで最初に売れたのは19万9800円のビデオカメラ。20台以上も注文が入って、思わず「うわあー」って
午前二時半すぎ。静寂を破るようにテレビから九州・平戸なまりのカン高い声が響いてくる。
「付属にデジカメまでついてこんな価格、なかなか探せません!」
「これだけではジャパネットは終わりません。なんと、取り付け工事料金もつけてこの価格!」
紹介される商品ごとに、あたかも落語の「落ち」のようなシメの言葉が最後に待っている。「いいですか、皆さん!」。畳み掛ける心地よい押しの強さも加わり、「買ってみようかな」と思えてくる。
「話芸」の舞台裏には、さぞかし周到な準備があるのではと思いきや、「台本はありません。かつて店頭で実演販売していたころと同じ。『商品のよさをどれだけ分かりやすく伝えるか』、心がけているのはそれだけです」。
このやり方で、昨年度は売り上げ六百二十四億円を記録。年商二千億円といわれる不況知らずの「通信販売業界」の大手に躍り出た。
もとは佐世保市内のカメラ店で、自ら店頭に立って商品説明を繰り返す地道な商売をしていた。
転機がきたのは十七年ほど前。佐世保市内の複数の小売店と一緒に毎週、長崎市内の放送局に出向き、テレビショッピングに出演した。一回十分間で二商品を紹介するのに百三十万円もかかった。売れないときは三十万円くらいにしかならず、大赤字になったことも。「普通ならやめちゃうんでしょうけど、店の宣伝にもなるから」と割りきって続けた。その後、本格的にラジオショッピングに参入。そして運命の日は訪れた。
「今でも覚えてますよ。最初に売れたのは十九万九千八百円のビデオカメラ。車で長崎市から佐世保市の店に帰ったら、すでに二十台以上も注文が入っていた。結果を聞いて、思わず『うわあー』って大声が上がってしまいましたよ」
取引放送局が長崎から全国に広がった現在でも、「消費者の反応」を一番念頭に置いているのは、その日の感激があまりに大きかったから。商品申し込みの電話がかかると社内の大型モニターにランプが点灯される仕組みで、一目で売り上げがわかるようになっている。
売りたい商品ではなく、消費者が必要としている商品を提供する。その哲学を実践するため、たとえばラジオの生放送の本番直前に東北地方で雨が降り始めたと聞けば、テレビから乾燥機にかえてしまう。
こうした臨機応変の信念を貫くため、テレビの収録スタジオも建て、番組製作も外注せずに自前にしてしまった。
いわゆる「団塊の世代」に当たる。大学時代は学園紛争真っただ中だったが、学生運動とは一切無縁で、「ESS(英会話研究会)」の活動ばかりしていた。
大学卒業後は得意の英語力を生かし、機械メーカーの営業担当としてドイツ・デュッセルドルフを拠点に、欧州各国を回った。ポーランドではウオツカを飲みながら商談を成立させたこともある。
「言葉は通じなくても営業活動が成立した。顔を合わせて話をすることの大切さを痛感した」
ESSの英語劇では「もちろん主役」で、高校時代も「校内のど自慢大会」の常連だった。「人前であがることはなかった」というから、テレビ出演はお手のもの。
「専門のMC(司会者)を雇ってもいいんですが、事前に商品について説明するのに時間がかかるんで、『自分でやっちゃえ』というのが実情なんです」という。一番重視しているのが「説得力」。これは、現場でお客さんと向き合って商品説明をした経験によってのみ、培われるものと信じている。
「話し方にコツや芸があるのかと聞かれますが、ありません。いい商品を自信をもってはっきりと、視聴者に伝えているだけです」
とはいえ、ローカル局やケーブルテレビなどを合わせて全国地上波百四十局近くに二十四時間のCS放送にも番組を持つ現在、とても一人では対応できない。そのため最近、テレビ出演とは無縁だったテレビ製作部の副部長を「お前、声がいいな」のひとことで、カメラの前に引っ張りだした。
(大野正利)
≪たかた・あきら≫ 昭和23年、長崎県平戸市生まれ。大阪経済大卒業後、機械メーカーや父親が経営するカメラ店勤務を経て、61年に株式会社「たかた」を設立。平成2年にNBC長崎放送でラジオショッピングを、6年からはテレビショッピング事業をスタート。現在は副社長である妻、恵子さんと2人暮らしで、離れて暮らす3人の子供からは「あまり目立たないで」との苦情も。
『産経新聞』2003.03.15 朝刊
(転載終了)
(転載開始)『産経新聞』2003.03.13 朝刊
私鉄大手・営団地下鉄 沿線企業や学校に営業拡大
貸します光ファイバー網私鉄大手が鉄道の信号制御などに使う光ファイバー網を沿線の企業や学校などに貸し出す「芯(しん)線レンタル」の事業を本格化させている。従来も新電電各社など「第一種電気通信事業者」へは、多くの私鉄が芯線やケーブルを収納する管路のレンタルをしてきたが、一般企業の利用はほぼ皆無。今後は映像など大容量の通信需要が一層増えそうで、将来の有望ビジネスとみている。(中川真)
小田急電鉄は二月末までに、レンタル用の光ファイバーケーブルを全線の線路沿いに敷設。三月から一般企業や学校向けにレンタルを始めた。京王電鉄も三月末、支線を除く京王線と井の頭線全線で敷設を終える。
私鉄各社はこれまで、インターネットのプロバイダーなどに未使用の芯線をレンタルするサービスを続けてきたが、一昨年、総務省がユーザーを第一種電気通信事業者に限定しないと明言。沿線の大企業などがターゲットとして浮上した。
光ファイバーケーブルは、約二百本の芯線が束ねられ、一本で数ギガバイト(一ギガは十億)の高速通信が可能だ。単純に計算すると、十二メガバイトのADSLが八万世帯以上で使える。
この大容量は画像電送に威力を発揮するため、最有力ユーザーは、テレビ会議などを頻繁に行う沿線の大企業だ。今月末に支線の空港線を光ファイバー化する京浜急行電鉄は、羽田の航空関係のユーザーの獲得にも力を入れる。さらに、「姉妹校や他大学との単位共通化が進めば、インターネット講義画像の高速伝送が必要になる」(東京急行電鉄)と期待は広がるばかりだ。
都心にネットワークを持つ営団地下鉄は、すでに東西線沿線(江東区)に多い通信事業各社のデータセンター向けなど、実績を重ね、今年度三億三千万円、来年度に四億円の収入を見込んでいる。営団は、一年後の民営化に向けて有力事業に育てていく考えだ。
ただ、IT(情報技術)バブル崩壊後、芯線賃料の単価は下がっている。ユーザーが線路外の電送設備を自前で設置する必要があるのを嫌うケースも多い。このため、東武鉄道や京王は、法人向け高速インターネットの活用など、ユーザーに適したサービスを提供する態勢で臨んでいる。
『産経新聞』2003.03.13 朝刊
(転載終了)
(貼り付け開始)『The World News Mail@2003.3.14 No.355』
評価されない「わが経営」のウェルチ氏(フランス)
フランスのビジネス・エグゼクティブの間で昨年来、GE(ジェネラル・エレクトリック)を引退したジャック・ウェルチ元会長の著書が話題になっている。
この本は米国や日本では、バイブルのようにして読まれているが、実はフランスでは全く逆の印象を与えている。
ネット関連会社で商品開発部長を務めるルビロワ氏は言う。「ウェルチ氏は、フランスでは悪い経営者の代表選手とみられている」と。ウェルチ氏が会長時代、社員に5段階評価を付け、評価の低い社員の首を次々に切っていったことが評価を下げた最大の原因になっている。
世界最短の週労働35時間制を採用しているフランスでは、労働者保護に重点が置かれている。失業経験のあるルビロワ氏は、前にいた会社をリストラされた時、一年分の給料と、使っていた車やパソコンも、そのままもらった。無論、国からは失業中、手厚い失業保険が支払われた。
フランスで教育を受けた日産のゴーン社長も「日本の終身雇用制度は崇高な制度だが、会社の厳しい時には採用が難しい」と、終身雇用に一定の評価を下した。
フランス人は米国流の冷酷な実力主義は、社員の会社への忠誠心を失わせ、解雇の恐怖と隣り合わせで働くことで、職場環境を極端に悪化させると考える。
リストラの嵐が吹き荒れる日本人サラリーマンが聞けば、フランスの考えはある意味でうらやましいかもしれない。無論、フランスの経営者の中にはウェルチ流実力主義を採用したくてもできない現実に不満を持つ者もいる。しかし、ウェルチ礼賛とは程遠い。
仕事よりは、プライベートな時間を楽しむことに重点を置くフランス人にとっては、米国流雇用制度は、大変迷惑で非人間的と映るのだ。無論、国際競争の激化で、そんな甘いことは言っていられないが、それでもウェルチ氏を尊敬はできないのだ。(A)
『The World News Mail@2003.3.14 No.355』
(貼り付け終了)
(転載開始)『産経新聞』2003.03.12 朝刊
「出会い系」拡大 ビジネスに利用 米では脚光
犯罪が多発しているために当局の規制が始まりつつある日本の「出会い系サイト」だが、米国ではパソコンをベースとしたインターネット・ビジネスの稼ぎ頭として急成長を続けている。日本では問題点が大きくクローズアップされているが、米国ではビジネスの機会として市場は拡大する一方だ。
米国で「デーティング・サイト」と呼ばれる「出会い系サイト」の利用者は、一年半前の米中枢同時テロを境に急増した。テロや経済停滞を理由に「深い付き合い」を求める人が増えたためで、パートナー探しの場として成長を続けている。
米調査会社によれば、昨年十二月時点の利用者数は二千六百六十万人で、前年比で31%の伸び。ウェブ・サーフィンの三分の一は「デーティング・サイト」の閲覧というデータもある。業界首位は、日本にも進出しているマッチ・コムで五百七十万人の会員を抱え、ヤフー・パーソナルが四百万人、ワン2ワンマッチが三百五十万人など、巨大サイトが増えている。
シリコンバレーのコンサルタントは、「出会い系サイトの利用者に対する物品やサービスの販売も大きなビジネスチャンスとなる」とその有効性を指摘する。
実際、二〇〇二年七−九月期の業界売上高は八千七百万ドル(約百四億円)に上っており、有料サイトの売り上げの25%を稼ぎ出す“ドル箱サイト”だ。このため、マッチ・コムを傘下に抱えるUSAインタラクティブ社は、一億五千万ドルを投じて英国の出会い系サイトを買収。ネット・バブル期のようなビジネスが成り立っている。
最近の流れは、携帯電話の普及と高性能化にともなって、携帯経由のビジネスが拡大しつつあることだが、特徴的なのは位置情報を特定できる点。
米国では一九九六年から緊急通報者を探知するシステム構築「E911」構想が進められている。携帯電話メーカーは、二〇〇五年までに全携帯電話に同システムを組み込むことが義務付けられており、GPS(衛星利用測位システム)をベースに無線LANなども加味して、屋外や信号の弱い室内でも、五十メートル単位での位置把握ができつつある。これが出会い系サイトに利用されている。
AT&Tワイヤレスのサービスは、友達リストに載っている友人の居場所をユーザーが確認でき、米モビソ社の「デート・トラック」の場合は、近くの自分の条件に合う不特定多数の会員を探すことができる。
「ストーカーを手招きするようなもの」という懸念もあるが、これまでパソコンベースで急成長してきたコンテンツが、携帯ベースでも伸びるかどうか。採算の取れるウェブ・ビジネスの先行きが注目される。
『産経新聞』2003.03.12 朝刊
(貼り付け終了)
(貼り付け開始)『ITPro ニュース』[2003/03/11]
http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/NC/NEWS/20030311/5/ICタグの標準化団体「ユビキタスIDセンター」が発足
ICタグの実用化を目指す標準化団体「ユビキタスIDセンター」が3月11日、正式に発足した。ICタグとは、ICチップと無線通信用のアンテナからなる超小型の装置のこと。国内外で実用化に向けた動きが活発になっている。
ユビキタスIDセンターは、米マサチューセッツ工科大学内に本拠を置く同種の標準化団体「オートIDセンター 」に対抗する勢力と見られている。これに対して、ユビキタスIDセンターの発起人である東京大学の坂村健教授(写真)は、「オートIDセンターと戦うつもりはない。標準化の範囲などが異なるので、間違えないでほしい」と発言。対抗の構図を否定した。
「先週、オートIDセンターの(エグゼクティブ・ディレクター兼共同設立者である)アシュトン氏が私の研究室を訪問した。そのときにちゃんと当方の研究内容を説明し、技術的な資料も提供した。お茶も出した。そもそも学問の世界で競争があるのは常識。そうかといって、喧嘩して競争相手をつぶすことはない」と坂村教授はエピソードを披露。オートIDセンターと友好関係にあることを強調する。
とはいうものの、ユビキタスIDセンターによる標準化を説明する段になると、オートIDセンターより優位であることを指摘するのも忘れない。例えば、「どんなときでもインターネットに接続しなければ情報が得られないようだと利便性を悪くなる」と語り、ICタグに付随する情報をインターネット経由で検索するオートIDセンターの規格に疑問を呈した。
ユビキタスIDセンターは今年4月から実用化に向けた実験に着手する。実験内容はまだ正式に確定していない。
(栗原 雅=日経コンピュータ)
『ITPro ニュース』[2003/03/11]
http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/NC/NEWS/20030311/5/(貼り付け終了)
*関連記事【購読会員板】[514]*
(転載開始)『日経新聞』2003.03.09 朝刊
【けいざい解読】
独立開業阻む高い障壁
雇用悪化 自営業減少も原因雇用悪化の理由といえば、だれもが企業の人員削減や倒産の増加を思い浮かべる。だが、統計をよく見ると、別の原因が浮かび上がってくる。自営業の減少である。
総務省の統計によると、自営業主と家族従業員の数は二〇〇三年一月までの一年間で四十五万人も減った。これに対して、企業などに雇われていた人の数は十四万人減にとどまった。もともと自営業はじわじわと減る傾向にあったのは事実だが、二〇〇〇年以降それが加速している。
業種で見ると、減り方が目立つのが小売り・飲食業と製造業。二〇〇二年末までの二年間でそれぞれ五十七万人、二十四万人減っている。大企業のリストラよりも、地域の零細小売店や家族経営の町工場の廃業のインパクトの方が大きいことを示している。
もちろん、事業主の高齢化や内外からの競争激化に伴って、零細な自営業が閉鎖に追い込まれるのはやむをえない面がある。ただ、大企業が雇用の吸収役どころか、放出源になってきている中での自営業の減少は深刻だ。
欧米でも状況は同じかといえばそうではない。リクルートワークス研究所の調べによると、主要国ではポスト工業化時代に入った一九八〇年代以降に自営業が増加傾向に転じている。「例外は日本とフランスぐらい」という。米国では大企業が雇用を減らす中で、個人で企業と契約を結んで独立開業する人が増えたことが、失業率の低下に結びついた。
スリム化で国際競争力を維持しようという大企業にもはや雇用拡大は期待しにくい。受け皿になるべき新興企業の雇用吸収力もいま一つだ。
となれば、高失業国への転落を免れる方法として「自営業の復活」は有力な道筋になってくる。日本でも情報技術者や金融関係者などを中心に独立開業に対する関心は強まってきた。
ただ、口で独立といっても日本では様々なハードルが待ちかまえている。
▼クレジットカードが作れない。法人名義の銀行口座を開けない。
▼各種の手続き、税務など膨大な雑務で本業に手が回らない。
▼病気やけがをした時の生活保障がない。
▼仕事を取ろうと思っても、企業から信用を得るのが難しい。個人事業者を支援する日本SOHO協会の水野雅弘事務局長は「独立開業しようとするとだれもが直面すること」として、こんな例をあげる。これらのカベを除去していかない限り、独立開業増加は絵にかいたモチに終わると訴える。
同協会では、個人事業者の身分証明証として会員向けに「SOH0-ID」を発行している。今後も、行政手続きなどの負担軽減策や、割引で民間の保険に入れる仕組み、さらには企業からの発注を受けやすくするための能力基準づくりなとに取り組む意向という。
失業給付の拡大や再雇用促進に集中しがちだった政府の雇用対策。もう少し視野を広げて、新しい自営層づくりを狙った政策展開も必要だ。
(編集委員 実哲也)
『日経新聞』2003.03.09 朝刊
(転載終了)
Rss-K岸さん、森田裕之です。
隠れ家に始めて参上します。
私は、1972年末の第一次石油ショックで、勤めていた会社がつぶれて、自営を始めました。
大体、なんとかショックという不景気の時に、自営の仲間が増えるのが、経験則です。
私は、34歳くらいから始めたので、古手なもので、独立の相談を受けることが多いのですが、自ら独立自営を始めようと始める人よりも、始めざるを得なくて始める人が、圧倒的に多いです。
普通に勤めている人は、下記の(きみの見た新聞記事)のような情報をみれば、わざわざ始める人は少ないでしょう。
始めてみれば、自営業も結構面白いので、今は若い人にお勧めしていますが、あまり計算ずくでは、ラチオの世界としては(確率論的には)何とも言えません。
何よりも、性格、適性、能力、運勢、なんだか解らないけど、「人に指図されたくない=self-employment的性格」が向いているかも知れません。
★森田裕之さんへこんにちは、なおこうです。
「止むに止まれず自営業」というのは、とても良く分ります。これには、個人の性格といった要素に加えて「家系」的な要因もある様な気がします。小生の場合、父方・母方、両方とも殆どが自営業者でしてね。やはり子供の時から自営業者に囲まれていると、なんとなく「自営業者向き」の人間が出来上がる。特に父親の影響は大きい。子供にとって最初に見る社会人は父親(あるいは母親)ですから、「ああ、働くということは、こういうことなのか。」とイメージを持っちゃうのですね。今では、自営業でなければ生きられないだろうなあ、と自覚を持っています。
そう云えば、池波正太郎が、「女房をもらうのなら、小さくてもいいから商家の娘さんがいい。出来れば、日常的に店番をこなしているような娘。勤め人の娘とは、やはり、どこか違う。」といった趣旨のことを書いていましたね。やっぱり、両親の影響というのは大きいのでしょう。
なおこうさん、両親の影響は、勿論あるでしょうね。
昭和の年号と、サラリーマンの比率は、ほぼ一致するそうですから、それ以外は、おおむね自営業だったわけです。
向田邦子のお父さんは、希少だった(社会的にはエリートだった)サラリーマンのよき時代の話ですね。
私の父親も、上海に日本が作った国策学校、東亜同文書院の卒業生で、満州中央銀行の支店長を歴任していたエリートサラリーマンでした。
私の親戚筋の評価では、親父と親父の従兄弟で三菱化成に勤めたおっさんは、一族の誉れのような雰囲気があったものです。
今では、明らかに行き過ぎで、働く人の80%がサラリーマンというのは、先進国並の50%にまで減ることになるでしょう。
岸君の引用した新聞記事に、ー「例外は日本とフランスぐらい」という。米国では大企業が雇用を減らす中で、個人で企業と契約を結んで独立開業する人が増えたことが、失業率の低下に結びついた。ー
とありますが、フランスと日本は、役所が強い、と言う共通点がありますね、中小企業庁の予算の使い方をおおざっぱにみても、90%が既存の業者(商店街など)への援助で、10%が新しく生まれて欲しいベンチャー的な人への援助です。
役所の連中は、なおこうさんや私のように、ノスタルジックな気分で滅び行く商店街を援助しているわけではなくて、既得権者にとことん弱い、政治家に引っぱられているからなんでしょう。
これからの自営業は、中身がかなり変わるようにも思いますが、ファミリーぐるみという原点は、同じことでしょう。
(貼り付け開始)『REUTERS.CO.JP』
http://www.reuters.co.jp/news_article.jhtml;jsessionid=OGFVGS1UPUUP0CRBAEKSFEY?type=entertainmentnews&StoryID=2358126#数百年ぶりに発見のレンブラント自画像が競売へ
[ロンドン 10日 ロイター] 数百年間その存在が知られていなかったレンブラントの自画像が、7月にロンドンで競売にかけられる。最低落札価格は500万ポンド(約9億4000万円)。
トレードマークのベレー帽をかぶり、前を見据えたレンブラントが描かれたこの自画像は、1634年に当時28歳で名声を極めていた時のもの。
ただ、制作直後に弟子が下地に使用し、別の作品として流通していたため、長い間その存在が知られていなかった。
競売会社サザビーズの専門家によると、レンブラントは作品を売って生計を立てていたため、売れ残った作品が別の作品の下地に使われることは珍しくなかった。
1960年代にこの作品を購入した現在の所有者の父親が、レンブラント作品の可能性があるとみて、上に重ねられた絵の具の一部を除去。
99年にアムステルダム国立美術館に送られ、X線などを駆使した細かい作業を経て、下に描かれていたオリジナル作品が復活した。
『REUTERS.CO.JP』
http://www.reuters.co.jp/news_article.jhtml;jsessionid=OGFVGS1UPUUP0CRBAEKSFEY?type=entertainmentnews&StoryID=2358126#(貼り付け終了)
(貼り付け開始)『ITPro 米国最新IT事情』[2003/03/10]
http://itpro.nikkeibp.co.jp/members/ITPro/USIT/20030309/1/開戦間近――民主主義が育んだハイテクが,民主主義国家を迷走させる皮肉
開戦まで秒読みに入った。英国も参戦するだろうが,事実上は米国対イラクの戦争である。査察団の報告や国連決議がどう転ぼうとお構いなし。最初から,やることに決めていたのは誰の目にも明らかである。
米国がなぜ,ここまで強引な姿勢を押し通せるかというと,それはひとえに抜きん出た軍事力のためだ。ペンタゴン(米国防省)の高官たちは,「どうせ多国籍軍は米軍の足手まといにしかならない」と陰口をたたいている。純粋に軍事力だけを考えると,米国にはどの国の助けもいらないのだ。今回の対イラク戦争も事実上は「戦争」というより,単なる「攻撃」と呼ぶのが相応しいだろう。これほど両国の軍事力に差がある以上,まともな戦いになるはずがない。
ハイテク兵器が米国の圧倒的な軍事力を支える
米軍はベトナム戦争での敗退を最後に,その後はほとんど負け知らずである。特に1991年の湾岸戦争以降は,ハイチ,ボスニア,コソボ,そして一昨年のアフガニスタンまで,あらゆる局地紛争を圧倒的な武力で短期間に制圧している(旧ユーゴ紛争はNATO軍の空爆によって鎮圧されたが,主力は米軍である)。
米軍は戦うたびに強さを増している感があるが,実は,軍隊の規模は年々縮小している。第二次世界大戦当時,米軍兵士の数は約1200万人に達したが,今では140万人。あまりに少なくなってしまったので,最近は「徴兵制を復活させろ」という声も,一部議員から出ているが,今のところ実現する気配はない。単に軍隊の規模だけを比較するなら,北朝鮮(120万人)と大差ない。
また主力兵器も軒並み老朽化している。たとえば空母の平均使用年数は37年,爆撃機や輸送機では22年に達しているという。確かベトナム戦争で使われた爆撃機が,今も現役で活躍しているはずだ。つまり,これら通常兵器では他国より優れているわけではない。
さらに核兵器なら,常任安保理事国のみならず,今ではインドやパキスタン,恐らく北朝鮮までもが手に入れている。すなわち軍隊の規模,通常兵器の性能,核兵器の有無など,伝統的な指標で計った軍事力では,米国は必ずしも抜きん出た存在というわけではないのだ。
では米軍と他国の軍隊との大きな違いは何かというと,それはハイテク兵器である。レーザー光線や軍事衛星からの信号によって弾道を調整できる高精度ミサイル,GPS(Global Positioning System:全地球測位システム)を使って味方と敵を識別し戦闘状況を正確に把握するシステム,無人偵察機,敵の電子設備を麻痺させる指向性エネルギー兵器(Directed Energy Weapon)など,軍事力の精度と制御能力,指揮系統のスピード,情報戦における優位性で,米国は他国を圧倒的に引き離しているのだ。
90年代の国防費削減が逆に軍備のハイテク化を促進した
こうしたハイテク・システムの開発に結びついたのは,主に90年代に起きた民生技術の軍事転用である。それまで「ネジ一本が数百ドル」という非常識な受注価格がまかり通った軍需産業を改革するため,ペンタゴンは兵器や設備を発注する業者を,従来のRaytheonやBoeingといった伝統的な軍需企業から,シリコン・バレーの新興ハイテク企業へとシフトさせた。
例えば陸軍が発注した「Land Warrior」と呼ばれる,ゲリラ戦用の通信システム設計を,Raytheonに代わってPacific Consultantという新興ハイテク企業が受注したケースがある。Pacific Consultantは Raytheonの,約4分の1の受注価格を提示したという(関連記事)。90年代,米国の軍隊はクリントン政権による国防費削減を耐え忍ぶために,あえて民生技術の導入に踏み切らざるを得なかったが,それがかえって軍備の合理化とハイテク化を促したのである。
民生技術の導入による軍備ハイテク化は,ある意味で民主主義と市場主義の賜物である。その証拠に,民主主義と市場主義の発達が遅れたロシアや中国は,ハイテク兵器の開発で米国に大きく遅れをとってしまった。民主主義は意外にも「軍事的な強さ」を証明したのである。
ところが,もっと意外なのは,その民主主義が好戦的な国家を生み出した,ということである。従来の常識では,民主主義と平和主義はほぼ同一視されてきた。選挙で選ばれた指導者は,国民を苦しめる戦争を嫌うはずだ。実際,アメリカはつい最近まで,決して自分から戦争を仕掛けたことはなかった。
しかし,民主主義と市場主義の育んだハイテクによる圧倒的な軍事力が,アメリカを傲慢で好戦的な国家に変えてしまった。これは実に皮肉な現象である。ハイテク兵器によって世界を圧倒する米国は,手に入れた高度な武器を使うに相応しい「良識」を無くしてしまったのだ。
(小林 雅一=ジャーナリスト)
■著者紹介:(こばやし まさかず)
1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。2002年9月に帰国。著書に「グローバル・メディア産業の未来図」(光文社,2001年12月発行),「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年),「わかる!クリック&モルタル」(ダイヤモンド社,2001年)がある。『ITPro 米国最新IT事情』[2003/03/10]
http://itpro.nikkeibp.co.jp/members/ITPro/USIT/20030309/1/(貼り付け終了)
(貼り付け開始)『讀賣新聞』2003.03.11 朝刊
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20030311i102.htm米軍兵士、イラク戦の汚染恐れて精子銀行へ続々
【ワシントン=笹沢教一】予想されるイラク攻撃に備え、精子銀行に自分の精子の凍結保存を依頼する米国兵士が相次いでいる。化学兵器や戦地で使用される殺虫剤などに含まれる環境ホルモンが、生殖組織に悪影響を与えることを懸念しているためだ。
精子銀行としては世界最大の規模という「カリフォルニア・クリヨバンク」では、今年1月から中東派遣部隊の兵士向けに、通常は1年間300ドルかかる精子の凍結保存を、1年間に限り無料とするサービスを開始した。
昨年11月ごろから問い合わせはあったが、サービス発表後問い合わせが増え、2月末までに50人以上の軍からの顧客と契約を結んだという。バージニア州に本拠を置く「フェアファックス・クリヨバンク」でも、週あたり2、3件のペースで兵士との契約が進んでいる。
戦場に赴いた兵士たちの生殖組織への影響が懸念され出したのは、湾岸戦争(1991年)の帰還兵の間で、「湾岸戦争症候群」と呼ばれる原因不明の発がんや脱毛、生殖異常などが報告されてからだ。
戦争との因果関係ははっきりしないが、環境ホルモン(内分泌かく乱物質)の一種とされる殺虫剤のDEETやペルメスリン、感染症予防のワクチン、劣化ウラン弾からの放射線、イラク軍が使用した化学物質、大量流出した石油――など、原因について幾つかの可能性が指摘されている。
カリフォルニア・クリヨバンクでは、一昨年9月の同時テロ後の対アフガニスタン攻撃でも同様のサービスを行ったが、今回ほど多くの顧客は集まらなかった。アフガンでは短い準備期間で攻撃が開始されたことに加え、「イラクが化学兵器を使うのでは、との不安を反映したものではないか」(同バンク広報)と見る。
保存を依頼した大半は20代で、まだ子供のいない新婚者が多く、婚約中という兵士もいる。同バンクに精子を預けた陸軍軍曹のパトリック・アトウェルさん(35)もその1人。「戦争自体は何も恐れていないし、覚悟もできている。ただ、無事に帰還しても、子作りができなくなるかもしれないと聞くと、気がかりで仕方ない」と話す。
アトウェルさんに精子保存を勧めた婚約者の看護婦アンジェラ・クルーズさん(36)は、「実際に何が起こるかはわからないが、将来の事態に備えた一つの選択肢だと思っている」と冷静だ。
『讀賣新聞』2003.03.11 朝刊
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20030311i102.htm(貼り付け終了)
(転載開始)『讀賣新聞』2003.03.05〜2003.03.08 朝刊
【ITで変わる出版】守ろう活字文化
(1)究極の流通システム
「サインはV」や「タイガー・マスク」など一九六〇、七〇年代に一大ブームを巻き起こした漫画が、IT(情報技術)を使った復刊で再び脚光を浴びている。「懐かしい作品をもう一度読みたい」という読者の要望に応え、一冊から製本する「オンデマンド」と呼ばれる出版方式が広がりつつあるためで、書籍業界に新風を吹き込むサービスとして注目されている。
講談社や小学館、富士ゼロックスなどが二〇〇一年に設立したインターネット上の出版社「コンテンツワークス」(本社・東京)は、約四万五千点に上る書籍の内容をデジタルデータで保存している。専用サイトで読者の注文を受け付けると、高速プリンターを使ってデータを紙に印刷、製本して注文者の手元まで郵送で届ける仕組みだ。
保存データの八割は、部数が少なく採算の取りづらい専門書や学術論文などが占める。残りは小説や実用書で、既に絶版となった作品を中心に漫画も約二百点含まれる。
製本はほとんど手作業になるため、価格は漫画の単行本で一冊七百円前後からと、通常の二割増しから二倍程度になるが、プレミアがついて数万円する作品でも、この価格で入手可能になる。「懐かしの隠れた名作を求める読者は少なくない」(コンテンツワークス・吉井順一社長)と言い、需要の伸びが見込まれる。
現在、日本で一年間に出版される新刊は約七万冊と見られ、初版は文庫本で平均二万部程度刷られる。ところが、書店数だけでもコンビニなどを含めると、全国で約五万店に上るため、人目に触れないまま絶版となる本は数多い。オンデマンド出版は、ITの進歩を生かし、そんな隠れた本と読者を結びつける新たなサービスと言える。
出版社にとっても、売れ残って返品された本を在庫として抱え続ける負担がなくなる利点がある。何より「絶版を生まない究極の流通システムになる」と吉井社長は期待を寄せる。
同様のオンデマンドサービスは、コンテンツワークスのほか、凸版印刷などが設立した「デジタルパブリッシングサービス」や、日本出版販売や角川書店が出資する「ブッキング」などが行っている。
目下、オンデマンド販売は、書籍販売額の1%以下に過ぎない。より多くの人にこのサービスを知ってもらうことが今後の課題となる。
(2)ネット書店の浸透図る
インターネットで本を注文して配送を受ける「ネット書店」が、日本でもじわりと広がってきた。一九九五年に丸善が始め、紀伊国屋など大手書店や、最大手で外資系の「アマゾンジャパン」など「ドットコム」系が参入。今では、ヤマト運輸やJR東日本などといった異業種も加わっている。
ただ、書籍売上高の約15%まで普及したとみられるアメリカと異なり、「日本のネット販売は売り上げの1%弱程度と、まだ比率は小さい」(紀伊国屋・小沢利彦ネットビジネス部長)。
背景には、日本国内には小売り書店が全国津々浦々まで行き渡り、「本は手に取ってから買いたいという日本人のニーズに応えている」(業界関係者)事情があるからという。
このため、ネット書店の利用拡大に向けては、様々な“営業努力”が行われている。紀伊国屋は昨秋、千五百円の入会金を廃止。二十四万人だった会員は二十七万人に増えた。洋書の値下げも断行した。地方で手に入りにくい外国の本は、ネット販売の威力を最も発揮できる分野だからだ。
また、アマゾンは、購入額千五百円以上の配送料を無料化。携帯電話のiモードなどからも注文できるようにしたほか、代金の支払い方法はクレジットカード決済以外に「着払い」も導入するなど、日本市場に順応した手法を取り入れた。ジャスパー・チャン社長は「いかに顧客を満足させられるかが、今後の伸びのカギ」と見る。
だが、ネット書店を取り巻く環境は厳しい。出版科学研究所によると、書籍の利益率は一般に20%強で、千五百円の本を売った時の粗利益は三百円そこそこ。ネット販売は、この中から送料をサービスしたり、こん包作業やクレジット決済の手数料などを負担しなければならないため、割のいい商売にならないという。
角川書店が出資し、ドイツの出版大手ベルテルスマンが二〇〇〇年六月に開設したネット書店のビー・オー・エル・ジャパンは翌年十月、ブックワンへの業務譲渡に追い込まれた。紀伊国屋などは既存の店舗を倉庫代わりに使い、新たな投資を避けることで黒字を維持。アマゾンも規模拡大によって収支とんとんまでこぎ着けた状態だ。
読者サービスの拡充努力を惜しまず、顧客の支持を得たところだけが、生き残っていけると言える。
(3)電子書籍、数秒で配信
パソコン雑誌などを発行するIT(情報技術)関連出版大手「インプレス」(本社・東京)は先月から、新刊ビジネス書を出版に先立ってインターネットで配信するサービスを始めた。書店で並ぶ前に本の内容をネット販売するのは、出版業界で初めての試みだ。
同社の浜崎克司クロスメディアコンテンツ部長は「電子書籍」の長所について、「すぐに発売できる手軽さ」と説明する。印刷、製本や流通にかかる時間と手間が省けるため、価格は通常の本の三分の二程度に抑えられ、在庫を抱え込むリスクも回避できる。今回の電子書籍は、単行本にすると二百五十六ページに及ぶが、ブロードバンド(高速大容量)通信ならわずか数秒でパソコンなどに取り込めるという。
日本電子出版協会によると、現在、既刊本のうち、約一万五千点がネット配信されている。インプレスは、新年度中に発行する雑誌や新刊二百―三百点のうち一、二割をネット配信での先行販売に振り向ける方針だ。
一方、印刷大手の凸版印刷は、米ベンチャー「イー・インク」と共同で「電子ペーパー」の開発に取り組んでいる。ペットボトルと同じ材質のプラスチック製フィルムに、マイナスに帯電した白い粒子とプラスに帯電した黒い粒子を持つ「マイクロカプセル」という約七十マイクロ・メートル(マイクロは百万分の一)の微細な球を敷き詰めたもので、電気を流すと中の粒子が移動して白や黒の表示ができ、文字が浮かび上がる。
紙のような薄さと軽さを兼ね備え、ディスプレー上の情報は自由に何回でも書き換えることができる。ソニーやキヤノン、富士ゼロックスなども同様の技術開発にしのぎを削っている。
パソコンやPDA(携帯情報端末)に使われる液晶ディスプレーは、ガラス板の裏から光を当てて表示するため、屋外など明るい場所では見づらくなるが、電子ペーパーは自然の反射光で見るため、どんな角度からでも見やすく、消費電力も液晶の最大百分の一に抑えられるという。
凸版印刷は、高温や多湿などの条件下でも正常に作動するための信頼性試験を行っており、今年中に機器メーカーと共同で一号機を発売する予定だ。電子ペーパー事業推進部の檀上英利課長は「ネット配信に電子ペーパーが加わることでようやく市場が立ち上がる」と話し、本格的な「電子出版時代」の到来を予測している。
(4)ソフト勝負、電子学習
「日本の文化を集積してきた出版社の情報内容(コンテンツ)なら勝負できる。アメリカや中国のIT企業も参入できない」
小学館と富士通などが共同出資したインターネット学習ソフト配信会社「ネットアドバンス」で、新事業の準備に忙しい執行役員の三輪恵一さん(52)は、古本屋が並ぶ東京・神田神保町のオフィスで目を輝かす。
同社は、動物の図解や昔と今の東京の地図などを教材として、四月から東京と大阪の小学校五、六校にネット配信する実験を始める。教室の大型ディスプレーにアフリカの地図と動物が表示され、児童が動物に手を触れるとズームアップされて動物の説明が表示される。子供たちの興味をかき立てる自由学習の教材にするつもりだ。実験校での評価を見て、本格的な売り込みを図る計画だ。
富士通社員として米シリコンバレーに勤務していた三輪さんは、ブロードバンド(高速大容量通信)のハードにソフトが追いつかない実態を目にしてきた。そんな経験を踏まえた三輪さんが、今回の事業見通しに自信を持っている。百科事典や地図など豊富な教材を持つ小学館のほか、講談社や平凡社、自由国民社などの出版物を取り込み、二年がかりで編集した検索ソフト「知識データベース」を自由に活用でき、コンテンツには事欠かないからだ。
電子学習事業に参入する企業にとって、知名度と多数の書籍編集の実績に裏付けられた出版社は魅力的だ。三菱商事も、本格的なブロードバンド時代に伸びる情報内容を「医療や教育」と見込み、旺文社と業務提携した。
一方、出版社の側でも対応を始めている。三菱商事と組んだ旺文社自身も、従来の単語帳に代わる携帯電話への英単語配信サービスや、赤ペンによる通信添削に代わるメール指導を取り入れたCD―ROM教材を売り出している。また、教科書会社の東京書籍も今月から、英語教科書を使っている中学生に予復習用の教材をネット配信する。
企業や語学学校、大学などがネットを利用する「eラーニング(電子学習)」の市場規模は、二〇〇六年には現在の三・七倍の約二千億円と見込まれる成長分野だけに、注目度は高い。ただ、「教育は個別指導が基本」(教育出版社幹部)なだけに、浸透には時間もかかる。電子学習は、まさに“発展途上”と言える。
『讀賣新聞』2003.03.05〜2003.03.08 朝刊
(転載終了)
(貼り付け開始)『東京新聞』2003.03.06 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20030306/mng_____kakushin000.shtml米政府イライラの源 国連査察委員長
74歳 鉄の男ブリクス氏対イラク武力行使を容認する新決議案の賛否に大きな影響を与える国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)の査察報告が7日、安全保障理事会で行われる。世界が注目する報告をまとめてきたハンス・ブリクス委員長はどんな人物なのか。大詰めの報告を前に振り返ってみた。
(ニューヨーク・斎田太郎)
■徒歩通勤
「委員長へのインタビュー申し込みはご遠慮ください」。UNMOVIC広報の留守番電話にはこんなメッセージが入っている。六月で七十五歳になるスウェーデン外交官は一躍、時の人。
柔和な風ぼうや人当たりのよさ、国連まで歩いて通勤する朴訥(ぼくとつ)さは記者の間でも人気だ。だが、この老人こそ「米政府のいらだちが今、フセイン大統領以上に向けられている」(米紙)人物だ。
一九二八年スウェーデン南東部のウプサラ生まれ。ウプサラ大学や米コロンビア大学で国際法を学び、英ケンブリッジ大で博士号取得。六三年からスウェーデン外務省に勤務して、七八年から一年間、外相を務めた。八一年から九七年まで国際原子力機関(IAEA)事務局長と、国連との関係も深く、外交官として華やかなキャリアだ。
コロンビア大時代からの友人で駐イタリア米大使などを歴任したリチャード・ガーナー同大教授(国際政治学)は「昔から、だれに何を言われようと意思を曲げない男だった。『鉄の男』だよ」と米政府のいらだちの源を言い当てる。
■失敗の過去
鉄の男の面目躍如はパウエル米国務長官がイラクの機密情報を開示した後、二月十四日の追加報告だった。厳しい内容となった正式報告(一月二十七日)から一転、イラクの協力姿勢を一定評価。パウエル長官が示した「証拠」に疑義を唱えて査察継続派を勢いづかせた。
直前の十一日、米強硬外交を支えるライス大統領補佐官(国家安全保障問題担当)から国連米国代表部に呼ばれた。委員長は多くを語らないが、消息筋は「厳しい評価を求めたとの想像は容易だ」と言う。甘い評価が盛り込まれる、と分かった当日には「主観を交えず、事実だけを話すように」とクギを差された。だが淡々と評価し、周辺で事前に流れた「報告は米政府の意向に沿う」との観測をうち消した。
米政府はもともとブリクス委員長を評価してない。UNMOVIC設立の際は、以前の査察団「国連大量破壊兵器廃棄特別委員会」(UNSCOM)のエケウス元委員長を推した。ブリクス氏がIAEA事務局長当時、イラク核査察に失敗したからだ。
八〇年代の査察で、IAEAはイラク核開発の確証をつかめなかった。原爆製造を目指していたと分かったのは湾岸戦争後。当時、イラクはIAEA理事国で立ち入り個所を限定し、査察に付け入るすきを与えなかった。
だが、一方のエケウス氏は対イラク強硬派。査察団に米英が情報部員を紛れ込ませるのを黙認した、などとしてフランスやロシアが反発。ブリクス委員長誕生は妥協の産物とされた。ラムズフェルド米国防長官は今も「彼は不適格者」と否定的。スウェーデンのアルマーク元副首相も「学者だからだまされる。彼にこの仕事は向いていない」と批判的だ。
■和戦の道具
だが、ブリクス委員長は当時を振り返り、「大きな教訓を得た。何も見つからないことが『ない』という結論にはならないと分かった」と述べている。ガーナー教授はだから「一度だまされたから、イラクにとってブリクスは強敵なのだ。米政府はそれを理解しなければならない。今度は甘くない」と言う。別の国連外交筋は「大国の言いなりになるなら、エバ夫人と祖国の別荘に戻って、余生を送る道を選ぶだろう」と解説する。
先日、マンハッタンで夕食をともにしたガーナー教授はブリクス委員長から「査察報告が和戦両派の道具にされ、驚いている」と打ち明けられた。教授はさまざまな圧力がかかっているのだと察したが、鉄の男の言葉に救われた。「戦争かどうかはわたしが決めるわけではない。七日の報告も事実を積み上げるだけ」。これまでのイラクの協力がなお限定的だとしながらも、ミサイル廃棄などで一定の評価を盛り込むことはほぼ、間違いない。
『東京新聞』2003.03.06 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20030306/mng_____kakushin000.shtml(転載終了)
(転載開始)『朝日新聞』2003.03.05 朝刊
ロマンス、国がおぜん立て シンガポール
仕事の忙しさや生活のストレスで恋愛や出産に関心が向かず、若者の非婚化や出生率の低下が深刻なシンガポールで、「ロマンシング(恋の)・シンガポール」運動が始まった。政府自らがデートコースの紹介ツアーや子づくりクルーズなどを企画し、国民に男女関係を深めてもらう狙いだ。だが、若者の間では、私生活まで関与する国の姿勢に違和感を感じる声も強い。
(シンガポール=野嶋剛)
先月下旬の週末。夕闇が街を包んだころ、オーチャード通り沿いの広場に政府主催の集団デートに応募した100組の若い男女が集まった。
名物の人力車「トライショー」で名所を回り、遊覧船でクルーズ。有名レストランでの豪華ディナーもついて、費用は格安の1組約100シンガポールドル(約7千円)。
トライショーや遊覧船は初体験という人も多く、「映画や食事のいつものデートより新鮮」(21歳女性会社員)と好評だった。「狭い国なのでデートの場所がない、が若者の口癖。実際にロマンチックなムードになれる場所を知ってもらうことが狙いだった」と、企画した政府中央地区発展理事会のチェン・キアットルーンさんは言う。
政府はダンスパーティー、ドライブイン・シアター、講演会など100以上のイベントを2月14日のバレンタインデーを中心に実施。船上でセックスや妊娠の仕組みの講義を受け、インドネシアのリゾート地で1泊する「ラブボート」というクルーズも実施された。
ここまで政府が必死になる理由は人口統計に如実に示されている。
35歳以上の未婚者の比率は90年の19%から00年には30%に拡大。20歳以上の独身者の数も10年間で5%近く増えた。女性が生涯に産む子どもの数を示す出生率も、出産奨励金「ベビーボーナス」を01年に導入したにもかかわらず、昨年は1・4人とこの10年で最低を記録した。
性生活も盛んではないようだ。避妊具メーカーのデュレックス社が02年に世界22カ国の成人5万人を対象に実施した年間セックス回数調査でもシンガポールは最下位。「仕事の重圧が性生活を犠牲にしている」と分析された。
▼「押しつけ」 若者は異議
シンガポールは、小学校から始まる競争制度を勝ち抜いた少数の人材が政治、経済をリードするエリート社会。優秀な政府や人材が高度成長を支える外資を引き付けたといわれる。だが、現在の非婚・少子化は高学歴層ほど顕著で、国の根幹を脅かすとの危機感が政府内で強い。
建国の父リー・クアンユー氏はかつて「大卒の夫婦が子どもを1人しかつくらず、無学な労働者夫婦が3人つくれば、競争力は失われ、経済は停滞し、社会は傾くだろう」と語り、優生思想ではないかと物議をかもした。
同国は過去にも「正しい英語運動」「美化運動」「親切運動」などの社会運動を展開してきた。だが、今回は個人の内面に深くかかわる問題だけに現状を変えるのは難しいとの声も強い。
最高学府のシンガポール大を卒業し、地場大手銀行に務めるジャネットさん(27)は2年前に結婚した同級生の夫(27)と「生涯出産せず」を誓い合う。2匹の犬が2人の子ども代わりだ。
「2人とも仕事が忙しいので、子どもの世話や家事で必ずいさかいが起きる。私も彼も充実した仕事と幸福な家庭を両立したいから、政府がいくら奨励しても子どもはつくらない」と話す。
一方、福祉型社会ではない同国では医療費や生活費、住居費などが家計に重くのしかかり、経済的考慮から結婚や出産を控えている人も多い。
ある中学校教員の独身女性(32)は言う。
「恋とか何とか心の問題を言うより、結婚や出産を財政的に支える制度を増やしてほしい」
英語教育を受け、欧米文化で育った現代の若者には政府の試みを「押しつけがましい」ととらえる見方も多い。
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▼高コスト社会が要因
シンガポール大学 社会学部上級講師 レオン・ワイテン氏政府は「ロマンシング・シンガポール」の趣旨について「独身者、既婚者を問わず、すべての人々に恋愛やふれあいの機会を提供するもの」としている。要するに「もっと愛を語りあう社会になろう」というわけだ。
だが、シンガポール人が恋愛下手だとは思えない。男女の平等雇用がほぼ完全に実現した点や高コスト社会での経済的圧力が、非婚と少子化の最大の要因なのは言うまでもない。
過去には男女間のセックス、結婚、出産は一つの流れだった。いまは各人がこの3要素をバラバラに選択し、組み合わせている。政府は3要素を再統合したがっているが、簡単ではないだろう。
『朝日新聞』2003.03.05 朝刊
(転載終了)
お久しぶりです。
タイムリーな話題でした。ありがとうございます。日本のまだまだ根強い ”専業主婦願望”や ”母性愛神話”などと比べると、女性の意識の違いを大きく感じます。
どちらがよいとか悪いとかではないのですが、いずれにせよ、政府の企画することは何かピントがずれているというか・・・。「重たい掲示板」で井上様が投稿されていたように、アジアはメイドさんの存在が大きいようで、大変参考になりました。
日本では、ベビーシッターさんですら、警戒(主に防犯の面で)されている状況ですので、海外のシステムをすんなり受け入れられるわけではないのですが。しかし、「年間セックス回数調査(すごい調査だ!)」の1位の国ってどこなんでしょうね?
リンクを御参照下さい
(貼り付け開始)『東京新聞』2003.03.05 朝刊 【特報面】
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20030305/mng_____tokuho__000.shtml喫煙派、気分は『希少動物』
避難所「スモーカー」の嘆きオフィスビルが林立する東京都千代田区大手町は、春一番が吹いてもまだ寒い。ビル風の冷たさに同区が始めた路上禁煙条例が身にしみる。“喫煙難民”の避難所は、日本たばこ産業(JT)が設置した「SmoCar(スモーカー)」だ。トレーラーハウスを改造した車内でぼやきを聞こう。まず一服してからですが。 (中山洋子、鈴木 穣)
窓の外を行き来するサラリーマンらが、ちらちらと“こちら”を見て笑う。車内の様子は見えないはずだが、動物園の檻(おり)の中にいる気になる。喫煙者はついに“珍獣”と化してしまったのか。
スモーカー内のいすは二脚で、十人も入ればすし詰めになる。はみ出した喫煙者らは、強風下、屋外の灰皿を取り囲むはめに。
「いまや、希少動物になりつつあるのかも」。東京都世田谷区の男性会社員(35)が自ちょう気味に語る。「事務所でも随分前に分煙化され、たばこをやめる人も増えてきた。厳しくなってきてるよね」。各地に飛び火する勢いの禁煙条例に「そのうち吸える場所がなくなるかもな。そうなったらやめるより仕方なくなるのかなあ」と力なく笑った。
東京都東大和市の男性会社員(48)は「しばりには慣れてるよ。わが家の“禁煙条例”の方が断然早いので。まあ、やめたいとは思っているんだけど」と苦笑いしながら二本目に火をつけた。別の世田谷区の男性会社員(26)も「これがなかなかやめられなくてね」となぜか申し訳なさそうだ。
どこか罪悪感をにじませる喫煙者が多い一方で、運送会社社員(29)は「地下鉄の大手町駅で降りて『そういえば、ここは千代田区だ』と思い出して、喫煙場所を探し歩いた。いいかげんにしてほしいよ」と憤る。
近くのビルで働く男性会社員(35)も「このあいだ歩きながらたばこを吸ってたら、パトロールの人に注意された」と打ち明ける。さらに「ポイ捨てがダメなのは分かるけど、吸うのも禁止なんておかしい」と納得できない様子だ。
男性の会社が入居しているビルでは、昨年暮れごろから、玄関やエレベーター前などの灰皿が撤去されたという。
「吸う場所をちゃんとつくってくれたら、ポイ捨てもしないし、どこででも吸わなくなるよ。だいたい、国や地方自治体は、非常識なほど高いたばこ税をふんだくっているんだから、その金で灰皿ぐらい作れるはずだよ」
東京都豊島区の男性会社員(59)も「たばこを吸うのはお国のためになっている。喫煙者がいなくなったら困るくせに(条例は)矛盾していると思う」と強気に同調する。ただその直後、「市民の皆さまが喫煙に強く反対されているので、こんなことは大きな声では言えませんが。食後の一服ぐらいは許して」と突如、弱気に。
「吸える場所がある限り吸う」。情けないんだか力強いんだか微妙な喫煙続行宣言をするのは、東京都中央区の男性会社員(54)だ。
「『健康によくない』と言われるとそれ以上、こっちは何も言えなくなる。マナーは守る。だから喫煙する権利を認めてください」
今年一月二十日にJTが設置してから、スモーカーではつねに“喫煙難民”が肩を寄せ合っている。スモーカーには飲料水の自動販売機も設置され、午後三時からは缶ビールの販売もある。愛煙家には、今時珍しい“桃源郷”だ。
同社によると、一日に約三百人が利用しているという。「千代田区には、全域での禁煙ではなく、区域を指定したり、時間帯を決めるなど、喫煙者と非喫煙者の双方に配慮した措置をとっていただきたいと要望している。スモーカーは『喫煙場所を確保して』という訴えで設置した。私たちは、喫煙者と非喫煙者が共存できる社会を目指しています」(同社広報)
週刊誌の企画で、団員をスモーカーに「すもう(相撲)」の関取姿で登場させたパフォーマンス集団「大川興業」の大川豊総裁は「米国のように『がんになった』とたばこ会社を訴える時代が日本にも来る。それに備えJTは、喫煙と非喫煙両派の共生のためにもっとスモーカーを走らせるべきだ」と指摘する。
究極の共生策として「ガスマスクの逆でスモークマスクはどうか。喫煙者が装着して吸えば、他人に煙を吸わせずどこでも吸える」と発案する。これは冗談としても、喫煙派にも「一理ある」という。
大川総裁は、五年前に旧国鉄債務処理の財源に充てるため、たばこ特別税が増税された点に着目する。「そのうち民営化された道路公団の赤字分もたばこ税で払う事態になるかもしれない。(喫煙者は)日本を救うため、がんを覚悟で吸っているといえる」
とはいえ、喫煙派にとって最近の喫煙環境は悪化する一方だ。一度も禁煙を考えたことがないという漫画家の黒鉄ヒロシ氏は「例えば車の運転は事故を起こすし排ガスが環境にも悪いからと、しない人の方が『正しい』となってしまう。同様にたばこは火事も起こすし、歩きたばこは(手に持ったたばこと子どもの目線の高さが同じで)傷つけると言われ、吸わないことが善になっている。でも下着で歩くと問題だが、水着だと問題にならないように、物事の線引きはあいまいなもの」と非喫煙派の主張に疑問を呈す。
その上で「人間はたばこも吸うし、酒も飲む。しょうもないことをするのが人間で、そもそも喫煙派と非喫煙派では議論の土俵が違う。こうなっては喫煙派は騒がない方が得策だ。批判を受けたら『おっしゃる通り』と頭をかいてよそに行って吸うしかない。スモーカーの利用者もそれを気配で感じていて声高に言わないのだろう」と分析する。
喫煙歴四十年の映画監督、山本晋也氏は「喫煙者も牢獄(ろうごく)に閉じこめる行為だ。優しくない」とスモーカーを批判する。返す刀で「北朝鮮のような国家になるのなら、法律でそこまで規制してもいいという話になるが、これを続けたら食べ方まで法律で決められてしまう」と路上禁煙を条例化した行政を批判する。
だが同時に喫煙者にもくぎを刺す。「私はロケ先ではスタッフの車で吸うし、入ったレストランが禁煙なら喫煙できる店を探す。結局マナーの問題だ」と言う。
そのマナーについて、雑誌「ポパイ」「ブルータス」の元編集長で愛煙家の石川次郎氏が見解を述べる。
「若者を見ていると携帯灰皿を持っている人が多い。もはやたばこは嫌われものという認識だ。人の家を訪問して灰皿がなければ、『吸ってほしくないのだろう』と思い吸わない。大上段にお互いの主張をする時代ではなく、喫煙派は吸っていい所で吸うし、非喫煙派は吸っていい所には行かないというマナーができつつある」
『東京新聞』2003.03.05 朝刊 【特報面】
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20030305/mng_____tokuho__000.shtml(貼り付け終了)
>「北朝鮮のような国家になるのなら、法律でそこまで規制してもいいという話になるが、これを続けたら食べ方まで法律で決められてしまう」その言や良し!!実際のところ、厚労省が唱導する「健康日本21」は、お上による日常生活国家統制プロジェクトです(何度も書いてますが・・・。)
これだけ虐げられますと、<弱者>としての「喫煙者の連帯」も自然と出来て参ります。
十年以上前になるでしょうか。ニューヨークのカーネギー・デリの、閑散とした喫煙席でタバコを吸っていると、見ず知らずの人品卑しからざる紳士が小生に近付いてきました。小生が当時吸っていた日本たばこ産業製「キャスターマイルド」を所望し、火を付けて美味そうに煙を吸い込む<アメリカ紳士>との間に、理屈を超えた<連帯>の気持ちが芽生えたことは言うまでもありません。「不当な弾劾に対して、お互いに頑張っていこう!」という、心と心をつなぐ温かい気持ちの交流があったことを、小生、今でも忘れてはおりません。
やい!禁煙主義者どもよ!!
時代が自分達に味方しているからと言って、あんまりいい気になるなよ!!!(・・・と、これは精一杯の強がり???)