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[1449] 創価学会は武力クーデター作戦を練っていた 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/07/02(Wed) 22:15:50

『週刊宝石』1981年10月31日号のP24から貼り付け

RC:創価は昔から変わらないようだ。

(貼り付け開始)

脱党した公明党議員座談会 前編
創価学会は武力クーデター作戦を練っていた
1 自衛隊に潜入
2 新宿騒乱事件を研究
3 大型トラックを倒して道路を遮断せよ


創価学会の体質が問われているなかで、公明党を脱党した議員の座談会が、本誌の要請で初めて実現した。出席者は4名。
飯島勝氏 香川県議
横井正吉氏 香川県丸亀前市議
小沢和夫氏 茨城県水海道市議
小谷野文雄氏 埼玉県行田市議

党活動の最前線にいた証人が語る「公明党=創価学会」の日本占領計画、警察との癒着、替え玉投票、池田大作氏の実像――密かに準備された“創価王国”構想が、白日のもとに……。


――まず脱会、脱党の理由をお聞かせください。
横井 一言でいえば、創価学会が池田大作さんに私物化され、宗教のカケラもない組織になってしまったからです。
小沢 もう無茶苦茶ですよ。宗教も会員も、池田大作が自分の政治的野望のために利用しているにすぎませんね。
小谷野 池田大作の野心は、“天下取り”にある。公明党はそのための手段だ。
飯島 そうそう。公明党は“開かれた政党”といいながら、現実は創価学会の御用政党、池田先生のボディガードなんです。池田先生に直言する人が、学会にも公明党にもいないんです。
――いまみなさん、「池田大作さん」「池田大作」「池田先生」と違った言い方をされていますね。その辺に複雑な心境の違いを感じるんですが。
飯島 私は“生涯の師匠”と一度誓ったのですから、問題があっても池田先生を憎む気持ちにはなれないんですよ。
小沢 (憤然として)それは甘いですよ。私は「先生」なんて呼ぶ気がしません。クソくらえです。あれだけ社会的な不正をやってきた人物ですから。
横井 私ももう「先生」とは呼びません。彼のやってきたことは宗教上、また社会的にも絶対許されないことです。
小谷野 そう、許されない。だから当然「池田大作」。
飯島 なるほど、国民的な立場から考えると、そうなるでしょう。悪いものは悪いです。(一同、うなずく)
――脱会したとき、迫害とか妨害、いやがらせなどは。
飯島 私が離党したときなんか夜も昼も電話が鳴りっぱなし。罰が当たるの、地獄に行くの、恩知らずのと大変でした。

小沢 2年たった現在ですら、「小沢は強度のノイローゼで凶暴性をおびている。何されるかわからないから、近寄るな」と言われています。(RC:都合が悪いと病人呼ばわりするワンパターンな団体である)


小谷野 私は豆腐屋をやってたんですが、学会員はピタリと買いに来なくなりましたよ。
――それは組織の上から会員に指示が出るんですか。
小谷野 ええ、奴は脱会したんだからもう買いにいくなと。
小沢 全部そうです。脱会者が出ると、あっという間に指示が流れる。
飯島 組織的ですね。横井さんが脱会したときもたいへんだった。個人的なスキャンダルをデッチ上げて、横井さんを批判するんです。
横井 無茶苦茶ですよ。口では言えないようなデマをつくって全会員に流すんです。地元の学会員にほんとうのことを知らせるために、いろいろ試みてみましたが、全部組織的につぶされてしまいました。それで夜逃げ同然に、丸亀を出ました。しかし丸亀の同志に学会の誤りを教えていく戦いは、今後も続けていくつもりです。
――それなら、どうして丸亀に留まらなかったんですか。

横井 そんな生やさしい組織じゃないんです。議員を辞めてから新しい勤め口をさがしたんですが、とてもじゃないけど見つかりませんでした。いろんな圧力がかかって。
小沢 たとえば、横井さんが市内の会社に就職しますね。そうすると、学会はその会社にまで手を伸ばして邪魔するんです。「社長さん、横井という男は学会でこういう悪いことばかりやってきた男です。使ったら大変なことになるよ」と――。(RC:逆に圧力を掛けて会社をクビにしたりすることもあるそうです。)


小谷野 移転先がわかれば、どこへ移転しても組織を通じて魔の手を伸ばしてくるんです。―-投石で窓ガラスを割られたとか、暴力を受けたとか、そういったことは。
飯島 これは誰がやったかわかりませんが、新車を4回、釘で傷つけられた。離党するまでは、そんなこと1回もなかったんだけれども。
小谷野 私はやられたことないですが、学会員が日本刀を抜いて脱会者の家に殴り込み、警察沙汰になった話がある。
横井 営業妨害なら全国的にたくさんありますよ。

党大会での質問も、そして批判もすべてサクラだった


――結局、皆さんは脱党されたわけですが、公明党議員になるときは誰から党の候補として任命されたんですか。
横井 公明政治連盟の時代は、学会本部から任命を受けました。
小沢 もともと公政連は創価学会政治部ですから、池田大作直結ですね。
横井 今でも全部、池田からでしょう。
飯島 対外的には、公明党が任命して発表するという形をとりますが、その裏には必ず学会の承認がいる。地方議員なら、学会のその県担当の副会長、国会議員になると池田先生が決めるわけです。
小谷野 学会幹部にゴマをすらないとだめでしょう。結局。
小沢 公明党がどう考えていようと、もらう票は学会の票なんですから、どうしてもゴマをするようになってしまうんですね。
飯島 私は党の幹部からではなく北条前会長と森田副会長に何回も「辞めろ」と言われたことがある。ゴマすっている人間に譲れ、というわけです。
――党首脳の人事はどうです?
小沢 まったく同じですよ。
横井 党首脳の場合は、最初から学会が押しつけてきますね。池田の任命ですよ。
――そうすると、政策なんかにしても党の自由にならないじゃないですか。
飯島 もちろんです。創価学会の浮沈に関わるような事態が生じると、重要政策を変更しても自民党に救いを求める。公明党は変えたくなくても、学会の命令で変更させられます。
小谷野 52年ごろ、公明党が安保や自衛隊で右傾化したのも民社党が創価学会の不正を追及する構えを見せたからだった。
小沢 おそらく学会の至上命令ですね。「池田先生を守れ」ということですよ。
飯島 公明党が宗教政党ではなく、“開かれた国民政党”ということで行くなら、学会本位じゃだめだ。中央委員会に行っても、「今日は新聞記者が来るから、これとこれだけは、言うなよ」「変な質問するなよ」とやる。ですから“シャンシャン大会”だ。党の大会から地方本部の大会まで、みんなそうです。
――最近は、いろんな質問や批判が出るようですが。
横井 あれも全部サクラです。
小沢 たとえば、「小沢さん、外部の目があるから、あなたはこの点を質問しなさい」と。そこで原稿をつくって県連本部長にチェックしてもらう。「よし、これならイケる」――全部そうですよ。
――すると政教分離という発表を組織内ではどう理解していたんですか。
飯島 最高幹部は、「あれは社会やマスコミを欺くためにとった建て前論で、実際に分離しちゃいかんのだ」と公然と言っていた。それが本音でしたね。
――末端の会員まで、そういう認識をしていたんですか。
小沢 全部そうでしたね。そう指導、徹底しましたから。そうでなければ、選挙をやれないですよ。
横井 公明党の議員は、学会の役職を離れただけです。いまだに公明党の党員の中に、学会員以外の党員はいません。
小谷野 よその政党のような、本当の党員は1人もいませんよ。みんな学会員。選挙になると、みんな学会の組織に帰り、学会幹部の指揮で動くんです。
飯島 そう、公明党側でつくる選対本部もカムフラージュ。学会側の選対本部が本物。
横井 候補の行動日程も、全部学会がつくっちゃう。
飯島 議員、候補者は完全にロボットですよ。

警官の不祥事を情報収集 これは権力との取引材料


――その選挙ですが、替え玉投票とか住民票移動の実例をご存じありませんか。
飯島 私が徳島県の総司令として選挙の指揮をとったとき、あったと聞いています。ずっと前の話ですが、抜き取りはなかったが、病気の学会員とか、選挙に関心ない知人の入場券をもらってきて、それに似合った年頃の人を仕立ててやったらしい。
横井 それは全国的にやったんですよ。学会では選挙は法選、仏法のための戦いだという考え方が徹底されていますから。それが仏法のため、学会のためになると思えば、罪の意識を感じません。幹部から命令されなくても平気でやってしまう。
小沢 池田大作自身が、そういう選挙違反した人に、“法難賞”を贈って賛えるんですから、違反することが正義になってしまいますよ。
小谷野 法難賞は“選挙違反奨励賞”の意味を持っていますね。だから全国的になるんです。
――陣中見舞の額なんか、候補者は知ってるんですか。
飯島 それはわかりません。絶対に聞いちゃいかんのです。
小沢 誰が、いつ、いくら持って来たか、その帳簿も絶対見せてもらいない。
――議員の給与の扱いは?
飯島 国会議員の場合は、今でも全部党が集めて、その議員の生活に応じて分配します。
横井 地方議員の場合は党には出さないです。個人個人がもらってます。
小沢 ただ、あくまでも市からもらっているのではなくて、創価学会の池田先生からいただいているのだ、という考え方。これは一貫して変わらない。(RC:税金では)
飯島 まあ、常々「池田先生のおかげで議員になれたんだぞ」と指導されていますから、不満に思って口に出せない。
小沢 お金といえば、もうひとつ不明朗なことがあります。4、5年前の老人福祉週間に、寝たきり老人を助けようということで、私が先頭に立って街頭募金をやり、16万円集めたんですが、その半分がどこへいったかわからなくなってしまった。
――それは党に持っていかれたということですか。
小沢 そうですね。党から「募金をやれ」と指示が出たんですから。茨城県では全議員がやりました。その半分が公明党に吸い上げられた可能性が濃厚なんです。
飯島 重大問題じゃないか。突っ込んで調査したの。
小沢 その当時、党の責任者に問いただしたら、「県で集めた金は全部赤十字に寄付した」というので、「じゃあ赤十字の領収書があるだろう」と追及したんですが、うやむやです。
小谷野 赤十字の側に聞いたんですか。
小沢 「もらってない」という返事でした。
飯島 告発したら刑事問題だ。
横井 はっきりしてる8万円はどうしたんですか。
小沢 それは私が党員といっしょに水海道市の社会福祉協議会に持って行きました。「8万円しか集まりませんでした」と、ウソをいって。私も辛かった…。
――ほかに辛いことは? たとえば、交通事故を起こした学会員の貰い下げとか。
飯島 それは年中です。学会員が電車にひかれて即死したとき「お前、行って来い」といわれて、賠償金の交渉をさせられたこともある。
小沢 46年ごろ、学会の青年が3人で窃盗を働いて逮捕されたことがあります。すると、すぐ学会から電話があって、「全紙の新聞記者に会って、学会員じゃないとよく伝えろ」と。
――新聞に圧力をかける……。
小沢 圧力というより、お願いに行くわけです。つけ届けしたり媚びへつらったり。
横井 とにかく新聞に創価学会の4文字を出させないために、ずいぶん苦労させられました。
――不買運動などは。
飯島 それもよくやった。学会のことを少しでも悪く書くと、「今日から、とるのやめようぜ」という調子で(笑)。
――権力との癒着では、やっぱり警察が1番ですか。
小沢 そうですね。盆暮れに2回、必ず署長につけ届けするとか、警察の予算どりに頑張って貸しをつくるとか。

横井 会員から入る情報を渡して恩を売る。だから、犯罪の捜査なんかに、よく協力を頼まれましたよ(笑)(RC:笑っているが、学会員を使ったストーカーなどしているようだ)
飯島 警察官の悪事なんかも、会員から情報をとっておいて、いざというとき取引します。
小沢 「池田先生と学会にさえ傷つかなければ、公明党はボロボロになってもいいのだ。それが議員の役目だ」ですから、媚びもすれば脅しもやります。


――池田氏を守るための議員活動としては、ほかにどんなことやるんですか。
横井 池田の警備もやります。だから、池田が地方指導に来るときは大変です。警察に頼んだり、木の陰に隠れてお庭番だ。影武者です。

このとき、この座談会があるのを知って原島嵩元教学部長が駆けつけて来た。出席者は大感激。本誌記者が、これまでの経過を原島氏に説明し、座談会を再開。

指令――ヒットラーの「第三帝国」を熟読せよ


飯島 先生が連絡船で四国に渡るときでも、事前に船中を全部点検して、われわれは寒風が吹く中でずっと警護するんです。アンマの世話もやらされた。

小沢 それは会合のとき、好きなタイプの女性にお数珠をあげるんです。その女性を覚えておいて、あとで池田の接待をさせればいいんですよ。
原島 そうですね。あうんの呼吸だ。それがわからんようでは「おれの弟子じゃない」ということになります(笑)。
――池田氏の好きなタイプといいますと。
山本富士子山本富士子渡部通子渡部通子多田時子多田時子

小沢 女優の山本富士子に似た女性。地元・土浦のご指名の女性も山本富士子にそっくり。
――そういえば、池田氏と噂のある渡部通子さん、多田時子さんもそうですね。(RC:創価教育では、池田氏は“道徳家”とされています(爆笑))


池田大作前に「天下取り」ということが出ていましたが、何か具体的な計画はできていたんですか。
原島 かつて青年部の最高幹部の間で、きわめて過激な日本占領計画が話し合われたことがあります。つまり、学会の人材を密かに送り込んで、自衛隊と放送局、電波を全部押えようというわけです。
一同 (驚いた表情で)ホーォッ!
横井 それは、いつごろですか
原島 昭和46年ごろのことです
小谷野 そういえば、青年部員に自衛隊入隊をすすめるような空気がありましたね。
原島 また革命決行の日に、学会員で大型トラックを持っている者を全部都市部に集中させ、それをみんな路上に倒して交通遮断するとか、たくさん消火器を買い込んでおいて、向かって来る警察官にぶっかけ、次の日動けないようにしてしまうとかね。
飯島 ずいぶん具体的だな。
原島 冗談半分ではあったんですが、しかし「いざとなったら、こういうことも本気で考えなければいけない」という話が交わされていたことも事実なんです。現に49年ごろ、ある団体が学会本部に乱入したとき、実際に消火器を使って応戦しました。それより、ちょっと前の昭和43年の新宿騒乱事件のときには「いざというときに備えて警察とデモの動きを勉強しておけ」と言われて、ビルの屋上などから混乱のようすを研究した人たちもいました。
飯島 ヒットラーの「第三帝国」を熟読せよ、という指令もありましたね。
――驚きました。冗談ではすまされませんね。
原島 今の話は非合法の占領計画ですが、公明党では、実は合法的で綿密な占領計画が練られていたんです。(以下次号)

(貼り付け終了)


[1448] 池田大作の策謀! 1990年、私は日本を支配する 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/07/02(Wed) 22:14:03

『週刊宝石』1981年11月7日号のP186から貼り付け

RC:「和田さんの野望(スーフリ)」ならぬ、「大作さんの策謀(創価)」のうち、幾つかは実現しているようだ。「日本の闇勢力」はクワバラクワバラ!! そして鉄腕DASHは平和ですが、政権奪取は勘弁して欲しい(苦笑) 和田さん=和田真一郎(スーパーフリー)=強姦魔

(貼り付け開始)

脱党した公明党議員座談会 後編
池田大作の策謀! 1990年、私は日本を支配する
1 田中派との提携
2 自民党と連合政権
3 文部、法務、厚生の各大臣要求
4 1990年に公明党政権樹立
創価学会には武力クーデター作戦があった――前号の衝撃的な証言は、池田大作氏、創価学会=公明党の危険な体質を暴露した。原島嵩元教学部長も駆けつけて佳境に入った後編では、さらに現実的な政権奪取作戦が明らかにされていく。


――前回、「公明党には綿密な日本占領計画があった」という話が出ました。今回はそのへんを具体的に話していただきたいのですが。
原島 端的にいえば、「天下を取る」という池田大作の野心を実現するための政権奪取構想なんですが、その段階的なプログラムができていたんです。
小沢 まず自民党との連合政権をつくって、大臣のポストを3つ取る、ということです。これは公明党の夏期講習会で多田省吾(RC:多田時子(お下げ渡し)の夫)、鈴木一弘、黒柳明など党幹部がはっきりといいました。
――いつ聞いたのですか。
小沢 49年と50年です。(RC:昭和)
――連合政権の樹立は、何年ごろを目標に……。
小沢 だいたい55年ごろまでに、という話でした。
小谷野 昭和55年は創価学会の創立50周年にあたり、その記念すべき年に標準を会わせた、ということでしょうね。
飯島 一時は、40年代後半に政権取るのも夢ではないような感がありましたね。創価学会も公明党も破竹の勢いで伸びて行きましたから。
横井 それも公明党単独で取れるかのような。ところが、それが言論弾圧問題で挫折したため、自公連合政権構想に切り換えたわけですよ。
――その構想が49年の夏期講習会で発表されたということですが、公明党は48年以降、社公民を軸とする「中道革新連合政権構想」で来ていますね。その点どうなんですか。
小沢 あれは国民向けのポーズにすぎませんよ。49年は田中内閣から三木内閣に政権交代が行われた政局激動の年で、国民の間には、政権を任される第2党の出現を期待する声が高まっていました。だから、革新ポーズをとったほうが得策だという打算的行動です。本音は全然違います。
飯島 そのとおりですね(と大きくうなずく)。49年の党大会でも、保革大連合の立場はとらないとしながら、「自民党であっても中道革新連合政権の諸原則に賛同する者なら排除すべきではない」という含みのある発言をしていますが、この発言の中に保革連合志向の本音が秘められていたんです。
横井 その発言は、保革連合への“誘い水”ですよ。当時、自民党は真っ二つに分裂する可能性がありましたからね。割れたら、その一方と組むことも、当然考えていたんです。
飯島 分裂はともかく、過半数を割る可能性は十分あった。そのときは自民党に手を貸して、内閣に入るということだな。
原島 (うなずいて)その構想は池田さんから出ていると見ていいと思います。じつは池田さんは、昭和50年11月1日の日蓮正宗との連絡会議で、「将来、保革連合を支えるのはうち(学会)しかない。正反対の手を打つかもしれぬ。しかし、こちらを先にやると危ない。……極端にいえば、内閣に入るかもしれぬ。大変な共闘だ」といっているんです。
小谷野 つまり、当面は危険だから中道革新連合政権構想を表に出して行くが、いずれ正反対の保革連合の手を打ち、「内閣に入る」と。
原島 そうですね。内閣に入って、大臣のポストを3つ取るということでしょう。
――その3つのポストについて具体的な話が出たんですか。
小沢 ええ、「文部、法務、厚生の3つをもらう」と。黒柳さんも鈴木さん、多田さんも「おれが厚生大臣だ」とか、黒ちゃんは何だとかいってました。冗談半分ですが。
――とくに文部、法務、厚生の3つを望む裏には、何か狙いがあるんでしょうか。
飯島 文部省には宗務課があるんで、宗教関係を押えるということだな。
小沢 創価学会は宗教法人にあるまじき不正行為をたくさんやっていて、「解散させろ」という声まで出ています。それに対する抑えの意味もあるんじゃないですか。
横井 池田さんは創価大学から幼稚園までつくって、洗脳教育をさせているでしょう。ですから将来的には、文部省を押えて全国民を洗脳することも考えていると思いますね。
飯島 法務は、創価学会に対する弾圧の抑えだろう。
小沢 それと同時に、学会以外の者に対する弾圧も考えていると思いますよ。当面はどうか知らないけど、政権を完全掌握したら必ずやりますね。
小谷野 厚生は、福祉に力をいれて国民を喜ばせ、勢力拡大をはかるのが狙いでしょう。
飯島 現在もそうです。
――いま、政権を完全掌握したらという話が出ましたが、そこまでのプログラムは。
小沢 途中の段階については聞いていません。党首脳は考えていたかもしれませんが。
原島 最終ゴールは池田さんが発表しています。池田さんには「留言録」というのがあって、それを48年末のある重要な会合で池田さん自ら披露したのですが、それには、「1990年に天下を取る」と明確に書いてありました。この「天下を取る」という意味は、明らかに政権の完全掌握であり、池田さんが日本を支配するということです。
小谷野 1990年というと、あとわずか9年後ですね。しかし、9年で天下を取るのは無理なんじゃないですか。
飯島 無理でしょうね。学会の伸びも頭打ちだし、政界もそう甘くありませんよ。
横井 学会の社会的不正に対する糾弾も厳しい。スケジュールの変更は避けられないでしょう。
小沢 しかし、池田大作の執念深さは、世間の人が考えているほど生やさしいものではありませんよ。多少の紆余曲折はあるでしょうが、彼は「天下取り」を絶対捨てないと思います。
原島 (大きくうなずいて)同感ですね。池田さんは1度立てた構想は必ず完成させる、という強い信念を持っています。

自民党を取り込むのは簡単 最後の敵は共産党だ


――では、そういう厳しい状況の中で、なおかつ政権を完全掌握するとすれば、どんな手を考えているでしょうか。
小沢 その手始めが、自民党と連合して大臣のポストを3つ取ることです。
原島 そのためにも、田中派との結びつきを今まで以上に強めていくでしょう。自らの安全確保をはかるとともに、連合政権内に大勢力を形成するわけです。
――田中角栄氏と池田大作氏と結びつきはいつごろから。
原島 個人的に会ったのは14年前、田中さんが幹事長のときでそのとき「あなたが早く総理大臣になってください」と激励した話は有名です。その後も何回か、同じように激励しています。
飯島 それは竹入さんが間に入っていますね。竹入さんと田中さんのパイプは、その前から強かったですから。
横井 そのパイプが、創価学会の言論弾圧問題のときにいっそう強くなった。
原島 ある幹部の話では、田中さんのある問題を、その後の自分のロッキード問題よりも深刻に受け止めていたそうです。
小沢 あのときは、共産党が創価学会をつぶしにかかりましたが、自民党は創価学会を共産主義の防波堤にしたいと考えていましたから。そのためでもあると思いますね。
――田中角栄という人は、直接自分の利益にならないと動かない人だと聞いていますが、その点で選挙も……。
飯島 選挙が1番でしょうね。自分の息のかかった者を当選させるために、創価学会・公明党の応援を頼む。そういう例はたくさんありますよ。
横井 そこにまた、池田大作が付け込むスキがある。
小沢 そうそう。田中派と自公政権内に大勢力をつくれば、ほかの勢力に対する多数派工作はそう難しいことはないでしょう。ここまで来れば、もう天下取ったと同じですね。
小谷野 そう簡単にいかないと思うが、田中派を完全に抱き込んでしまえば、可能性はありますね。田中派とつながりの強い派閥もあるわけですから。

小沢 池田大作はつねづね、私たちにいっていましたよ。「自民党を取り込むことなんか簡単だ。やろうと思えばどうにでもなるよ」と。社会党や民社党などは問題にしていなかった。


原島 問題なのは共産党。「最後の敵は共産党だ」というのが池田さんの口癖でした。創共10年協定は、そのための抑えの意味もあったわけです。共産党を協定で押さえておいて、その間に自公連合、入閣の手を打って行く――。
横井 そうして多数派工作をうまくやって、内閣総理大臣を手中にする。
飯島 そううまく行くかな(笑い)。
――うまく行かない場合、非常手段に出ることもあり得るでしょうか。たとえば、前に出た武力革命のような。
小沢 私はあり得ると思いますね。池田大作は「天下取り」の野心を除いたら何も残らないほど、執念を燃やしているんですから。
原島 前にも話したとおり、武力革命の話が冗談半分であったにせよ「いざとなったら、本気で検討しなくてはいけない」という話が真面目に交わされたは事実ですし、その1つの方法が現実に実行されたことも事実なんです。ですから、その可能性は否定できませんね。さらにいえば、学会の最高幹部が同じような話し合いをしていたこともあるんです。自衛隊に学会員をたくさん送り込むとか、電波を押える話ですね。それは皆さん方の耳にも入ってるんじゃないですか。
飯島 それは池田先生もしばしばおっしゃっていました。創価学会にはファッショに通ずるようなことがあらゆる面にありますから、何か1つのインパクトがあれば、学会全体がドーッと爆発する危険性は現在でもありますね。
横井 とにかく池田大作は「おれが死ねといったら死ねるか」といって、青年を訓練してきたんです。池田が命令すれば、青年は死も辞さないですよ。
小沢 私たちの青年時代は、上からの指令があって、女房と水盃を交わして家を出た。「たとえどこで死のうとも、先生を守るためには断じて命を惜しみません」と、女房と2人でやったんです(笑い)。
小谷野 今でもやってる人がいますよ。池田の警備に行く日は白いさらしの胴巻きをして、木刀持って、カアちゃんと水盃交わして行くんだから(笑い)。
飯島 私も特攻隊の行き残りの1人だったんだけれども、特攻隊の精神どころじゃない。

いざというとき池田氏はナチスと同じ方法をとる


原島 今は外部向けに格好つけて、文化とか平和とか盛んにいっていますが、あれはカムフラージュなんです。池田さんは、「文化活動は煙幕だ。内部はどこまでも革命児でなければならない」という考え方です。
横井 池田が「水滸伝」や「三国志」、ヒットラーの「第三帝国」を公明党の議員や青年部の幹部に勉強させたのは、伊達や酔狂ではありません。そこからありとあらゆる権謀術数を会得させようとしたんです。(RC:神崎武法には天下取りのために「関が原」(司馬遼太郎)を読ませていた)
原島 そのヒットラーの「第三帝国」を勉強した公明党のある幹部は、「ヒットラーが悪かったのは、戦争で多くの人を殺したことだけだ。あとの戦略戦術は悪くない」と、池田さんに話していましたよ。
池田大作が、学ばせたかったのは、まさしく権謀術数です。いざというとき、池田さんは必ずナチスと同じ方法をとると思いますね。だから、それは“日本占領”といっても過言ではないんです。
――仮にそうなった場合、総理大臣には池田大作氏がなるんですか。
飯島 最高幹部の間では、“池田総理”の実現を夢見ていた時期がありましたね。40年代に。
横井 昭和42、43年の創価学会の幹部会で、竹入さんが、「ぜひ池田先生に総理大臣になっていただこうではありませんか!」と叫ぶと、会場の日大講堂が割れんばかりの大拍手だった。
原島 一時期、池田さんは自分が総理になると明確に言明したこともあるし、多田省吾さん(RC:多田時子(お下げ渡し)の夫)を総理にしようと考えていたこともある。しかし、その後の構想では、池田さん自身は総理の上に君臨する形ですね。
飯島 公明党を結成したばかりのころ、池田先生は「天下を取ったら、2つの党をつくって政権交代させる」という考えを披露したことがありましたね。
――2つの党というのは。
横井 それは、そのときは日本の大半が創価学会員という状況が想定されていますから、公明党を2つに割って、池田さんがその2党の上に君臨し、操るという考えですよ。
――ほかの政党はない……。
原島 あったとしても、取るに足らない少数政党でしょう。想定としては。
――なぜ、公明党をわざわざ2党にするんですか。
原島 1党だと腐敗しやすいということもありますね(笑い)。
小沢 2党を競争させて忠誠度をはかり、池田大作により忠実なほうに内閣をつくらせる。というのが本音ですよ。つまり、2党とも池田のロボットです。
――天皇はどうする考えだったのですか。
原島 とくに論ずることはなかったですね。天皇制に対する国民感情を大事にする、ということじゃないですか。

マスコミが“しまった”と思うときが創価学会の天下だ


――では、池田氏がそういう形で政権を完全奪取したら、一般国民はどうなるんでしょう。
横井 まず言論の自由、信教の自由はなくなりますね。現在の創価学会、公明党の中にもないんですから。
原島 池田さんは「マスコミが“しまった”と思うときが広宣流布(こうせんるふ)だ」つまり、創価学会の天下だということを、今でもいっています。
小谷野 完全な独裁政治。この座談会を企画した「週刊宝石」も危ないですよ(笑い)。
横井 昭和31年に、池田さんは選挙違反事件で逮捕され、拘置所に入ったのですが、出て来て開口一番叫んだことは「権力と断固闘おう!」ということなんです。自分をいじめたものに対する復讐心、怨念には、すさまじいものがある。

原島 被害者意識の固まりですよ。それが天下取ったら加害者になります。
小沢 そうなんです。まず仕返しを徹底的にやります。
飯島 いや、天下取ったって、そんなバカなことしませんよ。やれば国民の批判を受けるんですから。仏法の慈悲の精神を政治の中に反映させて――。
小沢 (遮って)とんでもない!慈悲があれば、こんな問題は絶対に起こらないんですよ。そんな甘いものじゃありません。
横井 そうです。私たちが脱会したとき、学会はどんなことをしましたか。社会的に立ち上がれんような、ありとあらゆうる弾圧をしてきたんですよ!
小谷野 そうそう。それも、国民の批判を浴びている中でじゃないですか。彼らは批判なんか恐れないですよ。それを“法難”としか受け止めないんですから(RC:学会員の心の中で“法難”と受け止めないと精神に異常をきたす恐れがあるだろう)
原島 飯島さんの話は、理想的に行けば、のことでしょう。また、そうあってほしいという願望で……。
飯島 ええ、そうです(とうなずいて)。現在の体質のまま天下を取ったら、これはもうファッショになりますよ。そして、創価学会員だけが優遇され、そうでない人は差別待遇を受ける時代が来るでしょう。
小谷野 権力を握ったら、差別待遇どころじゃない。それこそ恐怖政治で、批判分子は粛清されると思いますね。
横井 私なんか銃殺刑ですよ。
小沢 藤原弘達さん、内藤国夫さん、隈部大蔵さん、山崎正友さん、原島さん、皆そうなります。その陰には何千人も。(RC:藤原弘達さんが亡くなったとき、「おめでとうございます」という電話が一晩中鳴り続けたと「週刊金曜日」に書かれていた。隈部大蔵さんは「月刊ペン」事件(名誉毀損)の被告。同事件の最高裁判決は「池田大作さんの下半身には公共性がある」であった)


――最後に、池田大作退陣の日はどういうふうに想定されますか。
飯島 退陣を余儀なくされるような、よほどのインパクトがないかぎり、身を引くということではないでしょう。
横井 同感ですね。あくまでも支配者の座にしがみついて離れないと思います。
小沢 しかし、何とかして追放しなければ。私は、こういう批判の積み重ねが、必ず将来実を結ぶと信じています。
横井 その日が来るとすれば、それは公明党の議員が激減し、政党としての力がなくなったとき以外にないと思うんです。
原島 とにかく、創価学会には宗教の原点に、公明党には政治の原点に返ってほしい、念願しています。
一同 同感です(うなずく)。
飯島 とくに公明党は、池田創価学会の御用政党から早く脱皮してもらいたい。それができないなら、解党すべきですね。
――ありがとうございました。

(貼り付け終了)